「知られざる地政学」連載(119):四分五裂の米共和党を分析すれば、世界がわかる(上)
国際
今回は、米国の共和党が四分五裂に陥っている状況を分析する。そうすることで、地政学や地経学にも関連するさまざまな問題点がみえてくるからである。この問題を取り上げる直接のきっかけはウクライナの和平計画をめぐる共和党内の対立であった。その問題を解説するなかで強く感じるのは、日本の後進性である。外交という主権国家にとってもっとも重要な問題でありながら、その主権国家がとるべき外交政策について、各政党や個々の政治家がどう考えているかが日本ではほとんどわからない。その結果として、無知蒙昧な外務官僚が短絡的な外交を展開しているだけの状況が生まれてしまう。テレビでは、元外務官僚が何の学問的業績もないままに大学教授として駄弁を弄することで、国民を欺き騙している。こんな状況に警鐘を鳴らしたい。
恐るべき「戦争継続派」
共和党内には、カネのかかる外国での戦争や無定見な外国支援の停止・削減を求めるMAGA(Make America Great Again)派、すなわちトランプ信奉派がいる一方で、ソ連の後継国家でいまだに米国と核兵器保有数で肩を並べているロシアを徹底的に弱体化させることを外交戦略上の優先事項とする者もいる。
ウクライナ戦争でいえば、ドナルド・トランプ大統領やJ・D・ヴァンス副大統領が何としてもウクライナ戦争を停止し、犬死とも言える多くの人々の死を回避しようと努力しているのに対して、侵略国ロシアを徹底的に打ちのめすまで戦争を継続するべきだと主張する勢力がある。「最善は善の敵」と考えれば、あるいは、最近読んだ「コレステロールは単に「善玉」や「悪玉」というだけではない」という記事から推測される立場に立てば、前者を正論とみなすことができるだろう。悪玉にもいろいろあるし、善玉にもさまざまいるのだから、「ウクライナ=善」とか「ゼレンスキー=善」という見方は否定しなければならない。
後者は、ドイツ、フランス、英国など主要欧州諸国の政治指導者の考えであり、日本の高市早苗首相もこちらに与している。彼らはみな「戦争継続派」だ。そして、彼らは戦争を止めようとしないロシアを批判し、戦争の停止を拒否しつづけてきたウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領をまったく非難しない。
和平計画をめぐる共和党内の対立
この対立は、米国の共和党内にも存在する。対立は、トランプ政権内で検討されていた和平計画案がリークされた11月20日以降に顕在化した(詳しくは連載[118]を参照)。
上院軍事委員会の共和党委員長であるロジャー・ウィッカー上院議員は21日、「このいわゆる「和平案」には深刻な問題があり、平和を実現できるとは全く思えない」という声明を公表した。
こうした懸念は、スティーブ・ウィトコフ米大統領特使がトランプの扱い方についてロシアに指導していたと報じられた後、エスカレートする。これは、ブルームバーグが25日に報道したもので、二つの盗聴結果について書いている。一つは、ロシアと米国の大統領が電話会談を行った2日前の10月14日に行われたとされる、ウィトコフとユーリ・ウシャコフ・ロシア大統領補佐官との電話会談の盗聴結果である。もう一つは、10月29日にウシャコフがロシア直接投資基金のトップでロシア大統領特別代表のキリル・ドミトリエフと行ったとされる別の会話である。
前者については、ウシャコフは「コメルサント」とのインタビューで、メタのメッセンジャー・アプリ「WhatsAppによる会話のなかには、だれかが何らかの方法で盗聴できるものがあるようだ」と語り、盗聴内容を事実上認めた。なお、盗聴していたのは、英国の諜報機関の可能性がある。いずれにしても、盗聴結果をあえてリークするには、リークする側に良からぬ意図がある。おそらく和平計画に反対する勢力があえてリークしたと考えるのが正しいだろう。
リークした機関の思惑通り、単細胞な政治家が早速、反応した。ネブラスカ州選出の共和党下院議員、ドン・ベイコンはXにつぎのように投稿した。
「ロシアの侵攻に反対し、ウクライナが主権国家かつ民主主義国家として勝利することを望む者にとって、ウィトコフが完全にロシア側を支持していることは明らかだ。彼にこの交渉を主導させることは信頼できない。ロシアから報酬を受け取る工作員でさえ、彼ほどひどいことはしないだろう。彼は解任されるべきだ。」
ペンシルベニア州選出の共和党下院議員、ブライアン・フィッツパトリックは、「これは大きな問題だ。そして、こうしたばかばかしいサイドショーや秘密の会合を止めるべき多くの理由の一つでもある」とXに書いた。
共和党上院の元院内総務のミッチ・マコーネル上院議員は、「結論:もっとも基本的な現実として、平和には代償が伴う。侵略を報いるような合意は、紙切れ同然の価値しかない。米国は中立的な仲裁者ではなく、そう振る舞うべきでもない」とXに投稿した。マコーネルは6月にも、上院予算公聴会の冒頭で、トランプ大統領のウクライナへのアプローチについて露骨に批判した。
こうした「戦争維持派」の共和党内の旧来型国際主義集団に対して、ヴァンス副大統領は激怒している。連載(118)に書いたように、彼は、24日、「トランプ政権が東欧における4年に及ぶ紛争に終止符を打とうとしていること」に激怒する共和党関係者に対して、「自国に深刻な問題があるのに、この一つの問題にこれほど熱狂するのは正気の沙汰じゃない。心底嫌悪する」とXに投稿した。別言すると、共和党内にいる「戦争維持派」が和平計画を批判していることが「正気の沙汰」ではなく、「心底嫌悪」に値すると苛立ったのだ。
このように、共和党内の国際主義者の集団と、MAGA派との間で「外交政策のギャップが広がっている」ことは2025年の夏には明らかだった(2025年6月11日付「ニューヨークタイムズ」[NYT]を参照)。
MTGが広げた亀裂
どこの政党にも「お騒がせ」を特徴とする政治家がいる。米共和党では、下院議員マージョリー・テイラー・グリーン(MTG)がその代表格だろう(下の写真を参照)。今度はMAGA派内部での亀裂という事態が起きている。

マージョリー・テイラー・グリーン議員(共和党、ジョージア州)は2020年に初当選し、MAGA運動の長年の支持者である。 (Sarah L. Voisin/The Washington Post)
(出所)https://www.washingtonpost.com/politics/2025/11/21/marjorie-taylor-greene-resigns-congress/
The EconomistはMTGについて、「MAGA運動の周辺部における陰謀論を売り歩く本能を、MTGほど完全に体現している人物はほとんどいない」と辛辣に書いている。彼女はジョージア州選出の下院議員で、悪名高き陰謀論者だ。たとえば、ロスチャイルド家が制御する宇宙レーザーに関する反ユダヤ主義的な妄言、Qアノン狂信への渇望、そして2020年の大統領選がトランプから盗まれたという主張などがそれである。つまり、MTGはまさにMAGA派なのだが、11月16日のテレビインタビューで、彼女は大統領に反旗を翻した。
決裂の直接の原因は、ジェフリー・エプスタイン事件である(詳しくは拙稿「知られざる地政学」連載[103]「エプスタイン:権力関係を考察するためのヒント」(上、下)を参照)。この事件は、大統領や他の著名人とのつながりがあった死亡した性犯罪者をめぐるものだ。MTGの離反は、大統領と彼のMAGA運動の支持者との間の最新の亀裂と言える。
ホワイトハウスは数カ月間、司法省にエプスタインに関する大量のファイル公開を義務づける「除名請願」への反対投票を議会共和党に強く求めてきた。これに対して、MTGはこの法案を公然と支持した。そのため、11月14日、トランプはソーシャルメディアで痛烈な投稿を行い、MTGへの支持を撤回した。そのなかで、トランプは彼女を「狂人」と呼び、彼女に対する予備選挙での対抗候補支援を表明した。
だが、トランプの脅しは見事に裏目に出た。エプスタインにかかわる機密文書公開を主導するケンタッキー州選出の共和党下院議員トーマス・マシーは、下院共和党議員の離反が増え、この措置を支持する動きが広がっているとした。その結果、共和党内で大規模な反乱に直面したトランプは方針転換し、文書公開の採決を支持すると表明するに至る。11月18日、下院は427対1の圧倒的多数で法案を可決。数時間後には上院でも迅速に通過した。
突然のMTGの辞職表明
こうして、エプスタイン文書の公開をめぐって、MAGA派内部で、明らかな亀裂が生じていたのである。グリーンを含む、わずか 4 人の下院共和党議員だけが、この問題を投票にかけることに抵抗するトランプ氏に対して、公然と反対する意思を示していたにすぎない。だが他方で、MAGA の支持者たちは、オンラインのインフルエンサーたちの煽動を受けて、政府がエプスタインについてもっている情報をすべて公開するよう要求していた。つまり、エプスタインにかかわる情報の公開をめぐって、MAGA派の一般支持者のなかにも分断が生まれたのであった。
さらに、投票を強制する請願書に必要な過半数の下院議員が署名すると、一般共和党議員たちは選択を迫られた。トランプ氏を支持するか、有権者の意向を支持するか、である。これは、この大騒ぎを放置すれば、党の分断が白日の下にさらされることを意味した。ゆえに、トランプは突然方針を転換し、ファイル公開を支持すると180度の転換を余儀なくされたのである。
さらに、MTGは11月21日遅くになって、2026年1月5日付で議会を辞職すると発表した(Xへの投稿を参照)。ワシントンDCから去るが、政治家を辞めるつもりはない彼女は、その議員辞職表明の4ページにわたる声明の終盤近くで、「一般の米国民が、ついに両党の政治産業複合体がこの国を引き裂いていること、私のような選出された指導者一人ではワシントンの機械が徐々に我が国を破壊するのを止められないこと、そして現実には彼ら一般の米国民、つまり国民こそがワシントンに対する真の権力をもっていることに気づき理解したとき、私は彼らの傍らに立ち、この国を再建するだろう」と書いている。もはや、MAGA派がわずかだが、明確に分裂しはじめたことになる。
共和党は米議会下院の多数党だ。しかし、議席数は219で民主党の213をわずかに上回る程度にすぎない。もしMTG以外にも辞職者が続出すれば、トランプ政権の政策推進は一層困難になる。共和党内でのトランプ支持もゆらぎ、2026年の中間選挙に影響を与える可能性がある。
MAGA派の別の亀裂
実は、MAGA派内の亀裂は別のところでも生じている。それは、人工知能(AI)規制をめぐる問題だ。トランプのAI規制に対する政策は、 ハイテク業界のリーダーたちの要望に沿うかたちをとってきた。彼らはAI規制を少なくし、AI開発を加速しようとしている。それは、中国との競争力を維持することにつながるから、トランプは彼らの要望に従って、チップやバッテリーなどの製造方法を知っている外国人労働者の国内流入についても寛大な措置をとることに賛成してきた。
しかし、先に紹介したMTGはすでに、ホワイトハウスの高スキル移民政策も批判している。AI が米国人労働者階級の大規模な失業につながるだろうと警告しているのだ。これは、第一次トランプ政権下で戦略官を務めたスティーブ・バノンの主張に呼応している。バノンは、AIがまもなく人類史上「最も根本的で急進的な変革」をもたらすと警告し、AIの減速を強く主張するようになっている。
このMAGA内の対立は、AI規制を実施すべき主体は連邦政府なのか、それとも州政府なのかという議論をすでに巻き起こしている。連邦レベルの規制が存在しないため、州による規制が先行しはじめているのだ。たとえば、2025年9月29日、カリフォルニア州では大規模言語モデル規制法(「フロンティアAIの透明性に関する法律」[TFAIA])が制定された。ニューヨーク州も同様の規制法案を提出する動きをみせている。
これに対して、トランプ政権はこうした州レベルの規制がAI開発の足枷になることを恐れている。だが、たとえば州レベルのAI規制を10年間凍結する法案は、7月に上院で否決されてしまった。11月18日になって、ホワイトハウスは突然、「AIへの投資が米国経済を世界で『もっとも熱い』ものにしている――しかし州による過剰な規制がこの成長エンジンを損なう恐れがある…」(ドナルド・J・トランプ大統領)とする投稿をXに行った。そして、19日になって、「国家AI政策に対する州法の妨害を排除する 」と題した6ページの大統領令草案が公表された(なお、トランプ大統領は7月23日、大統領令14319号「連邦政府における覚醒AIを防ぐ」に署名した。同日、彼はトランプ大統領が1月に発表した「AIにおける米国のリーダーシップに対する障壁の除去」に関する大統領令14179号に基づき、「AI競争に勝つ:米国のAI行動計画」を発表した。詳しくは近く上梓予定の拙著『ネオ・トランプ革命の深層』[電子版]を参照)。
「州議会はイノベーションを弱体化させる恐れのあるAI関連法案を1000以上提出している」という、業界のAI促進派のある主張を繰り返し、とくにカリフォルニア州とコロラド州で最近成立した法律を問題視している。このような法律は、「恐怖に基づく規制の掌握戦略の洗練された支持者」の仕業であり、「最小公倍数のコンプライアンスを強制し、この新しいフロンティアにおけるアメリカの支配を犠牲にして、もっとも規制の厳しい州が国のAl政策を決定することを可能にする、つぎはぎだらけの規制の枠組み」を作り出しているという。
そうした動きに対して、「最小限の負担で統一されたAIに関する国家政策の枠組み」が必要だとの観点から、司法省、商務省、連邦通信委員会、連邦取引委員会、AIと暗号に関する大統領特別顧問を含む政府機関がAI政策に関係する行政府の他のさまざまな部分と連携する必要がある、と大統領令案はのべている。
いまのところ、この大統領案がどうなるかは判然としない。すでに、さまざまな市民団体がこの大統領令草案に批判的な声明を発表している。たとえば、ロン・デサンティスフロリダ州知事(共和党)も連邦政府によるこうした規制に反対の姿勢を示している。
他方で、ホワイトハウス内では、トランプの「AI・暗号通貨担当責任者」でありシリコンバレーのベンチャーキャピタリストでもあるデイヴィッド・サックスが州レベルでのAI規制法案を激しく非難している。彼はこれらを「悲観論者産業複合体」の一環とみなし、中国とのAI覇権争いにおける米国の競争力を阻害するとし、州レベルのAI法案の凍結を支持している(The Economistを参照)。
このThe Economistの記事によると、トランプは今のところサックスを支持し、「50州のバラバラな規制制度ではなく、一つの連邦基準」を主張している。しかし、ホワイトハウスがそのような連邦基準に何を含めるべきだと考えているかは明らかではない。サックスがもっとも懸念しているのは、大規模言語モデル(LLM)における左派バイアス、つまり彼が「覚醒AI」と呼ぶものを防ぐためのAI規制のようだ。
なお、サックスは1990年、スタンフォード大学の学部生としてシリコンバレーに到着し、そこでピーター・ティールを含む学生仲間に出会った(NYTを参照)。サックスはその後、イーロン・マスクとともに電子決済会社ペイパル(PayPal)となった新興企業でティールとともに働いた。2002年にeBayがPayPalを15億ドルで買収した後、2人は互いに投資し合った。サックスは2022年に共和党政治における主要人物となり、ティールの下で働いていた元テック投資家ヴァンスの上院選出馬を支援するスーパーPACに100万ドルを寄付した。さらに、2024年、サックスはサンフランシスコの邸宅でトランプのために1200万ドルの資金集めの晩餐会を主催したこともある。
「知られざる地政学」連載(119):四分五裂の米共和党を分析すれば、世界がわかる(下)に続く
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塩原俊彦
1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』(社会評論社、2024)、『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)がある。 『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)


















