【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(115):「人間の安全保障」さえ守れない国々:「現代奴隷制」という現実を知れ!(上)

塩原俊彦

「人間の安全保障」という観点からみるとき、奴隷労働の廃止は重要な課題と言えるだろう

こんな当たり前に思えることであっても、実は、この廃止はそう簡単ではない。現代でも、奴隷労働がさまざまな形態で行われているからだ。今回は、そんな話をしながら、人間の安全保障さえ守られていない現実に気づいてほしいと考えている。連載(115)のつづきとして奴隷労働について考察してみたい。

「詐欺センター」での奴隷労働

2025年10月下旬、事実上、奴隷として拘束されていた2000人以上がミャンマー軍によって「KKパーク詐欺センター」(下の写真)から解放された。さまざまな国の人々が、隣国タイでの合法的な仕事のオファーで誘い出され、騙されてミャンマーにやってきて、インターネット詐欺に従事させられた。KKパークからの現代奴隷の救出は今回が初めてではない。2月には約7000人がKKパークやその他の「詐欺センター」から救出されたが、詐欺師たちのビジネスは拡大する一方だ、とロシアの「ヴェードモスチ」は報じている。

報道によると、ミャンマー軍は10月20日、タイとの国境にあるいわゆるKKパークで掃討作戦を実施したと発表した。その結果、1645人の男性と455人の女性が「詐欺センター」で働いており、98人の警備員も発見された。施設を運営していた者たちは軍に捕まっていないという。

KKパークは260の建物からなる巨大な複合施設である。2020年、国境を越えた貿易のための小さな集落として、文字通り何もない野原の真ん中に出現した。複合施設は現在210ヘクタールに及ぶ。オフィスビルの中には9人用の寮や留置場、コンピューターや電話回線を備えた部屋があり、そこから世界中の人々が金を騙し取られている。記事は、「自発的に詐欺に加担する者もいるが、「従業員」のほとんどは様々な国から来た奴隷である」と書いている。彼らは通常、隣国のタイで偽の仕事を斡旋された人々であり、騙されたり強制されたりしてミャンマーに到着した後、ミャンマーに連れて行かれ、拷問を受けて死ぬか、「詐欺センター」で働くかの選択を迫られるのだ。

ミャンマーのコールセンター「KKパーク」、数千人を拘束か? EYEPRESS / Reuters Connect
(出所)https://www.vedomosti.ru/society/articles/2025/10/26/1149609-korporatsiya-obmana

国際連合の専門家は2025年5月21日、東南アジア全域の詐欺団地において、強制労働や強制犯罪を目的とした大規模な人身売買が行われており、様々な国籍の数十万人が罠にはめられ、オンライン詐欺を強要されていることに警鐘を鳴らした(「国際連合人権高等弁務官事務所」(OHCHR)を参照)。専門家たちは、被害者たちは世界中から騙され、不正に集められたと指摘している。被害者は主にカンボジア、ミャンマー、ラオス人民民主共和国、フィリピン、マレーシアにある施設に収容されている。

何が起きているのか

「ヴェードモスチ」は、長い間、ミャンマーの中国との国境は、「詐欺センター」が発展した主な地域だった、と指摘している。だが、2023年10月、その一つであるコカン地区のCrouching Tiger Villaで働く労働者たちが逃亡を図ったことで、同センターの存在が広く知られるようになる。

その1週間後、ミャンマー国民民主同盟軍、タアン民族解放軍、アラカン軍を含むいわゆる「三兄弟同盟」と呼ばれる三つの反政府武装勢力が、同地域で政府軍に対する大規模な攻撃「1027作戦」を開始する。作戦の間、Crouching Tiger Villaを含む多くの「詐欺センター」が捜査対象となり、数千人が釈放された。中国の治安部隊は、ミャンマーで詐欺コンプレックスを経営するいわゆる「四つのファミリー」のひとつ、ミン・マフィア一族のメンバーを逮捕することができた。中国の放送局CCTVが報じたところによると、ミン・マフィア一族は1万人を雇用するCrouching Tiger Villaを支配していたのである。なお、2025年9月、中国の裁判所はミン・マフィア一族の11人に死刑判決を下した。

「1027作戦」後、タイ国境は「詐欺センター」の主な「繁殖地」となった、と記事は伝えている。こうした奴隷労働者の解放作戦にもかかわらず、「詐欺センター」は増えつづけている。オーストラリア戦略政策研究所の計算では、タイ国境沿いの27の詐欺センターは、毎月平均5.5ヘクタールずつ増加しているという。記事は、「詐欺センターや誘拐は、孤立した軍事作戦では根絶できないと専門家は言う」、と指摘している。詐欺師たちは同じ場所でセンターを再開するか、新しい場所に移動するだけだ。

米司法省による打撃

10月14日になって、米財務省外国資産管理局(OFAC)および金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)は、英国外務・英連邦・開発局(FCDO)と緊密に連携し、オンライン詐欺や盗難資金の洗浄を通じて米国および他の同盟国の市民を標的にする犯罪ネットワークに対して補完的な措置をとった。

そのプレスリリースによると、OFACはプリンス・グループ国際犯罪組織(Prince Group Transnational Criminal Organization、TCO)内の146のターゲットに徹底的な制裁を課したのだ。プリンス・グループはカンボジア国籍の陳志(Chen Zhi)が率いるカンボジアを拠点とするネットワークで、米国人をはじめとする世界中の人々を標的としたオンライン投資詐欺を通じて国際犯罪帝国を運営している。さらにFinCENは、米国愛国者法第311条に基づき、カンボジアを拠点とする金融サービス複合企業Huione Groupを米国の金融システムから切り離す規則を最終決定した。 長年にわたり、Huione Groupは悪質なサイバーアクターのために仮想通貨詐欺や強盗の収益を洗浄してきたという。

プリンス・グループ

オンライン投資詐欺による米国の被害額はここ数年着実に増加しており、その総額は166億ドルを超えている、とプレスリリースは書いている。 米国政府の推計によると、2024年に米国人が東南アジアを拠点とする詐欺で被った損失は少なくとも100億ドルに達し、前年比66%増となった。 過去10年の間に、プリンス・グループのような多国籍組織犯罪グループは、東南アジア全域、特にカンボジアで収益性の高いサイバー詐欺事業を確立した。 プリンス・グループはカンボジアの詐欺経済における支配的なプレーヤーであり続け、数十億ドルの不正な資金の流れを支配してきたという。

このプリンス・グループは、カンボジアを拠点とするプリンス・ホールディング・グループ、その会長兼最高経営責任者(CEO)である陳志、その側近およびビジネス・パートナー、そして彼らの中核的商業利益で構成され、これらすべてがプリンス・グループの犯罪事業を推進するために活動している。 プノンペンに本社を置くこの多国籍コングロマリットは、エンターテインメント、金融、不動産に投資している。 プリンス・ホールディング・グループの宣伝・マーケティング資料には、人身売買や現代の奴隷制度に依存した詐欺施設の建設、運営、管理など、国際的な犯罪の数々が隠されており、工業的規模のサイバー詐欺が米国市民を含む世界中の被害者を標的にしている、という。

OFACはプリンス・グループ関連企業117社のネットワークを追加指定したが、その大半はオフショアのシェルカンパニー(実態のないペーパーカンパニー)であり、実質的な商業活動や事業活動を行っていないことが明らかになっている。なお、主な活動拠点を示したのが下の地図である。

(出所)https://ofac.treasury.gov/media/934691/download?inline=

他方で、Huione Groupは、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)が行ったサイバー強盗や、東南アジアで仮想通貨投資詐欺、通称「豚の屠殺」詐欺などを行う国際犯罪組織の資金洗浄のための重要な結節点として機能している。 重要なことは、Huione Groupが2021年8月から2025年1月の間に少なくとも40億ドル相当の不正資金を洗浄したことだ。 40億ドル相当の不正収益のうち、FinCENはHuione Groupが少なくとも3700万ドル相当の朝鮮民主主義人民共和国のサイバー強盗に由来する暗号通貨、少なくとも3600万ドル相当の暗号通貨投資詐欺、および3億ドル相当のその他のサイバー詐欺による仮想通貨を洗浄したことを発見した、とプレスリリースに書かれている。

今回の財務省の措置により、対象金融機関は、Huione Groupのために、またはHuione Groupのためにコルレス口座を開設または維持することが禁止される。Huione Groupが関与する取引がある場合、米国内の外国銀行機関のコルレス口座の取引を処理しない合理的な措置を講じることが求められ、Huione Groupによる米国金融システムへの間接的なアクセスを防止することができる。

読者は、「人間の安全保障」を軽視する日本のオールドメディアが事態の深刻さをまったく報道していないことに驚愕するのではないか。少なくとも、日本人も数十人規模で、こうした国際犯罪組織の罠にはまっているにもかかわらず、能天気な日本のオールドメディアは無視することで、「人間の安全保障」を一顧だにしないのだ。

その結果、たとえば、このシステムがイーロン・マスクの提供するスターリンクと不可分の関係にあることを、ほぼすべての日本人は知らないだろう。2025年2月27日付のWiredは、「イーロン・マスクのStarlinkは現代奴隷制度をオンライン化する」という記事を公表している。ミャンマーの詐欺センターで何十億ドルも稼ぐ犯罪者たちが、スターリンクを使ってオンラインに接続していることが明らかになったというのだ。スターリンクを「善」としてアピールするauの宣伝をみるたびに、「愚か者めが」と私は思う。

「現代奴隷制」
オーストラリアの人権団体ウォーク・フリー(Walk Free)が2023年5月に公表した報告書には、「2021年時点で、現代的な奴

状態に置かれている人は推定5000万人とされ、2016年以降1000万人増加している」と書かれている。同組織は、「現代奴隷制」を、「基本的には、脅し、暴力、強要、欺瞞のために、人が拒否することも離れることもできない搾取の状況を指す」と定義している。具体的には、強制労働、強制結婚または奴隷的結婚、借金による束縛、強制的な商業的性的搾取、人身売買、奴隷のような慣行、子どもの売買と搾取が含まれる。

この報告書に収載されている論文「守護者と加害者:国家による強制労働の検証」によれば、「2021年には、推定390万人が国家当局によって強制労働を強いられた」。「現代奴隷制」と呼べるこの強制労働には、(1)強制的な刑務所労働の濫用、(2)徴兵の濫用、(3)経済発展のための強制労働――という三つのタイプがある。下図からわかるように、(1)のタイプによる強制労働が220万人、②が110万人、③が70万人に奴隷労働を強いている。

なお、「ワシントンポスト」(WP)の2019年の情報では、歴史家サリー・E・ハッデンによれば、1700年までに英領北アメリカには約3万人の奴隷が住んでいたという。1776年までに、その数は45万人に増加した。奴隷化の累積数を約1000万人とする見方もある。

三つのタイプ別の強制労働を強いられている人々の構成
(出所)https://www.walkfree.org/global-slavery-index/findings/spotlights/examining-state-imposed-forced-labour/

(1)刑務所における労働の濫用

論文によると、国家による強制労働は、ブラジル、中国、北朝鮮、ポーランド、ロシア、トルクメニスタン、アメリカ合衆国、ベトナム、ジンバブエなど、世界中の公的・私的刑務所で発生している。また、リビアの移民収容センター、中国の再教育キャンプ、北朝鮮の行政拘留キャンプ、ベラルーシおよびベトナムの医療労働センターでも発生しているという。なお、米国については、後述するように、きわめて深刻な事態が進行中である。

(2)徴兵制の濫用

論文は、「徴兵制の濫用は、エジプト、エリトリア、マリ、モンゴルで明らかである」と書いている。2022年、エリトリアの人権状況に関する特別報告者は、エリトリアの国民奉仕制度が徴兵者を体系的に強制労働に服させていると報告したという。

いまでいえば、ウクライナがこの範疇に含まれるだろう。「現代ビジネス」において、拙稿「ウクライナで恐ろしい「バス化」=路上強制兵役連行が頻発中!」で紹介したように、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は強制的な動員によって兵役に就かせることを行っている。あるいは、2025年9月5日、キーウの独立広場(マイダン)で、ウクライナ議会が第1読会で可決した、不服従に対する兵士の刑事責任を厳格化する法律案に反対する抗議デモにおいて、「兵役は奴隷制ではない」(Служба не рабство)というプラカードが登場した(下の写真)。まさに、ウクライナにおける動員は強制動員化しており、奴隷のような非自発的隷従が待ち構えているケースが存在する。

中央左の下から二番目に見えるプラカードにСлужба не рабствоという言葉が見える
(出所)https://www.pravda.com.ua/eng/news/2025/09/5/7529555/

(3)経済発展を目的とした強制労働

読者の多くは、中国新疆ウイグル自治区(ウイグル地域)におけるウイグル人およびその他のテュルク系・イスラム教徒多数派集団に対する国家による強制労働を思い浮かべるかもしれない。しかし、論文によれば、世界にはまだまだこうした強制労働がある。

たとえば、ミャンマーでは、チン族やラカイン族の成員が軍(タットマドー)によって労働者や荷役として強制労働を強いられていると報告されている。トルクメニスタンでは、労働者と学生が9月から11月にかけて行われる年次綿花収穫に、ほとんどあるいは全く報酬なし、あるいは処罰の脅威のもとで参加を強制される。ルワンダでは、月1回実施される国民奉仕活動「ウムガンダ」に強制労働が存在する。

「知られざる地政学」連載(114):「人間の安全保障」さえ守れない国々:「現代奴隷制」という現実を知れ!(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』(社会評論社、2024)、『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)がある。 『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)

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