「知られざる地政学」連載(117):NY市長選が教える米国の政治状況(下)
国際
「知られざる地政学」連載(117):NY市長選が教える米国の政治状況(上)はこちら
トランプの刺客:ステファニック
この「マンダニ‐ホークル」連合に対して、トランプが標的にする可能性が高い。NY州北部選出の保守派共和党議員でホワイトハウスと密接な関係をもつエリゼ・ステファニック下院議員(下の写真)は11月7日、来年の州知事選に出馬すると発表した。彼女は、ホークル知事が民主社会主義者のマンダニと関係をもつことを激しく非難する一方、頻繁にホークルを「アメリカ最悪の知事」と呼んでいる。
2014年に当選した際、ステファニックは史上最年少の女性下院議員となった。その後、トランプへの忠誠心が功を奏し、リズ・チェイニー議員の解任を受けて下院共和党第3位の地位に昇進した。2024年11月にトランプが当選直後、ステファニックを国連大使に指名した。彼女はこのポストを受諾したが、数カ月後、トランプは指名を取り消した。特別選挙で彼女の下院議席が失われることを恐れたためだ。それ以来、彼女は同僚に対し、議会に残留する意思がないことを明らかにしている。
ステファニックはNY州共和党内の「MAGA」(トランプ支持)派のリーダーとしての立場を確立している。このため、2026年の知事選は、「ホークル対ステファニック」となる可能性が高い。

北カントリー地区選出の共和党議員、エリゼ・ステファニック下院議員はトランプ大統領と緊密な関係にある。 Credit…Cindy Schultz for The New York Times
(出所)https://www.nytimes.com/2025/11/06/nyregion/stefanik-governor.html?searchResultPosition=1
おそらくトランプはステファニックの当選を支援するために、NY州とNY市への介入を強めるだろう。すでに、トランプ政権はNY市への連邦政府からの資金援助を削減する方法を模索しており、トランプがNYでの移民取締りを命じた場合、どのようなものになるかを議論しはじめている。10月21日には、約50人の連邦捜査官がNY市キャナル・ストリートで観光客に高級品の密造品を違法に販売するアフリカ系の人々の一斉検挙に乗り出し、9人を逮捕した(下の写真)。今後、シカゴで展開したような積極的な移民関税執行局(ICE)の投入に踏み切る可能性もある。

連邦捜査官が10月21日、マンハッタン下町で複数の男性を拘束した。その場所は、違法な偽造品を販売する露店が並ぶ区域の近くであった。 CreditCredit…Victor J. Blue for The New York Times
(出所)https://www.nytimes.com/2025/10/21/nyregion/nyc-raid-canal-st-agents-ice.html
民主党の今後
民主党の今後については、中道左派路線か左派路線かの選択を迫られているというのが11月9日付のNYTの分析だ。それは正しい。マンダニ当選が派手に報道された結果、左派路線の勝利にばかり脚光が当たっているが、本当は、中道左派の確実な勝利もあった。具体的には、バージニア州ではアビゲイル・スパンバーガー、ニュージャージー州ではマイキー・シェリルが知事に当選した。前者は、政界入り前に中央情報部(CIA)で働いていたし、後者は海軍のヘリコプターパイロットだった。どちらも、共和党の攻撃をかわすのに役立つ「愛国心の証拠」をもち合わせていた。そのうえで、たとえば、スパンバーガーは、勝利演説で有権者が「党派性よりも現実主義」を選択したと宣言し、「実行可能な政策」を約束した。つまり、彼女は中道派と言えるだろう。
民主党の当面の課題と言えるのは、2026年中間選挙に向けた予備選でどんな候補者が勝ち残るかである。
紹介したNYTは、「長年、上院民主党のトップは予備選挙での競争を封じ込めることに成功してきた」、と手厳しく指摘している。激戦州では、彼らが最強の候補者だと信じる人物を擁立し、地位を高め、他の候補者を排除してきたというのだ。こうした慣習はいまでもオハイオ州やノースカロライナ州などでつづいているという。だが、こうしたワシントンの指導者への不満が民主党支持層に充満しており、それが党内のスタイルや戦略をめぐる公然とした対立につながっている。このため、メイン州、マサチューセッツ州、ミシガン州、ミネソタ州を含む多数の州で予備選が激戦化している。
争点となるのは、イスラエル・パレスチナ紛争、課税対象と税率、トランスジェンダーの権利、政治における資金の役割、医療政策の拡大範囲、採用すべき新エネルギー生産の形態、トランプ大統領のポピュリズムに対する左派あるいは中道左派の対応策など、党の諸問題における立場だ。
「左派対中道左派」
党派性で言えば、左派(進歩派)と中道左派(穏健派)との対立が際立っている州が存在する。その一つがメイン州である。前者は、米陸軍の退役軍人グラハム・プラットナーであり、後者は中道派のジャネット・ミルズ知事を民主党の上院候補に推薦している。プラットナーを応援するのはバーモント州選出のバーニー・サンダース上院議員であり、ミルズの味方は民主党上院のシューマー院内総務である。
ほかにも、サンダースはミシガン州でアブドゥル・エル=サイードを応援している。当選すれば米国上院初のムスリム議員となるエル=サイードは、全民医療保険制度(メディケア・フォー・オール)、政治における闇資金の根絶、労働者保護の強化を提唱している。ただし、対抗馬として、2018年に共和党が保有する下院議席をひっくり返した穏健派のヘイリー・スティーブンス議員や、共和党への率直な批判姿勢で全国的な注目を集めているマロリー・マクモロー州上院議員などがいる。
このように、多くの州で左派と中道左派との激戦が展開されるにつれて、民主党内に禍根を残すことが懸念されるようになっている。他方で、共和党は、民主党内のこうした亀裂を針小棒大に拡大して同党の支持者離れを画策している。
政府再開法案でも亀裂
史上最長の40日以上に及ぶ政府機関閉鎖の後、一握りの民主党上院議員が共和党からの重要な譲歩なしに政府閉鎖を終わらせるという投票を行ったことで、政府再開法案は11月10日深夜に上院で可決され、下院に送られた(その後、成立した)。共和党のジョン・チューン上院院内総務との何時間にもわたる交渉の末、中道派の民主党議員が党派を超えて決議案を支持したのだ。2028年の選挙で民主党大統領候補の最有力候補であるカリフォルニア州知事のギャビン・ニューサムは、共和党に投票した民主党上院議員を「屈服」と「裏切り」と非難した。つまり、比較的左派ないし進歩派とみられる民主党議員の反発が強まっているのである。
たとえば、下院議員で進歩党員のロー・カンナ氏は、「シューマー上院議員はもはや役立たずであり、交代すべきだ。アメリカ国民の医療保険料が急騰するのを阻止する戦いを率いることすらできないなら、いったい何のために戦うというのか?」、とXに投稿した。その後も、NY州選出の民主党下院議員アレクサンドリア・オカシオ=コルテスを含む他の進歩的民主党議員から批判されている。彼女はXへの投稿で、「人々が我々に現状維持を求めるのには理由がある。これは支持基盤へのアピールではない。人々の生活に関わる問題だ」と書き込み、党指導部を批判した。前述したように、シューマーは中道派だが、左派からの手厳しい批判を受けているのだ。
共和党の今後
共和党の今後については、11月5日付の「NYポスト」の社説が役に立つ。選挙の惨敗結果から共和党がもつべき教訓が論じられている。社説はまず、NY市のマンダニからニュージャージー州のシェリル、バージニア州のスパンバーガーまで、勝利した候補者はみな、労働者階級や中流階級の人々の生活苦を前面に押し出していたと指摘する。他方で、実は、共和党が2024年の選挙で勝利したのも生活苦をテーマにしていたからだと分析している。
トランプは、ちょうど1年前の当選キャンペーンで、マクドナルドの窓際で働き 、制服姿でゴミ収集車に乗るなど、自らを「常人」に仕立て上げていたのに、今回、彼はホワイトハウスの東ウィングに3億ドルのボールルームを建設し、大理石と金で飾られたリンカーンのバスルームの改装を自慢し、マー・ア・ラゴで「グレート・ギャツビー」をテーマにしたハロウィーン・パーティーを開いたばかりだった。
こう解説したうえで社説は、トランプが「レストラン、現場、工場、オフィスで働く一般庶民を訪問する時間も増やすべきだ」と書く。このアドバイスへの賛否は別として、たしかに共和党は今回の選挙において「労働者階級や中流階級の人々の生活苦」を忘れたかのようなふるまいだった。
Affordabilityに注目
社説は、「AIによる産業の自動化が進むにつれ、affordabilityはますます大きな課題となるだろう」というかたちで、affordabilityという言葉を使っている。affordabilityは、「手頃な価格」ないし「経済的余裕の度合い」などを意味している。実は、この言葉こそ、今回の選挙で、共和党が惨敗した理由があるように思われる。はっきり言えば、トランプはaffordabilityに関心を払わず、affordabilityにスポットライトを当てた民主党の候補者が躍進したのである。
この点について、トランプ自身も忸怩たる思いがある。というのは、トランプのaffordability軽視が生活苦をもたらしているという民主党の批判を気にかけていたからだ。11月6日には、「ウォルマートによると、トランプ政権下の2025年感謝祭ディナーの費用は、バイデン政権下の2024年感謝祭ディナーより25%安い。私の政策はすべてにおいて民主党より安い、とくに石油とガスだ!だから民主党のaffordability問題なんて終わりだ!嘘をつくのはやめろ!!!」と、自らのSNSに投稿していたほどだ。
7日、ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相がホワイトハウスを訪問した際には、記者とのやり取りのなかで、トランプは10回ほどaffordabilityという言葉を使って、言い訳めいた話を披露してもいる。
いまのインフレ水準を完璧な水準にあるとしたうえで、「affordability(手頃な価格)について話すなら、この事実こそが重要だ」と語ったトランプは、「ガソリン価格は2ドル台になる。まもなく約2ドルになるだろう」と話し、さらに、「エネルギー価格が低い場合、これは我々が認めている通り、実質的にそうなのだから、それは他のすべてに影響する」とつづけた。「だから我々はaffordabilityという点では勝利者だ」と言うのである。
そのうえで、トランプは、「しかし私は選挙を傍観していた」と認め、「あまり関与はしていなかった」と話した。バージニア州の候補を支持せず、他の候補者への支援もほとんど行わなかった、というのである。加えて、「クオモについて聞かれたので、こう答えた。「つまり、どちらを選ぶかという話だ。チンピラが欲しいのか、それとも共産主義者が欲しいのか?」ってね。それが私の返答さ」とのべた。
だが、この後にトランプは、「しかし言っておくが、彼らが選挙公約にしたaffordabilityという点を見れば、彼らは嘘をついた」と怒りをあらわにした。そして、「彼らは石油価格が上昇していると語ったが、いやいや、トランプ政権下では価格は下落しており、しかも大幅に下がっている」と強弁したのである。
トランプの本性丸出しが嫌悪される
だが、11月4日前のトランプのふるまいはaffordabilityをまったく無視したものだった。たとえば、10月31日、トランプはリンカーン寝室の浴室を改装したことを自らのソーシャルメディアで報告した。下の写真からわかるように、黒と白の大理石で仕上げられ、金色の蛇口と照明器具が備えられている浴室は豪華絢爛であり、affordabilityという概念からはかけ離れているようにみえる。
あるいは、3億ドルの舞踏場建設のために、1階にはホワイトハウス訪問者事務所と立法問題室が置かれ、2階にはホワイトハウス軍事室とファーストレディの執務室、スタッフ室などがあった東棟を解体したことにも批判が噴出していた。
こうした成金趣味のトランプに対して、期限切れとなる医療保険補助金の延長合意は得られないままであり、共和党がaffordabilityを重視しているようにはみえない。だからこそ、多くの民主党議員は、医療保険の費用を来年の中間選挙における決定的な争点にすると誓っている。
先に紹介した「NYポスト」の社説は、こうした構図を理解している。だからこそ、「共和党が一般市民の経済的痛みに無関心で、自分たちのエスニック(民族)間の争いを繰り広げているように思われれば、彼らが得たすべての成果を失うことになる」――社説はこう警鐘を鳴らしている。

トランプ大統領のTruthSocialへの投稿:改装されたリンカーン寝室の浴室の内部
(出所)https://truthsocial.com/@realDonaldTrump/posts/115469942090837414
中間選挙は国内問題が焦点に
このようにみてくると、どうやら今回の共和党の惨敗の最大の要因がaffordabilityの軽視にあったという見方が広がっている。それに、J・D・ヴァンス副大統領も気づいている。彼は選挙後、Xにおいてつぎのように投稿した。
「我々は国内問題に集中する必要がある。大統領は既に低金利と低インフレという成果を上げているが、ジョー・バイデンから引き継いだのは惨状であり、ローマは一日で築かれなかった。私たちはこれからも、この国でまともな生活が手頃な価格で実現できる(make a decent life affordable)よう、努力をつづけていく。それが2026年以降、我々が最終的に評価される基準だ。」
11月10日付のNYTによると、トランプはすでに高まる不満に耳を傾けはじめたようだ。7日夜、食肉加工会社が「共謀」して牛肉価格を吊り上げているかどうかの調査を司法省に指示するとの発表があった。8日には、保険会社に支払われる医療補助金を米国国民の貯蓄口座に振り向ける提案を発表した。9日朝には関税収入から2000ドルの配当金を支給する案を提示し、「(高所得者は除く)」と書き添えた。
ただし、9日午後、トランプは週末をゴルフに費やした後、フットボール観戦のためワシントンに戻る飛行機のなかで、再び全神経を注ぐプロジェクトに意識を向けていた。その結果、「ホワイトハウス新舞踏場のメインエントランス!」と投稿し、改装中の空間の進捗写真(下の写真)を添えた。どうやら、本人は相変わらずaffordabilityについてほとんど何も考えていないように現時点では思われる。

(出所)https://truthsocial.com/@realDonaldTrump/posts/115521797504730572
だが、14日になって、トランプは2025年4月2日に初めて発表した相互関税の範囲を修正する大統領令に署名した。具体的には、対象となる特定の農産品が関税の対象外となる。ホワイトハウスが発表した「ファクトシート」によると、コーヒー、紅茶、トロピカルフルーツとフルーツジュース、ココアとスパイス、バナナ、オレンジ、トマト、牛肉などが対象外となる。ようやくトランプ自身、affordabilityを無視できないことに気づきはじめているようだ。
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
★ISF(独立言論フォーラム)「市民記者」募集のお知らせ:来たれ!真実探究&戦争廃絶の志のある仲間たち
※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
ISF会員登録のご案内
塩原俊彦
1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』(社会評論社、2024)、『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)がある。 『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)


















