【特集】ウクライナ危機の本質と背景

検証ソ連崩壊後の米国世界戦略、ウクライナ戦争勃発の真相

田中良紹

・バイデンの〝誘い〞

「ミンスク合意」が守られていればウクライナに戦争が起こることはなかった。しかし「マイダン革命」後のウクライナは中立政策を放棄しNATO加盟の動きを強め、バイデンが頻繁に訪れるようになり、息子のハンター・バイデンはウクライナ最大の天然ガス会社の重役に就任する。

しかも米国と英国はウクライナに軍事顧問団を送り込み、ウクライナ軍を訓練するだけでなく、兵器も提供してロシア軍との戦闘に備える準備を始めさせた。つまりウクライナは事実上NATOに加盟したも同然となった。

ゼレンスキーは「ミンスク合意破棄」を掲げて、2019年に大統領に就任した。そして昨年3月、ウクライナ軍に対し「クリミア奪還」の指令を下す。それと合わせてNATO軍が黒海で軍事訓練を行なってロシアを挑発した。さらにゼレンスキーはトルコから輸入したドローンで東部の親露派武装勢力を攻撃する。プーチンがウクライナとの国境にロシア軍を集結させたのは、この挑発に対する牽制である。

一方、昨年1月に大統領となったバイデンは、同年8月にアフガニスタンの傀儡政権を見捨ててタリバン政権の復活を許した。さらに米国内でインフレが国民生活を直撃したため支持率の急落を招く。今年秋の中間選挙では民主党敗北が確実視され、バイデン政権は1期目の終わりを待たずに「死に体」となることが予想された。

アフガン撤退をバイデンは中国との対決に力を集中するためと説明したが、中国と何をどう渡り合うつもりなのか、「台湾有事」を声高に叫ぶだけで、その戦略が見えない。中国との覇権争いの準備が十分でないままアフガン撤退を急いだと筆者は見ていた。

すると昨年11月、バイデン政権はロシア軍のウクライナ侵攻に対処するため「タイガーチーム」と名付けた組織を発足させ、中国よりロシアに矛先を向け始めた。そしてバイデンは「ロシア軍がウクライナに侵攻する」と繰り返し発言する。同時にプーチンに対し「NATO加盟国でないウクライナに米国は軍事介入しない」と明言した。

バイデン発言は「侵攻するならウクライナがNATOに加盟する前の今しかない」とプーチンに誘いをかけているように筆者には聞こえた。それでもプーチンは侵攻を否定していたが、2月21日に東部の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認すると、両国をウクライナ軍の攻撃から守るという名目で24日に軍事侵攻した。

待ってましたとばかり西側世界は「プーチンの侵略戦争」を一斉に批判攻撃した。

しかし「ロシア帝国復活」のための軍事侵攻にしては補給が十分でなく、とても事前に計画し準備されていたように見えなかった。訓練のために集められたロシア軍が、突発的に国境を越えることを命令されたように筆者には見えた。そのためかロシア軍の動きは緩慢で、予想以上に健闘していると伝えられるウクライナ軍との戦闘は長期化する見通しになった。

・米国世界戦略の躓き

ウクライナ戦争はバイデンにとって、アフガン撤退の悪い記憶を消し、インフレを戦争のせいにできる一方、米国の軍需産業を喜ばせ、さらに厳しい経済制裁でロシア産原油を欧州諸国に禁輸させれば、米国のエネルギー業界も潤すことができる。そうなればバイデンは、秋の中間選挙を有利にすることができる。

そしてバイデンはプーチン追い落としの情報戦を活発に行ない、ロシア国内の反プーチン感情を高めて「政権転覆」を狙っている。2008年以来、米国の覇権に挑戦してきたプーチンは許すべからざる人物だからだ。

しかしバイデンの支持率は戦争が始まっても上向かない。米国民は戦争より物価高に関心があり、バイデン政権の無策にしびれを切らしている。11月までにインフレを鎮静化させなければバイデンは「死に体」になる。それまでプーチンが権力を維持できていれば、戦争の構図に変化が現れる可能性もある。

米国の世界戦略は、世界最大の大陸ユーラシアを米国が支配することから成り立つ。米国はユーラシアを欧州・中東・アジアの三つに分け、欧州ではNATOを使ってロシアを抑え、アジアでは中国を日本に抑えさせ、そして中東は自らがコントロールする。

ところがネオコンが主導した「テロとの戦い」で米国は中東での覇権を失った。残るは欧州とアジアだが、まもなく経済力で米国を抜くとみられる中国との覇権争いが最重要のはずだ。前大統領のトランプは、中国との覇権争いのため、NATOを解体してロシアと手を組む戦略まで考えた。

それをバイデンは変えた。バイデンは経済制裁によってロシアを孤立させ、経済的打撃を与えることでプーチンの失脚を狙っている。ところがロシアに対する経済制裁に参加した国は、国連加盟国193カ国の4分の1に満たない47カ国と台湾だけだ。アフリカや中東は1カ国もない。米国が主導した国連の人権理事会からロシアを追放する採決結果を見ても、賛成した国は93カ国と半数に満たなかった。

米国に従う国はG7を中心とする先進諸国で、BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)を中心とする新興諸国はバイデンの方針に賛同していない。このようにウクライナ戦争は世界が先進国と新興国の2つに分断されている現実を浮き彫りにした。ロシアを弱体化させようとしたことが米国の影響力の衰えを印象づけることにもなったのである。

Concept of BRICS Union. Brasil Russia India China South Africa association

 

そうした中でじっと戦争の行方を見守っているのが中国だ。ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まった時、習近平国家主席はプーチンに電話をかけ「話し合いで解決すべき」と戦争に反対の立場を明らかにした。一方でバイデンがロシアに対する経済制裁を呼びかけたことにも反対し、国連での対露経済制裁決議の採決は棄権した。

今、ロシア産原油が経済制裁で安値になったためインドが猛烈な勢いで輸入を増やしている。コロナ禍が収まり需要が回復すれば中国も輸入量を増やすと見られる。欧州は禁輸措置を断行するというが、しかし反対の国もあり、結束が乱れる可能性もある。そして経済制裁にどれだけの効果があるのか疑問視する声もある。

バイデンの戦略が、先にロシアを弱体化させ、それから中国との覇権争いに取り組もうとするのであれば、中国はすぐにはロシアを弱体化させないように手を打つはずだ。中国は戦争には加わらないが、それ以外のことなら何でもやる可能性がある。そしてこの機会に人民元の国際化を図ろうとしている。ドル基軸通貨体制を揺さぶるのである。

・ウクライナ戦争が変える世界

実はイラク戦争の本当の理由は、サダム・フセインが石油の決済通貨としてユーロを認めたためだと筆者は考えている。

当時ユーロはドルに代わる国際通貨として注目を浴びていた。ユーロでの石油決済が広がれば、ドルの基軸通貨体制は崩壊する。フランスとドイツがイラク戦争に反対し、サダム・フセインの側に立っていたのはそれを物語ると筆者は考える。

ロシアに対する経済制裁が発動されると、サウジアラビアが人民元での石油決済を認めるというニュースが流れた。トランプと友好的だったサウジはバイデン政権と関係が悪い。サウジが人民元で決済するようになればドルの影響力は衰える。そうなればバイデンが原因を作ったことになる。

Sanctions, embargo on Russian gas and oil. Russia aggressor, war. Transportation, delivery, transit of natural gas.

 

30年前の米国は、ソ連が崩壊したことで唯一の超大国となり世界に君臨していた。その年にネオコンの政治学者フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』を書き、ネオコンのチェイニー国防長官とウォルフォウィッツ国防次官が「国防計画指針(DPG)」という世界支配戦略を作成した。

DPGには「米国だけが優越的軍事力を独占することで国際秩序を形成できるようにする。ロシアを弱体化させる。欧州諸国が独自の安全保障システムを作ることを許さない。日本に太平洋地域で大きな役割を担うことを許さない」と書かれてある。

しかし冷戦時代の「封じ込め戦略」を投げ捨て、ネオコンが主導して米国の価値観で世界を統一しようとしたことが、米国を中東での泥沼の戦争に引きずり込み、中東での覇権を失った。

そして次に中国と覇権を争おうとする時に、再びネオコンが主導するウクライナ戦争が起きたのである。西側報道では劣勢が伝えられるロシア軍だが、ロシアにとってウクライナ戦争は国家の安全が確かなものになるまでやめられない存亡をかけた戦いである。だから先行きはまだわからない。

世界最強の米国は実は第二次大戦後の戦争に勝ったことがない。朝鮮戦争は引き分け、そのトラウマから始めたベトナム戦争に敗れ、史上最長となったアフガン戦争にも敗れた。一方で冷戦と湾岸戦争には勝利したように見えるが、冷戦はソ連の自滅であり、湾岸戦争も米国中心ではあるがソ連も中国も認めた多国籍軍の戦争である。

ウクライナ戦争の結果次第では、44年間の米ソ対立とその後30年に及ぶ米国一極支配という第二次大戦後の国際秩序が破壊される可能性も否定できないのである。

(月刊「紙の爆弾」2022年7月号より)

 

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田中良紹 田中良紹

TBSでディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。現在はブログ執筆と政治塾を主宰。

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