【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(102):愚劣なオールドメディア:TBSのディスインフォメーション工作を例にして(上)

塩原俊彦

 

本当は、今回は金融業者であり性犯罪者で、2019年8月にニューヨークの連邦拘置所で首を吊ったとされるジェフリー・エプスタインとドナルド・トランプ大統領との関係について考察する予定であった。しかし、日本におけるディスインフォメーション(騙す意図をもった不正確な情報)で国民を騙そうとするオールドメディアの悪辣さについてどうしても書いておいたほうがいいと判断して、連載(101)の続編として、愚劣なメディアへの批判を展開することにした。

無知蒙昧の哀しさ

2025年7月、「朝日川柳」に、「ゼレンスキー呼んでやりたい砂かぶり」(兵庫県 福田一人)という句が紹介されていた。これを読んでつくづく感じるのは、マスメディアの責任の重さである(「連載(78) ウクライナ戦争から丸3年:「教化」(indoctrination)に余念のないマスメディア」〈〉において、よく似た問題を紹介したことがあるので、そちらも参照してほしい)。

作者は、ウクライナ出身力士安青錦が名古屋場所で大活躍した状況を踏まえたうえで、その取り組みを特等席でゼレンスキー大統領に見せてやりたいと訴えているのだろう。安青錦の活躍が大統領を励ますに違いないという、作者の善意の気持ちが伝わってくる。だが、これは、作者が無知蒙昧で、おそらく朝日新聞の報道にすっかり騙されている結果生み出したものなのだ。

動員基準の恣意性という大問題

ここで、考えてみてほしい問題がある。強制動員年齢に当てはまる安青錦はなぜ動員されないのだろうか。

彼の活躍がウクライナの「宣伝」になるというのか。この動員回避の基準はきわめて恣意的である。たとえば、ギリシャ神話に登場する「ゼウス」の名で知られる元プロゲーマー、ウクライナ人のダニーロ・テスレンコは、2024年12月に中国を旅行した際、ウクライナ人は女子学生と逢瀬を重ね、許可なく、性的なものではないが親密な動画をファングループでネット上に公開した、とThe Economistは報じている。大連理工大学は7月8日、彼女を退学処分とする公告を出したが、動員年齢にあるテスレンコについては、少なくともこのニュースが報道された2025年7月17日の時点では、お咎めなしのままであった。

連載(101)で紹介した、2024年9月に解任されたロスティスラフ・シュルマ元大統領府副長官に至っては、ドイツに逃れて動員されていない。要するに、ゼレンスキー政権の動員のあり方はまったく恣意的であり、どうにも納得できるものではない。

他方で、すでに何度も書いたように、地域採用センター(TCC)による強制動員である「バス化」(TCC将校が街頭で男性を拘束し、軍隊に送り込むこと)がウクライナではいまでも横行している。8月1日には、ウクライナ中部のヴィーンヌィツャ州の州都ヴィーンヌィツャ(下の地図)で、人材採用と社会支援のための領土センター(TCC)の職員と地元住民との間で紛争が発生したとウクライナメディアが報じた(下の写真)。兵役義務のある人々のグループが、動員活動の一環として、法律で義務づけられている健康診断やその他の手続きを受けるために、一時的な集積所(スタジアム)の領域に連行されただが、地元住民が地元スタジアム近くに集まり、そこで拘束されていた男たちの釈放を要求したのである。夜間外出禁止令にもかかわらず、集会は朝までつづいた。外出禁止令が終わる少し前の午前4時40分頃、スタジアムの敷地内にいた男性たちが連行されはじめたという。

ヴィーンヌィツャ州
(出所)Vinnytsia in Ukraine (claims hatched) – ヴィーンヌィツャ州 – Wikipedia

スタジアムの近くに集まった人々。ヴィーンヌィツャ。2025年8月1日。
(出所)https://suspilne.media/vinnytsia/1081265-konflikt-z-tck-bila-stadionu-u-vinnici-so-vidomo/

こんな現実を知っていれば、あるいは、前回書いたように、「ゼレンスキー=悪魔」と呼ばれている現実を知っていれば、おそらくこんな能天気な句は成立しなかっただろう。マスメディアが北朝鮮の金正恩にたとえられるゼレンスキーの現実を国民に伝えていないために、相変わらず、「ゼレンスキー=善」、「プーチン=悪」だと決め込んでいる日本人がたくさんいる。その結果、このような誤解に基づく川柳が新聞に紹介されてしまうのだ。

そして、この川柳の間違いは伝播する。たとえ騙す意図がなくても、この川柳を読んだ人は「ゼレンスキー=善」というイメージを共有せざるをえなくなり、騙す作用をもってしまうのである。それを媒介して金儲けをしているのが朝日新聞であり、オールドメディアなのだ。

このやり口こそ、日本軍国主義を至る所にまで浸透させた原理である。無知蒙昧が「騙され、騙す人」を広げ、それが長年つづいた軍国主義国家、大日本帝国を根底から支えていたのだ。その「騙され、騙す」という構図はいまも着実に広がっている。そう、いま再び軍国主義が着実に伝播している。かつて大本営と一体となって、国民を戦争に駆り立てた朝日新聞は、再び国民を戦争へと導いているのである。

意図的な騙しとしてのディスインフォメーション

いま、テレビ局や新聞社は「騙す意図をもった不正確な情報」、すなわちディスインフォメーションを公然と流し、国民を騙すようになっている。その典型例が 7月29日のBS・TBSの番組「報道1930」であった。

番組では、①7月22日にウォロディミル・ゼレンスキー大統領が二つの反腐敗機関を骨抜きにする立法化を行った、②それに対して、大規模な抗議デモがウクライナ各地で起きた、③あわてたゼレンスキーはEU委員会による一時支援停止もあって、元に戻すような新法案を24日に議会に提出した――といったウクライナの混乱をまったくふれなかった。ただ、番組の最後に、31日にこの新法を撤回する新たな法案審議が議会で行われると紹介しただけだ(後述するように、この法案は成立し、ゼレンスキーはすぐに署名した)。

それでは、番組において何が議論されたのか。番組は、日本がウクライナにどう支援すべきかだけを論じた。日本は、①防空装備であるパトリオット・ミサイル・システムをウクライナに輸出するにはどうしたらいいか、②ウクライナにとって有用な重機支援をもっと容易にできるようにすべきだ――といった意見が倉井高志成蹊大学特別客員教授や小泉悠東京大学先端科学技術センター准教授らによって出された。

7月29日付の「エコノミチナ・プラウダ」が、「7月24日、EU代表は外交ルートを通じてスヴィリデンコ(首相)政府に、ウクライナへのすべての資金援助を停止すると通告した」と報じたことを知っていれば、日本は欧州委員会と同じく資金援助を一次停止すべきはないかという議論がまず行われるべきだ、とだれもが思うだろう。しかし、そんな議論はまったく行われず、日本政府によるウクライナ支援の拡充が大前提とした暴論が展開されたのである。

欧州によるウクライナ支援をめぐって

少しだけ正確を期した説明をしておこう。7月26日付の「ニューヨークタイムズ」は、「EUは7月25日に、総額45億ユーロの基金から15億ユーロ(約17億ドル)の支払いを保留するとのべた」、と報じた。この減額は、ウクライナ支援基金の第4回トランシェ(部分支払い)に関するもので、全トランシェの支出に必要な16の改革のうち三つ(①地方分権改革、②汚職その他の犯罪に由来する資産の発見・追跡・管理のための機関[ARMA]改革、③汚職防止高等裁判所の裁判官の選出に関する問題)を実施できなかったため、計画よりも少ない資金しか受け取れないことになったのである。ただし、これは、今回のゼレンスキーによる暴挙とは直接的には関係していない。事実、27日、ゼレンスキーは、ARMA改革に関する法律に署名した。

問題は、28日付のドイツの「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」(FAZ)の報道の方だ。「EU委員会は、ウクライナに対しすべての財政支援を停止する可能性を警告した」と報じたとのである。7月29日付の「エコノミチナ・プラウダ」は、「7月24日、EU代表は外交ルートを通じてスヴィリデンコ(首相)政府に、ウクライナへのすべての資金援助を停止すると通告した」と報じた。政府、外交界、議会の4人の独立筋によって確認された情報だという。そのうちの一人は、「事態が解決するまで、すべてが保留になった」と語った。

停止されたのは主に、凍結されているロシアの国家資産から得られる特別な収益を活用した特別収益前倒し融資(ERA)(ウクライナが2025年末までに受け取る予定だった約200億ドル)のEU負担分や、欧州復興開発銀行、欧州投資銀行からの融資に関するものである。なお、前述した15億ユーロの減額は、「ウクライナ・ファシリティ」と呼ばれるEUによるウクライナへの財政支援にかかわるものであった。

いずれにしても一時停止を解除してもらうためには、ウクライナはNABUとSAPOの検事総長からの独立性を回復しなければならない。同時に、ウクライナ経済安全保障局(BEB)長官人事の任命も条件となっている。閣僚会議は、NABUの刑事オレクサンドル・ツィヴィンスキーを経済安全保障(BEB)局長官候補の任命を拒否したという前科がある。BEBは、税金の未納について捜査でき、この捜査を通じて、国会議員、高級官僚、裁判官などの有力者の腐敗を糺す機関だけに、NABU出身の者がトップに立つことをゼレンスキーは明らかに妨害したのだ。これが7月24日ころまでの話である。

欧州の対ウクライナ支援停止を無視したTBS

ところが、TBSの番組は、日本によるウクライナ支援の拡充が前提とされており、「ゼレンスキー=悪魔」といった発想そのものが皆無であった。まるで、日本国民の税金を腐敗する政権にどう無駄遣いさせるべきかと論じているように聞こえた。

この番組の司会者も、倉井も小泉も、「ゼレンスキー=悪者」という、まったく非民主的な状況について、一言も語らなかった。つまり、彼らにしてみると、「民主主義の台座から転げ落ちた」(7月26日付FTを参照)ゼレンスキーであっても、支援するのが当たり前ということであったのだ。

「洗脳」に舵を切ったTBS

彼らは、ゼレンスキーの暴挙に関する情報をあえて無視し、視聴者から遮断することで、自分たちの皮相で歪んだ主張を植えつけようとしている。「洗脳」という作業を公共の電波を使って行っていると言えるだろう。これは放送法違反であり、国会において厳しく糾弾するに値する暴挙だろう。

彼らは、日本国民の税金がゼレンスキーおよびその周辺の者たちの懐に不法に入ってもまったく問題ないと思っているのだろうか。何よりも、ウクライナという腐敗国家の主権さえ守れれば、それでいいというのか。日本国民の税金はどうなるというのだ。

欧州連合(EU)が激怒して資金援助を停止したように、日本も即刻支援を停止し、ゼレンスキーの暴挙を止めさせるのが先だろう。そして、こんな「独裁者」を見限って、即時停戦・和平に向かうように促すのが当然の処し方だろう。復興支援はウクライナとロシアの和平締結後に行えばいい(ロシアが停戦を妨害していると思っている読者がいるかもしれない。だが、それは現実とは違う。ゼレンスキーはプーチンが決して受け入れないであろう即時停戦をあえて提案し、その間に欧州からの支援を得て戦争継続をずっとはかってきたのだから)。

TBSが国民を愚弄する放送をした裏には、日本の外務省による要請があったのではないか、と私は疑っている。それは、8月5日のウクライナの「ナショナルデー」に合わせて訪れるウクライナの要人との間で、日本の対ウクライナ支援について継続をまとめあげるために外務省が仕組んだ「めくらまし」ではないか。こうにらんでいる。

そもそも、訪日が予定されていた人物は、ユリヤ・スヴィリデンコ首相だった。だが急遽、彼女は来日できなくなった。その理由は、彼女が腐敗の捜査対象だからである。こうした事情さえ、日本のオールドメディアは報道しない。そのうえで、日本政府は、EUが支援を一時停止しているウクライナへの支援で合意しようとしている。こんな現実に怒りを感じてほしい。腐敗まみれの国に日本国民の税金を投入してどうする気なのだろうか。

2026年をにらんだウクライナ支援をめぐる重大局面

外務省の見え透いた魂胆のもう一つは、2026年のウクライナ支援をどうするかという問題について、支援の一時停止といった議論を封じ込めようとするものだ。日本政府は2026年度予算の概算編成に際して、ウクライナ支援をどうするかを明確にしなければならない。

日本では、ほとんど報道されないが、上院歳出委員会は7月31日、2025年10月1日にはじまり2026年9月30日に終了する、2026会計年度国防歳出法を承認した。26対3の賛成多数で可決された同法案は、8519億ドルの裁量予算を国防総省に提供する。

この法案には、アイアンドームを含むイスラエル協力プログラムに 5 億ドルの予算が盛り込まれているほか、ウクライナ安全保障支援イニシアチブに 8 億ドルの予算も計上されている(The Hillを参照)。ほかにも、2億2500万ドルはバルト安全保障イニシアチブ(BSI)に計上されている。ただし、ロイター通信が指摘するように、BSIに計上された資金の大部分は最終的にキエフに回される見込みだ。つまり、ウクライナ支援は総額で約10億ドルとなる。2024年4月に議会が可決したウクライナへの大規模な支援パッケージが約610億ドルであったことを思い出すと、その少なさが顕著だ。トランプ政権は、そもそもウクライナ支援に消極的なのである。

だからこそ、トランプの予算要求と、今年初めに下院で可決された国防予算案には、米国がウクライナ向けの装備品購入資金を提供するUSAIへの資金提供は含まれていなかった。今回上院で承認された予算案が法律となるには、上院本会議で可決された後、下院の予算案と調整する必要がある。下院の予算案はトランプ政権の8315億ドルの国防費要求に沿っており、ウクライナ支援は含まれていない。

そう考えると、米国の対ウクライナ支援はきわめて微妙な段階にある。そうであるならば、なおさら、日本でもウクライナ支援のあり方を真剣に議論すべき時期であると言える。「ゼレンスキー=悪魔」であり、ゼレンスキーが民主主義の台座から転げ落ちた以上、こんな人物を支援する理由など、そもそも消失したのではないか。

それにもかかわらず、TBSは公然と、ウクライナ支援の増強・拡充を前提に番組を放送した。この姿勢はディスインフォメーション工作そのものである。そして、その裏には外務省の要請が見え隠れする。なぜならこの番組に登場した倉井は外務省出身であり、モスクワ特派員時代の私と同じアパートに住んでいた外務官僚だからである。

連載(101)の補論

ここで、連載(101)の脱稿時点(日本時間7月28日午前11時)以降の出来事について補論を書いておきたい。

ゼレンスキーは、英国のキア・スターマー首相らの進言を受け入れて、7月24日夜、今度は、「NABUおよびSAPOの権限強化のためのウクライナ刑事訴訟法およびウクライナの一部立法行為の改正に関する法律案」を議会に提出した。そして、31日、議会は国家反腐敗局(NABU)と特別反腐敗検察(SAPOないしSAP)の完全な独立性を回復する同法案を2回の速やかな採決で可決し、数時間後、ゼレンスキーが署名して成立した。大統領を含む政権幹部の腐敗を厳しく取り締まる機関を潰そうとしたゼレンスキーだが、欧州連合(EU)側の反発に出合い、民主主義の破壊はとりあえず頓挫したことになる。

「知られざる地政学」連載(102):愚劣なオールドメディア:TBSのディスインフォメーション工作を例にして(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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