【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(109):ロシアをめぐる暗号通貨の闇(上)

塩原俊彦

 

反腐敗に取り組む非政府組織、「トランスペアレンシー・インターナショナル」のロシア支部は、ロシア最大の暗号通貨取引所として知られ、マネーロンダリングや制裁回避に利用されてきたガランテクス(Garantex)に関する調査報告書を最近になって発表した。それには、暗号通貨取引を通じて、ロシア企業が制裁を回避したり、資金を洗浄したりしている状況が語られている。そこで、今回はこの闇の世界について説明したい。地政学上、暗号通貨によって世界中に張り巡らされた決済網は覇権国アメリカが支配してきた金融システムを抜本的に揺るがすだけの潜在力をもっているからである。

発端はエストニアにあり

暗号通貨そのものについては、拙著『知られざる地政学』(下)の「第4章 金融 (2)CBDC をめぐる覇権争奪 (A)暗号通貨と暗号資産」(327~335頁)を参考にしてほしい。ここで確認しておきたいのは、暗号通貨が比較的匿名性を確保しやすいという特徴があり、そのために武器やドラッグなどの決済に利用されたり、資金洗浄に使われたりするケースが後を絶たないことである。

事の発端はエストニアではじまった。いわくつき暗号通貨であるにもかかわらず、デジタル先進国家をめざすエストニア政府は暗号通貨世界のパイオニアをめざして、2017年に「暗号起業家」に最大30日でライセンスを付与する欧州初の国となる。Ekspressによる広範なデータ分析の結果、2017年末から2022年末の間に、1644社がエストニアで暗号通貨の事業許可を取得した。国外からでも簡単に暗号通貨にかかわる事業免許が入手できるという手軽さもあって、いわくつきの取引を行いたいロシア人、ウクライナ人、ラトビア人が多くの免許を取得した。

2024年10月の「エストニアのGarantex Europeの元取締役らに対する裁判が始まる」という記事によると、2019年になって、モスクワ在住の3人のロシア国民、セルゲイ・メンデレーエフ、スタニスラフ・ドゥルガレフ、アレクサンドル・ヌティフォ・シャオ(後述するように、彼は後にアレクサンドル・ミラ・セルダと改名)が、Garantex Europe OÜという商業企業を買収する。その後、同社はエストニアのマネーロンダリング対策局に暗号通貨の事業許可を申請した。同社は2019年後半、タリンに登録されていたが、Garantexの業務の大部分は、フェデレーション・タワーを含むモスクワとロシアのサンクトペテルブルクで行われていた。下の写真からわかるように、その存在は派手で目立っていた。

モスクワのフェデレーション・タワー・ビル群
(出所)https://moscow-city.guide/en/towers/mfk-bashnya-federatsiya/

Garantexは、ロシアのダークネット(インターネットベースのネットワークで、個人が特別なソフトウェアを使用してアクセスすることで、個人の身元や関連するインターネット活動を不明瞭にするように設計されている。ダークネット上に存在するマーケットプレイスでは、違法サービスや商品の支払いとして、ほぼ独占的に暗号通貨が利用されている)上で運営されているインターネットショップ「Hydra」での決済機能などの役割を担っていた。Hydraは2015年に立ち上げられ、ロシアでもっとも著名なダークネット市場であった(そのサーバーを管理するPromservice Ltd.という会社[Hosting Company Full Drive、All Wheel Drive、4x4host.ruとしても知られる]を運営していたのがロシア在住のドミトリー・パブロフだ)。この違法サービスには、たとえば、ランサムウェア・アズ・ア・サービス(RaaS)も含まれていた。これは、ランサムウェア(身代金要求型マルウェア)の開発者がランサムウェアのコードやマルウェアを「アフィリエイト」と呼ばれる他のハッカーに販売し、そのハッカーがそのコードを使って独自のランサムウェア攻撃を行うというサイバー犯罪のビジネスモデルだ。

Hydraが提供するものには、RaaSのほかにも、ハッキングやソフトウェア、盗まれた個人情報、偽造通貨、盗まれた暗号通貨、違法薬物などがある。販売後、Hydraの商品やサービスを販売・提供する企業や個人は物理的な場所に匿名で違法な商品を投下し、時には目立たない場所に埋めたり隠したりして配布してきた。GarantexはHydraのバイヤーによる支払いなどで多くの場合暗号通貨を使用し、決済機能などを果たしてきた。その結果、Garantexは、その取引高が年間 50 億ユーロ以上に達するまでに成長する。その事業と顧客の大半がロシアやその他のハイリスク国に関連していた。このため、エストニアのマネーロンダリング対策局は2021年12月にGarantexの調査を開始する。その結果、マネーロンダリング防止およびテロ資金供与対策(AML/CFT)の義務違反が発見されたため、2022年2月、同社は暗号通貨サービスを提供するライセンスを失った。

OFACはHydraとGarantexに制裁

すでにGarantexの悪名は米国にもとどろいていた。米財務省外国資産管理局(OFAC)は2022年4月5日、前述したHydraとGarantex Europe OÜに対して制裁措置を発動する。この背後には、エストニア当局の協力がある。

財務省のニュースリリースによると、OFACの調査では、Ryuk、Sodinokibi、Contiのランサムウェア亜種を含む、Hydraの暗号通貨口座を経由したランサムウェアの収益約800万ドルが確認された。2019年にロシアの暗号通貨取引所が直接受け取った不正なビットコインの約86%がHydraからのものだった。Hydraの収益は2016年の1000万ドル以下から、2020年には13億ドル以上に劇的に上昇していた。

OFACの制裁によって、米国内にある、あるいは米国人が所有または管理している、HydraやGarantexの個人および事業体のすべての財産および財産の権利は封鎖された。さらに、直接的または間接的に、1人以上のブロック対象者が50%以上を所有する事業体もブロックされる。米国人による、または米国内(もしくは米国を通過する)における、指定された、もしくはその他の方法でブロックされた人物の財産または財産に対する権利に関わる全ての取引は、OFACが発行した一般的もしくは特定のライセンスにより許可されるか、または免除されない限り、禁止される。

しぶといGarantex

それでも、Garantexは存続し、繁栄さえしている。その状況を伝えているのが2023年10月13日付の「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)である。この記事にある下の図からわかるように、2022年4月のOFACによる制裁が発動されたのに、Garantexの取扱高は少なくとも減少したわけではない。

記事によれば、顧客ベースにサービスを提供し続けるために、GarantexはITインフラを当初の非公開の場所からロシアに移行し、ドバイやタイといったロシアからの移住者に人気のある場所でパートナーシップを結んだ。その根強い人気の背後には、この取引所が現金を預ける顧客からほとんど情報や身分証明書を要求しないため、犯罪者は安全に収益を暗号に変換し、別の通貨として引き出すことができたからだとみられている。

もう一つ重要なことは、2022年2月24日からロシアによるウクライナへの全面侵攻が開始されたことである。同年4月からのOFACによる制裁スタートはウクライナ戦争勃発後の対ロ制裁回避の芽を摘む目的もあった。しかし、実際には、「Garantexの顧客層は戦時中に拡大し、多額のルーブルを迅速かつ安価に出国・入国させる方法を探している一般ロシア人や地元企業を含むようになった」、と記事は報じている。

Garantexのモスクワ事務所では、1回の取引で最大1億ルーブル(現在の為替レートで約100万ドル)を現金で受け取ることができると顧客に説明していた。この規模のルーブル取引は、しばしば国際銀行で懸念を引き起こし、口座凍結や顧客に対する情報提供の要求につながるが、Garantexの顧客は、赤旗を立てることなく複数の取引を行うことができたという。

狙われるGarantex

実は、これだけ多くの犯罪や不法行為にかかわってきたGarantexは当局からも、あるいはマフィアからも、ずっとにらまれてきた。先のWSJによると、2020年9月のある夜、Garantexの共同創設者の一人、ドゥルガレフの妻オクサナ・ドゥルガレワがモスクワの自宅で過ごしていると、武装警官がドアを破って突入した。彼らは彼女の夫を探していた。自ら出頭した後、ドゥルガレフはGarantexを利用する犯罪組織に関する情報を警察に提供する合意を結び釈放されたようだ。報復を恐れてドゥルガレフはドバイへ移住したが、妻はモスクワに残留した。そして、2021年2月、ドゥルガレフの知人が妻に連絡し、夫の遺体がドバイの橋の下で発見されたと伝えた。ドバイの道路ジャンクションで車が橋から転落し、死亡したらしい。死因は不明。

2カ月後、ドゥルガレフの後任者はモスクワで開催された連邦保安庁(FSB)との会合に他の暗号通貨企業幹部と参加した。警察当局はプラットフォーム利用者の「最大限の情報」を求めたという。

Garantexのその後

こうした「ヤバさ」にもかかわらず、Garantexは規制を回避し、米国を拠点とする事業体との取引を継続していた。Garantexは姿を変えて事業をつづけたのである。
最初に紹介した「トランスペアレンシー・インターナショナル・ロシア」(TPR)のサイトでは、「2022年にOFACから制裁を受け、2025年には大規模な警察活動の標的となったが、Garantexは活動を停止していない」と記されている。「それどころか、同社のチームは新しいプロジェクト(MKANコイン、Grinex、Exved)を立ち上げ、技術的なトリックに基づいた分散型のマネーロンダリングシステムを構築し、ロシア当局の寛大な態度に支えられている」と指摘している。

【Exved】

TPRの別のサイト情報によると、Garantexインフラの主要設計者である、先に紹介したメンデレーエフは、エクスヴェド(Exved)を設立した。公式にはロシアの決済事業者として位置づけられ、モスクワ市で運営している。「輸出入業者のための最初の取引所 」と自称している。ロシアの顧客はExvedの代理店にルーブルで支払い、海外の取引相手は契約に基づいて必要な金額を不換紙幣または暗号通貨で受け取るという仕組みを提供している。ルーブルは正式には国境を越えず、暗号通貨による為替取引はロシアの管轄外で行われ、文書に暗号の痕跡は残らない。Exvedはデュアルユース商品の取引に使用されており、ウクライナ戦争に使用する兵器の部品を企業に支払う際に利用されていると思われる。

なお、メンデレーエフは、Independent Decentralized Finance Smartbank and Ecosystem (InDeFi Bank)も共同設立し、管理している。 InDeFi Bankは、ユーザーがGarantexから暗号通貨を購入するのを支援するなど、従来の金融アプリケーション以外の分散型金融サービスを提供している。 Exvedは決済プラットフォームで、InDeFi Bankと密接に連携し、ロシアの金融サービス部門に対する米国の制裁を覆すため、ロシアと他国間の暗号通貨を媒介とした取引を促進している(この部分は米財務省のプレスリリースを参照)。

【MKANコイン】

Garantexへの2022年4月5日の制裁発動後、同年4月、元Garantex幹部モハメド・ハリファによって登録されたのがMKANコインである。ハリファは以前、アラブ首長国連邦(UAE)の金融規制当局が監督するビジネス拠点「ドバイ国際金融センター」の上級職員を務めていた関係で、同社はドバイ拠点を拠点としている。
先のWSJによると、MKANコインは2023年初めまでGarantexのウェブサイトで提携先として掲載されており、ロシアの富裕層向けに移住サービスを提供していたUAE企業グループの一角だった。

TPRの別のサイト情報によると、MKANコインはゼロから生まれたのではなく、Garantexの資金洗浄スキームを継承し、新たな名前で複製し、制裁や検査に耐えうる分散型のグローバルネットワークに拡大したものである。同サイトは、MKANコインが「瞬く間にブラジル、キルギス、スペイン、タイ、グルジアに広がり、ルーブルをオフショアでステーブルコインや通貨に引き出すサービスを提供した」と書いている。ドバイの規制当局は2024年半ばにMKANコインを閉鎖したが、ネットワークは復活した。2025年初頭までに、後述する、後継取引所Grinexとそのルーブル・ステーブルコインA7A5は数十億ドルを扱うようになる。

【Grinex】

Garantexの傍若無人に対して、2025年3月6日、米国シークレットサービスは、ドイツおよびフィンランドの法執行機関と連携し、Garantexのウェブドメインを差し押さえ、Garantexが管理する2600万ドル以上の暗号通貨を凍結するなど、Garantexのコンピュータインフラに対する破壊的措置を講じた。さらに、翌日、米司法省はGarantexの幹部アレクサンドル・ミラ・セルダ(共同創設者アレクサンドル・ヌティフォ・シャオの改名後の氏名)とアレクセイ・ベショコフに対する起訴状を公開した。起訴状公開後、ベショコフはインドで逮捕された。このような破壊的な措置が取られた後、Garantexは、制裁措置や法執行措置にもかかわらず事業を継続するために、顧客基盤と資金を後継取引所であるグリネックス(Grinex)に移したのである。

TPRの別のサイト情報によると、2025年にサービスを開始したGrinexは、ロシアとCIS市場に明確な焦点を当てたサービスを提供している。さらに、Grinex を介して新しいA7A5「ステーブルコイン」が開始されたことも注目されている。ステーブルコインは、既存通貨価値に固定されるかたちで価値が定められながらも、国家に管理されていない暗号通貨といえるかもしれない。あるいは、ドルなど既存の法定通貨に価値が連動する「通貨」といった定義も可能だろう(詳しくは拙著『知られざる地政学』[下, 333~334頁]を参照)。

A7A5はTronおよびEthereumブロックチェーン上で取引されるロシアルーブル担保型トークンである(「OFAC制裁指定のロシア暗号資産ネットワーク」を参照)。A7A5に関する2025年2月のプレスリリースによると、この暗号通貨はルーブル建ての預金で裏づけされており、具体的には、この新しい金融商品を決済に利用することに関心のある企業がPSB(Promsvyazbank, プロムスヴャジ銀行)にルーブル建て預金をするところからはじまる。PSBは米国、英国、EUの制裁下にあるロシア国営銀行であり、軍産複合体の決済銀行の役割を担っている。A7A5はおそらく、対外貿易と制裁回避のためのツールとして意図されている。4カ月間で、A7A5ステーブルコインはGrinex取引所を通じて93億ドル相当の取引を行った(TPRのサイト情報を参照)。軍産複合体の武器製造のための部品を海外から輸入するための代金決済としてA7A5ステーブルコインによる決済が行われていると思われる。

A7A5トークンはキルギスのオールドベクター(Old Vector)社によって発行されている。同社は、A7A5トークンの作成においてGarantex社などと協力してきた。収益を失ったGarantexのユーザーには、その損失相当額がA7A5トークンで提供された。このトークンは、制裁回避に使用されるクロスボーダー決済プラットフォームを提供するロシアの企業A7のロシア人顧客向けに作成された。 A7 、その子会社A71 Limited Liability Company (A71) 、A7 Agent Limited Liability Company (A7 Agent)は、制裁を受けたモルドバのオリガルヒ(寡頭資本家)イラン・ショル(Ilan Shor)が所有するロシアのクロスボーダー決済プラットフォーム、A7に直接関連している。

「知られざる地政学」連載(109):ロシアをめぐる暗号通貨の闇(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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