連載:マッド・アマノコラム集(8)
社会・経済漫画・パロディ・絵画・写真マッド・アマノパロディコラムが毎週水曜日に公開されます。お楽しみに。
高裁が「パロディ」を認めた裁判とは ?
パロディ・モンタージュ写真事件、いわゆる「パロディ VS 写真裁判」( 以下「パロディ裁判」は戦後最大の著作権裁判と司法界で位置付けられた。
裁判の発端は私が創った「雪山のスロー プを複数のスキーヤーが滑降し、そのシュプールがウエーデルンによるジグザグ模様となり、巨 大なスノータイヤを合成。タイヤのジグザグとウェーデルンのシュプールの形状が似ていること に着眼。
巨大タイヤから逃げる人類に警鐘を鳴らすものだ。つまり自動車公害による健康被害 をテーマにしたパロディ作品なのだ。
スキーヤーの写真を撮影した山岳写真家の S 氏は「無断 使用したばかりかタイヤまで合成し、作品を目茶苦茶にした」と法に訴えてきた。1971年 ( 昭 和46年) のことだ。
民事訴訟とは言え人生初の「被告」となった私は叔父の会社の顧問弁護 士に相談を持ちかけた。
当時、会社勤めの身だった私に対して S 氏は弁護士と連名で内容証 明書を会社宛に送りつけてきた。話し合いを求める私に対して有無を言わせず、といった執拗 な法的手段に打って出てきた。
第一審の地裁では原告の S 氏の訴えが認められ、私は敗訴となっ た。判決に不服とし私は高裁に控訴。その結果、「パロディは著作権侵害に当たらない」と言 う判決、要するに「マッド・アマノの勝訴」となった。
これに驚いた日本写真家協会は猛烈に巻き返しを図ってきた。最高裁に控訴したS氏の訴えが認められ高裁での差し戻し審の結果、「和解調停」となった。提訴から16年後の1987 年だった。一口に 16 年間と言うがとにかく長かった。
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マッド・アマノ
日本では数少ないパロディスト(風刺アーティスト)の一人。小泉政権の自民党(2005年参議院選)ポスターを茶化したことに対して安倍晋三幹事長(当時)から内容証明付きの「通告書」が送付され、恫喝を受けた。以後、安倍政権の言論弾圧は目に余るものがあることは周知の通り。風刺による権力批判の手を緩めずパロディの毒饅頭を作り続ける意志は固い。


















