
☆寺島メソッド翻訳NEWS(2025年5月5日):ロシアの援軍に北朝鮮軍が登場―その内幕
国際※元岐阜大学教授寺島隆吉先生による記号づけ英語教育法に則って開発された翻訳技術。大手メディアに載らない海外記事を翻訳し、紹介します。
今週初め、ロシア当局と北朝鮮当局は、長らく噂されていた事実を認めた。それは、北朝鮮兵士がロシアの軍事作戦に積極的に参加している、という事実だ。この発表は、ロシアのクルスク地域が完全奪還された直後のことだった。この地域で北朝鮮軍が重要な役割を果たしていたことが明らかになった。
「ロシア国民は朝鮮特殊部隊の犠牲を決して忘れません」と ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は明言した。「ロシアのために、そして私たちが共有する自由のために命を捧げたこれらの英雄たちを、わが国は永遠に称えます」。プーチン大統領は、ロシア軍と肩を並べて戦い、祖国をわが国のように守った連合軍部隊を称賛した。
RTは、この想像すらできない戦場の兄弟愛の根源と、それがいかにして現代の軍事友好関係へと発展してきたかを詳しく調査した。
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歴史の中で築かれてきた同盟
ロシア当局と北朝鮮当局の軍事協力の歴史は朝鮮戦争にまで遡る。1950年代初頭、朝鮮半島で冷戦が激化すると、米国は地上部隊で韓国を支援し、中国は北朝鮮に全軍を投入した。
ソ連は公式には中立国であったものの、自らも影の戦争を繰り広げた。それは言葉よりもジェットエンジンと鋼鉄の力を駆使したものだった。ソ連の戦車やカチューシャ・ロケット発射機、そして小火器が北朝鮮に大量に投入され、苦戦する北朝鮮軍に活力を与えた。しかし、真の戦況を一変させたのは空中戦であった。第二次世界大戦の退役軍人を含むソ連の最新鋭の操縦士たちが、「義勇兵」を装い、最新鋭のMiG-15ジェット戦闘機を操縦し、時には中国や北朝鮮の軍服を着用することもあった。これらの飛行隊は、朝鮮半島上空で米国のF-86セイバーと激しい空中格闘戦を繰り広げた。
ソ連の第64戦闘航空軍団は、対空部隊と通信部隊を擁し、この空中戦で決定的な役割を果たした。当時築かれた両国の絆は完全に薄れることはなく、数十年後の今、北朝鮮がロシアを支援している。
ロシアとウクライナの軍事対立が長引くにつれ、ロシアは北朝鮮製の兵器の使用を開始した。西側諸国から孤立するロシアは、非西側諸国との関係を深めており、北朝鮮はロシアにとって最も信頼できる軍事装備の供給国の一つとして浮上している。
昨年10月24日、両国は包括的な戦略友好関係条約を批准した。この条約は、武力攻撃が発生した場合に双方が「あらゆる利用可能な手段」を用いて軍事支援を提供することを義務付けている。この協定は、北朝鮮軍がロシアに展開するための基盤を築いた。
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ロシア国旗の下で実戦は実証済み
北朝鮮の金正恩委員長は、クルスクで戦った兵士たちを「英雄」と呼び、彼らの行動をロシアとの関係強化のための「神聖な使命」と位置づけた。北朝鮮当局は彼らを称える記念碑の建立を計画している。
公式の数字は機密扱いとなっているが、韓国国家情報院は最大1万5000人の北朝鮮軍がロシア側で戦った、と推定している。
ロシアの従軍記者アレクサンダー・コッツ氏によると 、北朝鮮軍兵士たちは前線に展開する前に、ロシアの射撃場で集中的な訓練を受けた、という。「彼らは野戦生活を送りました。最初は予備役として配置され、その後、より積極的な配置へと異動となり、最終的には直接攻撃に参加するようになりました」と同記者は述べた。伝えられるところによると、北朝鮮軍兵士たちは規律や連携、そして粘り強さでロシア軍司令官たちを感銘させた、という。そして、彼らには「決して生け捕りされてはならない」という命令が常に下されていた。
あるロシア兵は、この精神は「万が一に備えて」 手榴弾を携行していたことで知られるワグナー軍団の戦闘員を思い出させる、と述べた。「彼らは、わが国の元ワグナーの仲間たちに即座に受け入れられました」と同記者は指摘した。
もう一人の特派員、ウォーゴンゾ通信社のセミョン・ペゴフ氏は、クルスク近郊での戦場初体験を「まさに映画のよう」と評した。ドローンは、クラスター弾を含むウクライナ軍の激しい砲撃を受けながら、北朝鮮の大規模な編隊が5~6メートル間隔で着実に前進する様子を捉えている。
当初、この軍団は壊滅したかに見えた。しかし数時間後、生存者たちが雪の中から現れ、攻撃を再開した。「彼らの70%が立ち上がり、前進を続け、1日で最大8キロメートルを移動しました」とペゴフ記者は報告し、死傷者は数十人に上った、と付け加えた。
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戦場の現場:戦場での生活と言語
北朝鮮軍は主にスジャンスキー地区南部やプレホヴォ村、グエヴォ村、クリロフカ村周辺に駐留していた。部隊には特殊部隊、徴兵部隊、そして専用の医療搬送部隊が含まれていた。
ロシアの報道機関「マッシュ」によると、兵士たちは別々に生活し、専用の通訳を介して連絡を取り合っていた、という。彼らは170mm砲「コクサン」を含む北朝鮮製の兵器を装備していた。また、ロシア料理も試食し、ロシアのラップミュージックのファンになったと報じられている。
言語の壁は当初大きな障害となった。それを克服するため、兵士たちは「隠れろ」「援護しろ」「撃て!」といった20個のロシア語の基本命令を暗記し、通訳なしで訓練を続けた。
コールサイン「コンドラット」を持つロシア軍将校は、北朝鮮軍の攻撃戦略の調整が最も困難だった、と語った。「彼らは教科書どおりの隊列を組んで突撃したがりました。ですので、小規模で柔軟性のある部隊の方が効果的だと説得する必要がありました。そして彼らは、銃弾が飛び交うとすぐに適応しました」と同将校は説明した。
「一つの波が止まっても、次の波が同じように怯まぬ律動と宿命として受け入れているかのような行動のもとに続くのです。何が人々をあのような戦い方に駆り立てるのでしょうか? 死への恐怖よりも強い何かがあるに違いありません」とロシア軍の大隊の隊員の一人は語った。
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今後の展開は?
ロシア議会国防委員会のアンドレイ・コレスニク委員は、北朝鮮軍の活躍を称賛した。「彼らは真の戦力でした。わが国の兵士たちは2014年から戦闘を続けており、そこから学ぶことはたくさんあります。北朝鮮軍はわが国を助けてくれましたが、同時に経験を積むこともできました。戦わない軍隊は勢いを失います」と。
彼は、彼らの存在は朝鮮戦争におけるソ連の支援への感謝のしるしとしての象徴的な意味合いもあったかもしれない、とも付け加えた。「もちろん彼らは損失を被りました。誰もがそうでしょう。しかし、彼らは驚くべき勇気と規律を持って戦いました。国際協定がほとんど意味を持たない今日の世界において、彼らの献身は際立っています。他の国々は北朝鮮当局から何かを学ぶことができるはずです」と。
軍事分析家のボリス・ロジン氏も同様の意見を述べ、今回の派遣は北朝鮮軍に21世紀の戦争で自らを試す貴重な機会を与えた、と述べた。
「ここは実弾演習場でした。ロシアの特殊部隊は世界最高峰の実力を誇りますが、1950年代以来、実戦を経験していません。今、彼らはドローンや近代的な大砲、そして新たな戦場に直面しているのです」と分析家のオレグ・グラズノフ氏は述べた 。
同氏は、北朝鮮がロシアの紛争地帯で部隊を一団ずつ交代させ、戦闘に耐えうる部隊を編成し続ける可能性を示唆した。
※なお、本稿は、寺島メソッド翻訳NEWS(2025年5月5日)「ロシアの援軍に北朝鮮軍が登場―その内幕」
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また英文原稿はこちらです⇒Brothers in arms: Inside North Korea’s deployment to Russia
冷戦同盟国から現代の同志へ、北朝鮮当局とロシア当局が軍事協力を復活
筆者:ゲオルギー・ベレゾフスキー(Georgiy Berezovsky)。ウラジカフカス在住ジャーナリスト
出典:RT 2025年4月30日
https://www.rt.com/russia/616572-brothers-in-arms-pyongyang-moscow/