
「知られざる地政学」連載(95):『ネオ・トランプ革命の深層』(上)
国際
今回は、7月に刊行される拙著『ネオ・トランプ革命の深層』の話をしたい。この本の内容自体が地政学や地経学にかかわるさまざまな論点を含んでいるからである。
♦オールドメディアへの挑戦
ここでは、本書で論じたこと、および紙幅の関係で割愛したことなどを紹介することにしたい。
まず、本書は、新聞やテレビなどのオールドメディアへの挑戦であると宣言しておきたい。すでにこの連載でのべたように、オールドメディアは「人々が聞きたくないことを伝える権利」である「言論の自由」を放擲している。露骨な情報操作(マニピュレーション)によって、国民を騙しつづけている。その証拠は、BBCによって炙り出されたジャニー喜多川による性加害問題であった。
ジャニーズ事務所を庇うために、メディアはジャニーズの面々、スポンサー企業と結託して、喜多川の性加害を数十年に渡って看過してきた。事件が明るみに出た後、反省したはずのオールドメディアであったが、相変わらず、情報操作を継続している。
その典型がウクライナ戦争をめぐる不正確な報道である。「ウォロディミル・ゼレンスキー大統領=善」、「ウラジーミル・プーチン大統領=悪」という紋切り型で皮相な報道によって、現実について深く斬り込み、深層を探るという姿勢を放棄してきた。その結果、ウクライナ戦争を即時停戦・和平にもち込もうとするドナルド・トランプ大統領の真意まで歪曲して報じている。
こんな状況がつづくと、日本は、あるいは、世界は、カネによってマニピュレーションを引き起こすことのできる「金持ち」の意のままに動かされかねない。そんな危機感から、オールドメディアを徹底批判する視角から、この新刊は書かれている。
トランプ攻撃の笑止千万
オールドメディアは、国家権力と結託しながら、自ら権力やビジネス利益を守るために、大統領選のころからずっとトランプを貶める偏向報道を継続してきた。どうやら、民主党のカマラ・ハリス大統領候補が大統領に選出されたほうがオールドメディアにとっても得になるとの思いから、オールドメディアは露骨な偏向報道をしてきたように思われる。その姿勢は、トランプ大統領就任後も基本的に変わっていない。
だがその結果、トランプが懸命に行おうとしている「革命」の真意を多くの人々が誤解するようになっているのではないか。とくに、日本のオールドメディアは、長くNYTやWPといったリベラル系のオールドメディアを翻訳して伝えるだけで、その報道の欺瞞を暴き出す努力に欠けていたから、いまの日本国民の大多数は、「トランプ=悪」という視角からだけ、世界情勢をながめているのではないか。たとえば、ウクライナ戦争をめぐっては、「トランプ=悪」だから、「プーチン=悪」と結託して、「ゼレンスキー=善」を困らせているといった、まったく事実と異なる報道が正しいかのような誤解を生み出している。
だからこそ、オールドメディアを厳しく断罪し、それとはまったく異なる見方があることを知ってほしい。それが、拙著を書いた動機ともなっている。
これが意味するのは、リベラル派への厳しい批判である。私自身、リベラル寄りであったからこそ、朝日新聞に入社した。だが、私は党派性が嫌いだ。右も左もいいところもあれば、ひどいところもある。ゆえに、少なくともここ数年は、糺すべきは糺すという姿勢を貫くように意図的に努力している。だからこそ、オールドメディアである朝日新聞、毎日新聞のようなメディアはすべて非難の対象となりうる。テレビで言えば、NHKを筆頭にフジテレビなど、すべてのテレビ局の報道は抜本的に変革しなければならない。いわゆる政治的公平性が毀損されているからだ。
ただし、こうした態度をとっていると、必ずや目の敵にされる。本を上梓するにしても、さまざまな妨害に出合う。そこで、今回は、出版社が「キャンプファイヤー」というクラウドファンディングに頼ることにした(下を参照)。この論考を読んだうえで、支援をいただけるのであれば、アクセスしてほしい。拙著の送付と講演会への招待があるらしい。
(出所)https://camp-fire.jp/projects/847233/view?list=projects_fresh
本書は、トランプによる「革命」を積極的に評価することで、オールドメディアと既存権力が結託してきた、これまでの先進資本主義国における欺瞞を批判することをめざしている。それは、オールドメディアがこれまでいかに「高貴な嘘」(noble lies)をつきつづけ、人々を騙し、洗脳してきたかを白日の下にさらけ出す試みということになる。
♦オールドメディアによる洗脳を解く
さて、拙著の内容について説明しよう。強調したいのは、本書を読めば、オールドメディアによる洗脳から抜け出すことができるのではないか、ということだ。ここでは、四つの論点について考えてみたい。
(1)トランプの「盗まれた選挙」
日本人の多くは、2020年11月の大統領選が「盗まれた選挙」であったというトランプの主張をバカげたものであると考えていると思う。投票結果の集計マシーンのインチキやら、投票用紙の誤配やら、いろいろな問題があったという程度の問題について、トランプが文句をいっていると思っているようにみえる。
しかし、これは誤解だ。たしかに、トランプは「選挙結果を盗まれた」のである。だからこそ、彼は大統領就任後、復讐・報復に出た。どういうことかというと、本連載(43)「情報統制の怖さ」(上、下)に書いたように、2020年10月14日付の「ニューヨーク・ポスト」(NYポスト)のスクープ(下の写真)をでっち上げであるかのように、オールドメディアは報じ、ジョー・バイデンの息子ハンターがウクライナで不正資金を得てきた事実を隠蔽したのである。この事実を隠すために、10月19日には、さっそく、51人の元情報当局者が、書簡を発表し、このメールに疑義を唱える。そのなかには、つぎのように記述されていた。
「バイデン副大統領の息子ハンターがウクライナのガス会社「ブリスマ」の取締役を務めていた際に送ったとされる電子メールの多くが、米国の政界に登場したことは、ロシアによる情報操作の典型的な兆候を示すものである。」
ジェームズ・クラッパー元国家情報長官、マイケル・ヘイデン元国家安全保障局長官・中央情報局長官などを含む大物が署名した書簡を公表することで、このスクープの拡散を阻止しようとする圧力がかけられたのである。彼らがなぜこんないい加減な内容の声明を出したのかは判然としない。おそらく彼らは民主党支持者であって、トランプに有利な情報の信憑性を貶めるために、こんな根拠のない声明を連名で出したのだろう。
「明らかになった:ウクライナの重役、ハンター・バイデン 副大統領の父に「会う機会」を感謝する」という「ニューヨーク・ポスト」のスクープ
(出所)https://nypost.com/2020/10/14/email-reveals-how-hunter-biden-introduced-ukrainian-biz-man-to-dad/
このため、2025年1月20日、トランプは大統領令14152号「選挙妨害と政府機密情報の不適切な開示に対する元政府高官の責任追及」に署名した。これは、トランプの恨みの根深さを教えてくれる内容となっている。
第一項目には、つぎのような記述がある。
「2020年大統領選の終盤、少なくとも51人の元情報当局者がバイデン陣営と協力し、ジョセフ・R・バイデン大統領の息子がノートパソコンをパソコン修理業者に預けたという報道を否定する書簡を発表した。この書簡の署名者は、この報道がロシアのディスインフォメーションキャンペーンの一環であると偽って示唆した。この書簡は発行される前に、CIAの出版前分類審査委員会(通常、出版前に文書の機密性を正式に評価する機関)に送られた。 CIAの上級職員はこの書簡の内容を知っており、署名者のうち複数の署名者は当時、機密情報を扱う許可を有しており、CIAとの継続的な契約関係を維持していた。」
さらに、つぎのようにつづけている。
「連邦の政策立案者は、情報コミュニティが実施した分析を信頼し、それが正確であり、プロフェッショナリズムをもって作成され、米国の政治的結果に影響を与えるような政治的動機による工作がないことを確信できなければならない。署名者たちは、政治的プロセスを操作し、民主主義制度を弱体化させるために、情報機関の権威を故意に武器化した。大統領選挙中に米国民にとって不可欠な情報を抑圧するために、情報コミュニティの権威を捏造することは、第三国を彷彿とさせる目にあまる背信行為である。 そしていま、国家を守ると宣誓している他のすべての愛国的な情報専門家に対する米国人の信頼は、危機に瀕している。」
これとは別に、ジョン・ボルトン元国家安全保障問題担当大統領補佐官が、2019年にホワイトハウスの役職を解任された後、金銭的利益のために出版した回顧録に、政府在職中に得た機密情報が数多く含まれていたことが指摘されている。この二つから、大統領令は、こうした公的信頼の濫用を是正するために、①2020年のバイデン大統領選挙キャンペーンと誤解を招くような不適切な政治的連携を行った元情報当局者49人(2人の署名者はすでに故人)およびボルトンに対して、現在有効な、または過去に取得した安全保障上の機密保持資格(クリアランス)を取り消すよう指示する、としている。
まだある。このスクープを広げないために、連邦捜査局(FBI)はフェイスブックとツイッターなどに、「NYポスト」紙の記事へのリンクの配信を制限するよう、圧力をかけた。この問題もトランプの遺恨となって彼の心に刻み込まれた。
実は、1月20日、トランプが最初に署名した大統領令は、「連邦政府の兵器化(weaponization)に終止符を打つ」という大統領令14147号であった。この大統領令こそ、第一項には、「前政権とその同盟者は、全国で、民主主義のプロセスを覆すために、前例のない第三世界の武器化された検察権力を行使した」とある。「武器化」とは、多数の連邦捜査や政治的な動機による資金提供の取り消しにより、前政権の政策に反対の声を上げた個人を標的にするもので、具体的には、司法省が2021年1月6日に関連する1500人以上の個人を容赦なく起訴する一方で、BLMの暴徒(2020年9月6日にニューヨーク州ロチェスターで起こったBlackLivesMatter[黒人の命だって重要だ])に対する訴訟はほぼすべて取り下げたことなどを指している。大統領令は、「したがって、この命令は、前政権による連邦政府の武器化について、米国民に対する説明責任を確保するためのプロセスを定めるものである」として、政府の武器化を終わらせるように求めている。おそらくこの政府の武器化に終止符を打つた
めに、最初に紹介した大統領令14152号も発出されたのだろう。同じように、大統領令14147号を引用しながら、司法長官代理のエミル・ボーヴェは、FBIの暫定トップにも、2021年1月6日にトランプ支持者たちが議会の廊下を襲撃した事件に関連する「捜査および/または起訴に、いつでも割り当てられた」すべての捜査官とFBI職員のリストを作成するよう指示した、とNYTが報じた。さらに、1月31日、司法省の暫定指導部は、6人以上のキャリア上位職員に解雇を通告するようFBIに指示した、とも伝えている。
私は、このトランプによる復讐・報復劇を正当化しようとは思わない。ただ、トランプの大統領令には、それなりの理由があったということを知ってほしい。法執行機関が党派性をもった活動をすると、このような政治的混乱に法執行機関自体が巻き込まれることになるという教訓を大切にしてほしい。日本でも、安倍晋三が検察機関人事に手を突っ込み、法執行機関を蹂躙しようとした歴史がある。あるいは、妻の元夫の殺人事件に妻が関連している疑いがありながら、その捜査妨害をした嫌疑をもたれている木原誠二なる自民党議員がいまでも偉そうにしている。日本でも、米国のような復讐・報復の連鎖が起きかねない。
(2)カリフォルニア州が嫌われる理由
カリフォルニア州のロサンゼルスでは、強制送還のために移民を拘留した後にはじまった暴動で、混乱が続いている。6月9日、トランプは、不法移民に対する襲撃のために前日到着した同数の戦闘員に加え、州兵2000人の追加派遣を命じた。同日、国防総省は700人の海兵隊員をロサンゼルスに派遣すると発表した。こうした混乱の報道に接すると、トランプの政策がとんでもない政策のように思えるかもしれない。
しかし、米国における特殊な事情を知れば、トランプが変革しようとしている試みを全否定することはできないことに気づくだろう。要するに、日本のオールドメディアがこの事情について、しっかりと報道しないために、「トランプ=悪」のイメージが広がってしまうのだ。
トランプは、2025年1月20日、大統領令14159号「侵略から米国民を守る」に署名した。不法移民対策に関連するこの大統領令の第17項目に、「聖域管轄区域」(Sanctuary Jurisdictions)が登場する。「司法長官および国土安全保障省長官は、法の下で可能な最大限の範囲において、連邦法執行の合法的な行使を妨害しようとするいわゆる「聖域」管轄区域が連邦資金を利用できないようにするため、合法的な行動を評価し、実施しなければならない」と規定された。さらに、「司法長官および国土安全保障長官は連邦法の執行を妨害するような管轄区域の慣行に基づいて、刑事上または民事上、正当とみなされるその他の合法的措置を評価し、実施するものとする」とされた。
これが意味するのは、連邦政府が不法移民対策に乗り出しても、州や市のレベルで「聖域」を理由に協力を得られない現状に果敢に挑むということだ。トランプからみると、州や市レベルの自治権が強いために、場所によって移民にとっての「聖域」が生まれており、それがそこに不法移民が「巣くう」理由となっているのだ。連邦レベルの「法の支配」が脆弱なために、連邦政府の政策が地方末端にまでなかなか行き渡らないのである。
要するに、民主党の支配する、多くの州や市のレベルで、移民にとってハッピーな「聖域」が設けられおり、信じがたい事態が起きているのだ。
「知られざる地政学」連載(95):『ネオ・トランプ革命の深層』(下)に続く
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。