イランとの通信が途絶えた日に

藤井良彦(市民記者)

イスラエルがイランに先制攻撃した。核開発の疑惑があるという。先制攻撃はもちろん国連憲章に違反している。IAEAのグロッシー事務局長はイランが核兵器の開発を進めている「証拠」はないと明言した。ところが、イラン側がリークした文書によれば、グロッシー氏は2016年以来、イスラエルと関係があったという。

国際社会の反応はどうか。ロシアが仲介に入るという中、G7サミットではアメリカの大統領が途中退出するという事態に至った。その動きを牽制したのはフランスの大統領だ。他国が主権に介入することは思わぬ事態をもたらすことになるとして、「戦略的に誤り」と発言。それに対してトランプ大統領は、マクロン大統領は勘違いしていると。自分は休戦のためにサミットを離席したのではない。「そんなことではない」と発言。テヘランに向けては「退避しろ」などと意味深の発言をしている。そんな中、お膝元の共和党のほうでも議会の承認なくして戦争への介入は認めないとの動きが加速。制止する法案が検討されている。民主党のバーニー・サンダース氏だけではない。共和党の内部でもイスラエルに与するかどうかで意見が割れている。

のんきなのは日本の首相だ。夫人がG7デビューだという。サミットファッションだという。「黒いパンツスーツに赤いリボンタイ付きのブラウスという、キャリアウーマン風のマニッシュな装い」なのだと。関税のことしか考えていない首相のことだ。ガザ地区では何が起こっているのだ。飢えた子どもたちが鍋を頭から被っているではないか。戦後、日本には闇鍋があった。ちくわや白菜や、とにかくありあわせの食べ物を持ち寄って鍋をして分けた。そんな鍋を囲んで、いや群がって少しでも分けてもらおうと鍋を抱えた人たちがガザ地区にいる。中東の主要メディア「アルジャジーラ」は連日のごとくイスラエルがパレスチナの人を「殺している」と報じている。

日本の戦後復興は朝鮮戦争がなければ起こりえなかった。それまで、日本の生産性は戦前の水準を回復していない。戦時中の過度な操業が生産設備を痛めていたからだ。朝鮮戦争が特需をもたらし、アメリカの資本を導入し、生産設備は新しくなり、戦前の生産量を回復した。日本人は勤労だ。それもあるだろう。しかし、隣国に起きた不幸な戦争が肇国の復興を助けたのだ。その隣国はいまも休戦状態とはいえ緊張関係にある。私たちは「将軍さま」を笑うことはできない。横田基地から飛んだ爆撃機が、この国に落とされた爆弾よりも多くの爆弾を朝鮮半島に落とした。

エコミックアニマルと云われた日本人である。2万円のばらまきが政局の問題なのか。それよりも減税なのか。政争としては理解できる。2万円は欲しいし減税もして欲しいというプロレタリアートの声も聞こえる。しかし、私たちはエコミックアニマルなのであるか。子どもたちが頭から鍋を被って飢えているのだ。その地続きの隣国を前にイスラエルの人たちは、もちろん度重なる軍事行動により被害を受けてきた人々ではある。けれども、子どもたちが飢えているのだ。イランからミサイルが飛んできて、眠れない夜を過ごしている。テルアビブからは人々が退去し、ネオンの灯りも乏しくなった。出国もできない。辛いだろう。しかし、陸続きのフェンスの向こうで何が起こっているのだ。

シリアの首都ダマスカスは瓦礫の山となった。イラクはどうだ。イエメンでは無辜の民が米軍の空襲によって殺されている。人が輪になる民族風習がある。それがテロリストの集まりと見なされ爆撃の対象とされた。そして、イラン。病院やテレビ局までもが被災している。ひとたび戦争となれば報酬の連続。どちらが悪いとは言えないだろう。いかにして止めるのか。そのリーダーシップが問われる時、わが国の総理は関税交渉を第一義とするのであるか。アメリカの製鉄会社が欲しいのであるか。唯一の被爆国として、しかし世界に誇る経済大国にのし上がった私たちはエコミックアニマルなのであるか。私たちには高い精神性があるのではないか。地球に対する責任があるのではないか。

戦後、日本に原油を売ったのはイランである。フランス船籍のタンカーに積まれた原油を売ってくれたのはイランである。交渉したのは出光興産の社長だ。そのかどで、イランはフランスに訴えられた。ABCD包囲網により原油の輸入を断たれたわが国は戦争へと走っていった。といえば、戦後の歴史学者は笑うだろう。日本は、天皇制ファシズムは侵略戦争をしたのだと。本当にそうか。原油を断たれた。つまりは近代国家としての命を断たれたわが国に、その敗戦国に原油をくれたのはイランである。その歴史を忘れるな。

鍋を頭から被った子どもたちが飢えている秋にあって、わが国は2万円の現金給付が政争の争点となるのであるか。ガソリン補助金だのガソリン税廃止だの、そんなことで議会が解散するのか。総理大臣はサミットで何を議論したのか。関税交渉をするために出向いたのであるか。夫人のファッションを見せるためか。備蓄米があるのなら、運ぶべきなのだ。飢えた子どもたちに。アンパンマンの作者、やなせたかし氏は本当のヒーローがいるならば、飢えた子どもに食べ物を与えると言った。その理念がアンパンマンを創った。ガザ地区に船を出したグレタ女史はアンパンガールである。

フランスの大統領はアメリカの大統領にくぎを刺している。ドイツの首相はイスラエルに与している。イスラエルはアメリカのために「汚れ仕事」をしているのだとメルツ氏は発言した。サミットデビューした首相夫人のファッションは「2万円花柄ワンピと対照的」だという。しかし、その首相はといえば2万円を配ることでしか国民の支持を得られないのだ。いや、そんな政治家にこの国は任せられない。断っておく。私はノンポリである。支持政党はなし。しかし、この時にあって、関税交渉しか頭にない男に一国の政治は任せられない。それくらいの良識は持ち合わせている。

トランプ大統領はイランのハメネイ氏がどこにいるか「正確に」知っているという。攻撃するのか。この駄文がアップされる段階で読者は答えを知っているかもしれない。私の婚約者はイラン人だ。マシャドに住んでいる。イランは政治経済の中心地テヘランと、文化の中心地シラズ、そして宗教の中心地マシャドとに分かれている。そのマシャドは東部、トルクメニスタンの近くだ。安全だと思っていた。ところが、飛行場は爆撃を受けた。テヘランからの避難民が流入する。医療品は足りない。イラン、あるいはイランの公海でもあるホルムズ海峡からどれだけの原油、天然ガスがわが国にもたらされているか考えて欲しい。この国は、そのイランと北朝鮮に経済制裁を加えている。いったい、この戦後復興は何によってなされたのか考えてほしい。私たちはエコミックアニマルではない。

昨年の衝突以来、日本郵便はイラン、イスラエル、レバノン宛の荷物を扱わない状態が続いていた。それが5月に復旧したばかりなのに今度は航空機が飛べない事態となった。その上、日本時間の18日夜半を境にイランとの通信が途絶えた。以前にも1ヶ月ほど音信不通になったことがある。その時は政府がインターネットを遮断した。これはイントラネットといって技術的に可能なことだ。今回は国営テレビ局が攻撃を受けたことからして、物理インフラの障害かと思っていたところ、どうやらハッキングを防ぐためにイラン側がイントラネットに切り替えたとのことだ。17日頃に銀行のカードが使えなくなったという話を聞いた。調べて見ると、ゴンジェシュケ・ダランデというハッカー集団がセパ銀行というイランの国営銀行に攻撃をしかけたことが原因で決済システムに影響が出ているという。そこで、現金はあるのか、という話をしていたところ通信が途絶えた。

先日、暫定税率廃止法案の審議をめぐって委員長が解任された。総理大臣はといえば、与野党の党首会談において「中東情勢の混乱が長引き、石油製品価格の急激な上昇が継続する場合に備える」と語った。ガソリン補助金の「激変緩和措置」を取るのだという。野党はあくまでも暫定税率の廃止だと反発。予定される日米首脳会談が「国益をかけた交渉」になるとの総理の発言に対しては、ドジョウの親分が「肝を教えてもらっていない」と返した。時局の転変に際して、わが国は国益をかけた関税交渉に望み、ガソリン税と現金給付をめぐって選挙戦を交えるのだ。

「中東」は地政学的な概念だ。イランはアジアである。日本と同じアジアの国である。サッカーもバレーボールも日本とイランは同じアジアのリーグを戦っている。そのアジアの出来事である。「中東情勢」などと言っているうちは、私たちもまだまだ西側の人間なのだ。なにせ「極東の平和のために」と明記された安全保障条約を結んでいるジャップのことだ。「中東」であれば対岸の火事と思うかもしれないが、シルクロードで結びついた同じアジアの国なのである。松本清張の『火の路』によると、飛鳥時代にはペルシャ帝国の影響が見られるという。ゾロアスター教が拝火教としてシナにまで伝わっていたことは事実だ。鳥はたしかにそのシンボルを連想させる。

私たちが「中東情勢」を眺めている限り、いずれは「極東情勢」に巻き込まれるだろう。備蓄米を失った青人草は闇鍋をつつくことになるかもしれない。それがエコミックアニマルの末路であるとしたら。

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藤井良彦(市民記者) 藤井良彦(市民記者)

1984年生。文学博士。中学不就学・通信高卒。学校哲学専攻。 著書に『メンデルスゾーンの形而上学:また一つの哲学史』(2017年)『不登校とは何であったか?:心因性登校拒否、その社会病理化の論理』(2017年)『戦後教育闘争史:法の精神と主体の意識』(2021年)『盟休入りした子どもたち:学校ヲ休ミニスル』 (2022年)『治安維持法下のマルクス主義』(2025年)など。共著に『在野学の冒険:知と経験の織りなす想像力の空間へ』(2016年)がある。 ISFの市民記者でもある。

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