「トラック野郎」・甲斐正康さんの参院選挑戦を振り返る 嶋崎史崇

甲斐(かい)正康嶋崎史崇(市民記者・MLA+研究所研究員)

(表紙の写真は新宿での第一声)

自公政権が衆院に続いて参院でも過半数割れした選挙が終わりました。私はISFで、日米合同委員会への抗議活動等で知られ、労働者の代表として参院選に立候補を表明していた甲斐正康さんに、2024年末にインタビューしました。今回は、選挙を経て、2回目のインタビューになります。

嶋崎史崇「甲斐正康さんインタビュー:労働者・市民運動家としての歩みと、物流問題・種子法の問題を中心に」、2025年1月8日。https://isfweb.org/post-49040/

結果は残念ながら、社民党の全国比例で4位となる1万1339票での落選でしたが、その貴重な立候補経験について、詳しくお尋ねしました。甲斐さんにとっては、23年に地元で立候補した三鷹市議選に次ぐ2回目の選挙でした。

NHK:参院選2025

https://www.nhk.or.jp/senkyo/database/sangiin/00/hmb12_5.html

甲斐さんは24年2月から日米合同委員会への抗議活動を開始し、その前後に新社会党から声を掛けられたのが、今回の出馬のきっかけでした。新社会党は、社民党と統一名簿で参院選に臨みました。

 

物流問題を巡って、現場労働者としての提案

大型トラック運転手歴20年以上の甲斐さんは、「労働者としての誇り」を前面に出した「トラック野郎を国会へ」を旗印に掲げ、物流にまつわる政策を、訴えの第一の中心に据えました。

具体的には、いわゆる「バラ積み・バラ降ろし」の原則廃止です。バラ積み・バラ降ろしとは、トラック運転手が、本来業務でないのにもかかわらず、輸送の出発地と到着地で荷物の積み下ろし作業を、サービスとしてさせられてしまうことです。規制緩和の結果として運送業者側で過当競争が生じ、荷主に対して立場が弱くなったことによって生じた業界内の習慣です。ドライバー側の立場の弱さの具体例として、トラックが往路の荷物を届けてから、元の場所に戻る復路の荷物を受け取るために、1週間も手当なしで待たされることすらあるとのことで、「人権侵害」(甲斐さん)のような不平等な対応に驚かされます。甲斐さんは、引っ越し・宅配便・自動販売機に関わる業務を例外として、バラ積み・バラ降ろしの原則廃止を求めました。

この問題は、いわゆる「物流ラストワンマイル」に関わります。ラストワンマイルとは、物流における最終拠点から消費者へ商品が届くまでの最後の配送区間のことです。距離的な意味ではなく、物流の最終段階を指します。特にECサイトでの購入が増えるにつれ、ラストワンマイルの重要性が増しています。

物流に関する政策のもう一つの論点が、いわゆる「430」の廃止です。430とは、4時間走ったら30分休憩しなければならない、という24年4月に導入された新しい規制です。

厚生労働省:トラック運転者の改善基準告示(2024年4月1日施行)

https://jsite.mhlw.go.jp/hokkaido-roudoukyoku/content/contents/001383159.pdf

この規制に対して、甲斐さんは労働現場を熟知する立場から、「一見有益に見えますが、現場を知らない人たちが作ったもので、問題があります」と指摘します。具体的には、まず「運転手は自分の取りたいときに休めず、規制を気にしてストレスになる」ことを挙げます。より重要な問題点としては、「全国に約80万人もいるトラックドライバーが、荷主側の都合や高速道路の料金や込み具合の都合で主に夜間に一斉に走行せざるを得ない中、休憩のための駐車場を巡る奪い合いが生じてしまう」ことを懸念しています。その解決策として甲斐さんが要求したのが、「トラックの駐車枠を増やす」という具体的なものです。

物流は生活のインフラとなる部門ですが、その実情や労働者の苦労が十分に知られているとはいえないと思います。また他党で正面から訴えた候補も目立たなかった中、当事者からの訴えとしては貴重なものです。

甲斐さんは、自らの演説の場所として、川崎市の東扇島や、東京都江東区の新木場、兵庫県の六甲アイランド等、運輸業界の労働者が多く集まる所を多く選びました。国政選挙の候補者としては異例でしょうが、上記のような提案を伝えた結果、「多くの運転手や倉庫労働者らが、チラシを積極的に受け取って、熱心に耳を傾けてくれた」と手応えを感じたと言います。

 

米国・イスラエルへの抗議演説

甲斐さんが自らの訴えの2本目の柱に据えたのが、日本を占領し、事実上支配下に置く米国や、イスラエルのガザ攻撃を巡る国際的問題です。自らが主催する日米合同委員会廃止デモの延長線上で、米国大使館、在日米軍の赤坂プレスセンター、日米合同委員会が開催されるニューサンノーホテル、イスラエル大使館周辺で初日から抗議をしました。これらの施設は、通常だと至近距離で抗議することが難しいのですが、「選挙期間中はより近くで演説できた」と成果を振り返ります。

米軍の問題もイスラエルの問題も、重視した候補者は少ないようです。そうした傾向の中、甲斐さんは、特に「イスラエル大使館前の演説には、『フリーパレスチナ』を訴える人たちが約40人も集まってくれた」と手応えを語ります。パレスチナ・イスラエル問題の専門家である早尾貴紀教授から応援メッセージが届いたことも、特記しておくに値するでしょう(この記事の文末で言及するIWJ記事に抜粋が収録されています)。米国関連の演説に際しては、合同委員会についての著書があり、ISFでおなじみの吉田敏浩氏も、応援に駆け付けました。

イスラエルのガザへの無差別攻撃については、日本の一般の報道でもそれなりに詳しく扱われているにもかかわらず、まだ人ごと感があるかもしれません。しかし、イスラエルの防衛企業であるMagna BSP社が福島第1原発の安全管理に関わっていた、という現地大手メディアによる不可解な報道もあり、決して日本と無関係とはいえません。

The Jerusalem Post: Israeli firm’s cameras recording Japanese nuclear core.2011年3月15日。

https://www.jpost.com/defense/israeli-firms-cameras-recording-japanese-nuclear-core

『現代ビジネス』、「福島第一原発にイスラエルの会社の『謎』」、2011年5月22日。

https://gendai.media/articles/-/4639

いずれにせよ、甲斐さんは「ユダヤ人を批判するのではなく、シオニストを批判する」という方針を取っていることが重要です。

雨の中、米国大使館前で熱弁を振るう甲斐さん

イスラエル大使館前での演説

 

宮城県の水道民営化問題を巡る訴え

甲斐さんが三つ目に重点的に訴えたのが、これまでも取り組んできた水道民営化の問題です。特に宮城県では、「コンセッション方式というやり方で、水道は実質的に民営化されている」と甲斐さんは指摘します。コンセッション公式とは、完全民営化とは異なり、厚労省によると、「利用料金の徴収を行う公共施設(水道事業の場合、水道施設)について、水道施設の所有権を地方自治体が有したまま、民間事業者に当該施設の運営を委ねる方式」です。

厚労省「水道事業における官民連携の推進」(PPP/PFI推進施策説明会、令和5年2月3日)。

https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanminrenkei/content/001584618.pdf

仙台での訴え

 

宮城県の村井嘉浩知事は、宮城県は外資に水道を売った、という参政党代表の批判に、次のように文書で応答しています。即ち、水道の維持管理を担う「みずむすびサービスみやぎ」では、(外資系ではない)「メタウォーター社」が、議決権に関する拒否権を有しているため、支配はされていない。また、この文書では、水道の運営権者の「みずむすびマネジメントみやぎ」についても、メタウォーター社が過半数の議決権株主を有していることが示されています。

宮城県知事・村井嘉浩氏「『回答書』に対する申入れ」、令和7年7月18日。

https://www.pref.miyagi.jp/documents/60880/moshiire250718.pdf

両者によるこの議論に関して甲斐さんは、それでもやはり現場の運営を担うみずむすびサービスみやぎについて、外資系のヴェオリア・ジェネッツが議決権株式の過半を持っている事態を問題視します。その上で、「野球場等と違って、生活に不可欠な水道を民営化する方向には、外資系か内資系かにかかわらず、反対です。世界的にも水道民営化は失敗しています」と唱えています。コンセッション方式についても、「施設の修理等の責任は自治体が負わされ、リスクを丸投げされている」と懸念しています。

そもそも宮城県の水道を再公営化するためには、3億円しかかからない、という事実については、甲斐さんが現地に赴いて突き止めた通りです。

かい正康チャンネル:「[活動報告(街宣)] そもそも多くの県民が宮城の水道が民営化されたことを知らない。しかも3億円で再公営化可能!2025.1.28『宮城の水道再公営化を求める街宣活動』@仙台GUCCI前」

https://www.youtube.com/watch?v=KfzqPm73Vy8

水道民営化の問題は、決して宮城県に限定されておらず、浜松市等他の自治体にも波及している、という実態があり、決して人ごととはいえません。甲斐さんが選挙運動の最終日、東京に集まった他の多くの候補者らとは別に、宮城県で最後の訴えをしたのは、そうした問題意識の表れです。

なお今回の参院選で躍進した参政党に関して甲斐さんは、見栄えが良いポスター作り等の形式的な訴え方の点では確かにうまいと感じるところもあるものの、争点化した「日本人ファースト」「外国人問題」については、「予算面でも法律面でも、最悪の外国特権である在日米軍に対してはちゃんと抗議していない」と指摘しています。

参政党に対しては、今回の参院選中に様々な抗議活動が展開されましたが、甲斐さんは既に22年8月の時点で、水道民営化問題や、TPP問題、PFAS問題等についての見解を問い質す公開質問状を送付する、という先見性を発揮していました。後に甲斐さんが同党本部に電話したところ、「受け取ったのは確認しましたが、現在、各方面から質問が来ており、ご回答はいたしかねます」という反応だったそうです。

https://m.facebook.com/hashtag/%E5%85%AC%E9%96%8B%E8%B3%AA%E5%95%8F%E7%8A%B6/?entry_point=0

 

これからも、一市民、一労働者として活動を続ける:政治とは生活である

以上が、甲斐さんが「これまでの運動の積み重ねの結果」として、闘い抜いた選挙戦の概要です。社民党全体の得票が伸び悩んだこともあり、当選を勝ち取ることはできませんでしたが、「他の候補者があまり重視しない論点を中心に、自分が得意なところを訴えることができ、悔いはありません」と胸を張ります。今後も、大好きな仕事である運送業を続けながら、また、自由に政策を訴えることを支援してくれた新社会党に所属しながら、「一市民、一労働者としても政治活動を続けたい。自分にとっては政治とは生活ですから」と語ります。

これからも「みちばた」(ご自分の立ち上げた市民団体の名称でもある)から、多様な運動を展開していくであろう甲斐さんからは、目が離せません。

※このインタビューは、8月4日に実施しました。写真は甲斐さん提供です。

甲斐さんの選挙活動については、IWJも特集を組んでいますので、ご参照ください。

「<シリーズ特集! 7.20.2025参院選>イスラエル大使館前での選挙演説で、『ユダヤ人批判ではなく、シオニズム批判だ!』と強調する甲斐正康候補が、イスラエル・パレスチナ研究者・早尾貴紀氏による応援メッセージを読み上げ!『ガザを開放せよ! パレスチナを開放せよ!』~7.9 社民党全国比例公認候補・甲斐正康氏 駐日イスラエル大使館 街宣!」

https://iwj.co.jp/wj/open/archives/528273

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甲斐(かい)正康 甲斐(かい)正康

新社会党市民運動委員長。 2018年、地元である三鷹市議会に「日本の種子の保全を求める」請願書を提出し、採択。 2019年、同市議会に「水道事業民営化の参議院附帯決議に基づいた適切な対応を求める」請願書を提出し、全会一致採択。 2021年、国土交通省、東京都、NEXCO東日本に「外環道工事の中止、大深度法廃止等」を求める要求文を提出。 2023年、国民民主党衆議院議員、玉木雄一郎代表に「物流2024年問題の大型トラック速度制限緩和発言の撤回を求める要求文」提出。 2018年から平和と市民自治を進める街頭宣伝 #みちばた を主宰し、竹中平蔵氏が会長を務める人材派遣最大手パソナ前など、各地で街頭宣伝を行う。 2024年2月から、在日米軍司令部副司令官、ジョージ.B.ラウル4世に対し「日米合同委員会の廃止、日米合同委員会の過去の議事録公開、過去結ばれた密約の白紙撤回」を求め、ニューサンノー米軍センター前で日米合同委員会抗議街宣を行う。

嶋崎史崇(市民記者・MLA+研究所研究員) 嶋崎史崇(市民記者・MLA+研究所研究員)

1984年生まれ。東京大学文学部卒、同大学院人文社会系修士課程修了(哲学専門分野)。著書に『ウクライナ・コロナワクチン報道にみるメディア危機』(2023年、本の泉社)。主な論文は『思想としてのコロナワクチン危機―医産複合体論、ハイデガーの技術論、アーレントの全体主義論を手掛かりに』(名古屋哲学研究会編『哲学と現代』2024年)。 論文は以下で読めます。https://researchmap.jp/fshimazaki ISFでは、書評・インタビュー・翻訳に力を入れています。 記事内容は全て私個人の見解です。 記事に対するご意見は、次のメールアドレスにお願いします。 elpis_eleutheria@yahoo.co.jp Xアカウント:https://x.com/FumiShimazaki

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