登校拒否新聞20号:ゲーム条例

藤井良彦(市民記者)

産経デジタルが「伊集院光、不登校要因「ゲーム」に疑問」との記事を配信した。やや古いが、2020年1月19日付である。

タレント、伊集院光(52)が18日、ツイッターを更新。子供が不登校となる要因の一つにスマホやゲームが挙げられていることについて疑問を呈した。・・・伊集院は「不登校の原因がスマホやゲームってホントかね。ゲームがなかった時代に学校行かなかった僕は、やたら教育テレビ見てたよ。午前中他にやることなかったから。深夜は本読んでた」と自身の体験を紹介。さらに「本と教育テレビが不登校の原因ではなかったなあ」とつづり、「先に学校行きたくないところからだと思うぞ。今も」と見解を記した。また、「僕の場合」とした上で「ゲーム禁止になったらただぼんやりと壁を見つめて不登校だったと思う」と推察。「なんにもうまく行かずに病的に落ちてた時代はゲームに逃げることで、それ以上追い詰められなかったと思ってる。ゲームに感謝してる」とつづった。

https://www.sanspo.com/article/20200119-445WHGV37RMVBMTC73HT3F2RIU/

このツイートは、香川県議会が「ネット・ゲーム依存症対策条例案」を提示したこと。それに関して、大阪市の松井一郎市長(当時)が市役所で開かれた会議で、「夜は何時までとか、条例でルール化したらどうか」と発言したことを受けたものだ。問題となった第18条2項は「子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピュータゲームの利用に当たっては、1日当たりの利用時間が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分まで)の時間を上限とすること及びスマートフォン等の使用(家族との連絡及び学習に必要な検索等を除く。)に当たっては、義務教育修了前の子どもについては午後9時までに、それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめること」と定めた。

この条例案については、かつてファミコン大会――ハドソン主催による全国ゲームキャラバン(第1回、1985年)にて「ゲームは1日1時間」のキャッチフレーズを広めた高橋名人こと高橋利幸氏が次のように語っている。

「ゲームは楽しいけれど、時間を守って遊ぶ時は遊ぶ。それ以外の時は勉強や野球、サッカーもしなきゃいけないよね」っていうのを全部省略して、「ゲームは1日1時間」と。インベーダーゲームが流行っていたころ、ゲームセンターは「不良のたまり場」のように思われていた。ファミコンはそういう風にしてはいけない、という不安があったのは事実です。親御さんが知っていれば、子どもの側も「1時間だけ遊ばせて」と交渉できる。親もなんでもかんでも反対するのではなく、「1時間ならいいよ」と言えるわけです。

この発言は「ゲーム規制条例案に高橋名人が苦言「上からの押しつけは意味がない」」という題で報じられた。たしかに罰則のある条例ではない。意味がないことはもちろんとして、高橋名人の意見は単純な反対意見ではない。

https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/meijin?bfsource=relatedmanual

香川県に続いて、秋田県大館市の教育委員会もネット・ゲーム依存症対策条例案をまとめた。こちらは教育委員会が原案をまとめたもので、秋田魁新報による報道では「インターネットやゲーム機の過剰な利用が、子どもの学力や体力の低下、昼夜逆転による不登校、睡眠障害などの精神面でのトラブルを引き起こす」との識者の認識が根底にあったとのこと。香川県の条例案と違い案文に「不登校」と明記されている。ともあれ、廃案となった。

香川県の条例案に対しては「オタク区議」として知られる東京都大田区区議会議員のおぎの稔氏を筆頭に「オタク議員集団」が3月16日に抗議声明を発表。

おぎの氏に話を聞いたのはBusiness Journal編集部だ。

――「引きこもりの主な理由はゲーム依存」という指摘があります。

おぎの 条例を制定するのにあたって、「子どものゲーム依存症」というのは、「どういう状態」なのかということすら定義されていません。条例制定の理由に、「不登校児を増加させる」との指摘もあります。ゲーム依存症で不登校になるということは、「他に理由がなくゲームばかりをしているので学校に行けなくなる」ということですが、これは因果が逆なのではないでしょうか。学校に行けない子どもが、結果的にネットとかゲームに熱中していることを言っているのかもしれません。果たしてそれはゲーム依存なのでしょうか。現在の状況は「ゲームばっかりしている」。しかし、ゲームがなければ、「寝てばっかり」になったり、「漫画アニメに熱中する」するようになったり、「テレビばっかり見てる」ことになったりするのではないでしょうか。そもそもゲームやネットを取り上げてしまうことが、不登校の子供にとって良いことなのか。何のエビデンスもありません。

https://biz-journal.jp/2020/03/post_146500.html

ゲーム依存となっているにせよ、「因果が逆」である。とはいえ、結果としてそうなっている以上、それを防ぐ手立てを講じる必要もあろう。

KSB瀬戸内海放送の山下洋平記者は高松市内の病院に取材した。この病院は、アルコールや薬物、ギャンブルなどの依存症治療に取り組んでおり、2018年にはネット・ゲーム依存専門の「こども外来」を開設。中学生や高校生を中心に50人ほどが通院している。記者の取材に「高校2年の男子生徒は小学校6年のとき、担任との折り合いが悪くなり、不登校になりました。『右へならえ』的な学校の雰囲気が合わなかったと母親は言います。中学生になっても学校に通えず、自宅で大半の時間を過ごすようになった。そしてゲームにのめり込んだのです。多い日は1日10時間以上。本人は『ほかにすることもなかったから』と」いう声が寄せられている。「因果が逆」とはいえ放っておける問題ではない。しかしながら、山下氏に取材したFrontline Pressの記事はやはり「因果が逆」との論調である。2023年5月18日付。

山下記者の取材によると、当事者の多くはゲーム依存になる前に、学校生活でのつまずきがあった。ゲームにのめり込んで生活が壊れたのではなく、壊れかけた生活とのバランスを取るためゲームを使っているうち、ゲームの比重がどんどん高まっていくのだ。条例は、そうした家庭に「1日60分を目安としたルール」を作って守らせることを求めるものだが、当事者の母親らは「機器を取り上げるなど強く出たら、激しく反発され、家庭内紛争になってしまう」と打ち明けた。つまり、ゲーム依存で苦しんでいる当事者や保護者には、あまり意味を成さない内容なのだ。中には「あの条例は学力を伸ばすためのものですよね?県は、ゲーム時間とテストの正答率のグラフなどを出して……」と語る学生もいたという。「ゲーム依存症対策を掲げたこの条例は、課金が数10万円レベルの高額になったとか、昼夜逆転から抜け出せないとか、本当に深刻な事態に陥っている家庭には届いていないと思います。それどころか、乳幼児期からの対応を強調する条文は、逆に親を責め、追い込んでいるのではないかと思います」(山下記者)ゲーム条例は議員提案の条例であり、推進したのは2019年春に発足した県議会の議員連盟だった。香川県の最大メディア・四国新聞は同じ年の1月からキャンペーン『ほっとけない「ゲーム依存」』を開始しており、その報道に触発されての議連発足だったともいえる。

https://toyokeizai.net/articles/-/673384

気になるのは、四国新聞の論調と議員連盟の動きである。実際に違憲訴訟も起きた。原告(親子)はクラウドファンディングで、延べ1,844人から6,121,500円を集めた。弁護士は作花知志。2020年9月30日提訴。第1回口頭弁論(12月22日)に際しては「オタク議員集団」の一員、東京都議会議員の栗下善行氏が「どうなった?香川県ゲーム条例のその後を追う」をブログに投稿。

https://ameblo.jp/kurishita-zenko/entry-12645520631.html

条例案が議会に出た際、彼は取材に答えて次のように語っている。

前提として、本当にゲーム依存症で苦しんでいる方々に対しては行政でサポートすべき、また未然に防ぐべきという思いは私にもあります。ただ「平日に遊ぶゲームは60分まで」等の対策が、ゲームに関する依存を防ぐ効果があるのか、そもそもゲーム依存の定義は?等、検証すべき点はたくさんあると思います。実際にその点は、他の議員や専門家からも同様の懸念が多数指摘されています。また根本的に、ゲーム自体に依存性があるのか、他の問題がありその結果、ゲーム依存になったのか等には議論の余地があります。よくゲーム依存の根拠として「ゲームを長く遊んでいる子供ほど、成績が落ちていた」という調査結果が引用されますが、元々勉学に関心が持てない、また勉学に集中できない環境にいた子供がゲームをやっていただけかもしれません。それならゲームを規制するより、教育の環境を改善する方が先です。

https://news.denfaminicogamer.jp/interview/200321a

これも「因果が逆」という論だ。

地裁は「合憲」と判示して、原告の損害賠償請求を棄却。控訴していないから判決は確定している。香川県はかつて愛媛県と全国一斉学力テストで競い合った土地柄だ。実際にはテスト対策との批判も多い。このあたりの事情は山下氏の著書『ルポ ゲーム条例:なぜゲームが狙われるのか』に詳しい。

3月12日、KSB瀬戸内海放送は84.5%が「賛成」というパブリックコメントの集計結果を報じた。これは県議会事務局の報告を鵜呑みにしたもので、自社の報道とはいえ山下氏は「違和感」を覚えた。そこで、翌日には県議会事務局に対してパブコメ原本の情報公開請求を行った。条例は18日の県議会で発議され、24日に可決。4月1日施行。4,186枚の原本が公開されたのは4月14日である。その日、KSB瀬戸内海放送のニュース番組は速報として、原本を調査した結果、同一人物が記入したもの、あるいは同じ文面や同一時刻に配信されたものが多数あった上に、同じ誤字も多く見られたことを伝えた。16日、彼自らが番組に生出演して、次のように「反省」した。

今回一番問題なのは、パブリックコメントで賛否を問うていないにもかかわらず、賛成と反対の数を集計して公表したことだと思います。そこに引っ張られ、先月12日の発表時にわれわれを含む多くの報道機関が「県民の8割以上が賛成」という見出しで報じてしまったことは反省すべきだと思います。(16頁)

この本が2023年4月14日に出たことにより、5月22日には「大きな反発も生んだ香川県ゲーム条例の今、そして条例を追い続ける理由とは」との記事が産経デジタルのIGN Japanに載った。山下氏は条例の制定過程に問題があると語る。

本来ならば条例ができる前にもっと論点を提示して、議会に慎重な審議を促せればよかったのかもしれません。僕が本格的に取材を始めたのも条例ができる直前ぐらいだったので、自分自身の反省もあります。けっきょくこの条例の成立の過程に関しては議事録もありませんので、なかなか検証も難しくなってしまいました。

https://jp.ign.com/games/67913/interview/

この翌日には「全国初の”ゲーム条例”はなぜ香川県議会で成立したのか?」とのインタビュー記事が週プレNEWSに載った。

――その後、条例はどのように運用されているのですか?

山下 制定の過程からさまざまな批判を浴びたことで、議会側は「もうこの問題に触れてほしくない」「なかったことにしたい」という雰囲気です。ただし、依存症対策に年間1000万円の予算はついていて、小中高校生を対象に年に1回、実態調査を行なっています。コロナの影響もあると思いますが、子供のゲームの時間は増えています。私はゲームクリエイターや医師らにも取材して「実効性のあるゲーム依存対策のあり方はこうあるべきなのでは」といった意見もたくさん伺いました。では条例を運用する県側が、そうした声に耳を傾けているかというと、そうは見えない。そう考えると、あれほど強引に条例の成立を推進した人たちが、本当にゲーム依存の問題をなくしたいと考えていたとは思えません。唯一のポイントは、「全国初」のゲーム依存対策条例を作ったという実績作りだったのかもしれません。

https://wpb.shueisha.co.jp/news/politics/2023/05/23/119453/

条例が可決された時期はコロナ禍に当たる。そもそも香川県議会が「ネット・ゲーム依存症対策条例案」を出してきた背景には、2019年5月に開かれたWHOの年次総会にて承認された国際疾病分類ICD-11に「ゲーム障害(Gaming disorder)」が加えられたことがある。この時、「ネット依存の診断ガイドラインをICD-11に入れるべきだ」と画策したのは『スマホゲーム依存症』(2017年)の著書がある精神科医の樋口進だ。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/smartphone-addiction_jp_5c5a946fe4b074bfeb1675db

条例の可決後、5月20日には日本放送協会が受信契約者に向けて有料で配信した番組「クローズアップ現代」は「新型コロナも影響か 深刻化するゲーム依存」と題して、高橋名人や樋口氏などによる対談を特集。そこに通信制高校に在籍する「いじめを受け不登校になっていた生徒」と「ゲーム依存症だった生徒」が登場する。

https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/R7Y6NGLJ6G/episode/te/V7RQGN5JN1/

2022年元日、ICD-11が発効となる。

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藤井良彦(市民記者) 藤井良彦(市民記者)

1984年生。文学博士。中学不就学・通信高卒。学校哲学専攻。 著書に『メンデルスゾーンの形而上学:また一つの哲学史』(2017年)『不登校とは何であったか?:心因性登校拒否、その社会病理化の論理』(2017年)『戦後教育闘争史:法の精神と主体の意識』(2021年)『盟休入りした子どもたち:学校ヲ休ミニスル』 (2022年)『治安維持法下のマルクス主義』(2025年)など。共著に『在野学の冒険:知と経験の織りなす想像力の空間へ』(2016年)がある。 ISFの市民記者でもある。

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