
書評 植草一秀著「財務省と日銀 日本を衰退させたカルトの正体」
映画・書籍の紹介・批評社会・経済※本書の著者、植草一秀氏も登壇するISFシンポジウム「財務省解体と消費税ゼロを問う」が7月27日(日)に開催されます。
https://isfweb.org/post-58186/
植草氏はこれまでも多数の著書を世に問うてこられたが、今回の新刊は、格別に優れた出来映えだと私には思われる。その根拠は、まず何と言っても読みやすく分かりやすいことだ。例えば昨年出版された白井聡氏との共著「沈む日本 4つの大罪」も、ほぼ同じ主張を述べた本だが、今回の新刊の方が断然分かりやすい。その理由の一つは、データの記載された図表が豊富に載っていて、主張の内容が一目瞭然に理解できるからだろう。そして、大手マスコミでは解説されない真実が、次々と露わにされる。その有様はまさに「壮観」で、私などはページを繰って読み進みながら「へえ〜ッ、そうなんだ・・」と何度もつぶやいたものだった。読んでいて、実にワクワクした。
その例を挙げよう。まず「日本の財務状況は危機的な状態にあって、財政破綻したギリシャよりも深刻なくらいだ」との主張が石破首相からも言われたしマスコミにも何度も出てくるが、これが実は大ウソだということ。確かに日本政府の23年度末での負債は1442兆円にものぼるが、一方金融・非金融の資産総額は1700兆円もあり、日本政府は259兆円もの資産超過の状態にある。この数字は、内閣府が発表する国民経済計算年報に載っている、政府発表データである。だから、政府自身が財政破綻するリスクはゼロに近いと言っているに等しいのだが、マスコミに宣伝されるのは、国民一人当り1000万円相当の借金(1300兆円の負債)だけで、それを上回る資産があることなど、ほぼ全然伝えられていないのだ。
上の数字は「一般政府」つまり日本政府全体での数字で、一般政府は中央政府、地方政府、社会保障基金の三カテゴリーに分かれる。その中央政府だけを見れば、23年度末で負債が1474兆円、資産が778兆円で、696兆円もの赤字になる。財務省が盛んに宣伝するのは、この数字の方だ。実際には、地方政府と社会保障基金を合わせると上記のように大きな黒字なのに。故に、財政健全化のために大型増税などは全く不要なのに、大ウソ宣伝がまかり通っていることになる。
次に、日本経済の実情を見ると、1995年から2024年までの30年間に、ドル建ての名目GDPは中国が25.7倍、米国が3.8倍に伸びているのに、日本は0.73倍、つまり目減りしている。しかし経済が全く成長していないのに大企業の利益だけは激増し、内部留保は増え続けた。その分、労働者の実質賃金は減り続けた。この事実を、政府与党はもちろん、大半の野党も正面切って取り上げてはこなかった。この点をしっかり強調するのが「本物の野党」のはずである。
今回の参院選の大きな争点は、消費税をどうするかだったが、政府与党や大手マスコミの説明では、消費税は社会保障の財源だから、これを廃止するなら代わりになる財源を示すべきだとなっていた。しかし実際には、消費税が導入された1989年度から2023年度までの間に、消費税で509兆円を得ているのに、個人と法人の所得税・法人税の減収は605兆円にのぼる。つまり、消費税は、富裕層の所得税と大企業の法人税の減税に使われたのと同じで、社会保障などに使われてはいないのである。この重大な事実の広報を抜きにして、消費税に関するマトモな議論など不可能だったはずだ。つまり、間違ったウソの情報を前提とした消費税論議しかなされなかったというのが実際なのだ。私も、この本を読むまでは、そんなこととは「つゆ知らず」であった。
そしてもう一つ、この国の予算構造に大きな問題があることを、国民は知らされていない。かいつまんで言えば、1年間の政策支出が総額23兆円であるのに対し、補正予算は最近の4年総額154兆円、1年平均で39兆円にものぼる。家計に例えれば、家族の衣食住その他の生活費が月23万円なのに配偶者の遊興費が月39万円という状況になる。補正予算を遊興費に例えるのはいかがなものか?との疑問もあろうが、補正予算は大半が各省庁が出す各種の補助金=所管する業界への補助金の給付と引き換えに「天下りポスト」を確保する仕組みがある=なので、家計で言えば遊興費に例えても何の不思議もないのである。
つまり、毎年23兆円ですべての支出を賄っている日本財政の外側で、年平均39兆円もの「利権補助金ばらまき財政」が展開され、一方、各省庁は利益供与を受けた企業、業界団体にさまざまな形態でキックバックさせると言う「持ちつ持たれつ」構造が出来上がっているのだ。これはまさに合法的な「賄賂政治」と言うしかあるまい。「政・官・民・学・報」の鉄の五角形(ペンタゴン)と呼ばれる強固な複合体も、元を辿ればこの補助金行政に端を発していることが理解できると思う。だからこそ、多くの御用学者や大手マスコミは、この事実を決して正確に伝えようとはしないのだ。こんな「美味しい」利権を、手放してなるものか・・と。
近年の補正予算で大きかったのは2020年度の73兆円で、このうち13兆円が一人10万円の一律給付金で、他に持続化給付金や家賃支援給付金などは比較的透明な予算であるが、一方で16兆円のコロナ対策費その他、透明性の低い「利権予算」とみられるものが54兆円にのぼる。その中には10兆円にものぼる「予備費」が含まれる。まさに使い放題、コロナのどさくさ紛れに、超巨額の国家予算がばら撒かれたのだ。これで、補正予算が「利権の巣窟」であることが明白になる。この利権の巣窟に、シロアリ、ハゲタカ、ハイエナ、イナゴが群がり、食い尽くしていった・・。余談だが、私は本書のこの部分を読みながら芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思い出した。仏様が垂らしてくれた蜘蛛の糸(=補助金)に、有象無象の餓鬼たちが群がってぶら下がっている有様を。
その結果何が起きたかと言えば、よく知られている通り、市中に出回る資金量が増えて、物価高=インフレが起きたのだ。アベノミクスで「黒田バズーカ」と呼ばれた「異次元金融緩和」でも起きなかったインフレが、実際に起きてしまった。物価上昇率は、目標の2%を簡単に越えて4%にも達した。その物価高が、現在にも続いている。
そもそも、インフレ誘導と言う政策自体が、奇異なものである。インフレで喜ぶ国民はいないが、片や経営側にとっては実質的な賃金切り下げになり、多額の借金を抱えるものにとっては借金の減額と同じ効果を持つので、インフレは歓迎される。だから、有権者は選挙の時に、候補者が国民の味方かどうか判別するのに、インフレへの向き合い方が参考になるはずだ。むろん、日銀は伝統的に「インフレの防止」を使命としてきた。これを黒田総裁がひっくり返したのだ。幸いにして黒田構想は不発で、アベノミクスによるインフレは起きなかったが、2020年度コロナ以後の大規模補正予算で民間融資が激増し、その結果インフレが起きた。23年から25年にかけて、インフレ率は4%にも達したので、日銀はインフレ鎮圧に向けて利上げなどの引き締め政策を採るべきであったのに、実際の利上げ幅はとても小さかった。それでも「マイナス金利」などの異常事態は脱して、日本もようやく「利率のある世界」には復帰したが。
本書第3章「黒田日銀の正体」と第4章「日本の「失われた40年」の元凶」には、上記の他にも90年代以降の「バブル」の正体や金融政策に関する経済理論が丁寧に説明されていて大いに勉強になるが、全くの素人には少し難しいかも知れない。しっかり把握しておくべきは「相変わらず財務省に国家権力の大半が置かれる現実」であろう。巨大な予算配分権、金融行政の監督権限、外国為替資金の管理・運営権、個人や企業に対する税務調査権限を有する財務省・金融庁グループが、その権力を武器に国家を支配してしまうと言う現象が、図らずも生じていると本書は述べている。これらに対して「解体」「分割」の主張が発生するのは当然のことである。
第5章「腐敗する日本の政治」では、主に財務省が関わる諸問題を取り上げている。例えば政党交付金と企業献金の問題。これは国会でも議論されたが結論は出なかった。しかし論理的には、企業献金を止める代わりに政党交付金制度を創設した以上、企業献金は全面的に禁止するのが正しい。なお本書では、政党交付金でなく、議員個人に対する交付金制度にすべきだと主張している。
次に、財務省の政策は、金持ちを優遇し所得の少ない人を虐げる性格を持つことが明らかにされる。その第一は社会保障支出を削減すること。第二は財務省裁量支出=利権支出を最大限拡張すること。そして第三は増税の実現で、そのターゲットは消費税である。一般国民には知られていないが、消費税の増税と法人税の減税は、きれいにリンクしている。89年の3%の消費税が実施されたときに法人税は最高43.3%だったが37.5%に下げられ、97年に8%に上がった時、法人税は30%に下がり、19年に10%になった時、23.2%にまで下げられている。つまり、消費税増税とは法人税減税の裏返しだったわけだ。大企業優遇とは、まさにこのことを指す。
さらには、円安の放置は究極の売国政策であることも本書は強調している。なぜなら、円安の影響で日本の優良資産のドル換算価格が適正水準のほぼ半額水準で放置されているため、片端から外国資本の所有物になりつつあるからだ。この放置は、確かに究極の「売国政策」と言うべきだろう。他にも、円安のために輸入物価が上昇しているのだから、ただちに円高誘導を行って輸入物価を下げることがインフレ対策としても有効なはずである。しかるに、大手マスコミは円安の方が輸出企業が儲かるから望ましいとの論陣を張って譲らない。また株価も高値を維持できると。一体、国民生活と輸出企業の利益・株価の、どちらが重要だと思っているのだろうか?
第6章「政治刷新の条件」では、具体的な改善策が示されていて、大いに参考になる。敗戦後の日本の政治構造は、1)米国、2)大資本、3)官僚、による三者支配で成り立ってきた。これらは一般国民にはあまり実感を伴わないかも知れないが、厳然たる事実である。故にまず最初の条件として「対米依存体質」を改める必要があり、その第一歩は「日米地位協定」と「日米安保条約」の見直しである。この件は石破首相も言及したことがあるが、その後の進展は何もない。
官僚機構の支配構造を変革するには、財務省・金融庁グループと、法務・検察・警察勢力をターゲットとしなければならない。つまり日本政治から「ザイム真理教」と「ホウム真理教」を排除しなければならない。財務省の問題は詳述してきたが、日本の司法制度も深刻な問題を抱えており、民主主義の大原則である三権分立が事実上崩壊の危機にあるからである。それは、司法のトップを行政のトップである内閣総理大臣が任命する制度自身の問題ではあるが、安倍政権以後これを「悪用」する例が出てきたからである。日銀やNHKのトップも同様で、衆参両院で過半数を占める勢力が存在して、国会の同意を得られる場合、人事権が事実上全部『行政』に集中し、悪用しようと思えばやれてしまうと言う欠陥がある。この点は憲法問題もあるので、簡単には解決できない。今後の課題と言うべきだろう。
本書によれば、財務省改革は、予算編成・歳入(国税)・国有財産管理・金融の4部門に分割し、交流人事を行わず各々を独立させる仕組みで可能だとしている。これにより、現在の巨大すぎる権限を分割することにより、腐敗が防げると。そして、財政支出の基本は、憲法の保障する「誰もが健康で文化的な生活を享受できる」ための、社会保障支出がメインでよいのだと主張している。そして無駄な利権補助金を社会保障に向ければ、日本は世界有数の福祉大国になれることを示している。それらを進めるには、天下りによる官民癒着を全面禁止し、エリート公務員の制度を改め、また「事務次官」などの官職名を変更することが必要であると。
そして最後に、国家は所得再配分政策を果たすべきであるとの「政治哲学」が示される。実はこの「価値観」こそが重要であると、私も考える。要は、新自由主義に対して、どのような態度を示すかと言う問題に帰着するのである。中曽根政権以後、(欧米と)日本社会では自由放任、市場原理にすべてを委ね、結果としての弱肉強食を放置する、との考え方が主流を占めてきた。今の多くの日本人はこの考え方に慣れきってしまっているが、その結果は貧富格差の極端な増大である。そして金持ちや政治家の子弟は世襲的にエリートコースを歩む一方、恵まれない家庭に生まれると一生這い上がれない「親ガチャ」現象も生じている。これらを解消するには、新自由主義的な考え方を変革しなければならない。その道筋として、本書の示す改革案は、大いに参考になる。
以上、本書は、現代日本の抱える大きな問題と解決への処方箋を示しており、賛成するにせよ反対するにせよ、まずは全ての日本人が読んで考え議論すべき本であると思う。
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
★ISF(独立言論フォーラム)「市民記者」募集のお知らせ:来たれ!真実探究&戦争廃絶の志のある仲間たち
※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
ISF会員登録のご案内

まつだ・さとし 1954年生まれ。元静岡大学工学部教員。京都大学工学部卒、東京工業大学(現:東京科学大学)大学院博士課程(化学環境工学専攻)修了。ISF独立言論フォーラム会員。最近の著書に「SDGsエコバブルの終焉(分担執筆)」(宝島社。2024年6月)。記事内容は全て私個人の見解。主な論文等は、以下を参照。https://researchmap.jp/read0101407。なお、言論サイト「アゴラ」に載せた論考は以下を参照。https://agora-web.jp/archives/author/matsuda-satoshi