【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(109):ロシアをめぐる暗号通貨の闇(下)

塩原俊彦

 

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新たな制裁

このようにみてくると、ロシアは暗号通貨を利用した闇取引を通じて海外との貿易を継続しており、それが制裁回避につながっていることになる。このため、2025年8月14日、米財務省外国資産管理局(OFAC)は、2019年以降、不正行為に関連する1億ドル超の取引を処理することで、悪名高いランサムウェア行為者やその他のサイバー犯罪者を直接助長してきたGarantexを制裁先として再指定した(財務省のプレスリリースを参照)。 OFACはまた、Garantexの後継者であるGrinexを指定し、Garantexの3人の幹部と、同取引所の悪質なサイバー活動への関与を支援してきたロシアとキルギス共和国の6つの関連企業に対する措置を講じている。ほかにも、OFACは、さらにバラク・オバマ大統領によって署名された2015年4月1日付大統領令13694号に従って、財産および財産権益が封鎖されているA7を実質的に支援、後援、または財政的、物質的、もしくは技術的支援、または物品およびサービスを提供したことで、前述したOld Vectorを制裁対象に指定した。

OFACの調べによると、A7A5は、制裁対象のプロムスヴャジ銀行(PSB)の預金によって裏づけられており、発行以来取引量が大幅に増加し、累計で511億7000万ドル以上の取引を処理しているという。Grinexも8月14日のOFACによる制裁指定を受けており、A7A5取引の主要プラットフォームとなっている。

新たな死

先に紹介した、2025年3月7日に米司法省が起訴状を公開し、インドで逮捕されていたベショコフ(46歳)が米国への身柄引き渡し前にインドの拘置所で死亡した。ベショコフはロシア在住のリトアニア国民で、家族と休暇を過ごしていたインド南西部のケララ州で拘束されていた。死因は不明である。

ただ、匿名のテレグラム・チャンネル「VChK-OGPU」によると、「彼は米国に強制送還されることに同意した。9月の予定だった」という。つまり、ベショコフは、米国への身柄引き渡しに同意した直後に死亡したと主張していることになる。

彼の死については、Garantexの主任設計者とみなされている、2021年2月のドゥルガレフの死後、株主リストから消えていたメンデレーエフは、「私は彼の一生を知っていたような気がする。このような結果になったことは、とてつもなく悲しい」と、彼はテレグラムに書いている。

もう一人の注目される人物

いわくつきの会社Garantexだけに、同社にかかわるもう一人注目に値する人物がいる。それは、Garantexの共同所有者兼地域ディレクターであったパヴェル・カラヴァツキーだ。

2024年3月に公表された、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の報告書「制裁を受けた暗号取引所Garantexに関連する企業は、モスクワのギャングのリーダーのパートナーであり、クレムリンが支配するロスネフチとつながりがある」によると、先のメンデレーエフに代わって株主リストに登場したのはイリーナ・チェルニャフスカヤというロシア人だ。彼女は、クレムリンが支配する企業と長年つながりのあるロシア人経営者、パヴェル・カラヴァツキーのライフパートナーであるとされている。

エストニアの企業登記簿にある2021年2月の委任状によると、チェルニャフスカヤはカラヴァツキーと同じモスクワ中心部のアパートで登記されているという。二人には、息子がおり、3人の間に家族関係があると推測されている。

報告書は、「カラヴァツキーは2017年にペレスヴェト銀行の取締役に就任していたが、この銀行はロシアの強力な国営石油会社ロスネフチによって買収された」と記している。さらに、彼がペレスヴェト銀行の取締役に座っていた時期は、元ロシア連邦保安局(FSB)のオレグ・フェオクチストフが頭取の顧問として雇われた時期と重なっている。加えて、カラヴァツキーとフェオクチストフは密接な関係にあると指摘されている。

何が言いたいかというと、ロシアでは、ソ連崩壊後、それまで権力を牛耳っていた国家保安委員会(KGB)が解体され、その後、その主要な権限はFSBに継承されたが、企業の安全保障のために元KGB職員や元FSB職員を幹部や顧問として雇用するケースが多くみられた(この問題については、拙著『ネオKGB帝国:ロシアの闇に迫る』が必読書である)。ペレスヴェト銀行も同じように、FSBと深い関係をもっていたことになる。しかも、同行を買収したロスネフチのイーゴリ・セ―チン最高経営責任者(CEO)はウラジーミル・プーチン大統領の最側近であっただけでなく、副首相時代に法執行機関の監督者を務め、FSB内に内部安全保障局を設置した。その局の第六部署を創設したのがフェオクチストフだったという因縁まである。そう、この二人の関係から、カラヴァツキーもプーチンの最側近であるセ―チンとのパイプをもっている可能性があるのだ。

報告書はさらに、カラヴァツキー自身がFintech Corporationというロシアの企業の一部所有者であり、そのウェブサイトによると、Garantexが暗号投資初心者にコースを提供するために設立した教育プログラムであるGarantex Academyを運営している。

もう一人のGarantexの共同設立者

カラヴァツキーは、2022年4月までGarantexの株主であったヌティフォ・シャオ(2025年2月からミラ・セルダ)とFintechを共同所有している。Fintechという会社の変遷をたどると、実に興味深いことがわかる。

報告書によると、ロスネフチは2016年にタルギンという会社を買収し、その3年後、ロシアの企業登記簿によると、何者かがタルギン・ロジスティクスという名前の二つ目の会社を設立した。この二つの企業が関連しているかどうかは記録にはないが、タルギン・ロジスティクスが2020年にフィンテック・コーポレーション(Fintech Corporation)に社名を変更した後、カラヴァツキーがCEOに就任したという。つまり、カラヴァツキー自身もロスネフチと密接な関係を有しているようにみえる。

Fintechは、2016年に恐喝計画で流刑地に7年の刑を受けた有罪判決を受けた暴力団リーダー、アレクサンダー・ツァラプキンとともに、Academy of Conflictsという債権回収会社の50%も所有している。釈放後、ツァラプキンはAcademy of Conflictsで債権回収と、ロシアの企業記録では「問題解決」(暴力や脅迫などで懸案を片づける)と呼ばれる活動を再開したという。暗号通貨の教育会社であることをアピールしているFintechが、なぜ債権回収会社を所有しているのかは不明だ。ほかにも、ヌティフォ・シャオ(ミラ・セルダ)はツァラプキンと音楽出版とスタジオ事業を共同所有しており、ツァラプキンとFintechは2022年3月までAnatomy of Lawという法律事務所も共同所有していた。

前述したように、2025年3月7日、ミラ・セルダは、ベショコフと同様、2025年にGarantexとの関連で米国当局から指名手配された。しかし、ベショコフとは異なり、彼は逮捕を免れ、アラブ首長国連邦(UAE)から活動を続けている。

UAEと暗号通貨

2025年9月15日付の「ニューヨークタイムズ」は、「二つの巨大取引の解剖: UAEはチップを手に入れた。トランプ・チームは暗号通貨で大儲け」という興味深い記事を公表した。この記事を理解するには、まず、拙著『ネオ・トランプ革命の深層』で「2024年秋、トランプは息子たちと共にスティーブ・ウィトコフ補佐官(とくに息子ザック)と協力し、暗号通貨の貸借のプラットフォームとしてWorld Liberty Financial(WLF)を立ち上げ、World Liberty は独自のデジタル通貨WLFIを発行している」(71頁)という記述を紹介する必要がある。

米ドルに価値を連動させたEthereum基盤のステーブルコイン「USD1」がWLF内で利用されている。これとは別に、WLFはUSD1の利用を前提とした分散型金融(DeFi)プラットフォームで、独自トークン「WLFI」も発行しているというかたちをとっている。問題は、この暗号通貨関連企業がUAEと深い関係をもっている点にある。

記事は、UAEのシェイク・タフヌーン・ビン・ザーイド・アル・ナヒヤン(通称シェイク・タフヌーン)という人物に焦点を当てている。彼は、UAEの国家安全保障アドバイザーを務め、英国の元スパイやレバノンの元首相を含む同志に囲まれてきたという。2023年までにシェイク・タフヌーンは、王室の国富を支える重要な指揮官という新たな役割も担うようになり、「1兆ドル以上の国費を自由に使えるようになった」と記されている。

最近では、彼は、2018年にアブダビで設立された、UAEのAI分野の持株会社である「Group 42 Holding」(G42)へ多額の投資をしている。G42は、シェイク・タフヌーンがAIビジネスやゲノムやクラウド・コンピューティングの最先端ベンチャーを個人的にコントロールする大企業とされている。シェイク・タフヌーンの副官の一人で、G42の暗号部門の責任者を務めるコンピューター・サイエンスの専門家、フィアック・ラーキンは、トランプ一家が手掛けている暗号通貨ビジネス(WLF)に加わり、トランプ家の金儲けを手伝っていたという。

どうやら、シェイク・タフヌーンはトランプ家に便宜供与することで見返りを得ているようなのだ。シェイク・タフヌーンはWLFの立ち上げにかかわっただけではない。2025年5月、ウィトコフの息子ザックはドバイで開かれた会議で、シェイク・タフヌーンの投資会社の一つがWLFに20億ドルを預けると発表したのである。

その2週間後、ホワイトハウスは、世界でもっとも先進的で稀少な数十万個のコンピューターチップへのアクセスをUAEに許可することに合意した。チップの多くは、中国と共有される可能性があるという国家安全保障上の懸念にもかかわらず、シェイク・タフヌーンが支配する広大なテクノロジー企業であるG42に渡ることになる。つまり、こちらが見返りにあたる取引ということになるだろう。

この交渉には、ハイテク産業や中東とつながりのある、ホワイトハウスのもう一人の重要人物デーヴィッド・サックスが関与している。長年のベンチャーキャピタリストであるサックスは、政権のAIおよび暗号取引の担当官として、シリコンバレーで仕事をつづけながら技術政策を形成するために新設された役職に就いている。

UAEと中国

実は、UAEは不可思議な国家として存在している。だからこそ、2025年7月に公開した拙稿「「知られざる地政学」連載(98):オールドメディアが報じない「クレプトクラシー」の実態:UAEを暴く」()において、大胆不敵なUAEについて説明したことがある。
こんな国だから、UEAは2023年8月、中国人民解放軍との合同演習を開始した。UAEは近年、インドや韓国とも合同演習を実施したことから、これ自体はあまり警戒すべき動きではないかもしれない。

ただし、UAEは中国製の無人偵察機ウイング・ルーン(Wing Loong)を調達している。UAEのウイング・ルーンは2011年から就航しており、中国が提供した空対地ミサイルと爆弾を搭載している(Breaking Defenseを参照)。

さらに、前述したG42が中国のハイテク企業と密接な関係にあることが知られている。たとえば、超党派の米下院中国共産党特別委員会が2024年1月、商務省に送った書簡のなかでは、「2023年6月、G42は、カーネギーメロン大学が設立した研究室である、米国を拠点とする企業Petuumと研究パートナーシップ契約を締結した」と記されている。中国企業テンセントは、Petuumの主要な最初の投資家でもある。テンセントとファーウェイは共同で、中国を拠点とする複数のAIとクラウド・コンピューティングの研究所を運営している。さらに、「Petuumの創業者であるエリック・シンとCEOのペン・シャオは、UEAのモハメドビン・ザイード人工知能大学(MBZUAI)でもともに幹部職を務めている。MBZUAIは、米国の輸出規制の対象となる中国の大学の軍事エンドユーザーと広範な関係を維持している」、という記述もある。

このため、ジョー・バイデン政権下では、G42による中国との技術共有を禁じてきた。しかし、トランプ政権が誕生すると、前述したサックスの登場で、適切なセーフガードさえあれば、中東へのチップ販売は事実上無制限であるべきであるという、彼の主張が実践されるようになる。

こうして2025年5月、今後、数年間にUAEに送られるチップの数を年間約10万個から50万個に増やし、そのうちの5分の1をG42用にすることが承認された。これらのチップの多くは、市場で最先端のものとなるだろうとみられている。つまり、その最先端チップがUAE経由で中国に流入する可能性がある。なお、トランプ政権によれば、UAEはその見返りとして、AIへの投資を含む米国の産業成長を強化するために10年間で数千億ドルを費やすという。

どうだろうか。暗号通貨について考察してみると、UAEというあまり知られていない国にたどり着く。ゆえに、今後も世界規模でこの問題を注視してゆかなければならないと思う。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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