「知られざる地政学」連載(116):プーチン体制を支えるオリガルヒ:恣意的な企業支配の現状(下)
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最近のオリガルヒ
ここから、最近のオリガルヒの動向を論じたい。ハーバード大学デイヴィス・ロシア・ユーラシア研究センター研究員、ベルリン自由大学SCRIPTSプロジェクト客員研究員であるアンドレイ・ヤコヴレフ、CASEウクライナ シニアエコノミストのウラジーミル・ドゥブロフスキー、独立研究者のユーリー・ダニロフの共著論文「プーチンの新たな隠遁王国 西側諸国と国内エリート層との対立を深めるロシア政権は、完全な閉鎖型独裁体制へと一歩ずつ近づいている」(2025年5月に公表)を参考にしている。
ヤコヴレフらの考察
ヤコヴレフらの論文では、プーチンはウクライナ戦争のなかでロシアのエリート層を再編成していると書かれている。軍事経済化を前提とするなかで、対ロ経済制裁、インフレ加速といった国内経済の不安定化への対応を迫られた結果だ。
論文によると、コストを相殺するため、政府は個人所得税と法人税を引き上げ、社会支出を10%以上削減する一方、原油価格の下落により公式の財政赤字予測は3倍に膨らみ、残存する準備金は不足分を賄うのがやっとという状況にある。もちろん、通貨発行の増加への過度の依存はインフレの加速化を招いてきた。加えて、論文は、労働市場の逼迫を指摘している。2022年9月のプーチン大統領による動員と大規模な移民流出に伴う労働者不足により、民間部門は軍隊との競争に勝つために賃金を引き上げざるを得なくなり、消費需要は輸入品に依存する傾向が強まり、ルーブル安と物価上昇を招いた。インフレ抑制のため中央銀行は政策金利を2023年7月の7.5%から2024年10月には21%に引き上げたが、それでも2024年末のインフレ率は9.5%に達し、2025年3月には10%を超えた。高金利は国内借入の実行可能性も制限する。金利引き上げに加え、為替レートの変動性が高まり、企業の債務不履行リスクが増大している、とも論文は指摘している。
これらの問題点から、経済全体の不安定化リスクを大幅に高めている。ヤコヴレフらは、「こうしたリスクに対抗するため、クレムリンは新たな政治・社会統制モデルへの移行を加速させ、政治・経済エリート層の中でもっとも信頼できない部分を、プーチンに個人的に結びついた忠誠派で置き換える取り組みを進めている」というのである。
新プログラム「英雄の時代」の開始
ヤコヴレフらが指摘する忠誠派への置き換えの明確な政策の第一は、プーチンが2024年2月29日付の年次教書演説のなかで明らかにした「英雄たちの時代」と名づけられたプログラムである。プーチンは演説で、「明日、2024年3月1日から、特別軍事作戦の退役軍人、そして現在現役部隊で戦っている兵士や将校は、特別人材育成プログラムの第一期生として参加するための申請ができるようになる」とのべた。このプログラムは「英雄たちの時代」と名づけられるとした。この構想は、忠誠心と管理能力で選抜された元兵士を政治ポストに送り込むことを目的とするもので、その背後には、特別軍事作戦(ウクライナ戦争)の参加者のような人々は、「間違いなく後退したり、失望させたり、裏切ったりすることはない」という、プーチンの強い想いがある。
2025年5月27日の情報によると、第1期には83人が参加し、そのうち42人はすでに州や地方自治体、公共団体、企業で職を見つけている。6万5000人の応募者の中から選抜された「英雄の時代」プログラムの83人の参加者の研修は、2024年5月27日に開始された。このプログラムは2年間にわたるもので、四つの教育モジュールで構成されている。これまでに、参加者は「国家政策と国家管理システム」および「経済、国家財政、投資、コミュニケーション」のテーマを学んだ。なお、2024年12月5日付「ノーヴァヤガゼータ・ヨーロッパ」によると、「英雄たちの時代」プログラムの参加者83人中80人を特定し、そのなかにウクライナ当局がウクライナ戦争中の戦争犯罪への関与を疑っている人物が13人含まれているという。
「英雄たちの時代」プログラムが開始されて以来、政府機関、大企業、社会団体は、その参加者たちによって人材が強化された。42人が連邦および地域の政府機関、国営企業、大統領府で働き始めた。エフゲニー・ペルヴィショフはタンボフ州知事代理に就任し、アルテム・ジョガはウラル連邦管区の大統領全権代表となり、プログラム責任者のマリア・コスティウクはユダヤ自治州知事代理に任命された。
ただし、当初、地方政治家は抵抗し、2024年9月の地方選挙では退役軍人を党候補者名簿から排除しようとしたが、同プログラム修了者は年末までに地方指導部の要職に就いた。こうしたプロセスを通じて、クレムリンは従来のエリート層を自らの忠誠者で段階的に置き換えようとしていることになる。なお、2025年5月、プログラムの第2期には85人が参加することが明らかになった。彼らは2万1644人の応募者の中から選ばれた。
国有化を推進
第二に、クレムリンは民間資産の国有化をますます積極的に進めるようになっている。2022年には戦争開始時にロシアを離れた外国人所有者の資産差し押さえを開始した。翌年には、ロシア人所有の資産も対象としたより限定的な取り組みがスタートした。「2025年3月時点で、外国企業とロシア企業の計411社以上、総額300億ドル相当が国有化され、これはモスクワ証券取引所の時価総額の約5%に相当する」、と共著論文は書いている。こうした国有化による非公式な脅威は、政府が事業主を脅迫し、市場価格のごく一部で政治的に優遇された個人に財産を譲渡させる効果的な手段となっている。逆に言えば、ロシアの民間資産の大部分は国家による差し押さえの危険に晒されており、それが民間活力を削ぎ、中長期的なロシア経済の成長にブレーキをかけることにつながるだろう。
ただし、外国資産のロシア企業による買収については、2024年10月からは、新たな要件が導入されたことで、ますます外国資産の購入事例は減少している。これは、2024年10月2日付ロシア連邦大統領指示を履行するために、外国投資の管理に関する政府委員会の小委員会がまとめた規則で、新しい規則では、外国人オーナーは買い手に対し、売却する資産の市場価値の少なくとも60%(以前は50%)の割引を提供しなければならなくなった。ロシアの国庫に納める任意拠出金は、事業の市場評価額の15%から35%に引き上げられた。その結果、最悪のケースで市場を去る外国人は、資産時価の5%しか受け取ることができなくなる(任意拠出金は買い手が負担することもある)。拠出金の支払いはスケジュールに従って行われることが定められており、取引後1カ月以内に25%、1年以内に5%、2年以内にさらに5%である。最後に、資産価値500億ルーブル以上のとくに大規模な取引には、大統領の承認が必要となった。
2024年10月12日付の「コメルサント」は、2022年に204件、2023年に120件、2024年の最初の5カ月間に31件の外国人のロシアビジネスからの撤退に関する取引があったとの推定値を紹介しているが、おそらく2024年10月以降、こうした外国資産の購入事例はさらに減少しているものと思われる。ただ、2025年秋、欧州委員会がロシア中央銀行の海外資産を凍結から没収へと移行しようとしている動きに対応して、こうした事態が起きれば、より迅速に外国資産を国有化できるようにするため、9月30日付の大統領令によって、今後、「ロシアの安全保障と防衛能力を確保する」ため、このような場合における国有財産の民営化は、①市場価値は、政府が承認した評価者によって10日以内に決定されなければならない、②財産の再登録は、短縮された期間で実施される、③民営化される国有財産の売却は、PSB(ロシア連邦資産管理庁)が実施する――ことになった。
主要産業の統合
第三に、政府は主要産業をクレムリン系組織の下で統合しはじめている。2023年半ば以降、クレムリン系企業ロスヒム・グループは化学部門での支配力を拡大した(ロスヒムについては後述する)。2024年2月には自動車販売会社ロルフが国有化され、その後クレムリン系組織に移管された。同年6月にはロシア最大のオンライン小売業者ワイルドベリーズ(Wildberries)が政権系グループに買収された。2025年1月には、モスクワ近郊のドモジェドヴォ空港についても、主要所有者がロシア国籍に加えトルコとアラブ首長国連邦の二重国籍を有していることを理由に、検察総局が国有化を要求した。
2025年3月には、ロシア最大の農業複合企業ルスアグロの億万長者オーナー、ヴァディム・モシュコビッチが詐欺や贈賄の容疑で逮捕された。2003年2月、彼はルスアグロ・グループを設立し、2004年には持ち株会社となった。「ルスアグロ」はやがてロシア最大の農業持ち株会社となり、砂糖生産、養豚、農作物生産などを手がけるようになった。 2015年5月、モシュコビッチはルスアグロの取締役会長に就任した(当時、持ち株の75%を所有)。しかし、2022年3月、欧州連合(EU)、英国、スイスはモシュコビッチに対して制裁を科し、その後、モシュコビッチはルスアグロへの出資比率を49%に引き下げ、持ち株会社の取締役を辞任していた。
すでに、2025年5月、ルスアグロは、ロシア最大の豚肉生産者の一つであるアグロ・ベロゴリエの株式を、ベルゴロド州が所有する株式会社「開発」の信託管理に移管した。さらに、ルスアグロの刑事事件に関連する資産は別の機関に分離・譲渡される可能性がある。
「デプリヴァチザーツィヤ」(資産の国有化)
注目されるのは、2025年5月12日、憲法裁判所が「民営化をめぐる紛争の時効は取引日ではなく、検察が違反を特定した捜査完了日から起算する」と判決したことである(「ヴェードモスチ」を参照)。この決定により、数十年前(多くは法的欠陥を含む)の民営化取引の再審査に事実上期限がなくなり、過去に民営化された案件であっても、いつでも紛争対象として係争になるとされた。つまり、ロシアの民間資産の大部分が連邦政府や地方政府などによる干渉・脅迫によって危険に晒されるようになってしまったのだ。
実は、ソ連崩壊後の1992年に実施された民営化への懐疑は、2022年以降に急速に高まっている。その結果、「デプリヴァチザーツィヤ」(資産の国有化)という言葉は流行するに至っている。2022年以降、検察総局は、民営化された資産を国家の収入とするよう求める50件以上の訴訟を提起した(2025年の情報を参照)(注2)。そうした国の姿勢の背後には、いわゆる「特別軍事作戦」の開始で、軍事にかかわる重要製品の生産を国家ができるだけ直接管理下に置きたいというねらいがある。
ただ、2023年9月、プーチンは、「デプリヴァチザーツィヤは予定されておらず、デプリヴァチザーツィヤは行われない。これは私が確実に言えることだ」と発言し、過剰なデプリヴァチザーツィヤへの警戒感を和らげようとした(「ヴェードモスチ」を参照)。それでも、プーチンは、検察総局が「個別の分野、個別の企業」について調査を行っていると付け加え、法執行機関は経済情勢を評価する権利を有していると指摘した。つまり、デプリヴァチザーツィヤが検察総局経由で行われることを自ら認めたことになる。
個別のオリガルヒの近況:ローテンベルグ家
最後に、ヤコヴレフらの論文による全体像を前提としながら、ごく最近の個別のオリガルヒについて説明したい。プーチンとの蜜月、プーチンへの忠誠心で結びついているとみられる、ローテンベルグ家についてである。コヴァリチューク家、パトルシェフ家なども取り上げたいところだが、紙幅が残されていないため割愛する。
ローテンベルグ家の場合、とくに弟(ボリス)が目をつけたのは、天然ガスなどを輸送するためのパイプ納入であった。細かい説明は拙著を読んでもらうことにして、ここでは先を急ごう。
実は、プーチンと親しい関係をもつのは兄(アルカディ)のほうである。彼はプーチンの柔道のスパーリングパートナーで、サンクトペテルブルクの柔道クラブ「柔-ネヴァ」の創設者の一人だ。2001年に突然、銀行北方航路(SMP銀行)を別のパートナーと設立、後に弟ボリスも出資し、SMP銀行の共同保有者になる。2008年3月、ガスプロムはアルカディの関連組織にガスプロムの建設請負会社や設備製造会社など5社を売却。公開オークション形式で売却されたが、事実上、初期価格の83億ルーブルで売却された。同年5月、ガスプロムから購入した建設関連資産を統合したアルカディの会社ストロイガスモンタージュ(2007年末に設立)はガスプロムの初の入札を落札したほか、その後、ソチやサハリンでの大規模な受注を4件も受けた。2009年のストロイガスモンタージュの売上高は1003億ルーブルにのぼり、ガスプロムとの友好関係をもつ有力建設請負業者の一つに成長する。
ロスヒム・ホールディングを通じた支配
2025年4月、「フィナンシャル・タイムズ」は、アルカディとボリスが、ウクライナでの戦争開始と欧米企業の撤退後にロシアで起こった「ソフトな国有化」のコンセプトを「すべて」考案した、と報じた。この「ソフトな国有化」は、先に紹介した「デプリヴァチザーツィヤ」そのものとみなすことができる。その典型的な例として、ローテンブルク家が絡む「ロスヒム・ホールディング」を通じた化学部門の支配がある。
ロスヒムは2021年2月にモスクワで登録され、2023年6月までは「ロシア水素」という名称だった(「フォーブス」を参照)。Rusprofile.ruのデータによると、定款資本金は1億1000万ルーブルで、事業内容は工業用化学薬品の卸売りである(「コメルサント」を参照)。会社の設立者は明らかにされていない。最高経営責任者(CEO)はエドゥアルド・ダヴィドフである。
2022年3月、ロシア水素(当時)のダヴィドフCEOは、プーチン宛ての書簡で、同社を基盤として、ソーダ、塩素アルカリ、石油化学、チタンに分かれた大規模な持ち株会社を設立することを提案した。この書簡で言及された企業のなかには、2020年から2021年にかけて国有化された、ロシアのソーダ生産量の80%を占めるバシキルソーダ会社(BSK)や「クチュクスルファト」も含まれていた(当時、検察総局による訴訟に基づく民間企業の大量没収はまだ実施されておらず、ごく少数の企業だけが没収されていた)。
2023年4月、プーチンは大統領令により、BSKの株式47%をロシア水素の信託管理下に置いた。ダヴィドフ自身もこの企業出身であり、2019年から同社を率いている。彼の指揮の下、BSKは2020年夏にクシュタウ山での石灰岩鉱床の開発を開始した。当時、地元住民や環境活動家による抗議活動が全国的に大きな反響を呼び、BSKの国有化のきっかけとなった。2025年6月、ロスヒムはBSKの57.43%を国から正式に取得し、株式の一部はバシコルトスタン政府機構の信託管理に移管された。
社名を変更した2023年の9月、ペルミの仲裁裁判所は国内最大級のメタノールとホルマリン生産会社であるメタフラックス・ケミカルズ(ペルミ州)の民営化は違法であるとした判決の全文を公表した。この国有化後、2024年1月から2月にかけて、メタフラックス・ケミカルズや、ヴォルジスキー・オルグシンチェズ(ヴォルゴグラード州)がロスヒムに移管された。2023年10月末、ロスヒムは国有化されていたアルタイの「クチュクサルファト」工場を104億ルーブルで国から買い取った。
さらに、2025年1月、ロスヒムはヴォロネジ州の主要納税者の一つ、株式会社「ミンウドブレニヤ」(鉱物肥料)を管理下に置く(「コメルサント」を参照)。以前は、2019年4月からヴァディム・ルリアが同社を統括していた。ミンウドブレニヤは2011年、アルカディ・ローテンベルグに近い組織が同社の79.59%を取得していたもので、2024年夏、プーチンは、「プロマゾット」という会社に対して「ミンウドブレニヤ」の買収を許可する命令を出していた。その後、どういう経緯で、ロスヒムがミンウドブレニヤを取得するようになったかは不明である。
いずれにしても、こうした説明から、ロスヒムの運営にかかわっているエドゥアルド・ダヴィドフとローテンブルク家との関係が気になる。ただ、いまのところ判然としない。
プーチンの親族について
蛇足として、11月6日に公表された「プーチン大統領、24人の親族を権力関連のポストに就けるよう支援」という記事について紹介しておこう。先に紹介した「プロジェクト」がロシアにおける縁故採用に関する最大規模の調査「父と祖父たち」の作業中にこの事実を明らかにしたものだという(その結果は、近く公表する予定)。
プーチンの4人の有名な愛人(リュドミラ・プーチナ=オチェレトナヤ、アリーナ・カバエワ、 スヴェトラーナ・クリヴォノギ、アリサ・ハルチェワ)、2人の「公式」の娘であるマリアとカテリーナ、父方のいとこであるエフゲニーとイゴール、母方のいとこであるリュボヴィ・シェロモワ、父方のいとこであるリュボヴィ・クルグロワは、国家に関連する収入を得ていたという。
これに関連した情報として、「「プロジェクト」:プーチン大統領、24人の親族に国家関連のポスト獲得を支援」という「ノーヴァヤガゼータ・ヨーロッパ」の報道もある。カバエワの息子たちについて、彼らの名前がイワンとウラジーミルで、2015年と2019年の春に生まれたなどが紹介されている。少年たちは大統領官邸で隔離された生活を送っており、彼らには南アフリカから家庭教師が探されており、カバエワの姉は新しい職員たちに子供たちの母親として紹介されているという。
こうしたロシアの経済の実態を読者はご存じだっただろうか。おそらくオールドメディアが報道しないために、こうした現状を知る人は極端に少ないに違いない。わかってほしいのは、戦時経済下で、恣意的な国有化とその再配分を通じて、プーチンへの忠誠を強く求める支配構造が構築されてきた点だ。そこには、効率性や公正な配分といった経済メカニズムは働いていない。非効率な資源配分や、情実や血縁絡みの腐敗が蔓延している。それでも、ロシア経済はいまのところ、大きな綻びを経験していない。しかし、中長期的にみると、経済原則を無視した状況はロシアの経済成長を阻害する要因となるだろう。
【注】
(注1)2025年10月22日、米財務省外国資産管理局(OFAC)は、ルクオイルとロスネフチにロシアの「和平プロセスへの真剣な関心の欠如」を理由に追加制裁を科すと発表した。これに伴って、ルクオイルの海外資産をどうするかがいま現在、検討されている。当初、製油所、パイプライン、ターミナル、燃料運搬船などの資産を所有する国際的なエネルギー企業Gunvor(2014年まで、Gunvorの共同所有者はゲンナジ・ティムチェンコだったが、彼は米国による制裁措置が発動される前日に、Gunvorの株式43.5%を、同社のもう1人の大株主であるトルビョン・トンクヴィストに売却した。その結果、トンクヴィストは85%以上の株式を取得、現在、取締役会議長を務めている)がルクオイル・インターナショナルGmbH(同グループの海外資産を所有)の買収を提案したが、11月7日、米財務省がウクライナでの紛争が終結するまでGunvorに事業ライセンスを発行しないと発表した。このため、Gunvorは買収提案を取り下げた。
ルクオイルとその六つの子会社は、もっとも厳しい制限を課す「特別指定国民およびブロック指定人物」(SDN)リストに掲載された。これらの企業との取引は11月21日までに完了しなければならない。そうしなければ、取引企業は米ドルの使用や米国内でのビジネス、米国人とのビジネスが禁じられる。
Gunvorが買収していれば、ルクオイル・インターナショナル(2023年末時点での資産簿価は191億4000万ユーロ)を大幅に安い価格で買い取れたかもしれない。しかし、これができなくなったことで、ルクオイルはさらなる値引きをして資産の売却先を短時間に探す必要に迫られている。
ルクオイルが関与している上流の海外プロジェクトには、アゼルバイジャンのシャー・デニズ・ガス・コンデンセート油田(シェア19.99%)、カザフスタンのカラチャガナク油田とテンギズ油田・ガス田(13.5%と5%)、ウズベキスタンのカンディム・ハウザク・シャディ油田とギサール油田(90%と100%)がある。その他、イラクのWest Qurna-2とEridu石油プロジェクト(それぞれ75%と60%)、UAEのGhasha石油・ガスプロジェクト(10%)、エジプトのWEEM、WEEM Extension、Meleihaプロジェクト(50%、50%、24%)などがある。さらに、ルクオイルはイタリアのEniとともにメキシコの複数の石油鉱区を開発中であり、メキシコ企業とともにさらに二つの鉱区を開発中である。アフリカでは、コンゴ共和国、カメルーン、ガーナ、ナイジェリアのプロジェクトに参加している。
欧州では、ルクオイルは貿易部門リタスコを通じてルーマニアとブルガリアに二つの製油所を所有している(総精製能力は年間約1150万トン)。また、オランダの製油所にも45%の出資をしているほか、欧州各国と米国にガソリンスタンドのネットワークを持っている。ルクオイルはカスピ海パイプライン・コンソーシアム(CPC)の株主でもあるが、このプロジェクトとカザフスタンのテンギズ油田については、米財務省が例外を認めた。
いまのところ、これだけの海外資産を短期間に売却するのは不可能な情勢だ。さらに、ルクオイルがGunvorの資産売却で得た資金を受け取れるのか、それとも特別口座に凍結されるのかはまだわからない。他方で、ウクライナ戦争の和解が成立すれば、ルクオイルとロスネフチに対する制裁は解除されるだろうとの思惑から、資産売却を急がないとの見方もある。
(注2)たとえば、2023年8月、検察総局は大富豪アンドレイ・メリニチェンコを相手取り、クラスノヤルスクのスヴェルドロフスク地方裁判所に訴訟を起こした(「ヴェードモスチ」を参照)。メリニチェンコが熱エネルギーと電気エネルギーの生産・販売を行うシベリア最大の企業株式会社「シベリアエネルギー会社」(株式会社「シベコ」)の株式をミハイル・アビゾフ前オープン・ガバメント大臣の組織から325億1000万ルーブルで取得した際、不正があったとして、そのシベコ社の株式を、国家のためにメルニチェンコから回収しようとする訴訟である。取引は、メリニチェンコが支配していた電力会社クズバスエネルゴとハカシアサービスサービス修理会社(KhSRK)を通じて行われたが、検察側は、クズバスエネルゴに登録されたシベコの未認証の普通登録株式39億株をロシア政府の所得に回復するよう要求している。
インターファクスによると、2023年8月、ロシア連邦検察総局は、ペルミ地方仲裁裁判所に、メタフラックス・ケミカルズ株式会社の民営化の結果を違法と認定し、メタホールディングが所有する同社の株式をロシア政府に返還するよう求める訴訟を提起した (定款資本の93.9%)。同年9月、ペルミ地方仲裁裁判所は、検察の主張を認めた。
ほかにも、2023年9月13日に公表された「デプリヴァチザーツィヤ」によると、2022年7月末、検察総局は実業家アレクサンドル・ソボレフスキーに対し、爆発物に使用されるアニリンの製造業者である株式会社「ヴォルジスキー・オルグシンチェズ」の株式100%を国に譲渡するよう要求した。2022年8月には、検察総局の訴えにより、エカテリンブルク裁判所は、ウラルバイオファーマ株式会社の株式を国家に没収した。さらに、2023年8月初旬、検察総局は、プリモルスク地方裁判所に、フィンインベスト社からダルネゴルスキー鉱山会社の株式を差し押さえるよう要求した。
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塩原俊彦
1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』(社会評論社、2024)、『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)がある。 『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)


















