【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(98):オールドメディアが報じない「クレプトクラシー」の実態:UAEを暴く(下)

塩原俊彦

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UAEの罪深さ

UAEによるRSFへの支援は、過去10年間に培われた個人的な関係の産物でもある。RSFの指導者であるムハンマド・ハムダン・ダガロ(通称ヘメディ)は、サウジアラビアとUAEの代理としてイエメンに軍を派遣し、同じくUAEの支援を受ける別の軍閥であるハリファ・ハフタルとともにリビアで戦った。金鉱採掘から観光業まで、RSFの広大な事業ネットワークは、UAEに拠点を置くアドバイザーによって管理されている。

しかし、UAEによるRSFの支援は、より広範な戦略の一部でもある。UAEは、紅海におけるUAEの影響力を拡大し、鉱物から物流、農業に至るまであらゆる分野で商業事業を展開するために、アフリカ全土に顧客ネットワークを構築したいと考えている。UAEの企業はスーダンの農地を数万ヘクタール購入しており、2022年には農産物を輸出するための港を建設する契約を結んだ。

UAEがチャド、エジプト、エリトリア、リビア、ソマリアの一部に臨時の軍事前哨基地のネットワークを構築しているという見方もある。2010年以降、UAEはエチオピアを含む八つのアフリカ軍を訓練している。こうしたパートナーシップは、イエメンにおける同国の戦略とも一致している。イエメンでは南部の分離独立派政権を支援し、沿岸の島々に基地を建設しているのだ。

UAEの影響下にあるアフリカ諸国は、この戦争に巻き込まれている。RSFはリビア、南スーダン、チャドを経由して物資を供給しており、チャドのマハマト・デビ大統領はUAEから軍事援助を受けている。RSFはチャド、ニジェール、中央アフリカ共和国から戦闘員をリクルートしている。

2024年9月21日付のNYTは、「スーダンの戦争に投入された無人機のなかでもっとも強力な中国製無人機は、アラブ首長国連邦が軍事基地として拡張したチャドの国境を越えた空港から飛ばされている」、と報じている。UAEは、世界でもっとも有名な救援のシンボル、「赤十字の赤い三日月マーク」を、スーダンに無人機を飛ばし戦闘員に武器を密輸するという秘密作戦の隠れみのとして使用しているとも伝えている。

スーダンをめぐる錯綜

こうしたUAEの暗躍に対して、スーダン軍(SAF)を支援して巻き返しをはかろうとする動きもある。ソマリアに数億ドルを投資しているトルコは、スーダンでも影響力を強めたいと考えている。トルコの兵器メーカーであるサルシルマズ社は、スーダン空軍に小型武器を供給している。カタールは通貨を支えるためにスーダンの中央銀行に10億ドルを預け入れたと噂されており、最近、ドバイの負担で両国の金取引を促進する契約を結んだ。

スーダン正統政府を自認するSAFは、サウジアラビアのような名ばかりの同盟国からの支援が中途半端であることに苛立ちを感じている。そのため、イランと親交を深めている。2016年に断絶していた外交関係を2024年7月に再開した。だが、2025年に入ってからのイランへのイスラエルと米国による攻撃で、イランとの関係は寸断同然だろう。

一方、エジプトはトルコ製無人偵察機をSAFに提供していると「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)は報じている。2024年2月にUAEがエジプトに350億ドルを投資すると約束したことで、このような支援は減少する可能性がある。

このままでいくと、スーダンはリビアの二の舞になりかねない。リビアの崩壊は、武器、聖戦士、密売人、ギャングの急増につながり、サヘル地域の政権を不安定化させた。その混乱は、軍事クーデターを招き、ロシアとつながりのある軍事政権を生み出した。同様の勢力がスーダンから流出する可能性もある。

チャドでは、ジェノサイドに関与したRSFとのつながりを否定する政治エリートたちから、デビ大統領が圧力を受けている。この戦争は、南スーダンから紅海へのパイプラインによる石油の供給を脅かしており、戦乱に揺れる石油国家を不安定化させている。エチオピアは、この戦争に乗じて、スーダンとの国境沿いの長年係争中の農地を侵食しようとする可能性もある。この不安定な情勢は、スーダンと国境を接するティグライ地方におけるエチオピアの内戦や、エリトリアとの長年にわたる紛争を再燃させる可能性もある。

2024年2月には、米国の情報機関が、1990年代にウサマ・ビン・ラディンをかくまったスーダンが「再びテロリストや犯罪ネットワークにとって理想的な環境となる可能性がある」と警告した。欧米諸国の当局者は、アフリカ各地のアルカイダやイスラム国の支部が、銃や現金、戦闘員の新たな供給源や密輸ルートを獲得することを懸念している。

WSJによると、イランはスーダンの沿岸に海軍基地を設置するよう要請している。スーダン軍は拒否していると主張しているが、追い詰められれば要請を受け入れる可能性もある。イエメン、ソマリア、スーダン間の武器密輸はすでに横行している。スーダンはイランの代理勢力ネットワークに新たな拠点を追加することになるかもしれない。米国政府高官は、フーシ派とソマリアの聖戦士グループであるアル・シャバブが協力について話し合っていることを懸念している。スーダンのイスラム主義グループも関与するとなれば、米国政府高官はさらに警戒を強めるだろう。

どうにも、スーダンおよびその周辺国の状況が風雲急を告げているようにみえる。

加えて、難民の問題がある。 スーダンから逃れた220万人の大多数は現在近隣諸国に滞在しているが、欧州への移住が「さらに加速するだろう」との見方もある。2024年 2月には、チュニジアからイタリアへ向かう移民を乗せた船が転覆し、数十人のスーダン人が溺死した。

UAEのつぎなる一手:AI

「クレプトクラシー」ないし「カキストクラシー」を実践する極悪人は、遠くを見つめる目もしっかりともっている。要するに、悪賢いのだ。

「フォーリン・アフェアーズ」に2024年10月に公表されたSam Winter-Levy著「AI外交の時代到来」によると、2019年には、アラブ首長国連邦(UAE)が世界初のAI専門大学を設立し、政府発表によると、2021年以降、同国におけるAI従事者の数は4倍に増加した。また、UAEはGoogleやMetaのライバルであると主張する一連のオープンソース大規模言語モデルをリリースし、2024年初めには、運用資産1000億ドルを超える可能性のあるAIと半導体に特化した投資会社を立ち上げた。

米国のテクノロジー企業も、この関心に熱心に応えている。マイクロソフトは2024年4月、UAEの大手テクノロジー企業であるG42に15億ドルを投資すると発表した。この取引により、マイクロソフトは新興国での事業拡大が可能になり、G42はマイクロソフトのコンピューティングパワーを利用できるようになる。

2025年5月、米国のOpenAIは、UAEのアブダビで、次世代AIインフラプラットフォーム「スターゲートUAE」を始動すると発表した(JETROを参照)。これは、同社が各国政府と連携してAIインフラを整備する新構想「オープンAI各国連携プログラム」(Open AI for Countries)の第一弾で、米国外では初の展開となる。

スターゲートUAEは、5月15日に開催されたドナルド・トランプ大統領とムハンマド大統領の会談において正式に発表された「米国・UAE AIアクセラレーション・パートナーシップ」および、同パートナーシップのもとで開かれた「UAE–米国AIキャンパス」に基づくものだ。

トランプはサウジアラビア、カタール、UAEを訪問したのだが、UAE訪問の背景には、UAEが支援するファンドが、トランプ家のデジタルコインを使った20億ドルの取引を行うことがある(NYTを参照)。トランプ一族の暗号会社、ワールド・リバティ・フィナンシャルが開発したいわゆる「ステーブルコイン」(USD1)が、データセンターやチップなどのAIインフラに投資する、総額1000億ドル規模のUAEのテクノロジー投資会社MGXと、世界最大の暗号取引所バイナンスとの取引を完了させるために使用されることになったのだ。

なお、このトランプによるUAE訪問に同行した、ソフトバンクグループの孫正義会長兼CEOは「米国OpenAI、オラクルとともにスターゲートを発表した時、われわれは次の情報革命のエンジンを築こうとしていた。今回UAEが自国のデータ主権を守りつつ、主導権を持って運用できるAIプラットフォームを導入したことは、スターゲート構想がグローバルに適応できることを証明している」とのべた。UAEと協力する孫もまた極悪非道の部類だと断言するわけではないが、「カネさえ儲かれば何でもする」という人物を私は軽蔑する。

孫は、2018年のサウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギの残忍な殺害につながった作戦を「承認」していたとされる(WPを参照)、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子ともパイプを築いている(2018年10月17日付WSJは、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、孫の920億ドルのソフトバンク・ビジョン・ファンドに450億ドルのサウジ資金を拠出することを約束した、と報じている)。そのサウジアラビアもまたAI分野に力を入れている。アマゾンは2024年初め、サウジアラビアのデータセンターに53億ドルを投資すると発表した。AIスタートアップのGroqは、サウジアラビアの国営石油大手のサウジアラムコと提携し、同国に巨大なAIデータセンターを建設する。

UAEの中国への接近

AIは軍事利用とともに発展してきたことを忘れてはならない。ゆえに、拙著『サイバー空間における覇権争奪』では、「序章 技術と権力――サイバー空間と国家権力」において、AI倫理という観点からAIの軍事利用の問題を考察したのである(この連載の100回目においても、AIと地政学を関連づけながら最先端の議論を展開する予定である)。

そう考えると、UAEやサウジアラビアがAIに関心を寄せている背景には、カネ儲けという側面以外に、軍事利用という面がはっきりと存在する。先に紹介した「AI外交の時代到来」には、UAEが両国の人権侵害や地域活動についてとやかく言うことはない中国とも関係を深めていることが紹介されている。中国製の無人機は、スーダンにおける秘密工作キャンペーンでUAEが選んだツールの一つであり、2024年初めには中国とUAEの空軍が新疆ウイグル自治区で合同演習を行ったという。UAEのG42が中国企業との関係を断ったとしても、アブダビの新しい投資会社がG42の中国に焦点を当てたファンドの管理を引き継いでおり、G42と同様に、この新しい投資会社はUAEの国家安全保障顧問が監督している。つまり、もはやUAEは中国と太いパイプで結ばれているのだ。

オールドメディアの欠陥はカネに弱い

今回紹介したUAEのひどさを知っている日本人はほとんどいないだろう。それは、オールドメディアがきちんと批判的に報道しないことに起因している。考えてみると、オールドメディアは単に不勉強なだけでなく、カネにも弱い。ソフトバンクの孫正義のひどさについて真正面から批判できずにいる。

たとえば、私は「LINE、ヤフー、そしてソフトバンクへの疑問」という記事を2019年11月に「論座」において公開したことがある。このなかにも書いたことだが、親会社のソフトバンクグループ、その子会社のソフトバンクとヤフー(現Zホールディングス)がいずれも上場されているのはおかしい。親会社と子会社の証券取引所への同時上場は制度として日本では認められているものの、欧米ではほとんど認められていないからである。親会社と子会社との間で、債権債務を恣意的に移動して節税に利用したり、子会社の上場で得た資金で自社株買いを行い、意図的に親会社の株価を引き上げたりする操作が簡単にできるようになるからだ。

もちろん、ソフトバンクだけが親子上場会社であるわけではない。親会社である日本郵政、子会社のゆうちょ銀行とかんぽ生命保険が上場している日本郵政グループで、相次ぐ不祥事が発覚した。「親子上場」を平然と行う経営者そのものに何か大きな欠陥があるのではないかと思えてくる。そう、こうした経営者はとんでもない「悪人」なのではないかと疑うだけの価値がある。

だが、いまでは、オールドメディアはもちろん、SNSでさえ、ヤフー検索からの排除などを恐れて、孫正義およびその関連企業を真正面から批判できなくなっている。日本郵政も同じかもしれない。

こんなバカな状況を放置していると、金権政治がまかり通り、カネ儲けのために戦争を引き起こすような、「クレプトクラシー」ないし「カキストクラシー」を実践するクソ野郎が登場しかねない。心配だ。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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