編集後記:ここにしか咲かない花

梶山天

うだるような暑さの中、栃木県日光市小代地区を流れる幅約1㍍、長さ約200平方㍍の農業用水路に涼を求めるように人々が集まる。お目当ては、夏季に冷たい用水路に咲き誇る「シモツケコウホネ」と呼ばれる花の観賞だ。

実は世界で、栃木県のこの用水路のほか、那須烏山市、真岡市、さくら市にしか生息しない貴重な花で、個体数は、小代地区が断トツに多い。小代地区の用水路は、そばに住む柴田由子さん(70)が代表を務める「シモツケコウホネと里を守る会」(約30人)が保護活動を続けている。

柴田さんは2005年から毎日午後3時になると、用水路の水温とPH値、つぼみ数、開花状況などの測定記録を欠かさずノートにつけてきた。今年は初めて6月1日に2輪を確認し、これまでに最多は7月18日の151輪だったという。花は9月末まで見られる予想だ。

環境省のレッドデータブックで絶滅危惧種に指定されているこの花は、水辺に生息するスイレン科の仲間で、コウホネ属の多年草だ。葉は水中に沈み、水面から15㌢ほど伸びた茎の先にぴょこんと一輪の黄色い花をつける。

なんともかわいらしい花びらが一斉に大空に向かう姿も圧巻だ。私が花を撮ろうとカメラを用水路に向けたその瞬間(とき)だった。程よい大きさの黒いトンボがひらひらと飛んできたかと思いきや、なんと私が狙っていた花びらに止まって、ハイ、ポーズと最高の演出をしてくれた。ここぞとばかりに夢中でシャッターを切る自分がいた。

この花は長らく「カワワカメ」と呼ばれ、水路にはびこる雑草と思われてきた。田植えの季節になると、用水路の流れをよくするために、根こそぎ取り除かれていたのだ。その雑草に初めて光が当たったのは02年夏。スケッチを描くために小代地区に通っていた埼玉県在住の女性画家の一言だった。

水路にいた柴田さんに女性画家は「普通のコウホネと違う気がする」と葉が水中に沈んでいることを指摘したのだ。周辺では用水路をコンクリートで固める圃場整備計画が持ち上がっていた。

2人は意気投合。専門家や栃木県、日光市に何度も通い、調査を働きかけ、保護を求めた。その過程で、大阪市立自然史博物館学芸員(当時)だった新潟大学の志賀隆准教授と出会った。

志賀准教授は、現地調査を行い、新種の可能性が高いと判断。DNA型検査で遺伝子などを詳しく調べ、06年に日本植物分類学会の英文誌に発表するとともに登録を行なった。その後、女性画家から連絡は途絶えた。栃木県は16年3月、この花が咲く小代地区の水路一帯を自然環境保全地域に指定した。

今季も黄色い花が無事に咲いた。柴田さんは花を見ると、一緒に頑張ってきた女性画家のことを思わずにはいられない。「彼女の助言があったからこそ、花たちの今がある」。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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