中国の社会と経済:陰の米中競争―日本に欠けている視点と論点の紹介―(中)

朱建栄

二、米国の経済成長率は46年ぶりに中国を逆転する?

「ゼロコロナ」政策による中国経済への衝撃は小さくない。上海のロックダウンはそれに追い打ちをかけた。4月の上海のGDPは去年同期比7割減、周辺の浙江・江蘇省のGDPは4割減だった。それに対し、春ごろ、米国経済が一時、好調を見せたため、米紙に、「今年の成長率は文化大革命終結の年以来初めて中国を上回る」との記事が出て、バイデン大統領はこれに早くも飛びついた。

U.S.-China Competition Zeroes In on Growth – 222071WSJ

7月1日付ウォールストリートジャーナル(WSJ)に掲載された同記事の冒頭部分の訳:

ともに国内経済の課題に直面する中、米中両国の指導者は大国間競争の焦点の一部を、どちらの国の成長がより力強いかを競うことにシフトしている。

バイデン大統領はこの1か月で2度、米国の今年の経済成長率が1976年以来初めて中国を上回る可能性があると公言している。(中略)こうしたバイデン氏の発言は中国政府の神経を逆なでしている。

先週のBRICS商工フォーラムの開幕式に、中国の習近平国家主席は意外にも中国がより効果的な措置をとり、通年の経済社会発展目標の実現に努力すると宣言した。つまり2022年の成長目標を5.5%前後だと再確認した。この発言は、ある程度ホワイトハウスに向けられているようだ。

しかしバイデン大統領が掴もうとする藁はどうも役立たないようだ。米国経済の行方に悲観的な見方が、米国内からも多数出ている。

联储:通回落到2%将需要几年时间” – 220620FT中文网 (ftchinese.com)

FT記事:クリーブランド連邦準備銀行(Cleveland Fed)のロレッタ・メスター(Loretta Mester)総裁は6月19日、リセッション(景気後退)リスクが高まっており、インフレがFRB(Fed)の目標水準である2%に反落するには「数年」かかるだろうとの見方を示した。

葉倫:高通膨 令人無法接受  220621世界新聞網 (worldjournal.com)

台湾紙記事:FRBのイエレン議長は6月20日、ABCとのインタビューで、経済は減速すると思うが、衰退は避けられないものではないと答えた。

イエレン氏は景気後退回避に楽観的な見方を示しているようだが、ウクライナでの戦争継続、インフレ、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)により、今後数カ月間、世界経済は深刻な脅威に直面しており、「インフレ上昇のテンポは明らかに受け入れられないほど高い」と認めた。

なお、野村証券チームが7月初めに発表した最新の報告では、米国に続き、EU、英国、日本、韓国、オーストラリア、カナダも相次いで不況に陥る可能性が高いと予測している。

 

④ 野村:除了美国,这6大经济体明年也将陷入衰退220704 (qq.com)(グラフのみ借用)

 

団栗の背比べになるが、中国も5.5%の目標達成は難しいだろう。主要研究機関から、4.5~4.9%の成長になると予測されている。

それでも、4%台の数値も手を拱いては達成できない厳しい内外環境にあることを意識した中国政府は勢いよく動き出している。

5月25日、国務院は、2800以上の県区(日本でいう市町村レベル)の行政首長を含む10万人が参加した「経済の大局を安定化する全国会議」が緊急招集された。それに関する解説記事を紹介する。

全国稳定经济大盘会议释放什么信号,为何这个时点召开?220525 (baidu.com)

国務院発展研究センター・マクロ経済研究部の馮徐彬副部長の解説要旨:

1.「このタイミングでこのような全国決起大会が開催されたことは、経済の下押し圧力がかなり大きいことを物語っている」。

2.国務院常務会議は5月23日、6方面の33項目にわたる措置を含む包括的な経済安定措置を決定したが、決起大会を開くまで周知させようとしたのは、「全国、各地域、各業界が一緒になって政策を着実に実施し、経済の大台を安定させる努力が必要」と認識されたためだ。

 

会議で公表された33項目の措置に関して経済専門家はネットで次の7項目に要約して解説した:

第一、特別債の発行を拡大し、債務規模を拡大する(大借金)

第二、住民消費奨励金を支給する(消費刺激)

第三、企業増値税の税率を1~3ポイント引き下げる(減税)

第四、重要水利プロジェクトの推進を加速する(新規需要創出)

第五、所得税、企業所得税に関して半年間の納税を停止する(納税の一時停止)

第六、財政赤字のマネタイゼーション(ストレートに言っていないが、そのニュアンス)

第七、就職率を役人(行政首長)に対する審査指標とし、チェックを強化する。

失業率が急上昇した中で、最後の項目は、「担当地域内の失業率を大幅に下げないと行政責任者を厳罰し、ひいてはクビにする」との意味だ。

その後、中国の大規模な新規投資や、予定プロジェクトの前倒し実施が相次いで発表された。

今年中国水利建设投资预计超8000亿元 220517(people.com.cn)

1~4月、全国の水利建設投資実施額は1958億元で、前年同期比45.5%増加したが、通年の投資額は8000億元と掲げられており、残りの8か月間に、重大水利プロジェクト30件以上の新規着工を確保し、投資額6000億元以上の完成を見込んでいる。

米紙も中国の大規模な投資を取り上げ、その重点は「新型インフラ」と指摘。

China Is Updating Its Formula for Building Itself Out of a Slump – 220628WSJ 

さて中国でいう「新型インフラ」とは何か。4月26日に開かれた中央財経委員会第11回会議で、以下の各分野が含まれると定義された。やや長いが、全体的イメージが湧くので、「対象」に当たる分野を以下の通りに列挙。

全面加强基础设施建设构建现代化基础设施体系 为全面建设社会主义现代化国家打下坚实基础 220427(people.com.cn)

交通、エネルギー、水利などのネットワーク型インフラの建設を強化し、ネットワークの建設・強化・連結を建設の重点とし、効果と利益の向上を図ること。

国家レベルの総合立体交通網の主要骨組みの建設を加速し、沿海と内陸河川の港湾航路の統合的建設を強化し、全国水運施設ネットワークを最適化・向上させる。

分散型スマートグリッドを発展させ、一連の新型グリーン・低炭素エネルギー基地を建設し、石油・ガスパイプライン網の整備を加速する。

国家水ネットワークの主要骨格と大動脈の構築を加速し、重点水源、灌漑区、貯水・滞水区の建設と現代化改造を推し進める。

情報・科学技術・物流などの産業高度化インフラの建設、次世代スーパーコンピュータ・クラウドコンピューティング・人工知能プラットフォーム・ブロードバンド基盤ネットワークと重大科学技術インフラの配置・建設、総合交通中枢及び集配輸送システムの建設、一部の支線空港・汎用空港・貨物空港の配置・建設を強化・加速する。

都市のインフラ整備:都市圏の交通統合、便利で効率的な都市間鉄道網、都市部(郊外)鉄道と都市軌道交通、都市総合道路交通システムの建設を推進すること、地下総合パイプライン、都市の洪水・冠水防止、汚水・ごみ収集処理システム、防災・減災インフラ、公衆衛生緊急施設、スマート道路・スマート電源・スマートバスなどのスマートインフラの建設を強化する。

農地の水利施設の整備、高基準農地・「四好農村路」の建設、農村の交通運輸体系の整備、都市と農村のコールドチェーン物流施設の建設を加速し、大規模化給水プロジェクトを実施し、農村の汚水とゴミの収集処理施設の建設を強化し、インフラの整備によって農業と農村の現代化を促進する。

国家安全保障インフラの建設、極端な状況に対応する能力の向上を加速する。

これら「新型インフラ」の整備を通じて、「全面的な現代化したインフラシステムを建設し、社会主義現代化国家の実現に確固たる基盤を打ち立てる」が目標とも説明された。

ゼロコロナ政策が続いても、中国への資金流入は加速しているようだ。

[FT]22年のIPO調達額、中国本土が世界一 米国の2倍 220622日本経済新聞 (nikkei.com)

日経記事:

2022年の中国本土での新規上場による資金調達額は米ウォール街での調達額の2倍以上に達している。上海証券取引所では、上海市のロックダウン(都市封鎖)期間中も上場手続きを安定的に継続させるため、職員が泊まり込みで業務に当たった。

調査会社ディーロジックの集計によると、22年の新規株式公開(IPO)による資金調達額は、中国本土が約350億ドル(約4兆7700億円)であるのに対し、米国は約160億ドルにとどまっている。

(中略)対照的に、中国を除く世界全体ではIPOによる調達額が8割減少している。ロシアによるウクライナ侵攻、インフレの加速、政策金利の引き上げで市場が動揺し、企業が新規上場を遅らせていることが影響している。

 

韓美德擴投資 中國利用外資年增17% 220615旺報

台湾紙記事:

感染症下でも、中国大陸の外資受け入れは2桁増を維持している。中国商務部のウェブサイトが6月14日に発表したデータによると、今年1~5月の全国の外資実行額は5642億元(約10兆円)で、年17.3%増加した。調達先を見ると、韓国、米国、ドイツの実質対中投資はそれぞれ52.8%、27.1%、21.4%増加している。

在米独立系中国人ジャーナリスト何頻氏は、中国にいつも厳しい注文をするが、「中国経済を他の国と比較して評価すべき」と提起した。

中国経済に対する評価は、当局の政策と存在する問題だけを見るのではなく、同時に他の経済体との比較も必要だ。おそらくそれが私とこれらの(中国崩壊論を唱える)経済学者との違いかもしれない。中国には構造的な問題が多く存在し、あまり楽観はできないが、他の経済体と比較すれば、それほど悲観的でもない。

 

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朱建栄 朱建栄

東洋学園大学 教授

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