【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(111):ロシアの2026年予算案をめぐる諸問題:日本の報道のひどさを暴く(上)

塩原俊彦

 

ウクライナの2026年予算案がまとまったのを契機に、9月25日付で「現代ビジネス」において、拙稿「ウクライナの来年国家予算案に仰天…8.9兆円もの国防費をたかる気か⁉」を公表した。他方で、ロシア政府は9月29日、3年(2026~2028年)予算案とその関連法案を下院に提出した。そこで、今回は、ロシアの2026年連邦予算案を中心に考察したい。ウクライナ戦争という地政学上の大問題に絡んでいるからだ。なお、その際、日本の報道のひどさを暴露する。実名を挙げて、実態を暴くことで注意喚起したい。

ロシアの予算案さえ、まともに報道できない日本のマスメディア

すでに、2025年1月12日に「現代ビジネス」において、拙稿「西側諸国で蔓延する「ロシア経済崩壊論」の嘘八百を暴く」のなかで、ロシア経済悲観論がきわめて意図的に喧伝されていることを明らかにした。要するに、似非学者や似非研究者などがまったくとるに足らない駄弁を弄してきたことを具体的に指摘したものだ。2024年12月には、この連載(70)において、「ロシア経済をめぐる情報操作」()を公開した。これを読めば、ロシア科学アカデミー・ロシア中央数理経済研究所の学術誌『現代ロシアの経済学』で編集委員を務めてきた私のロシア経済への知見を理解してもらえるだろう。こんな私からみると、不誠実な輩ばかりで、あきれるどころか、日本や欧米の学術研究そのものを大いに危惧せざるをえない。バカがバカを育てているからだ。重要なのは、「騙そうという意図をもった不正確な情報」である「ディスインフォメーション」に決して騙されてはならないということである。ディスインフォメーションを垂れ流し、国民を欺こうとする者が大勢いる現状を鑑みると、前途は真っ暗だが。

その典型例が産経新聞の記事である。小野田雄一記者は、9月30日付で「ロシア政府は29日、2026年の予算案を下院に提出した。兵器調達や軍隊運営などに充てる軍事費は12兆9千億ルーブル(約23兆830億円)で、前年(13兆5千億ルーブル)とほぼ同水準を計上」という記事を書いている。そのうえで、「国力を挙げて「戦勝」を達成しようとするロシアの意思が反映される一方、国家財政が圧迫される実態も浮かび上がっている」と記し、ロシア経済に暗雲がたちこめていることを暗示している。

ところが、9月30日付日本経済新聞で小川知世記者は、「国防費は25年比4%減の12.9兆ルーブル(約23兆円)と、22年のウクライナ侵略後初めて前年を下回る計画となった。軍事支出の拡大とエネルギー収入の減少で財政が逼迫し、国防費の抑制に転じる」とのべている。記事の見出しには、「ロシア国防費、来年4%減 ウクライナ侵略後初のマイナス エネ収入細り財政逼迫」とある。

後述するように、連邦予算案では、国防費の減少がたしかに見込まれている。正解は小川だが、本当は、2025年予算は修正を重ねているから、2026年の予算案を2025年の当初予算と比べるのか、補正予算と比べるかによって、あるいは、インフレ率などによって、実質ベースでどうなるかは判然としない。もちろん、産経のいう「軍事費」と、日経のいう「国防費」の定義そのものも不明確だ。ただ、ロシアが軍拡路線をつづけていると煽りたい産経は、どうやら平然と「嘘」を書いているように思われる。少なくとも、露骨な印象操作ないしディスインフォメーション工作を行っている。

土田陽介なる人物のディスインフォメーション

ディスインフォメーションを流している人物は、研究者にもいる。三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部の主任研究員という肩書をもつ土田陽介だ。彼は、10月1日付で、「プーチンですら想定外…ロシアが「2年連続の大増税」、戦費が足りないのに戦争をやめられない政権の末期症状 ついに戦時財政が回らなくなってきた」という記事を「プレジデント」に公表した。この人もまた、ロシア経済が深刻であるにもかかわらず、戦争をやめようとしないロシアという、わけのわからない論理を展開している(むしろ、財政悪化にもかかわらず、戦争継続に傾く欧州政治指導者という視角が正しい。この視角から、近く「現代ビジネス」で所見を提示する予定だ)。
土田が研究者として不誠実だと断言できる証拠を示そう。彼は、記事の最初に、「ロシアで2026年1月より、日本の消費税に相当する付加価値税(VAT)の税率が引き上げられる公算が大きくなっている」と書き、付加価値税引き上げがロシア経済の問題点であるかのような視角を提起する。そして、その後、つぎのように記述している。

「さて話をVATに戻すと、税率の引き上げがもたらす懸念として、まず物価の上昇がある。VAT率が20%から22%へと2%ポイント上昇すれば、単純に考えれば物価上昇率も2%ポイント押し上がる。実際には、売り上げの減少を抑制するために企業が価格転嫁を抑えるため、物価上昇率はそこまで押し上がらないが、それでも物価上昇は加速するわけだ。」

不可思議なのは、土田が、ロシアの税制改正案では、食品、医薬品、医療品、子供用品などについては、10%の優遇税率が維持されることになっている点にまったくふれていない点だ。つまり、少なくとも消費者物価が2ポイント上昇することはまったく想定しがたい。その意味で、土田の記述はロシア経済を見かけより悪くみせかけるためのディスインフォメーションであると断言できるだろう。

どうして、こんな偏見に満ちたことを書くのか。研究者として、失格であると思う。ついでに、こんな人物を雇用している三菱UFJリサーチ&コンサルティングの全出版物を大いに疑うべきである、とすべての投資家に声を大にして訴えておこう。なぜなら、この会社が不誠実であり、事実を歪めて一知半解な見解を流布している公算が大きいからである。

2025年予算補正と2026年予算案

ここからは、2025年連邦予算補正と2026年の連邦予算案について考察したい。

ミハイル・ミシュスチン首相は9月24日、2026~2028年度連邦予算案を最終決定する会議を開催し、同予算案は閣議決定された。その後、29日になって、下院審議のために予算案と多数の関連法案を含む予算パッケージを下院に提出した。ここでは、ロシアの「ヴェードモスチ」や「コメルサント」などの報道およびカーネギー・ベルリン・ロシアユーラシア研究センターのアレクサンドラ・プロコペンコが9月30日に公表した論文「新予算が描くロシア経済の未来とは?」をもとに、2026年予算案の概要について紹介してみたい。その際、2025年連邦予算の修正にも配慮する必要がある。

2025年連邦予算修正案

2025年予算の歳入計画は、4月の調整で予想された38.5兆(38兆5060億)ルーブルから36.5兆(36兆5620億)ルーブルへと大幅に減額修正された(1兆9440億ルーブルの削減)。GDPに占める歳入の割合は、石油・ガス収入(OGI)の増加と非石油・ガス収入の減少により、2025年には0.6%減少し16.8%となる見込み。当局はOGIを上方修正し、その額は8兆6530億ルーブルとなる。同時に、非OGIは2兆2800億ルーブル減少し、27兆9080億ルーブルを見込んでいる。ただ、これは、「ロシアの石油・ガス収入は、2024年の1350億ドル近くから、今年は1000億ドル前後にまで落ち込むと予測されている」という9月30日付のNYTの報道からみると、不自然に思われるかもしれない。

OGIの見積もり変更は、多くのプロジェクトの課税ベースと財務指標の構造の明確化、外国市場での石油製品のコストの変化、天然ガス価格とその輸出構造の影響を受けた、と財務省は説明している(最近のルーブル安によって外貨のルーブル換算後の建値が増加したことが大きい)。財務省は、今年末の予想相場が56ドル/バレルから58ドル/バレルに若干調整されたとしている。

2025年予算の歳出は以前の計画と同レベルの42.3兆ルーブルに据え置かれる。なお、次年度以降、歳入に対する歳出の超過は残るが、減少する(2026~2028年の連邦予算案によると、2026年の赤字は今年より3分の1減少し、3兆7860億ルーブル、2027年には3兆1860億ルーブル、2028年には3兆5140億ルーブルに減少する)。

財務省は、2025年の連邦財政赤字見通しを上方修正した。今年4月時点の予想では3.8兆ルーブル(GDP比1.7%)の赤字であったが、5.7兆ルーブル(GDP比2.6%)に拡大する。後述するように、ロシア経済の足元は、「停滞」しており、それが計画見込みよりも悪い見通しに修正せざるをえない状況を招いている。

2025年のGDP成長率は、前回の2.5%から年末には1%になる(2024年のGDPは4.3%)。2026年には1.3%の低成長へと移行し、インフレ率は4%前後まで鈍化する(2025年末の6.8%の後)。インフレ圧力は緩和しており、8月の消費者物価上昇率は年率8.1%に低下した。このプラス傾向により、インフレ見通しは7.6%から6.8%に改善したのである。2025年の設備投資成長率予測は1.7%に据え置かれた。ロシアの公的債務残高は2兆ルーブル増加し、36兆5490億ルーブルから38兆5530億ルーブルに達する。

2026年連邦予算案

【財政赤字】
財務省は、2026年に40.3兆ルーブルの名目予算歳入を見込んでいる。2025年の修正値と比べて8.6%増となる。来年の名目予算歳出は同じく3%増の44.1兆ルーブルを見込んでいる。経済発展省の予測では、2025年末にはインフレ率は6.8%、2026年には4%まで鈍化すると予想されている。つまり、実質的に歳出は削減される。より客観的な数値(対GDP比)では、歳入は同レベルの17.1%にとどまるが、歳出は19.7%から18.7%に減少する。財務省は2026年に新たな財政再建の試みを計画していると言えるだろう。

2026年の財政赤字はGDPの1.6%、3.8兆ルーブル(2025年はGDPの2.6%、5.7兆ルーブル)と予想されているが、政府はこれを「容認できる」と考えている。歳入と歳出のギャップは、主に国内借入金(国債の純発行額は4兆ルーブル)で埋めることになる。10月23日、ソチで開催された会議で、ウラジーミル・プーチン大統領は「比較的小さな債務と比較的小さな財政赤字は、おそらく今年は2.6(パーセント)、来年は1.6(パーセント)になるだろう。いずれにせよ、私たちはそのように計画を立てている。同時に、国家債務は20%を下回っている」と説明した。これらの数字はすべて、2025年から2027年の平均ブレント原油価格が1バレルあたり70ドル(以前は72ドルと予想)になるという予測に基づいている。

なお、「国民福祉基金」と呼ばれている国富基金(Sovereign Wealth Fund, SWF)からの引き出しも計画されているが、その額は限られており、385億ルーブルにとどまる見通しだ(来年末までに、基金の流動性部分は4兆5000億ルーブルに増加するはずであるという)。

【歳入】
税制改正により2026年には追加で1兆8000億ルーブル近くの歳入増が見込まれる。この資金の大部分は、付加価値税(VAT)の税率変更などによるもので、1兆4000億ルーブル(税率を20%から22%に引き上げることで1兆2000億ルーブル、中小企業によるVATの納税基準額を引き下げることで2000億ルーブル)となる。ただし、食品、医薬品、医療品、子供用品など、社会的に重要な商品については、10%の優遇税率が維持される。同時に、同省はVAT納付の所得基準を6000万ルーブルから1000万ルーブルに引き下げることを提案している。これはすべての中小企業にとって増税を意味する。さらに740億ルーブルは、ブックメーカーへの課税負担を増やすギャンブル事業税、660億ルーブルは、アルコールとタバコへの消費税増税によるもの。

老婆心ながら紹介しておきたいことがある。それは、ロシアの付加価値税の引き上げを過大に喧伝して、ロシア経済の深刻化を針小棒大に言い募る動きに対してだ。こうした西側のオールドメディアを見越して、シルアロフ財務相は9月29日のインタビューのなかで、各国の付加価値税に言及した。アイルランド、ポーランド、ポルトガル、スロバキアが 23%、スロベニア、イタリアが22%、アルゼンチン、ベルギー、チェコ、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、スペイン が21%で、もっと高い税率の国もあるという。

もう一つ注意喚起しておきたいことは、石油・ガス収入(OGI)の先細りを喧伝して、ロシア経済不安説を過度に煽り立てる見方に騙されてはならないといことだ。2026年の連邦予算のOGIは8兆9180億ルーブル(GDPの3.8%)と見込まれている。2027年と2028年には、OGIは9050億ルーブル(GDPの3.5%)と9701億ルーブル(GDPの3.5%)に達する。ベースラインのOGIは、2026~2028年には8兆9570億ルーブル(GDPの3.5%)に達する。それぞれ8兆9570億ルーブル、8兆7080億ルーブル、8兆9220億ルーブルである。2026年には385億ルーブル(GDPの0.1%未満)のOGIが不足し、2027年と2028年にはそれぞれ3421億ルーブル(GDPの0.1%)と7826億ルーブル(GDPの0.3%)の追加OGIが形成される。

【歳出】
最大の歳出は「国防」分野で12.9兆ルーブルとなる。これは2026年度予算総歳出の29%に相当する(つぎに説明する治安維持関連歳出と合わせると予算歳出の38%)。2025年には、この目的のために13.5兆ルーブルが計上されていた(実際の執行状況、および今年の2回の予算修正後の金額については、財務省は公表していない)。したがって、入手可能なデータに基づくと、計画された軍事支出は、2025年当初予算の名目値と比べて4%削減されると言える。2026年度予算では、さらに3.91兆ルーブルが「国家安全保障および法執行活動」部門(予算歳出の9%)に計上されている。前年、この部門の計画は3.46兆ルーブル(11%増)だった。これらを合わせると、2026年の国防・安全保障歳出は最小限の減少(0.6%)となる。しかし、2027年以降、国防・安全保障歳出は再び増加する。累計すると、戦力支出はGDPの約8%にとどまり、戦争の優先順位は変わらないことになる。

なお、9月30日付のNYTは、「国防への国家歳出は、現在の為替レートでは1630億ドル以上から、来年は約1560億ドルに減少すると予測されている。最大7%のインフレ予測を加味すると、減少幅はより大きくなる」と報じている。つまり、最初に紹介した産経新聞の報道がいかに歪んだディスインフォメーションであるかがわかるだろう。

国防・安全保障という両部門のうち、主な増加は給与と予備費である。後者は、軍と治安部隊に、すでに割り当てられた予算内で資金を管理する柔軟性を与えている。調達と設備投資への歳出は実質的に伸びていない。これは投資(新しい装備はほとんど購入済みであるため)から、連続生産とメンテナンスに重点が移ったことを示しているのかもしれない。

ロシアの軍事費の構造的な不透明さを強調しておかなければならない。「機密費目の割合は約25%」であると、先のプロコペンコ論文は書いている。ただし、そのすべてが軍事費というわけではない。軍事費のかなりの部分は、地域プログラム、国家保証による軍産複合体企業への融資、財務省の立替金、国営企業による購入など、別のルートを通じて行われている。費用の一部は企業やボランティアに転嫁されている。「形式的には、これらの支出は国防費として分類されていないが、事実上、軍事目的に使用されている」という。

国防に次いで規模が大きい予算項目は「社会政策」である。2026年には7.1兆ルーブルが計上されており、これは全歳出の16%を占める。2025年度予算では、この金額は6.5兆ルーブル(9%増)であった。

下院は10月22日に新予算案の第一読会を行う予定だ。

「知られざる地政学」連載(111):ロシアの2026年予算案をめぐる諸問題:日本の報道のひどさを暴く(下)に続く

【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)のリンクはこちら

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

★ISF(独立言論フォーラム)「市民記者」募集のお知らせ:来たれ!真実探究&戦争廃絶の志のある仲間たち

※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
ISF会員登録のご案内

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」

 

塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』(社会評論社、2024)、『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)がある。 『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ