
【櫻井ジャーナル】2025.06.06XML: シリアのアル・カイダ系暫定政権にムスリム同胞団のイギリス系シリア人
国際政治シリアではバシャール・アル・アサド政権が倒された後、暫定大統領に就任したアーメド・フセイン・アル-シャラー(アブ・モハメド・アル-ジュラニ)は、ハヤト・タハリール・アル・シャム(HTS)と呼ばれる武装集団のリーダーを務めていた人物だが、ここにきてラザン・サフォーというイギリス系シリア人が注目されている。
アル-シャラーは2月にサウジアラビアを訪問、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子と会談しているが、その際、サフォーが同行していたのだ。ミュンヘン安全保障会議に出席するシリア外相アサド・アル・シャイバニにも同行した。この女性はムスリム同胞団の家庭に育った反アサドの活動家だが、アサド政権が倒れるまでシリアを訪れていない。
サフォーはロンドンで生まれ育ち、SOAS(東洋アフリカ研究学院)で学んだ人物。シリアで戦争は始まった直後、シリアの反体制派として名前を売った。彼女の父親であるワリド・サフォーがムスリム同胞団の指導的な活動家だったことも影響したのだろう。
アル-シャラーが率いていたHTSはアル・カイダ系のアル・ヌスラ戦線を改名した組織で、その前身はAQI(イラクのアル・カイダ)。2016年にアル・カイダ系武装集団と決別したことになっているが、名称は単なるタグ、あるいはプロジェクト名にすぎない。イギリスの外相を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックが05年7月に書いているように、「アル・カイダ」はCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リストを意味していた。
サフォーの家族と関係が深いムスリム同胞団は1928年にハッサン・アル・バンナが創設した。その際、スエズ運河会社の支援を受けたとされている。この団体の源流である汎イスラム運動は1885年にイギリスの情報機関や外交機関の人間がロンドンでペルシャ系アフガニスタン人の活動家と会談したところから始まる。会談の目的は帝政ロシアに対抗することにあった。(Robert Dreyfuss, “Devil’s Game”, Henry Holt, 2005)
エジプトのムスリム同胞団は1930年代に戦闘員の訓練施設をカイロ郊外に建設する一方、エジプト軍の内部へ入り込んでいくが、1940年代になるとイギリス、ドイツ、ソ連の情報機関が同胞団の内部に潜入、戦後になるとアメリカやフランスの情報機関も入り込む。
1945年2月、そして48年12月にムスリム同胞団はエジプトの首相を暗殺、49年2月には報復でバンナが殺された。その直後に同胞団のメンバーは大半が逮捕され、組織は解散させられたのだが、アメリカとイギリスの情報機関は組織解体から2年半後に復活させている。CIAは新生ムスリム同胞団の指導者にサイード・クトブを据えた。
エジプトでは1952年7月にクーデターで王制から共和制へ移行する。その背後にはムスリム同胞団が存在していたのだが、実権を握ったのは自由将校団のガマール・アブデル・ナセルだった。このクーデターを好ましいと考えなかったイギリスは自由将校団の政府を倒そうとするが、アメリカから止められる。
イギリスの対外情報機関MI6は1956年2月頃にナセル暗殺を検討し始める。ロンドンにいたCIAのオフィサーからワシントンのアレン・ダレスに宛てたテレックスの中にMI6がナセルを殺す話をしていたとする記述があるのだという(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)が、ナセルは1956年6月、エジプト大統領に就任。彼はアラブ諸国の団結を訴え、非同盟運動にも参加した。
その2年前、1954年にムスリム同胞団がナセル暗殺を目論んでいる。その暗殺計画で中心的な役割を果たしたひとりはハッサン・アル・バンナの義理の息子であるサイド・ラマダーンだが、彼を操っていたのはイギリスだと見られている。ジョン・フォスター・ダレス国務長官やアレン・ダレスCIA長官はイギリスに同調していた。
ナセルは1956年7月にスエズ運河の国有化を宣言。その2日後にイギリスはプロパンダ放送局「自由エジプトの声」で反ナセル宣伝を開始、イスラエルに武器を提供。イスラエルはイギリスやフランスの代理としてエジプトと戦争を始めた。
戦争はイスラエルが優勢だったが、アメリカとソ連の仲裁で戦争は終わる。ソ連のニコライ・ブルガーリン首相がイギリス、フランス、イスラエルに対して強硬で、エジプトから軍隊を撤退させない場合、その3カ国の首都をミサイルで攻撃すると通告している。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)
亡命生活に入ったラマダンはサウジアラビアへ逃れ、そこで世界ムスリム連盟を創設、西ドイツ政府から提供された同国の外交旅券を使ってミュンヘン経由でスイスへ入り、1961年にジュネーブ・イスラム・センターを設立。資金はサウジアラビアが提供したという。(Robert Dreyfuss, “Devil’s Game”, Henry Holt, 2005)
このムスリム同胞団をバラク・オバマ大統領も使った。2003年3月にジョージ・W・ブッシュ政権がイラクを軍事侵攻したが、所期の目的を達することができず、オバマ政権はムスリム同胞団を使うことにしたのだ。そのため、2010年8月に出されたのがPSD-11。この当時、国務長官を務めていたヒラリー・クリントンにはヒューマ・アベディンという側近がいたのだが、彼女の母親サレハはムスリム同胞団の幹部だ。
PSD-11が作成される前年、ロラン・デュマ元仏外相はイギリスを訪問しているのだが、その際、彼はイギリス政府の高官からシリアで工作の準備をしていると告げられたという。2010年には地中海の南部や東部の沿岸で体制転覆工作を仕掛けたる工作が始まった。いわゆる「アラブの春」だ。
トニー・ブレア政権で首席補佐官を務め、キール・スターマー政権で国家安全保障補佐官を務めているジョナサン・パウエルは2011年、反アサド勢力との秘密ルート開設を目的とするインター・メディエイトを設立した。このNGOはイギリス外務省の資金援助を受けていた。2012年3月にパウエルはヒラリー・クリントンの顧問を務めていたシドニー・ブルメンソール宛ての書簡でアメリカの支援を求めている。
2011年2月になるとリビアで、また3月にはシリアでムスリム同胞団やサラフィ主義者を主力とする傭兵部隊による侵略作戦が始まり、その年の10月にアメリカなど侵略の黒幕国はムアンマル・アル・カダフィ体制が倒され、カダフィ本人は惨殺された。その際にNATO軍とアル・カイダ系武装集団、LIFG(リビア・イスラム戦闘団)の連携が明白になる。
カダフィの破壊に成功した外国勢力、つまりアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟、イギリスとフランスのサイクス-ピコ協定コンビ、パイプラインの建設をシリアに拒否されたカタール、そしてトルコはシリアに兵器や戦闘員を集中させる。
こうした動きをを危険だとアメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)は考え、報告書を2012年にホワイトハウスへ提出した。外部勢力が編成した反シリア政府軍の主力はAQIであり、その集団の中心はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘、さらにオバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになると警告している。その時にDIAを率いていた軍人がマイケル・フリン中将にほかならない。
この警告通り2014年には新たな武装集団ダーイッシュが登場。この武装集団はこの年の1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧。その際にトヨタ製の真新しい小型トラック、ハイラックスを連ねてパレードし、その後、残虐さをアピールする。
その一方、オバマ大統領は政府の陣容を好戦派へ変えていく。例えば2015年2月に国防長官をチャック・ヘーゲルからアシュトン・カーターへ、同年9月には統合参謀本部議長をマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代させた。
ところが、デンプシーが統合参謀本部議長の座を降りてから5日後の9月30日、ロシア軍がシリア政府の要請で介入し、ジハード傭兵を攻撃して占領地域を急速に縮小させていった。そこでアメリカはクルドを新たな傭兵として使い始めるが、クルドを敵視するトルコは侵略同盟から離脱。ロシア軍はイドリブへ逃げ込んだアル・カイダ系武装勢力にとどめを刺さない。その一方でアサド政権は経済戦争で疲弊、11月27日にHTSがシリア軍を奇襲攻撃すると、呆気なくアサド政権は倒れた。
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のテーマは「 シリアのアル・カイダ系暫定政権にムスリム同胞団のイギリス系シリア人 」(2025.06.06ML)
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