【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(98):オールドメディアが報じない「クレプトクラシー」の実態:UAEを暴く(上)

塩原俊彦

 

言葉は、現象を理解するうえで重要な役割を果たしている。ゆえに、私は意図的にいくつかの言葉を日本において喧伝しようとしてきた。その一つが「クレプトクラシー」である。2019年12月、「論座」に掲載した論考「「クレプトクラート=泥棒政治家」と安倍首相」のなかで、「クレプトクラシー=泥棒政治」を紹介しておいた。もう一つの言葉は、「カキストクラシー」だ。こちらは、「現代ビジネス」の記事「あのクルーグマン教授が最後のコラムで強調した「トランプ=カキストクラシー政治」とは?」のなかで説明しておいた。「カキストクラシー」は「極悪政治」、「クソ政治」を意味している。

今回は、この「クレプトクラシー」ないし「カキストクラシー」を実践していると思われるアラブ首長国連邦(UAE)の話をしたい。そうすることで、国際政治において「悪」が幅を利かせている実態がわかってくる。それにもかかわらず、オールドメディアの無関心も手伝って、そうした「悪」はむしろ世界中に広がっている。

UAEの王家について

7月6日から2日間、リオデジャネイロでブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカなどを含むBRICSグループの会合が開催される。実は、UAEはこのBRICSグループに2024年1月1日、エジプト、イランなどともに正式加盟した。だからこそ、私はUAEに強い関心をもつようになったのだ。

UAEは1971年、アブダビ、ドバイ、シャールジャ、アジュマーン、ウンム・アル=カイワイン、フジャイラの各首長国が集合して、連邦として建国された。1972年には、イランとの領土問題で他首長国と関係がこじれていたラアス・アル=ハイマが加入して、現在の7首長国による連邦の体制を確立した。

このなかでとくに力をもっているのは、石油資源が豊富なアブダビ首長国である。

2022年5月にハリファ・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン大統領(当時)の死去に伴いムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーンが大統領に就任した。UAE建国の父、ザイード初代大統領(1971~2004年、ハリファやムハンマドなど有力者の父)は20年ほど前、継承権は自分の息子たちに引き継がれるべきだと示唆していた。しかし、2023年3月、ムハンマド大統領は兄弟ではなく、長男ハーリドをアブダビ皇太子に据えた。

ほかに、ムハンマド大統領を支える布陣として、ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム(副大統領、ドバイ首長)がいる。さらに、ムハンマドは弟であるマンスールを副大統領兼副首相兼大統領官房相に据えた。同じく弟のタフヌーンとハッザーアは、アブダビ副首長に任命された。こうして、長男ハーリドをタフヌーン、ハッザーア、マンスールという叔父が支える形になったことになる。

UAEの汚さ

UAEの「汚さ」が一躍有名になったのは、マレーシア政府系ファンド「1MDB」の巨額汚職事件にマンスールが関与していたことが明らかになったためである。

マレーシアの政府系ファンド、1Malaysia Development Berhad(1MDB)に絡む数十億ドル規模のスキャンダルにおいて、マンスールの名前が飛び出したのだ。そもそも、1MDBファンドは、クアラルンプールを金融ハブにし、戦略的投資を通じて経済を活性化させるために2009年に設立された。しかし、2015年初頭、銀行や債券保有者に対して負っていた110億ドルの一部の支払いが滞り、問題が発覚するのである。

2009年から2015年にかけて、高官とその関係者によって1MDBから45億ドル以上が吸い上げられたとの疑いが浮上する。とくに、ナジブ・ラザク元首相は、自身が設立したファンドから約7億ドルを着服したとして告発された。2018年、ナジブ党はマレーシア史上初めて政権を失った。さらに、ナジブは、2020年に懲役12年、罰金2億1000万リンギット(約5200万ドル)を言い渡され、2022年8月から刑務所に収監されている。他方で、マレーシアの金融業者で、1MDB計画の首謀者と言われている、ジョウ・ロウ(ロウ・テク・ジョウ)は現在も逃亡中で、中国に潜伏しているとみられている。

ゴールドマン・サックスは、財務上の不正を示す複数の赤信号があったにもかかわらず対応を怠り、1MDB向けの65億ドルの債券発行を促進した。このため、同社はその共犯として50億ドルを超える罰金が科された。結局、同社は39億ドル以上の和解金を支払った。

このゴールドマン・サックスをめぐる裁判のなかで、同社の銀行家ティム・ライスナーは、巨額詐欺の立役者とされるジョウ・ロウが、1MDBのために何十億ドルもの資金を調達し、使用することを承認するために、誰に報酬を支払う必要があるかを明言した会議について証言した。賄賂を支払うべき人物リストが示され、そのリストには、ナジブのほか、UAEのマンスールなども含まれていたというのである。前述したロウは、「首長(マンスール)は1億ドル(1億3500万シンガポールドル)以下ではベッドから降りないと言った」、とライスナーは陪審員に語ったという(Straitstimesを参照)。

当時、マンスールは1MDBと関係する数十億ドルのスキャンダルによって汚された政府系ファンドの元会長であり、サッカーのトップクラブの一つ、マンチェスター・シティも買収していた有名人であった。おそらく、焦げつく懸念のある債券を政府系ファンドと購入することで、その債券の評価損はファンドにもたせ、自分は債券購入に対する報酬を得ようとしたのであろう。ただし、マンスールの「腐敗」については、刑事事件となっているわけではない。

スーダンをめぐる悲惨

最近、目に余るのは、UAEがスーダン(下図を参照)に介入し、スーダン全体の災禍に絡んでいる問題についてである。実は、連載(37)「移民をめぐる地政学」(上、下)において、スーダンについて紹介したことがある。2023年4月、まず首都ハルツームで、その後スーダン全土で戦闘が勃発した結果、2023年12月、国際連合の人道問題調整事務所(OCHA)の情報によると、国際移住機関(IOM)の情報として、スーダン国内で540万人以上が戦闘により家を失い、全18州の5939カ所に避難しているというのである。

(出所)https://www.economist.com/briefing/2024/08/29/the-ripple-effects-of-sudans-war-are-being-felt-across-three-continents

ここでは、2024年7月に『フォーリン・アフェアーズ』において公表された論文「スーダンにおけるUAEの秘密戦争」および同年8月29日付The Economistで公開された記事「スーダンの戦争の波及効果は、三つの大陸にわたって感じられている」を参考にしながら、スーダンの情勢を説明したい。

まず、上の地図からわかるように、スーダンはその地理的位置に重要性をもつ。アフリカ北東の角に位置するスーダンは、サハラ砂漠、サヘル(サハラ砂漠の周辺の乾燥した地域)、アフリカの角への玄関口である。さらに、スーダンは紅海を取り囲む形で広がっており、もっとも狭い部分では紅海を挟んでアラビア半島とアフリカ大陸がわずか30kmしか離れていない。

スーダン軍(SAF)が拠点を置くスーダンの沿岸都市ポートスーダンは、スーダンの西隣国であるチャドの首都ンジャメナよりも、アブダビやテヘランに近い。

スーダン紛争

エジプト、イラン、トルコは、スーダン軍(SAF)が無差別爆撃や拷問を行い、飢餓を戦争の武器としている証拠があるにもかかわらず、ハルツームに軍事支援を提供している。

他方で、ロシアは当初、紛争のもう一方の当事者である準軍事組織、急速支援部隊(RSF)を支援していた。RSFは、20年前にダルフールで大量虐殺を行ったジャンジャウィード民兵をルーツとしている。

重要なことは、湾岸諸国のなかで、この戦争にもっとも影響力をもっているのがUAEであることだ。スーダンの飢餓と民族浄化にもっとも責任を負っているのは、UAEであるといってもいい。RSFがダルフールやその他の地域で市民に対する大量虐殺的な攻撃を行うなか、UAEは民兵に武器を提供しているからだ(RSFによるジェノサイドが非難されている、ダルフール州の知事でSAFに同調するミニ・マナウィは、「UAE抜きではスーダンの戦争はゼロだ」とのべている)。

なぜそうしているかというと、悪徳企業がスーダンの金をUAEの市場に密輸し、紛争を煽っているのだ。UAEは、その石油埋蔵量、イランへの対抗軸としての戦略的重要性、ガザ地区での戦争を終結させるための外交努力における役割から、欧米の指導者たちがUAE批判を強めることを躊躇しているため、平然と行動できているのである。

スーダンの金

スーダンの戦争の主な原動力は金である。RSFは金取引により深く関与しているが、両陣営とも大量の金を密輸・売却し、戦争マシンに燃料を供給している。2022年にUAEはスーダンから39トン、20億ドル以上の金を輸入しており、スーダン産の金の直接輸送はいまもつづいている。悪質な業者はスーダンの金をチャド、エジプト、エチオピア、南スーダン、ウガンダに密輸している。国連の貿易データによると、2022年には60トン以上がこれらのルートを通じてUAEに到達している。米国務省は2023年5月のビジネスリスク勧告のなかで、UAEはスーダンから輸出される金の「ほぼすべて」を受け取っていると指摘している。

UAEは金洗浄の世界的なハブであり、アフリカから密輸される金の最大の目的地であるとされている。だからこそ、ロシアの傭兵部隊であるワーグナー・グループは、RSFに地対空ミサイルを提供するなどして、RSFとともに金を密輸してきた。このため、ウクライナの特殊部隊がRSFに対する秘密作戦を実施したとも伝えられている。ただし、創設者であるエフゲニー・プリゴジンが2023年8月に死亡して以来、ワーグナーはスーダンへの関与を減らしているようだ。

スイスの非政府組織Swissaidの最近の報告書によると、2022年には405トンがサハラ以南のアフリカからUAEに密輸され、UAEはその年のアフリカ産不正金塊の最大の輸入国であったと推定されている。業界の専門家によれば、原産国では申告されない大量の密輸金が、UAEを経由することで突然合法となり、UAEが金のローンダリング(洗浄)において主導的な役割を果たすことを確固たるものにしているという。

これに対して、世界的に影響力のある金取引組織であるロンドン貴金属市場協会と、マネーロンダリングと闘う政府間組織である金融活動作業部会は、2020年から2022年にかけて、UAEに金とマネーロンダリングに対処するよう圧力をかけた。これを受けて、UAEの指導部は、精製業者に国際基準による監査を義務づけるなど、改革に向けた一歩を踏み出した。だが、「重要な抜け穴が残っており、とくに国内の「ゴールド・スーク」(金市場)では、金が現金と交換されている」、と先の論文は指摘している。つまり、金価格の急騰はUAEを潤し、その一部がRSFへの武器供与となり、スーダン国民を苦しめているという構造がいまでも存続していると考えられる。

「知られざる地政学」連載(97):オールドメディアが報じない「クレプトクラシー」の実態:UAEを暴く(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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