【連載】紙の爆弾

民主主義国家における「秘密」とは何か「スパイ防止法」と憲法9条 足立昌勝

足立昌勝

※この記事は、(月刊『紙の爆弾』2025年8・9月合併号掲載。最新号情報はホームページ https://kaminobakudan.com/)転載です。

5月27日、自民党の治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会(会長・高市早苗・前経済安保担当相)は、「『治安力』の強化に関する提言~安全・安心な日本を取り戻すために~」を取りまとめ、石破茂総裁に申し入れた。そこでは、公的部門と民間部門を分け、それぞれの「治安力」の強化を提言している。
まず公的部門では、①海外からの脅威に対し、〈偽情報等の収集・分析・集約や偽情報等に対する対外発信等の対策を強化〉と〈政策決定を支える情報収集・分析能力の強化、諸外国と同水準のスパイ防止法の導入に向けた検討〉を取り上げ、②国内における対策として〈「国民を詐欺から守るための総合対策2・0」の着実な推進〉〈CBRNE(化学剤・生物剤・放射性物質・核物質・爆発物)を用いたテロの対策〉〈ローン・オフェンダー(特定のテロ組織等と関わりのないままに過激化した個人)等による事件の対策〉〈ドローンの対処能力向上・利活用推進〉を提言している。これについて、高市氏は「本気で議論を始めなければならない段階に来ている。夏の参院選公約にも盛り込めるよう取り組む」と述べた。

「スパイ防止法」の歴史と推進派の主張

今から40年前の1985年、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の系列下にある勝共連合に支援された自民党議員が「スパイ防止法案」を衆議院に議員立法として提出した。この法案は、基本的人権を侵害するとの反発を受け、結局審議未了で廃案となったものの、そもそもこの法案を策定したのは自民党である。

法案には、「外国のために国家秘密を探知し、又は収集し、これを外国に通報する等のスパイ行為等を防止することにより、我が国の安全に資することを目的とする」と明記され、「国家秘密とは、防衛及び外交に関する別表に掲げる事項並びにこれらの事項に係る文書、図画又は物件で、我が国の防衛上秘匿することを要し、かつ、公になっていないものをいう」と定義されている。

別表として掲げられた以下の事項は、今後の国家秘密保護の範囲を規定するものとなるので、長いが引用しておく。

1 防衛のための体制等に関する事項
イ 防衛のための体制、能力若しくは行動に関する構想、方針若しくは計画又はその実行の状況
ロ 自衛隊の部隊の編成又は装備
ハ 自衛隊の部隊の任務、配備、行動又は教育訓練
ニ 自衛隊の施設の構造、性能又は強度
ホ 自衛隊の部隊の輸送、通信の内容または暗号ヘ防衛上必要な外国に関する情報

2 自衛隊の任務の遂行に必要な装備品及び資材に関する事項
イ 艦船、航空機、武器、弾薬、通信機材、電波機材その他の装備品及び資材の構造、性能若しくは製作、保管若しくは修理に関する技術、使用の方法又は品名及び数量
ロ 装備品等の研究開発若しくは実験計画、その実施の状況又はその成果

3 外交に関する事項
イ 外交上の方針
ロ 外交交渉の内容
ハ 外交上必要な外国に関する情報
ニ 外交上の通信に用いる暗号

これらの国家秘密を探知・収集・外国に通報する行為を処罰対象とし、最高刑として死刑または無期懲役刑が定められていた。また、それらの行為の未遂・予備・陰謀も処罰され、共犯として教唆・扇動も罰せられる。

かつて刑法には、間諜罪(スパイ罪)が定められていたが、敗戦後の新憲法で9条が定められ、戦争放棄と戦力不保持が宣言されたことを受け、1947年の刑法改正で、敵国の存在を前提としていた間諜罪は憲法9条に違反することとなり削除されたのである。
また、刑法改正を審議した法制審議会刑事法特別部会第三小委員会では機密探知罪が検討されたものの、規定しないと決定された経緯がある。しかし、国家の右傾化や冷戦構造を背景とする反共主義の蔓延化により、勝共連合に支援された自民党が過去の歴史を無視し、スパイ防止法の制定に邁進するようになった。

憲法理念に反するとして廃止された規定が、同じ憲法の下で復活するということは、何を意味しているのか。そこには、憲法を無視してでも復活させたいという自民党右派勢力の思いが反映されているのだろう。

ところで、2001年には自衛隊法が改正されて「防衛秘密」が新たに規定。防衛大臣は、「自衛隊についての別表第4に掲げる事項であって、公になっていないもののうち、我が国の防衛上特に秘匿することが必要であるもの(MSA秘密保護法の特別防衛秘密を除く)を防衛秘密として指定する」と述べた。40年前のスパイ防止法案では、防衛のための体制等に関する事項と自衛隊の任務の遂行に必要な装備品及び資材に関する事項に分けられ、合わせて8つの事項が指定されていたが、ここでは1つの柱にまとめられ、10の事項が指定されている。ただし内容には、大きな変化はないように思われる。

憲法9条が存在するにもかかわらず、米軍の意向を反映して自衛隊を増強し、活動範囲も大幅に広げられた。そこには仮想敵国が存在し、それに向けての体制を構築しようとしているのだ。このような体制の構築は、憲法9条の下で許されているのであろうか。戦力不保持を定めている以上、自衛隊という名称を用いても、それが戦力である限り保有することはできない。政府解釈のように、自衛のための戦力の保持は許容されるとしても、自衛を理由とした戦争は過去にも多く発生しているため、歯止めがなくなり、どこまでも広げられてしまう。

憲法9条について、最高裁判所は政府の意向を反映した解釈しかしてこなかった。それを理由として「解釈」という言葉を用いているが、政府が勝手に運用の範囲を拡大してきたのだ。

なぜ今「スパイ防止法」が必要なのか?

なぜ40年後の今、スパイ防止法の制定を自民党右派勢力は目指すのか。過去と現在で、どのような情勢の変化があったのか。それを考える材料として、40年前の立法理由がどこにあったのかを検討する必要がある。

スパイ防止法を立案した自民党は、国会提出を見込んで、世論喚起のために「スパイ防止法案1問1答」という小冊子を1980年5月に公刊した。それは、自ら作成した12の質問に答える形で進められている。ここでは、特に必要だと思われる①スパイ防止法の必要性について②民主主義に逆行するという主張について③機密探知罪の復活という主張についての3つを要約して紹介し、検討する。

①必要性について
日本はスパイ天国といわれ、各国のスパイが自由自在に暗躍している。宮永事件(1980年に発覚したソビエト連邦によるスパイ事案)のように、その罪状は明白で重大であったにもかかわらず、わずか1年の懲役刑だった。これが最高の刑罰だったからだ。世界中で、自国の防衛に最も重要な秘密事項を外国に通報するというスパイ行為に対しては、刑罰法規で厳しく処断している。国の防衛に関する秘密をスパイの手から守るために必要最小限の法律を整備しなくてはならない。

②民主主義に逆行する措置との主張について
ここ2、3年の国際情勢の推移は、極めて急激な変転を国際秩序にもたらし、米ソのデタント(緊張緩和)の風潮に終止符が打たれ、再び緊張激化のきざしが見えてきた。どういうスパイ防止法を作ったら、自由と民主主義を守ることができるのかを検討することこそが必要で現実的な態度。評論だけでは国の平和と安全は守れない。

③法制審議会で削除された機密探知罪の復活について
たしかに、機密探知罪は、法制審議会の多数決により削除された。しかし、削除に賛成した委員は、わずかに過半数を上まわるにすぎないうえ、その中には何が何でもこの種の規定は絶対に反対という者ばかりではなく、必要性を認めながら、機密の範囲を具体的に限定することは、刑法典の条文としては困難なので、特別立法によるべきだとする者が相当数を占めていたのであり、むしろ今回の提案は、その趣旨に沿うものといえる。

自民党のこれらの主張は自己満足にすぎず、歴史的反省に立つ視点など皆無である。単純化すれば、スパイを取り締まる規定がない→スパイが暗躍している→処罰規定が必要だ、と言っているにすぎない。1947年の刑法改正で、なぜ間諜罪が削除されたのかを考えることが、この問題を検討する第一歩である。そこには、日本が犯した侵略行為に対する深い反省が含まれている。それを忘れ、日米安保体制に組み込まれた現状からしかものを見ようとしない自民党の欠陥が深く表れているのだ。

結局のところ①の冒頭の「敗戦後に刑法からスパイについての刑罰規定が削除され、今日、スパイ天国になった」が、最大の理由であろう。戦争当事国としての反省など全くない。歴史的に前例のない侵略行為を繰り返してきたことをどのように総括し、乗り越えていくのかについての反省が一切ないことが問題なのだ。

場合によっては、他国と軍事衝突をしてもかまわないとでも思っているのだろうか。平和は外交努力により維持されなければならない。そこには、過剰な秘密は一切存在しないのだ。

「秘密」の範囲拡大

国家にとって、「秘密」は存在しなければならないものであろうか。特に国民主権を憲法原則としている日本で、国家が国民に隠すべきものは存在するのだろうか。民主主義社会は、「民が主(あるじ)の社会」だ。本来は国民すべてが一堂に会して話し合い、将来を決定できればいいが、それは不可能なので、代議制議会が誕生し、国家が誕生することになる。そこで国家は、国民に委ねられた範囲で行動することができるだけだ。

したがって、国の持つ情報は、すべて国民に明らかにしなければならない。これは、情報公開の問題でも報道の自由の問題でもない。そもそも民主主義とはそういうものである。

しかし、現に存在する国家は、国民に委任されていることを忘れ、国民なくしても成立すると思っている。また、権力者にとって、国民に情報を知らせず勝手気ままに統治することが、最大の願望であろう。

最も多くの秘密を所有する防衛省は、「我々には職務上知ることのできた秘密を守る義務が課されており、秘密保全は国の安全の確保、他国との情報共有又は信頼関係の維持のため必要不可欠」と説明し、自衛隊法59条に基づく秘密として、「省秘」「注意」「部内限り」の3種類があるという。さらに、特定秘密保護法3条に基づく「特定秘密」が存在し、MSA秘密保護法における特別防衛秘密として、「機密」「極秘」「秘」の3種類がある。

2013年に成立した特定秘密保護法は、戦後の日本において本格的な国家秘密を定めたもので、防衛事項・外交事項・特定有害活動事項・テロ事項を秘密と規定している。まず、「防衛秘密」とは、前述の自衛隊法改正で定められた防衛秘密と完全に同一である。仮想敵国を想定し、もし防衛事項を秘密にしなければ日本は侵略されると結論づけ、防衛秘密の重要性を強調する。その論理に立てば、単純な国民は何も反論できない。

先に確認したとおり、敵国が存在しないことが平和憲法の大前提である。その論理に立てば、仮想敵国も防衛秘密も絶対に存在しえない。そんな体制にある日本で、なぜ今スパイ防止法が必要なのか。それについての説明責任をしっかりと果さなければならない。

次に「外交秘密」。外交とは国と国の主張がぶつかり合うもので、交渉中の内容は、相手国にわからないようにしなければならない。その意味では、交渉中の事項は秘密でなければならない。しかし、交渉が妥結し、議会での承認を得る段階では、交渉にかかわるすべての内容を明らかにする必要があり、そこに秘密は存在してはならない。

3つ目の「特定有害活動」。これは、内容的にスパイ行為を指す。特定有害活動は、安全保障に支障を与えるおそれのある活動等で、「外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるもの」と定義されている。憲法的価値に合わせて削除された間諜罪が、同じ憲法の理念を語ることなくしてなぜ復活できるのか。その点が特定秘密保護法の審議では、何も議論されていない。前例を覆すだけの論拠がないからであろう。その意味では、この特定有害活動についても、秘密である必要はない。

最後の「テロ活動」。テロリズムについて、法は「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動」と定義した。戦前の特高警察が強かった日本ですら、この種の警察情報は秘密とされていなかった。それを、当然のように秘密としている。

特にこの情報を扱うのは公安警察である。公安警察は秘密組織そのものであり、そこが情報収集したものはすべて秘密扱いにされているのだ。このように、警察活動を守るための秘密指定とは全くおかしなものである。

ところで、公安警察が捜査を行なった大河原化工機冤罪事件では、5月28日、東京高裁が地裁に続き、一連の捜査の違法性を全面的に認めた。さらに、「不正輸出」の判断基準として公安部がつくった独自解釈の妥当性も否定し、逮捕や起訴に「合理的な根拠を欠いていた」と結論づけた。秘密のベールに包まれ、勝手な活動を行ない、良識ある市民を監視している公安警察の活動を違法と認定したのだ。被告側の東京都(警視庁)と東京地検(国)は上告を断念。有罪判決が確定し、被告側は謝罪したものの、今後、事件の検証を通じて、公安部の暴走をいかに防ぐかを真剣に考える必要がある。

2024年5月に成立し、今年5月16日に施行された重要経済安保情報保護法は、特定秘密保護法と一体化をなすもので、「特定秘密保護法の経済安保版」といわれている。政府保有の経済安全保障上重要な情報として、まず特定秘密があり、それに加えて重要経済安保情報が存在することになる。その具体例として、「サイバー脅威・対策等に関する情報」がある。そこでの要件は、「重要経済基盤保護情報であって、公になっていない、その漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるため特に秘匿することが必要なもの」とされる。

このように、国家秘密の範囲は非常に拡大され、国そのものの秘密にとどまらず、経済情報にまで広げられてしまった。かつて、国家独占資本主義という言葉が頻繁に使われていたが、この現象は、国家が安全保障の観点から経済界のありようをも支配しようとするもので、大きな問題をはらんでいる。

足立昌勝(あだちまさかつ)
「ブッ飛ばせ!共謀罪」100人委員会代表。救援連絡センター代表。法学者。関東学院大学名誉教授。専攻は近代刑法成立史。

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足立昌勝 足立昌勝

「ブッ飛ばせ!共謀罪」百人委員会代表。救援連絡センター代表。法学者。関東学院大学名誉教授。専攻は近代刑法成立史。

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