「知られざる地政学」連載(119):四分五裂の米共和党を分析すれば、世界がわかる(下)
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欧州への影響
このように、最先端分野でも、MAGA派内部で深刻な対立が起きていることは間違いない。ここで紹介した米共和党内の亀裂や分裂といった胎動は、欧州の政治にも影響をおよぼしている。
まず、基本的な理解として、トランプ政権は、欧州連合(EU)を軽蔑し、大西洋横断同盟の基盤となっている伝統的な自由主義的価値観を敬遠する一方で、欧州の極右勢力に傾倒してきたと考えられる。イタリアの右派ポピュリスト首相、ジョルジア・メローニとの結びつきに加え、トランプは、ドイツの「ドイツのための選択肢」(AfD)、スペインの「Vox」党、ナイジェル・ファラージの「改革英国党」など、その他の極右政党も支持しているようにみえる。
最近読んだ記事のなかで興味深かったのは、こうした欧州の政治状況をみて、「ヘリテージ財団が「MAGA」から「MEGA」へ――「ヨーロッパを再び偉大に」(Make Europe Great Again)」というPoliticoに公表された記事である。ヘリテージ財団は、トランプの2期目の重要な政策マニュアルとなった922ページの青写真、「プロジェクト2025」を策定した保守系シンクタンクだ。同財団は米国での実績(MAGAの広がりやトランプ政権の実現)をテコに、欧州でもMEGAの立場から仲間を募り、関係強化をはかろうとしているというのである。10月下旬、ローマにある故シルヴィオ・ベルルスコーニ首相のフレスコ画が飾られた旧邸宅で開催された会議では、ヨーロッパの人口危機と、少子化が西洋文明への脅威をもたらすという考えに焦点が当てられ、講演者には、ヘリテージの国内政策担当副社長がいた。米国における中絶アクセス撤回キャンペーンの立役者であるロジャー・セヴェリーノや、イタリアのプロライフ家族相エウゲニア・ロチェッラ、上院副議長、イタリアの右派シンクタンクのメンバーなどがいた。
記事によれば、ヘリテージ財団の代表者はワシントンとブリュッセルで、ハンガリー、チェコ、スペイン、フランス、ドイツの極右政党の議員らと非公開の会合を開いたという(注1)。さらに正式に報告されていない追加会合も実施しており、イタリアのジョルジア・メローニ首相率いる「イタリアの兄弟」党の議員3名との会合も含まれる。
どうやら、「欧州を再び偉大に」というMEGAを、MAGA をモデルとして受け入れさせることで、米国のMAGAに有利な状況をつくろうとしているのかもしれない。ただ、欧州との安全保障協定を疑問視し、米軍駐留削減をほのめかし、欧州に防衛費負担を要求するトランプ政権を支持するMAGAが、MEGAへの影響力を強化しつつ欧州の台頭、すなわちMEGAの隆盛を制御することなどできそうもない。
中東欧の政治的気質は米国の「赤州」に似ている
それでも、米国のMAGAの広がりはたしかに欧州の政治情勢に影響をおよぼしている。ここでは、「ヨーロッパのトランプ右派のパラドックス」という『フォーリン・アフェアーズ』のサイトに公表された論文を参考にしながら、欧州についても論じてみたい。
論文では、中東欧の政治的気質は米国の「赤州」(共和党支持州)に似ているとの見方が示されている。①文化的に保守的で、白人が多数派を占め、文化的均質性を重視する、②MAGA支持者と同様に、その住民は移民やいわゆる「覚醒」(Woke)運動に敵対的であり、気候変動に懐疑的である――傾向があるというのである。
2024年のトランプ勝利後、中東欧のポピュリスト右派政党を先頭に、欧州大陸の非自由主義勢力は急速に方向転換した、と論文は指摘する。「EUに対する国家主権の防衛から、グローバルな保守的アジェンダを掲げる新たな超国家的運動の擁護へと転じた」のである。一方、「欧州の中道派はしばしば逆の立場を取らざるを得なかった」、と論文は書いている。かつてグローバル化と大西洋主義を支持していた多くの勢力が、米国のイデオロギー的越権行為とみなすものに対抗する主権主義者として自らを再定義したというのだ。つまり、「トランプ流革命は欧州を二分した」と論文は指摘している。
2003年の米軍イラク侵攻時など過去の摩擦時とは異なり、今回は、親米・反米国家間の対立ではなく、親トランプ派と反トランプ派の政治陣営間の分裂というかたちをとっていることになる。もっとも重要な変化は、欧州における米国政治システムへの認識がいまや鮮明に分極化した点だ。欧州外交評議会(ECFR)が6月に実施した調査によると、ドイツのAfD、イタリアの「イタリアの兄弟」党、ハンガリーのフィデス党、ポーランドの「法と正義」党、スペインのVoxといった極右政党の支持者は、米国政治に対して概ね肯定的な見解を示した一方、これらの国々の主流派有権者は主に否定的な見解をもっていた。
ハンガリーの場合
ただし、論文は、たとえばハンガリーにおいて、ヴィクトル・オルバン首相への新たな選挙による信任が、大陸におけるMAGAの覇権を確立する可能性は低いとのべている。オルバンはトランプを支持する一方で、西洋が不可逆的な衰退期に入ったともみている。
オルバンの執務室には、異なる視点から世界を示す三つの世界地図が掲げられているという話がある。アメリカ中心、ヨーロッパ中心、そして中国中心の地図である。オルバンがこれらを考察する際に目にするのは、彼が「グローバルシステムの変化」と呼ぶもの、すなわち権力のアジアへの移行であるという。オルバンの見解では、アジアは人口動態の勢い、技術的優位性、そして膨大な資本力を有している。さらに米国や西側同盟国に対抗し得る軍事力を急速に発展させつつある。「オルバンは、到来する世界秩序はアジア中心のものになると確信している」と論文は指摘する。
こうしたオルバンからみると、重要なのは、単一欧州市場の維持しつつ、欧州の政治統合の深化を逆転させ、中国と米国から等距離を保つことになる、というのが論文の主張だ。ゆえに、ハンガリーはこれまで、中国との冷戦に加わらず、北京を孤立させる技術・貿易ブロックにも参加しない姿勢をとってきた。この立場はブダペストの経済的現実を反映している。現在、中国のハンガリーへの投資額はフランス・ドイツ・英国の合計を上回っている。言い換えれば、欧州委員会委員長ウルズラ・フォン・デア・ライエンが描く欧州とは異なり、オルバンの欧州は対中政策においてトランプ氏や米国の政治体制全体と歩調を合わせていない。論文は、「この種の乖離はハンガリーの非自由主義政治家に特有ではない」として、ドイツのAfDが多くの点で米国よりもロシアに近い姿勢を示しているという例を紹介している。
右派間の対立
トランプと新たな欧州右派の間には、別の摩擦点がある。それは、「米国の保守派が支持する文明国家主義に起因する」と論文は指摘している。西洋を白人かつキリスト教徒と定義すべきだというMAGAの主張は、多くの欧州極右政党の共感を呼んでいるが、ウラジーミル・プーチン大統領のロシアがこの新たな非自由主義的帝国の一部であるか否かについては、支持者の間で深刻な意見の相違があるという。たとえばポーランド人は、タッカー・カールソンら米国の保守派がロシアを白人キリスト教西洋の一部とみなしていることに衝撃を受けている。こうなると、対ロシア政策で、ポーランドの右派はMAGAを受け入れられない。
「ドイツ問題」では、対立がもっと深刻だ。米国が欧州への関与を後退させ、欧州に自らの安全保障費用を負担するよう要求する一方で、欧州諸国が米国の信頼性をますます疑うなか、ドイツの再軍備は欧州の自衛に不可欠なものとなりつつある。だが、同時にトランプが連邦議会第2党となったAfDを後押ししたことで、欧州最強国が将来ドイツ民族主義右派に率いられる可能性、そして米国がそのような結果を容認するかもしれないという懸念が生じている。これはドイツの近隣諸国、さらにはトランプを称賛する欧州諸国の右派勢力の一部にも、古い恐怖を呼び起こしている。
このようにみてくると、米共和党内やMAGA内の亀裂や分裂の胎動が欧州の右派や極右においても、同じようにはじまっているように思えてくる。
「再移住」(Remigration)をめぐる欧州から米国への影響
最後に、欧州から米国が影響を受けているという点も紹介しておきたい。それは、移民をめぐる問題で生じている。トランプ政権はこれまで、南アフリカからの白人アフリカーナ難民の再定住を明確に優先し、一方で他の難民の受け入れは阻止してきた。だが、11月26日にホワイトハウス近くで州兵2人が銃撃された事件をきっかけに、これまで以上に厳しい移民政策へと舵を切ろうとしている。
今回の事件は、アフガニスタン国籍のラフマヌッラー・ラカンワルによる犯行とされている。ラカンワルはアフガニスタン国内で米軍とともに働いていた人物で、カブールでの米軍支援政権の崩壊の余波を受けて渡米した。トランプはこの事件を、移民が引き起こす「社会的機能不全」の証拠であり、貧しい国々からの「移民を永久に一時停止」する必要性の証明であるととらえている。米当局はすべての亡命申請の処理を停止し、当面の間、アフガニスタン人へのビザ発給を一時停止した。
27日になって、トランプは、米国政府が「第三世界諸国」からの移民を「恒久的に停止」するとのべた(ロイター通信を参照)。さらに、トランプは、「この状況を完全に解決できるのは、移民の逆流(REVERSE MIGRATION)だけだ」とした。これこそ、「再移民」(Remigration)を意味している。トランプは大統領選の最終の2024年8月に、「私は大統領として、移民によるアメリカ侵略を直ちに終わらせる。すべての移民フライトを停止し、すべての不法入国を終わらせ、不法密入国用のカマラの電話アプリ(CBP One App)を終了させ、強制送還免除を撤回し、難民再定住を停止し、カマラの不法移民を母国に戻す(再移民とも呼ばれる)」とXに投稿していた。今回、2025年11月27日に国土安全保障省は、「再移住 今すぐ」(Remigration now)とXに投稿した。
11月30日、「ワシントンポスト」(WP)は、「「再移住」を掲げるトランプ氏、欧州極右の主張を反映」という記事を公表した。それによると、欧米諸国では、右派政党が台頭し、「移民の再移民」を綱領に掲げている。イギリスの改革英国党は、数十万人の移民と亡命希望者の国外追放を宣言した。スペインの極右政党Voxは、最近やってきた移民と、同化の基準に適合しないスペイン国民を排除する独自のプログラムを発表済みだ。
実は、この「再移住」という主張は米国ではなく、欧州において根を広げた概念である。2024年9月28日付のWPの記事によると、ドイツに大量移民の国外追放を公言するマーティン・セルナーという若者がいる(下の写真)。記事は、「多言語に堪能なセルナーによって広められた「再移民」は、何百万人もの不法移民を組織的に追放することを想定している」と書いている。
これまでさまざまな政府がセルナーの影響力を制限しようとしてきた。英国はセルナーの入国を禁止し、スイスはセルナーを追い出した。米国は2019年、米国のオルト右派インフルエンサーであるブリタニー・ペティボーンとの結婚式を前に、彼の渡航許可を取り消したという。ドイツ当局は2025年、セルナーの入国を禁止しようとしたが、セルナーは裁判で争って勝訴した。さらに、セルナーはYouTube、Instagram、TikTok、Facebookからも追放されている。複数の国の87の金融機関が彼をブラックリストに載せたり、口座を閉鎖したりしている。オーストリアでは、公共の場で彼の運動の盾のようなシンボルを掲げることは法律で罰せられることになったという。

マーティン・セルナーが、師であり出版社のゲッツ・クビチェク氏の自宅(ドイツ、シュネルローダ)でポートレート撮影に臨む。 (Helena Lea Manhartsberger for The Washington Post)
(出所)https://www.washingtonpost.com/world/2024/09/28/martin-sellner-far-right-austria-election/
どうやら、彼の「再移民」という主張がトランプにまで飛び火したようにみえる。こうして、世界中が相互に影響し合いながら、同時並行的に右傾化が進んでいるようにみえる。だが、それは今回、米共和党内を詳細に分析したように、決して一枚岩ではない。つぶさに観察することで、この亀裂や分裂、対立を見据えて、その勢力を弱めることもできるはずだ。そのために、よく研究することが求められている。
もちろん、こうした政治的潮流は日本にも影響をおよぼしている。どうか、世界に目を向けて、良く勉強してほしい。それが地政学の醍醐味だから。
【注】
(注1)ヘリテージ財団の内部にも亀裂が生じていることも知っておくべきだろう。事の発端は、10月27日の人気オンライン番組で、元フォックス・ニュースの司会者タッカー・カールソンと、白人ナショナリストでホロコースト否定論者のニック・フエンテスとの親しげなインタビューであった。これに対して、一連の反ユダヤ主義的事件と闘っている共和党内部から非難を浴びた。だが、こうした事態に対して、ヘリテージ財団のケビン・ロバーツ会長がカールソンを支持したことで、同財団の複数の理事の辞任という騒ぎを引き起こしたのである。11月17日付の「NYポスト」によれば、ポッドキャストにフエンテスが出演した後、ヘリテージ財団のロバーツがカールソンの背後に立っている様子が、リークされたビデオで明らかになったことを受けてのことだった(フエンテスが出演した番組を主催するタッカー・カールソン・ネットワークはヘリテージのスポンサーでもあった)。
10月30日、ロバーツはXに投稿したビデオのなかで、カールソンを批判している人々を非難し、「彼をキャンセルしようとする彼らの試みは失敗するだろう」とのべた。さらに、「カールソンは影響力の大きい保守派グループの 「親しい友人 」」であり、「これからもそうである 」とした。しかし、ロバーツの見解は反発を呼び、11月になって、ロバーツは曖昧ながら謝罪し、事態収拾をはかった。
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塩原俊彦
1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』(社会評論社、2024)、『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)がある。 『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)


















