【連載】櫻井ジャーナル

【櫻井ジャーナル】2025.06.08XML:核兵器と結びついた原発の事故で裁判所が仲間である東電の責任を問えない必然

櫻井春彦

東京電力福島第1原発は2011年3月11日に炉心が溶融するという大事故を引き起こした。その大事故を引き起こした東電や監督官庁の幹部は責任を問われて当然だが、東京高裁(木納敏和裁判長)は13兆3210億円の支払いを命じた東京地裁の判決を取り消し、東電旧経営陣の責任を認めなかった。

 

日本の場合、原子力発電の危険性、放射性廃棄物の処理問題だけでなく、地震と津波の問題がある。日本ではどこでも大規模な地震が起こる可能性があり、それに伴って大きな津波の発生も予見できるのだ。木納敏和もその程度のことは理解できているだろう。今回の判決は、地震や津波で破壊されることが予見できても原子力発電所は建設するという支配者たちの意思表明だと考えるべきだ。

 

この原発事故は三陸沖で発生したマグニチュード9.0という地震が原因。その地震で引き起こされた津波が原因であるかのように言われているが、データを分析すると揺れで破壊されている可能性が高い。この地震で観測された震度は7だ。

 

武田薬品系のアルカリスが明治グループのMeiji Seika ファルマが共同でmRNA技術を利用した製品の製造工場を建設した福島県南相馬市は双葉郡の北に位置し、東電福島第1原発の「過酷事故」で大きな被害を受けている。

 

そ​の地震で原子炉内にあった核燃料のほぼ全量が溶融、周辺の装置などを含むデブリ(塊)は600トンと言われている​のだが、それがどこにあるか明確でない。「チャイナシンドローム状態」で、それを大量の地下水が冷却、高濃度汚染水が太平洋へ流れ込んでいる可能性がある。

 

原発の専門家であるアーニー・ガンダーセンも指摘しているように、福島第一原発から環境中へ放出された放射性物質の総量はチェルノブイリ原発のそれを大幅に上回ることは間違いない。(アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発』集英社新書)

 

東電福島第1原発の事故で放出された放射性物質はチェルノブイリ原発事故の1割程度、あるいは約17%だとする話が流されたが、その可能性は小さい。福島のケースでは圧力容器が破損、燃料棒を溶かすほどの高温になっていたので放射性物質を除去することになっている圧力抑制室(トーラス)の水は沸騰、しかも急上昇した圧力のためトーラスへは爆発的な勢いで気体と固体の混じったものが噴出したはずだ。

 

つまり、トーラスで99%の放射性物質が除去されるという計算の前提は成り立たないわけで、チェルノブイリ原発事故で漏洩した量の十数倍、少なくとも2~5倍を福島第1原発は放出した。その大半は太平洋へ流れたと考えられているが、風向き次第では、東日本が壊滅していただろう。

 

2011年3月11日には福島第2原発や女川原発もメルトダウンしかねない状況だった。地震で壊れる可能性があっただけでなく、第1原発の使用済み核燃料プールが倒壊、その中に入っていた1500本を超す燃料棒が入っていて、それらが剥き出しになると、近くの福島第2原発や女川原発へも影響が及び、それらも冷却が不能になる寸前だった。

 

幸運にもそうした事態にならなかったが、それでも被害は甚大。衆議院議員だった徳田毅は2011年4月17日、「オフィシャルブログ」(現在は削除されている)で次のように書いていた。

 

「3月12日の1度目の水素爆発の際、2km離れた双葉町まで破片や小石が飛んできたという。そしてその爆発直後、原発の周辺から病院へ逃れてきた人々の放射線量を調べたところ、十数人の人が10万cpmを超えガイガーカウンターが振り切れていたという。それは衣服や乗用車に付着した放射性物質により二次被曝するほどの高い数値だ。」

 

徳田毅は医療法人の徳洲会を創設した徳田虎雄の息子で、医療関係差には人脈がある。これは一種の内部告発だ。これだけ被曝して人体に影響がないとは考えられない。政府も東電、おそらくマスコミもこうした情報を持っていたはずだ。

 

その後、徳田毅は2013年2月に国土交通大臣政務官を辞任、11月には姉など徳洲会グループ幹部6人を東京地検特捜部が公職選挙法違反事件で逮捕、徳洲会東京本部や親族のマンションなどを家宅捜索した。徳田は自民党へ離党届を提出、14年2月に議員を辞職している。

 

事故当時に双葉町の町長だった井戸川克隆によると、心臓発作で死んだ多くの人を彼は知っているという​。セシウムは筋肉に集まるようだが、心臓は筋肉の塊。福島には急死する人が沢山いて、その中には若い人も含まれているとも主張、東電の従業員も死んでいるとしている。

 

井戸川元町長を作品の中で登場させた週刊ビッグコミックスピリッツ誌の「美味しんぼ」という漫画は、その内容が気に入らないとして環境省、福島県、福島市、双葉町、大阪府、大阪市などが抗議、福島大学も教職員を威圧するような「見解」を出し、発行元の小学館は「編集部の見解」を掲載、この作品は次号から休載すると決めたという。

 

ロシア科学アカデミー評議会のアレクセイ・V・ヤブロコフたちのグループ​によると、1986年から2004年の期間に事故が原因で死亡、あるいは生まれられなかった胎児は98万5000人に達する。癌や先天異常だけでなく、心臓病の急増や免疫力の低下、あるいは知能の問題が報告されている。

 

2011年3月12日に爆発したのは1号機で、14日には3号機も爆発している。政府や東電はいずれも水素爆発だとしているが、3号機の場合は1号機と明らかに爆発の様子が違い、より深刻なものだった。15日には2号機で「異音」、また4号機の建屋で大きな爆発音があったという。

 

その後、建屋の外で燃料棒の破片が見つかるのだが、この破片について​NRC(原子力規制委員会)新炉局のゲイリー・ホラハン副局長は2011年7月28日に開かれた会合で、発見された破片は炉心にあった燃料棒のものだと推測できるとしている​。マンチェスター大学や九州大学の科学者を含むチームは原子炉内から放出された粒子の中からウラニウムや他の放射性物質を検出した。

 

その会議の直後、8月1日に東京電力は1、2号機建屋西側の排気筒下部にある配管の付近で1万ミリシーベルト以上(つまり実際の数値は不明)の放射線量を計測したと発表、2日には1号機建屋2階の空調機室で5000ミリシーベル以上を計測したことを明らかにしている。ダメージコントロールのために発表したようにも思える。

 

事故で溶けた燃料棒を含むデブリが格納容器の底部へ落下、地中へ潜り込んでいる可能性もある。破壊された原発を廃炉にする前にデブリを回収しなければならない。日本政府は2051年までに廃炉させるとしていたが、​イギリスのタイムズ紙はこの原発を廃炉するまでに必要な時間を200年だと推定​。実際は数百年必要だと考えられているが、廃炉作業が終了した後、10万年にわたって放射性廃棄物を保管する必要があると言われている。

 

福島第1原発では発電以外の作業が行われていたと疑われていたのだが、その背景には日本の核兵器開発の疑惑が存在する。

 

第2次世界大戦後、日本で核武装が具体的に検討され始めたのは、岸信介の弟、佐藤栄作が総理大臣だった時代。1964年に中国が初めて核実験を実施した後だ。(Seymour M. Hersh, “The Price of Power”, Summit Books, 1983)

 

NHKが2010年10月に放送した「“核”を求めた日本」によると、1965年に訪米した佐藤首相はリンドン・ジョンソン大統領に対し、「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えている。こうした日本側の発言に対し、ジョンソン政権は日本に対し、思いとどまるよう伝えたという。

 

この番組によると、この時代、日本政府の内部で核武装が議論され、西ドイツ政府に秘密協議を申し入れている。1969年2月に開かれた両国政府の協議へは日本側から外務省の国際資料部長だった鈴木孝、分析課長だった岡崎久彦、そして調査課長だった村田良平が出席した。日独両国はアメリカから自立し、核武装によって超大国への道を歩もうと日本側は主張したのだという。

 

アメリカでは1969年にリチャード・ニクソンが大統領に就任。シーモア・ハーシュによると、この政権で大統領補佐官を務めたヘンリー・キッシンジャーは日本の核武装に前向きだった。彼はスタッフに対し、日本もイスラエルと同じように核武装をすべきだと語っていたという。(Seymour M. Hersh, “The Samson Option,” Random House, 1991)

 

佐藤政権では核武装の調査をするチームが編成され、その中心はCIAと関係の深い内閣調査室で主幹を務めていた志垣民郎。調査項目には核爆弾製造、核分裂性物質製造、ロケット技術開発、誘導装置開発などが含まれ、技術的には容易に実現できるという結論に達している。原爆の原料として考えられていた高純度プルトニウムは日本原子力発電所の東海発電所で年間100キログラム余りを生産できると見積もられていた。

 

当然、こうした日本の動きをアメリカ政府も承知していた。1972年2月にリチャード・ニクソン米大統領は中国を訪問しているが、それまでの交渉過程でキッシンジャーは周恩来に対し、日本の核武装について話している。シーモア・ハーシュによると、アメリカと中国が友好関係を結ぶことに同意しないならば、アメリカは日本に核武装を許すと脅したというのだ。

 

原爆の製造に必要なプルトニウムを製造することになっていた東海発電所の原発はGCR(黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉)で、原爆用のプルトニウムを生産するには適していると言われている。アメリカやソ連はこの型の原子炉でプルトニウムを生産、原爆を製造している。

 

ジミー・カーター政権がスタートした年に東海村の核燃料再処理工場(設計処理能力は年間210トン)が試運転に入る。2006年までに1116トンを処理、その1パーセントのプルトニウムが生産されるとして10トン強、その1パーセントは誤差として認められるので、0・1トンになる。計算上、これだけのプルトニウムを「合法的」に隠し持つことができる。

 

日本が核武装を目指していると信じられている一因はリサイクル機器試験施設(RETF)の建設を計画したことにある。RETFとはプルトニウムを分離/抽出することを目的とする特殊再処理工場で、東海再処理工場に付属する形で作られることになった。常陽やもんじゅで生産した兵器級プルトニウムをRETFで再処理すれば日本は核兵器を製造できる。

 

そうした日本の核兵器製造計画をアメリカ政府が支援していると思わせることもあった。アメリカ政府が東海村のRETFへ移転した技術の中に「機微な核技術」、例えば小型遠心抽出機などの軍事技術が含まれていることがわかっている。(Greenpeace International, “The Unlawful Plutonium Alliance”, Greenpeace International, 1994)

 

かつてNSA(国家安全保障庁)の分析官をしていた人物によると、アメリカの情報機関は現在でも計画は生きていると確信しているというが、ジョセフ・トレントによると、ロナルド・レーガン政権の内部には日本の核兵器開発を後押しする勢力が存在し、東京電力福島第1原子力発電所で炉心が用揺する事故が起こった2011年当時、日本は約70トンの核兵器級プルトニウムを蓄積していたという。

 

アメリカでは1972年にCRBR(クリンチ・リバー増殖炉)計画が開始されるが、77年にカーターが大統領に就任しすると核政策の変更があって基礎的な研究計画を除いて中止になる。1981年にロナルド・レーガン政権が始まると計画は復活するのだが、挫折。1987年に議会はクリンチ・リバーへの予算を打ち切る。

 

そこで高速増殖炉を推進していた勢力が目をつけたのが日本。トレントによると、この延命策を指揮することになったのがリチャード・T・ケネディー陸軍大佐はクリンチ・リバー計画の技術を格安の値段で日本の電力会社へ売ることにした。

 

こうした流れの中、毎年何十人もの科学者たちが日本からクリンチ・リバー計画の関連施設を訪れ、ハンフォードとサバンナ・リバーの施設へ入ることも許されていた。中でも日本人が最も欲しがった技術はサバンナ・リバーにある高性能プルトニウム分離装置に関するもの。実際、その装置はRETFへ送られた。日本の核武装を警戒しているCIAは動燃を監視するため、プルトニウムの管理システムにトラップドアを仕込んでいた可能性がある。

 

日本の核武装を推進しようとしていた日本とアメリカの勢力は高速増殖炉と再処理技術の日本への全面移転、核物質を無制限に日本が輸入し、それをプルトニウムに再処理し、他国、例えばイスラエルのような国へ再移転する権利を与える協定を結ぶが、こうした取り決めを実現する上で重要な役割を果たした軍人がジェームズ・アワーだと言われている。アワーは1988年9月退官してバンダービルト大学の教授に就任、同大学の日米研究協力センターの所長になった。

 

ちなみに、東電福島第1原発の警備を担当していたのはイスラエルのマグナBSP。セキュリティ・システムや原子炉を監視する立体映像カメラが原発内に設置していたとエルサレム・ポスト紙やハーレツ紙が伝えている。(The Jerusalem Post, March 15, 2011 / Haaretz, March 18, 2011)

 

この協定によりアメリカから干渉されず、日本はフランスやイギリスからプルトニウムを「返還」されたが、イギリス核燃料会社(BNFL)が生産するプルトニウムは核兵器に使用できるほど純度が高かったとされている。その​BNFLは1960年代にイギリスは核兵器用のプルトニウムをイスラエルへ秘密裏に供給していた​。また東芝はBNFLからウェスチングハウスを買収、それが原因で東芝は経済危機に陥った。

 

アメリカの好戦派が日本に核武装させようとした理由のひとつは、東アジアにおけるアメリカの軍事的な負担を軽減し、ヨーロッパを舞台としたロシアとの全面戦に備えることだったと言われている。

 

日本で原子力を取り巻く状況は1990年代後半に大きく変化する。まず1995年12月に「もんじゅ」で冷却剤の金属ナトリウムが漏れ出るという事故が発生し、それから約15年の間、停止を余儀なくされていた。2010年5月に再開されるのだが、8月には直径46センチメートルのパイプ状装置を原子炉の内部に落としてしまい、再び運転は休止状態になった。1997年4月には東海再処理工場で深刻な放射能漏れ事故が引き起こされる。

 

日本の原発にはガザで住民を虐殺し、ウクライナでロシアと戦争を始めたアメリカの好戦派が日本の支配層と関係している。樋口健二が言っているように、「原発には政治屋、官僚、財界、学者、大マスコミが関わってる。それに司法と、人出し業の暴力団も絡んでるんだよ。」

 

原発事故で東電と裁判所は共犯関係にあるということだ。

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のテーマは「 核兵器と結びついた原発の事故で裁判所が仲間である東電の責任を問えない必然 」(2025.06.08ML)
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