【書評】黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部「押し紙」問題とメディアコントロール』 —メディア問題=大手メディアが作り出す問題についての販売面での名著

嶋崎史崇

ISFの読者であれば、日本の主流メディアは、重要な課題について、なぜこれほど政府寄りなのか、と疑問を感じたことがしばしばであろう。例えば、ウクライナ問題やコロナとワクチン問題、「ザイム真理教」問題、気候変動問題等である。

その疑問に、新聞に関して一つの仮説的な答えを与えるのが、ISFでもおなじみの『紙の爆弾』を発行する鹿砦社から2023年に刊行された本書である。著者は1958年生まれのジャーナリストで、コロンビアの独立系メディアの日本担当記者も務めている。

本書の主題は、いわゆる押し紙であり、著者は本書も含め7冊もこの主題について執筆してきた。押し紙とは、新聞社が、配達を担当する各地の新聞販売店に対し、本来必要な部数(かつて2%程度とされた、新聞紙の汚損に備えた「予備紙」を含む)を超えて契約させる新聞のことである—ただし新聞社側は、販売店側があくまで自主的に注文したと主張し、裁判所もそれを追認するのが通例である。配達されないわけだから、押し紙は古紙回収業者に回されるのが常であり、膨大な押し紙の束や伝票の写真も本書には多く収録され、説得力を高めている。公式統計で、何年も部数が全く変わらない販売店が存在するという事実も、押し紙の存在を示唆する強力な状況証拠になっている。

押し紙は、実際に配達される部数よりも多いわけだから、巨大な環境問題でもある、と著者は言う。広告主も損害を被っていることになる。何より販売店自体に、巨大な負担になっている。かつては折り込みチラシの水増しで販売店にとっても、大きな利益があった。しかし、近年の落ち込みは周知の通りであり、販売店の負担はますます増し、廃業に追い込まれるところすらある。

驚くべきは、押し紙被害の金額である。当然ながら公式な統計はないが、2021年度の全国の朝刊単独発行部数約2590万部に関して、著者が長年の調査に基づいて仮定した押し紙率20%を掛けると、518万部にもなる―個別には、押し紙率5割といった驚愕の実例すらみられるとのこと。それに朝刊1部の月額の卸価格1500円を掛けると77億7000万円になり、年間被害額は、なんと932億円と推計される(125頁以下)。

このような押し紙問題は、特に販売店にとって重大な負担になっており、頻繁に裁判沙汰にもなっている。ほとんどの場合、販売店側が押し紙契約を強要されたことを立証できず敗訴しているが、中には被害が裁判所で認められた事例もある。例えば佐賀新聞に対して販売店が起こした訴訟で佐賀地裁は2020年、予備紙の2%を超えた部数を除いた残紙を押し紙として認めて1066万円もの損害賠償を命じ、独占禁止法違反まで認定した(41頁以下)。ところが新聞業界にとって都合の悪いこの判決は、ほとんど報道されず、主流メディアの一角とはいえない『週刊金曜日』が伝えたのが目立つくらいである。いわゆる「報道しない自由」の顕著な実例であろう。

宮下正昭「佐賀新聞社の「押し紙」実態を裁判所が断罪」、『週刊金曜日』、2020年6月15日。https://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2020/06/15/antena-732/2/

なお宮下氏は新聞記者出身で、鹿児島大学准教授も務めた。新聞社時代の生々しい経験を踏まえ、学術的視点から押し紙問題を追究している。

「新聞業界の闇“押し紙問題”待ったなし : 問われる新聞社と販売店の関係」、『鹿児島大学法文学部紀要人文学科論集』巻87、2020年、17-33頁。

https://ir.kagoshima-u.ac.jp/records/15200

本書の独創的な仮説は、当局が押し紙という巨大な罪を見逃すことが、該当する新聞社に対する脅し、言論統制の手段になっている、というものだ。そう考えると、一部の地方紙が敗訴した事例は、まだ敗訴したことがない全国紙に対しても脅迫効果になっていると私は思う。

「メディア関係者は、『何を報じてはいけないか』を直観的に嗅ぎつけている可能性が高い」

「新聞社の企業としての存続を危うくする権力批判は、組織の秩序を乱す言動として回避する」(いずれも117頁)。

これらの認識は、本書の白眉である。

著者は「報じてはいけない」問題の実例として、ウクライナ戦争に関するEU・NATOの責任や、電磁波による被害を挙げている(116頁)。ISF読者であれば、コロナワクチン薬害問題や9・11事件の真相等も、典型例として思いつくところであろう。

私は拙著『ウクライナ・コロナワクチン報道にみるメディア危機』(本の泉社、2023年)で、メディア問題論、即ちメディアが作り出す問題を論じた。だがその議論は、あくまで報道の内容に限定されていた。それに対して本書は、販売面からメディア問題論に斬り込み、しかもそれが報道面にまで悪影響を与えているのではないか、という問題提起までしている―なお本書の帯は、「新聞社問題の本丸へ踏み込む」とうたっている。

著者は公正取引委員会に直接取材し、「『押し紙』については、個人の経験としては聞いたことがありますが、『なぜ調査しないの』ということについては、申し上げられない」(179頁)という—答えになっていない―答えを得ている。これは監督機関として意図的な見逃し、責任放棄ではないのか。ある地方新聞社が押し紙で排除勧告を受けたことをきっかけとして、公取委と新聞協会の間で行われた話し合いの記録が、著者の情報公開請求に対して大部分黒塗りで開示されたことも、そのような不信をかきたてるものだ(本書付録5に黒塗り文書の写しが収録)。

本書は、新聞社が最もなかったこと、見なかったことにしたい本の一つであると思われる。熊本日日新聞のように、押し紙を廃止した事業者もあり、全ての新聞社が“黒”であると決め付けることは、もちろんできない。それでも、新聞社はいやしくも“社会正義”の追求を掲げて、他者の悪事を暴露し、批判している機関である。そうである以上、自らに向けられている重大な疑惑に関して、後ろめたいところがある事業者は、全て清算したうえで、権力監視という本来の使命を、忖度なしで全うすべきであろう。

この書評はたまたま日米開戦の日である12月8日に公開されているが、「新しい戦前」とも評される今日、新聞の果たすべき役割は本来ますます大きいはずだ。

なお黒薮氏は、ウェブサイト『メディア黒書』を運営し、押し紙問題についても最新の情報を伝えているので、閲覧を勧めたい。

https://www.kokusyo.jp/

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

★ISF(独立言論フォーラム)「市民記者」募集のお知らせ:来たれ!真実探究&戦争廃絶の志のある仲間たち

※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
ISF会員登録のご案内

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」

 

嶋崎史崇 嶋崎史崇

独立研究者・独立記者、1984年生まれ。東京大学文学部卒、同大学院人文社会系研究科修士課程修了(哲学専門分野)。著書に『ウクライナ・コロナワクチン報道にみるメディア危機』(2023年、本の泉社)。主な論文は『思想としてのコロナワクチン危機―医産複合体論、ハイデガーの技術論、アーレントの全体主義論を手掛かりに』(名古屋哲学研究会編『哲学と現代』2024年)。ISFの市民記者でもある。 論文は以下で読めます。 https://researchmap.jp/fshimazaki ISFでは、書評・インタビュー・翻訳に力を入れています。 記事内容は全て私個人の見解です。 記事に対するご意見は、次のメールアドレスにお願いします。 elpis_eleutheria@yahoo.co.jp Xアカウント: https://x.com/FumiShimazaki

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ