【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ウクライナ戦争の戦況情報

安斎育郎

ロシア軍は2022年5月20日、ウクライナ南東部の港湾都市マリウポリでウクライナの部隊が立てこもっていたアゾフスターリ製鉄所で、全面勝利を宣言しました。ロシア国防省は、製鉄所に最後まで残っていたウクライナ兵531人が投降したため、マリウポリと製鉄所は「完全に解放」されたとの声明を出し、「武装勢力が隠れていた製鉄所の地下施設を、ロシア軍が完全制圧した」と述べました。

ロシア当局によると、20日までに製鉄所から投降したウクライナの戦闘員は計2439人に上るということです。一方、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はこれに先立って、同日、「彼らは今晩、施設を出て自分の命を救ってもよいと、軍司令部から明確な合図を受け取った」と、テレビ演説しました。自分の命運を軍司令部に握られている戦闘員は、戦争の非人間性を象徴しています。

4月下旬の時点で、ウクライナ軍の死者について、ウクライナ側は2500人から3000人としている一方、ロシア国防省は外国人の 傭兵を 含めて2万3000人以上に上ると発表しています 。 ロシア軍の死者については、ロシア側は、3月の時点で1351人としています が、ウクライナ側は2万1200人に上るとしています。

太平洋戦争の時の大本営発表もそうでしたが、戦争での死亡統計・被害統計は、自国の被害を過小に、敵国の被害を過大に発表する傾向がありますから、こうした数字を鵜呑みにすることは出来ません。いずれにしても、命が数で無機的に表現される事態は悲しいものです。

・孫崎亨さんの著書届く

元外務省国際情報局長、ウズベキスタン大使、イラン大使、防衛大学校教授などを歴任。

本書の「おわりに」には、次のようにあります。

「侵略されたウクライナが譲歩するなんてとんでもない」という考えがあります。(中略)ウクライナ政府にとって、一方で、侵略されたことに対する怒りをのみこみ、ロシアのいい分─それ自体非合理な所はないのですが─①NATOはウクライナに拡大しない、②東部住民の『自治権』を保証する、ということを受け入れるという選択があります。その際には和平が成立し、海外に逃亡している何百万人の人々が帰還し、平生の生活を享受出来ます。さらに戦争継続による民間人の巻き添えの死亡もなくなります。ウクライナにとどまった人も平生お生活を営めます」。

私と共通する考え方があることを見て取ったかもがわ出版の三井隆典さんが、帯の推薦文を書くことを要請して来られたので、上の表紙のようになった次第です。

・なぜロシアは2月24日に「特別軍事作戦」を始めたのか?

どうもこのことがしっくり理解でき切れないでいたのですが、もしも次に紹介する元ウクライナ首相ミコラ・アザロフ氏の告発が事実ならば、「ああ、そうだったのか!」と腑に落ちます。

ミコラ・アザロフ・ ウクライナ第14代首相( 2010年~14年) は、22年3月、facebookで「2021年12月からNATOはウクライナへの核武装部隊の派遣計画を始めた。その上で、ウクライナ軍はアメリカと連携し、 2月25日にはロシア系住民の多いドンバス地域への攻撃を開始する手はずを整えていた」 という衝撃的な告発を行ないました。

ミコラ・アザロフ元ウクライナ首相

 

アザロフ氏は2004年末と2005年初頭の2回にわたって首相代理を務めて いましたが、2010年の大統領選挙でヴィクトル・ヤヌコーヴィチが 選出された ことに伴い、 同氏 の後任として地域党党首となり、 2010年3月に首相に任命され ました 。大統領ともども「親ロシア派」の政治家ですが、 2010年3月11日付のイギリスのガーディアン紙では、彼を「 新政権の中で最もロシア好きな人物 」と評しています。

したがって、ロシアに不都合な点は言及しないといった偏りがあるかもしれませんが、いかにも首相経験者でなければ知り得ないのではないかと思われる内容が含まれており、国際社会でも注目を集めています。

彼の主張は、おおむね以下の通りです。

●NATO軍は、ウクライナに核兵器を配備する予定だった。2022年度内に完了させる予定だった。

●ウクライナはNATOに入ってもいないのに、秘密裏に核兵器を配備し、ロシアを核攻撃する計画があった。ロシアはこれを2021年12月に知った。

●ウクライナ軍は2月25日からウクライナ東部地域のロシア系住民を皆殺しにする計画を進める予定だった。(プーチン大統領が、ロシア軍をウクライナに突入させたのは、2月24日)。プーチンはウクライナ東部の人たち、数十万人を救った。

●2013年当時のウクライナ政権は、米国に対し、 アメリカが管理・運営する ウクライナ 国内 の生物兵器研究所を閉鎖するよう通告した。 アメリカは、2014年、オバマ政権主導でウクライ ナ政府のクーデターによる転覆を実行し、成功させた。

●アメリカ政府に乗っ取られたウクライナ親米政権は、この8年間何をやってきたのか。正規の軍隊でもない「ネオナチ・外人部隊・私兵武装集団」にウクライナ東部への攻撃を命じ、ウクライナ政権中枢に、これらネオナチ軍団を政府高官として採用していった。

●現在のウクライナ大統領は「操り人形」で、自分で物事を決められないだろう。

びっくりする内容です。真偽のほどは今後物的証拠や関係者の証言によって徐々に明らかになるでしょうが、首相の座にあった人物の証言であるだけに、細部では議論があっても大枠ではまんざら虚偽ではないようにも感じられます。

もし事実なら、「ロシアによる侵略戦争」という見方そのものにも影響を与えるでしょう。核兵器の配備が計画され、ドンバス地方のロシア語系住民に対するウクライナ軍による殲滅作戦が2月25日に計画されているとなれば、ロシアとロシア系住民の防衛戦争という意味付けが問題になるでしょう。

今後の推移を見極めたいと思います。

(「2022年5月~6 月ウクライナ戦争論集」から転載)

 

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安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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