【対談】天木直人(元駐レバノン大使)×木村三浩(一水会代表):「台湾有事」の米国謀略と「沖縄」の可能性
琉球・沖縄通信安保・基地問題天木:私たちは「対米自立」を目指すための現実的な方策の一つとして、前回の対談(本誌5月号)で、互恵的なアジア連帯「新大アジア主義」を提言しました。しかし、ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、日本は真逆の方向に進んでいます。
木村:ロシアが今回の軍事行動に踏み切った背景には、冷戦以降の米国の謀略があります。ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟化などです。その米国が次に狙うのが中国で、だからこそ台湾有事の勃発が危惧されている。
しかし、日本にはその視点がない。独裁者のプーチンが暴走した。香港・ウイグル・チベットなどで人々を弾圧している習近平も暴走するに違いない、と事態が極度に単純化されている。この論調に政治が乗っかり、日米同盟を強化すべきだ、NATOに入るべきだといったことまで公言されています。防衛費増強にしても、米国からさらに武器を買って貢ぐことにすぎません。
天木:米国が冷戦に勝利し、ソビエト連邦が解体された後もロシア潰しを画策してきたことは、米国内のCIA研究者も明言しています。今度のプーチンのウクライナ侵攻の背景もそのような米国の裏があったことを、私たちは知らなさすぎるのです。
木村:米国の国際謀略については、他国内で対立を惹起するソフトパワー戦略と、軍事介入するハードパワー戦略の二段構えとなっており、冷戦終了後、今日までアメリカの軍事介入は20回にも及んでいます。ロシアに対しては「3分割論」を米カーター政権の大統領補佐官・ブレンジンスキーがぶち上げた。同じことを1999年にもオルブライト国務長官が発言しています。
天木:米国の本質は、世界一の戦争国家だということです。このことは、米国の専門家やジャーナリストが指摘してきました。なにしろ軍産複合体に反対すれば、CIAを使って自国の大統領まで殺す国が米国です。米国が世界でもっとも平和に反する国家であるということを、歴史から日本人は知らなくてはならない。
たしかにロシアの行動は国際法違反の侵略であり非難されるべきです。しかし同時に、そのロシアを潰そうとするこれまでの米国の戦争犯罪について批判的な声がまったく出てこないのはどう考えてもおかしいと思わなくてはいけません。独裁国家、全体主義国家と非難すべき国は、世界に多くあります。しかし米国は自分の都合でそれらを利用してきた。
この米国の二重基準こそ非難されるべきです。プーチンの脅しによって急浮上してきた核兵器使用の現実味についても、世界で唯一、人類に核を使ったのが米国であることを忘れてはいけない。唯一の被爆国日本は、その事実を封印し、米国の核の傘の抑止力拡大ばかりを言って核兵器禁止条約の第1回締約国会議を欠席した。これは被爆者への冒とくです。
木村:ヒロシマ・ナガサキを想起すれば、対米自立の必要性に気づかなければならない。そして軍事介入がなぜ起こるか、具体的に考えなければならない。現在も無辜のウクライナ国民、ロシア国民が犠牲になっているのです。
・停戦の可能性
天木:今は、起きているウクライナの戦争を止めなければなりません。停戦の可能性を木村さんはどう考えていますか。あらためて状況を見渡せば、ロシアに対する経済制裁が日米欧に跳ね返ってそれぞれの国で対策が必要になってきている。その意味で、停戦を望む声が出てくるという見方があります。
しかし他方で、米国はウクライナを負けさせるわけにはいかないと支援を強化する一方です。この対談が世に出る頃はG7もNATO首脳会談も終わり、ますます日米欧の対ロシア強硬策が合意されていると思います。欧米のウクライナ軍事支援の効果が出てくるのはこれからで、さらに戦争が激化する恐れがあるような気もします。
木村:状況が不透明であるのは事実ですが、いずれ停戦はなされると考えています。プーチン大統領にすれば、ドンバス地域の安定と解放がなされれば、一定の成果を得たということで、新たにミンスク合意のようなものをもって停戦を提案するでしょう。
ただし、ウクライナのゼレンスキー政権では、いまだNATO加盟が至上命題となっている。ゼレンスキーは2019年の大統領就任からNATO加盟を掲げ、大統領顧問はそのために、「ロシアと3度戦争する」とまで発言していた。仮に米国が停戦を勧めたとしても、反発するかもしれない。そうなればゼレンスキー政権の命運も同時に尽きることになるでしょうが。
天木:NATOが米国主導の対ロシア軍事同盟だということは、今度の欧米の動きではっきりしたわけです。そこにウクライナが入ることは、ますます状況を悪化させます。しかもウクライナと関係のない国々までNATOに入ろうとしています。国際政治は歴史に逆行しているかのようです。
木村:いずれにせよ、国連が機能を果たすことが必要。ただし、今の国連がそれをできるかどうかは疑問です。
天木:国連改革についての私の見方は、安保理よりも世界192カ国の総会決議を優先させる方向で改革すべきだということです。第2次世界大戦の戦勝国だけが世界の平和と安全を決める時代は終わりにすべきです。しかも戦勝国同士で拒否権の応酬をしているわけですから機能しないのは当たり前。核兵器禁止条約が出来たのも総会決議だったからです。
木村:今後も、各国で分離運動のようなものは出てくるでしょう。フェアな平和維持部隊をどう構成するかを考えなければならない。それが今回の教訓であるはずですが、既存の権力構造への疑問はほとんど聞かれない。結局、「プーチン体制を打倒するしかない」という話に終始しているのです。
天木:国連改革が正しく出来なければ、西側価値観を代表する米国と、非西欧的な世界を代弁する中国が世界を二分する方向に向かうでしょう。そして今の日本のままでは、率先して米国の陣営につくでしょう。しかし、中国と敵対したままの日本に未来はありません。米国と中国の橋渡しを日本が出来ないなら、少なくとも、どちらか一方につくのではなく、米中ともに敵対しない、そういう自主・自立した外交を日本は目指すべきだと思います。
木村:対米自立、新大アジア主義が世界の安全保障においても必要だということになりますね。
・台湾有事と米国中間選挙
天木:ウクライナ戦争に戻れば、一日も早く停戦を目指さなければならないことは自明です。しかし、日本で停戦を求める声がまったく出てこない。なぜだと思いますか?
木村:日本が独自に停戦に言及することは、米国の方針に逆らうことになるからで、忖度しているのでしょう。
天木:官僚や政治家はそれしか考えない。しかし、そういう意見が、常日頃から平和を叫ぶ、いわゆる護憲・平和の世論からも出てこない。私は日本という国が実は平和国家などではなかったのではないかと思うのです。
木村:そうだとすれば、理由の第1は、先ほど言った無理解でしょう。2つ目は、日本の平和主義が、自分たちで勝ち取ったものではないということ。平和は米国がつくってくれるもので、それに従うことこそリアリズムだと、自らの思考を放棄しているのです。
天木:日本が戦争国家・米国を補完してきたことは事実です。しかし、台湾有事にまで日本が米国に加担するようでは、日本はお終いです。ウクライナ戦争は、日本人にとって、はっきりいって遠方の国の出来事です。しかし、ツキジデスの罠にはまった米国が、ロシアの次に中国潰しを狙っているのは確実であり、台湾有事は避けて通れないようになってきました。この台湾有事に対する危機感が、日本人は希薄すぎることに警鐘を鳴らしたいのです。
木村:保守論壇を自称する人々は、たしかに台湾有事に言及している。しかし、煽りにすぎず、口から出るのは「防衛費を上げろ」といったことばかりです。そんなものは無駄遣いで、戦争を止めるにはアジア外交を考えるのが当たり前のはずです。
天木:今度の参院選でも野党は軍事力より外交力だと言う。それはいいが、外交力で何を目指すかというところまでは言わない。対米従属の外交では無意味で、中国や南北朝鮮との友好関係を目出す外交でないと平和な日本にならない。しかし今は野党も中国批判で米国と同じようなことを言っている。
木村:この台湾有事とは、どのように起こると考えていますか。米国は、ロシアにしてきたように、台湾独立をめぐって中国への挑発を続けています。バイデン大統領が就任式で台湾の駐米代表を招待したことも、中国に対する当てつけもいいところです。
天木:米国はいまでも「1つの中国」については変わらないと繰り返す一方で、あいまい戦略を、どんどんとあいまいではないようにしています。台湾への軍事支援を公然と行ない、独立をそそのかしている。5月に来日したバイデンは岸田首相との会談で「武力行使」を肯定する発言をしました。
またもや失言だ、いや今度は本気だ、などと独り相撲の議論が繰り返されていますが、そんな発言をすること自体、バイデンは米中関係を損ねているのです。米中は絶対に戦争をしない、必ず関係改善の動きが出てくるという意見がある一方で、これは中国の有識者の考えですが、米国がこのまま中国に圧力をかけ続けるなら、たとえば米国の空母に当てずとも、近くに実弾を落とす、そうして中国の不退転の覚悟を米国に知らしめる、そういう時も来るかもしれない。もはや米中戦争の始まりですが、そこまでしてはじめて米国に中国に対する敵対政策をやめさせることができるというわけです。
他方、米国の国内事情を考えれば、バイデンは11月に中間選挙を控えています。銃規制や中絶をめぐる問題は、民主党と共和党の対立をさらに際立たせました。バイデン大統領は銃規制法の成立を画期的だと歓迎した一方で、最高裁が中絶法を違憲としたことを遺憾だとし、逆にトランプ前大統領は、これは自分が任命した保守的裁判官のおかげだと歓迎しました。分断された米国で、中間選挙に向けたバイデンとトランプの熾烈な戦いに台湾有事も利用されていくことでしょう。
木村:とくに銃規制は、米国の内実がよく表れた問題だと思っています。さんざん子どもたちが殺されても進展しないのは、依然として米国社会は、銃を持たないと安心できない、相互信頼関係を築けないものだということです。それが、国際政治にも表れている。冷戦終了で軍事予算が30兆円に削減されても、すぐに70兆円に倍増した。国民がそれを受け入れています。
天木:まさにアメリカの業病です。銃規制も、仮に法的に規制ができたとしても、実行されないでしょうね。規制反対派が銃でもって内戦を起こすかもしれない。法の支配を誇る米国が法やルールの棄損を放置する、それが現実の米国です。
木村:国際基準からみれば、米国こそ異常な国家なのです。それが「民主主義の価値観の共有」を語るということ自体が本来、驚くべきこと。バイデンが6月に主催した米州首脳会議に、キューバやニカラグア、ベネズエラを「民主主義の欠如」を理由に参加させず、それに怒ったメキシコなど8カ国がボイコットした。もはや米国の民主主義とは分断・対立のネタに成り下がっています。しかし、日本人は、序列において米国に次ぐ存在だといった“名誉白人”意識がある。“アジア蔑視”が米国に利用されているのです。
天木:日本は開国以来、欧米重視の政策が国是となってきましたが、間違いなく過去の指導者や国士のなかには、アジアが結束し、欧米の植民地主義に対抗しようと唱える者もいた。ただし、彼らのアジア主義は、日本がアジアの上に立つものでしかなかった。これはアジアに対する裏切りというべきで、それに異を唱えたのが鈴木天眼です。大アジア主義の演説を行なって最後は頭山満などを批判した孫文も、鈴木天眼だけは死の直前まで評価しました。
木村:私は、結局のところ、欧米のキリスト教的な個人主義価値観は、アジア的なものと相いれないと思うのです。今あらためてアジアの共生調和主義的な価値観を提示することによって、欧米との違いを出していくことが重要になっていくのだと考えています。
株式会社鹿砦社が発行する月刊誌で2005年4月創刊。「死滅したジャーナリズムを越えて、の旗を掲げ愚直に巨悪とタブーに挑む」を標榜する。