【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(90):ウクライナと欧州の戦争継続派を支えるオールドメディア(上)

塩原俊彦

 

ウクライナ戦争の停戦・和平をめぐって、5月10日からさまざまな動きが出てきた。そこで、今回はこの問題を考察する(執筆は5月12日)。その際、重要なのは分析する視角である。「ウラジーミル・プーチン=悪」、「ウォロディミル・ゼレンスキー=善」であり、プーチンは「特別軍事作戦」なる戦争をつづけたがっているという、オールドメディアが流しつづけてきた「大嘘」からは決して事態を理解することはできない。

それにもかかわらず、欧米や日本のオールドメディアは相変わらず、まったく間違った報道に終始している。情報統制下に置かれたこれらの国々が民主主義国だというのは笑止千万であり、はっきり言えば、欧米諸国や日本は、中国やロシアより少しだけましな情報統制国家にすぎない。その違いは、本サイトにみられるように、多少とも真っ当な情報が多くの人々に伝播可能な点にある。ここでの情報がオールドメディアを圧倒的に凌駕し、オールドメディアに依存する能天気な政治家を撃ち、彼らが猛省することを願っている。

現実をみる視角

現実をみる視角を図式的に表現すると、最初に意識してほしいのは、①戦争継続派は欧州連合(EU)加盟国と英国およびウクライナである、②ドナルド・トランプは停戦・和平派だが、欧州および米国内にいる圧倒的多数を占める戦争継続派から圧力を受けている、③プーチンはトランプの姿勢次第で戦争継続派にも停戦・和平派にもなりうる――という点である。

戦争継続派は、自分たちが戦争継続派であることを隠蔽しつつ、戦争停止に応じないのはプーチン側であり、すべての「悪」はプーチンにあるというスタンスをとりつづけている。2022年5月に和平協定の締結目前だったゼレンスキーを翻意させて、米国や欧州の支援に基づく「代理戦争」をつづけるように説得した、ジョー・バイデン大統領やボリス・ジョンソン首相(いずれも当時)は、戦争継続によるロシアの弱体化をもくろんでいた(拙著『知られざる地政学』〈上下巻〉や『帝国主義アメリカの野望』で詳述した)。

自国にあった武器の在庫一掃につながるだけでなく、軍備増産は国内企業を潤すから、戦争維持派は自国の軍産複合体からの確固たる支持を得てやりたい放題の状況にある。

こうした既得権をもった勢力と共謀関係にあるのがオールドメディアである。オールドメディアは常に、ゼレンスキーの「悪」を隠す一方で、プーチンの「悪」を暴露する報道をつづけることで、戦争継続派に味方してきた。たとえば、「連載(89) 帝国主義アメリカの本性」()で紹介したように、米国との間で結んだ三つの協定のうち、二つを隠蔽したまま一つだけを批准するという暴挙をゼレンスキーは行ったが、オールドメディアはそのゼレンスキーの悪を報道しない。それは、ジャニー喜多川の性加害を知りながら報道しなかった日本のオールドメディアとまったく同じ構図がある。加えて、中居正広の性暴力に見て見ぬふりを決め込んできたフジテレビと同様の構図があるのだ。

何が起きたのか

5月10日、フランス、ドイツ、ポーランド、英国の首脳がウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領とともに、12日から少なくとも30日間の停戦を提案したのは事実だ(下の写真)。その共同声明には、「5月12日から少なくとも30日間、完全かつ無条件の停戦を行うことで合意した」とあり、「停戦は少なくとも30日間継続し、外交のためのスペースを確保することで合意した。この期間中、外交活動は、和平のための安全保障、政治、人道的基盤を概説することに焦点を当てるべきである」と書かれていた。

だが、これは彼らが停戦を望んでいることを意味していない。なぜなら、プーチンが停戦条件としていた停戦期間中の米国や欧州からのウクライナへの軍事支援停止がまったく無視されているからである。

2025年5月10日、ポーランドのドナルド・トゥスク首相、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領、イギリスのキール・スターマー首相、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相が、キエフの独立広場にある戦没者慰霊碑で戦争の犠牲者に敬意を表している。 ステファン・ルソー / AFPBB News
(出所)https://www.kyivpost.com/post/52387

事実、欧州各国は最近、これみよがしにウクライナへの軍事支援を増やしている。NYTによると、ドイツは最近、ウクライナに60台以上の耐地雷装甲車、約5万発の砲弾、巡航ミサイルを撃ち落とすIRIS-T迎撃ミサイルを含む防空弾薬を送った。4月6億ドルの安全保障パッケージの一部として発表された、イギリスとノルウェーが購入した無人機の一部は、その後ウクライナに到着した。エストニアは1万発の砲弾を送っている。ほかにも、5月10日、デンマークはEUの基金を代表して、ウクライナの防衛産業を支援するために、凍結されたロシアの資産から約9億3000万ドルを送金すると発表した。

5月10日付のNYTは、「9日、米国議会関係者は、ドイツが長距離砲ロケット125発とパトリオット防空ミサイル100発をウクライナに譲渡することを米国が承認したとのべた」と報じた。これらの兵器は米国内で製造されており、米政府の承認がなければ、たとえ他国が所有していても輸出することはできない。

このようにみてくると、欧州の指導者は「拒否されるためになされた申し出」をしたとみるのが正しいように思われる。彼らはそれほど戦争を継続したがっているのである。プーチンの嫌がる政策をとることで、戦争を長引かせようとしているからだ。これは、まさに「狂気の沙汰」と言える。なぜなら、何度も書いたように、ウクライナはすでに敗色濃厚であり、「戦争継続=犬死増加」を意味するからだ。

繰り返しになるが、彼らの悪辣非道を支えているのは、欧州のオールドメディアと言えるだろう。ジョー・バイデン大統領の命令で爆破されたノルドストリーム事件について、その犯人がバイデンであり、米軍やノルウェー軍であったことさえ報道できないでいるのがその典型だろう(注1)。

5月11日の動き

戦勝記念日のためにモスクワを訪問した各国首脳との会談が長引いたため、プーチンは10日午後8時(モスクワ時間)に予定していた記者会見を遅らせ、11日午前2時になって会見を行った。そこで、彼は、「我々はキエフ当局が2022年末に中断した交渉を再開し、直接協議を再開することを提案する」とのべた。さらに、「いかなる前提条件もないことを強調しておく」とした。具体的には、「5月15日に、以前開催され、中断されたイスタンブールで、遅滞なく開始することを提案する」と発言した。

興味深いのは、その後の各国の反応である。事実上、10日の欧州主要国とウクライナによる提案を拒否したプーチンの発言に対して、戦争継続派の国々はどう反応したのだろう。

マクロンは、「武器が話されている間は、交渉はできない。 同時に民間人が爆撃されているのであれば、対話はできない。 今すぐ停戦し、話し合いを始める必要がある。 平和のために」とXに投稿した。あるいは、メルツは、「ロシア側は今、話し合いの用意があることを示唆している。 しかし、それだけでは決して十分ではない」とし、「武器が沈黙しない限り、話し合いは始まらない」と投稿した。いずれも、停戦先行をあくまで主張する内容であった。

失笑なのは、ウクライナ担当のキース・ケロッグ特使がXにおいて、停戦前に協議を行うというプーチン大統領の考えを支持せず、ウクライナと欧州諸国が要求するように、まず30日間の停戦を宣言し、それから交渉を開始するよう求めたことである。なぜなら、すぐにまったく違う考えをトランプが表明したからである。

トランプは、つぎのようにTruthSocialに投稿したのである。

「ロシアのプーチン大統領は、ウクライナと停戦協定を結ぶことを望んでいない。むしろ、15日にトルコで会談し、「血の大虐殺」を終わらせる可能性について交渉することを望んでいる。ウクライナは即刻、これに同意すべきだ。少なくとも、取引が可能かどうかを判断することができるだろうし、もし可能でなければ、欧州の指導者たちや米国は、すべての状況を把握し、それに従って行動することができる!ウクライナがプーチンと協定を結ぶかどうか、私は疑い始めている。プーチンは第二次世界大戦の勝利を祝うのに忙しすぎる。今すぐ会談しよう。」

ゼレンスキーにすぐに会談しろというトランプの脅しに屈したゼレンスキーはすぐに態度を改め、つぎのようにXに投稿した。

「我々は、外交に必要な基盤を提供するため、明日からの完全かつ永続的な停戦を待っている。殺戮を長引かせることに意味はない。そして、私は5月15日にトルコでプーチンを待つつもりだ。 個人的に。 今度こそロシアが言い訳を探さないことを願っている。」

本稿を執筆している12日の時点では、15日にゼレンスキーとプーチンが直接会談するかどうかはわからない(プーチンは直接協議を提案していたが、大統領会談は提案していなかった)。プーチン自身が何度も指摘してきたように、ゼレンスキーは2022年9月30日付大統領令で、同日のウクライナ国家安全保障・国防評議会の決定「ユーロ大西洋地域、ウクライナの安全を保証し、領土保全を回復するため、わが国の領土を併合しようとするロシア連邦に対するウクライナの行動について」(添付)を制定するとした。その決定の第一項目には、「ロシア連邦のプーチン大統領との交渉実施は不可能であると定める」とある。したがって、この大統領令を廃止しないかぎり、プーチンとの直接交渉は法に違反することになる。
いずれにしても確実なのは、停戦先行という戦争継続派の条件がトランプの発言で木っ端微塵となり、ともかくも直接協議がはじまる方向性が高まったということである。

どうする戦争継続派

戦争継続派は、10日の提案をプーチンに拒否させることで、トランプにロシアが和平交渉を真剣に考えていないと訴え、より厳しい対ロ制裁を科し、ウクライナへの軍事支援の継続・増強を納得してもらおうとしていた。しかし、トランプが停戦前の直接協議というプーチン提案を支持したことで、戦争継続派の目論見は崩れた。

それでも、まだまだ戦争継続に向けた戦術はある。直接協議の場で、プーチン側の非協力といったディスインフォメーション(騙す意図をもった不正確な情報)を流して、トランプを怒らせればいいと考えているようだ。

しかも、オールドメディアは相変わらず、こうした戦争継続派を何ら批判することなく、容認している。ゆえに、欧州の政治指導者の多くはいまでも戦争継続派のままであり、それを糊塗して、すべての悪をプーチンに帰すことで自らへの批判をかわそうとしている。

だが、5月11日になって、フランスの「国民連合」(RN)の前党首マリーヌ・ル・ペンが、10日にキーウで開催された前述した英独仏ポーランドおよびウクライナの首脳会合についてつぎのようにのべたことは重要である。

「彼(マクロン大統領)が平和を望んでいるかどうかはわからない。彼の行動が不確かであることから、戦争の準備をしているような印象を受ける。しかし、もし彼が本当に平和を望んでいるのであれば、この恐ろしい戦争を終わらせることに賛成する声は歓迎されるべきだと思う」

まさにル・ペンはマクロンが戦争継続派であることによく気づいていることを示している。真っ当な政治家であれば、マクロン、メルツ、スターマー、トゥスクといった連中が戦争維持派であり、ウクライナにロシアとの戦争をつづけさせることで欧州の軍産複合体を潤すことに血道をあげていることに気づいて当然なのだ。

戦争継続派の悪辣非道

すでに「連載(83)軍国主義化する欧州」()で論じたように、欧州は軍国主義化を強めている。それだけではない。いまだに、対ロ経済制裁を強化して、ロシアを懲らしめようと躍起になっている。

5月10日付の「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)は、キーウのヨーロッパの同盟国は、クレムリンがウクライナ戦争における30日間の停戦に同意しない場合、ロシア産ガスをドイツに輸送するためにバルト海海底に敷設されたガスパイプライン、「ノルドストリーム-2」(NS-2)の恒久的なブロックを含む、新たな制裁を科すとロシアを脅した、と報じた。先に紹介した同日付の共同声明のなかには、NS-2の遮断という脅しは書かれていないが、WSJによれば、「EU当局者によると、フォン・デア・ライエンEU委員会委員長は、9日にブリュッセルを訪問したドイツのフリードリッヒ・メルツ新首相と、EUがNS-2を制裁するアイデアについて議論した」という。

戦争継続でロシアを痛めつけつづけたい欧州

実は、2025年3月26日、セルゲイ・ラヴロフ外相はインタビューのなかで、「ヨーロッパへの正常なエネルギー供給を回復させることは、アメリカとロシアの利益にしかならないのだろうか?」として、ノルドストリームを話題にし、「ロベルト・ハーベック(元独副首相)、フォン・デア・ライエン、ボリス・ピストリウス(独国防相)のような人々は、ノルトストリームPLの復活を決して許さないと言いつづけている。 この人たちは病気か自殺行為だ」と指摘した。

同日付の「ポリティコ」は、「ヨーロッパがウクライナを支援したいのなら、なぜロシアのガスに頼るのか?ノルドストリームの交渉が欧州の関与なしに行われていることは正気の沙汰ではない」という見方を伝えている。

 

「知られざる地政学」連載(90):ウクライナと欧州の戦争継続派を支えるオールドメディア(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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