
【櫻井ジャーナル】2025.06.30XML: ガザで殺された住民の数は公式発表の10倍近いとハーバード大学系サイトで発表
国際政治イスラエル軍のデータを分析することでガザの惨状を明らかにするヤコブ・ガルブの報告書が「ハーバード大学学長およびフェロー」のウェブサイト「データバース」に掲載された。2023年10月7日にイスラエル軍とハマスの戦闘が始まる前、ガザの人口は約222万7000人だったが、ガルブによると、現在の推定人口は185万人。つまり37万7000人が行方不明だ。ガザは事実上の強制収容所であり、住民が逃走した可能性は小さい。つまり殺された可能性が高いと言える。
今年1月9日、医学雑誌「ランセット」は2023年10月7日から24年6月30日までの間にガザで外傷によって死亡した人数の推計値が6万4260人に達し、そのうち女性、18歳未満、65歳以上が59.1%だとする論文を発表、この論文を読んで衝撃を受けた人は少なくない。ガザの保健省は同じ時期において戦争で死亡した人の数を3万7877人と報告していたからだが、ガルブの報告書はそれをはるかに上回る。実際の死亡者数をガザ保健省の数値の10倍近くだと示唆している。死体は瓦礫の下にあるのか、バラバラな状態で確認できないということは想像できる
イスラエルが主導しアメリカが支援する民間人道支援団体「ガザ人道財団(GHF)」は2025年5月にガザで援助物資の配給施設を建設、活動を開始したが、ガルブの報告書によると、その建設計画は人道支援活動に重点を置いたものではなく、主にイスラエル軍の戦略と戦術に合わせて設計され、ガザの大半の住民がアクセスできないようになっていると指摘している。それでもこの「援助物資配給拠点」にパレスチナ人は来るが、その飢えた人びとをイスラエル軍は発砲していると伝えられている。
こうした状況であることを熟知していたはずである西側の有力メディアはイスラエル軍によるガザの破壊と大量殺戮に「寛容」な姿勢を示してきたが、その理由をドイツのフリードリヒ・メルツ首相はG7サミットが開催されたカナダで説明した。イスラエルの行動は欧米諸国のために「汚れ仕事」を行なっているのだ。
そうした大量殺戮の環境作りは10月7日の前から始まっている。2022年4月1日にイスラエルの警察官がアル・アクサ・モスクの入口でパレスチナ人男性を射殺し、4月5日にはイスラエルの警官隊がそのモスクへ突入、さらにユダヤ教の祭りであるヨム・キプール(贖罪の日/2023年は9月24日から25日)の前夜にはイスラエル軍に守られた約400人のユダヤ人がそのモスクを襲撃、さらにユダヤ教の「仮庵の祭り」(昨年は9月29日から10月6日)に合わせ、10月3日にはイスラエル軍に保護されながら832人のイスラエル人が同じモスクへ侵入、挑発していたのだ。
勿論、イスラエルによるパレスチナ人虐殺をここから始まったわけではない。シオニストは1946年夏までに7万3000人以上のユダヤ人をパレスチナへ運び、アメリカの「民間団体」は1947年に同国の軍艦を利用してユダヤ人をバルカン半島からパレスチナへ運んだ。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)
シオニストはユダヤ人の移住をエルサレム旧市街の周辺に集中させ、1948年4月の時点では、その地区に住む人の3分の2はユダヤ人。その月の4日には先住のアラブ系住民を追い出すための「ダーレット作戦」を発動させる。これは1936年から39年にかけて行われたパレスチナ人殲滅作戦の詰めだったという見方もある。
ダーレット作戦ではテロリスト団体のイルグンとスターン・ギャングが4月9日にデイル・ヤシンという村を襲うが、この村が選ばれた理由はエルサレムに近く、攻撃しやすかったからだという。村の住民は石切で生活し、男が仕事で村にいない時を狙って攻撃する計画だった。早朝ということで、残された女性や子どもは眠っている。
9日午前4時半にイルグンとスターン・ギャングはマシンガンの銃撃を合図にしてデイル・ヤシンを襲撃、家から出てきた住民は壁の前に立たされて銃殺され、家の中に隠れていると惨殺、女性は殺される前にレイプされている。
襲撃の直後に村へ入った国際赤十字のジャック・ド・レイニエールによると、254名が殺され、そのうち145名が女性で、そのうち35名は妊婦だった。イギリスの高等弁務官、アラン・カニンガムはパレスチナに駐留していたイギリス軍のゴードン・マクミラン司令官に殺戮を止めさせるように命じたが、拒否されてしまう。そして同年5月14日にイスラエルの建国が宣言された。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005)
この虐殺を見て多くのアラブ系住民は恐怖のために逃げ出し、約140万人いたパレスチナ人のうち5月だけで42万3000人がガザやトランスヨルダン(現在のヨルダン)に移住、その後1年間で難民は71万から73万人に達したと見られている。国際連合は1948年12月11日に難民の帰還を認めた194号決議を採択した。ジョン・F・ケネディ米大統領は「イスラエル建国」のために故郷を追われて難民化したパレスチナ人の苦境に同情、この194号決議を支持したが、1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺された。その後、アメリカの大統領はイスラエルを経済的にも軍事的にも支援している。イギリス、ドイツ、フランスを含むヨーロッパ諸国もパレスチナ人虐殺の共犯者だ。
**********************************************
【Sakurai’s Substack】
**********************************************
【Sakurai’s Substack】
※なお、本稿は「櫻井ジャーナル」https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/
のテーマは「 ガザで殺された住民の数は公式発表の10倍近いとハーバード大学系サイトで発表 」(2025.06.30ML)
からの転載であることをお断りします。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202506300000/#goog_rewarded
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
★ISF(独立言論フォーラム)「市民記者」募集のお知らせ:来たれ!真実探究&戦争廃絶の志のある仲間たち
※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202410130000/
ISF会員登録のご案内