【連載】横田一の直撃取材レポート

銃撃事件が参院選に与えた影響、最後まで批判を無視した安倍元首相

横田一

・崩れかけていた「自民圧勝」予測

参院選投開票日の2日前の7月8日、安倍晋三元首相が奈良選挙区自民公認候補の応援演説中、奈良市の元自衛官・山上徹也容疑者の銃撃を受け亡くなった。

山形で遊説中の岸田文雄首相はすぐに官邸に戻って15時前から記者会見。「民主主義の根幹である選挙が行なわれているなかで起きた卑劣な蛮行であり、決して許すことはできない」と述べた。

野党も次々と談話を発表。立憲民主党は「非道な行為は絶対に許さない」と題する声明で「民主主義に対する重大な挑戦」と非難、「言論の自由を守っていく」と決意表明をすると、れいわ新選組も「言論と政治活動を封じるものであり許されない」とコメントして続いた。

メディアも銃撃事件一色となった。事件を戦前の暗殺事件(テロ)と重ね合わせ、「暴力による言論封殺」「民主主義を破壊するもの」と声高に叫び、追悼の翼賛報道を延々と垂れ流した。

これが選挙戦最終盤の空気を一変させ、自民党勝利の一大要因になったのは間違いない。というのも、当初の「自民圧勝確実」の選挙予測は崩れかかっていたのだ。「紙の爆弾」8月号で紹介した通り、ウクライナ情勢と円安加速による物価高騰が岸田政権を直撃、参院選公示直前になって野党がようやく勢いづいていたのである。

しかも、追い上げ傾向は後半に入っても続いていた。参院選全体の勝敗を左右する一人区で、自民優位から与野党伯仲へと転ずる激戦区が増えつつあったのだ。

その一つが福島選挙区で、衆議院福島3区選出の立民・玄葉光一郎元外務大臣はラストサンデーの7月3日、小野寺彰子候補の須賀川市での個人演説会で「(自民党公認・公明推薦の星北斗候補と)当初は12ポイントあった差が縮まり、毎日新聞の調査では1ポイント差になった」と紹介。「去年の総選挙で福島(5小選挙区)は野党3勝で勝ち越している」とも強調し、逆転勝利への手応えを語っていた。実際、翌4日付の毎日新聞は福島選挙区を含めた複数の一人区で「自民優勢から接戦に転じた」と報じたのだ。

猛追の原動力は、小野寺氏がラジオアナウンサー時代に磨いた「話す力」。岸田政権が引き継ぐアベノミクスによって円安・株高で大企業と金持ちが儲かる一方、庶民は物価高に苦しむ実態を「大きな歯車と小さな歯車」に例え、「大きな歯車だけでなく小さな歯車にもオイルを注がないといけない」と訴えた。聞きほれた司会者が涙ぐむほどで、共感が熱伝導のように広がっていた。

しかし銃撃事件で野党追い上げムードは吹き飛んだ。直後から、「バイ・マイ・アベノミクス(アベノミクスは買い)」と海外で訴える安倍元首相の演説映像などを垂れ流す“追悼翼賛報道”が溢れ返った。物価高騰を「岸田インフレ」と命名し、アベノミクス見直しをしない岸田政権を批判していた立憲民主党には大きな痛手で、自民追撃の切り札を無力化された形だった。

Abenomics – Finance/Economy. Folder on desk with label beside diagrams. Business

 

銃撃事件の6日前の7月2日、元TBSキャスター・立民現職の杉尾秀哉参院議員の応援演説で長野入りした泉健太代表も、「岸田インフレ」批判で意気盛んだった。円安誘導で国民が物価高に苦しんでいるのに「円安は日本経済にプラス」と主張する黒田東彦日銀総裁と岸田首相を批判し、「戦う政治家が必要」と締め括った。

マイクを手渡された杉尾氏も「アベノミクス固執の岸田首相も自民党も日銀も、国民の暮らしの方を向いていない。物価高で生活が厳しくなるばかり。政治を変えないといけない」と呼応して訴えたのだ。

・事件直前に安倍元首相を直撃

銃弾に倒れた安倍元首相だが、事件3日前の7月5日にも、物価高に苦しむ国民の怒りに火をつけるかの発言が飛び出していたことは見逃せない。宮城選挙区の自民現職・桜井充参院議員(公明推薦)への応援演説でアベノミクスの利点を次のように強調していた。

「(アベノミクスによる円安誘導で)海外からの観光客は3倍、4倍に増えました。仙台もそうです。いま円安になっている。たしかにいろいろなデメリットもあるが、経済においてメリットに変えていくチャンスでもある」。

「何と言っても観光。必ず再び海外からの観光客が戻ってくる。円安はチャンスなのです。100円が135円になっていれば、(外国人観光客が)日本に35%引きで行けるようになる。(街宣会場の仙台市場外市場の)『杜の市場』にも世界中から観光客が来ることになっていくわけです」。

そもそも行き過ぎた円安こそがアベノミクスの弊害であり、それによって国民が苦しんでいるのに、現状を軽視する自己陶酔型演説というほかない。外国人観光客が35%引きなら国内は35%の輸入物価高になる。円安誘導は観光関連業者にはチャンス到来でも、一般庶民にはピンチ襲来でしかない。姑息な世論誘導術は、首相辞任後も変わりはないとの実感もあった。

そこで演説後、「杜の市場」視察を終えた安倍元首相を直撃、「行き過ぎた円安ではないか。(外国人観光客は35%引きでも)日本人は35%物価高です」と声掛け質問をしたが、安倍元首相から反論を聞くことはできなかった。

納得がいなかったので、次の演説先の福島県田村市での星候補街宣場所へと追いかけ、聴衆との記念撮影をほぼ終えた安倍元首相に向かって大声で再質問をした。

「安倍さん、行き過ぎた円安ではないか。庶民の物価高、無視していいのか。アベノミクス(の円安誘導)で35%物価高になるということでしょう」。

しかし、安倍元首相は無言のまま聴衆とグータッチを続ける。

「アベノミクスの弊害を言わないのか。庶民は物価高で苦しんでいる。通貨を安くして自慢しているのは安倍さんくらいでは。恥ずかしくないのか」とさらに続けたが、やはり安倍元首相は無言のままだった。

自らに都合の悪い事実に目を向けない安倍元首相の傲慢さは首相時代と全く同じ。しかも党内最大派閥代表として、岸田首相に大きな影響力を有していた。アベノミクスが現政権に継承されて「岸田インフレ」を招いたのだ。自民党の党内力学からすれば、物価高騰の諸悪の根源は安倍元首相という関係なのだ。

参院選で「アベノミクスを止めよう」と訴えた立民の安住淳・元財務大臣は、金利の日米比較をしたうえで“安倍忖度岸田政権”をこう批判した。

「『金利を上げてまで、じゃぶじゃぶだった資金を回収しないとインフレは収まらない』という危機感が米国からはにじみ出ています。しかし日本はそのままです。つまり『物価は上がってもいいから金融をじゃぶじゃぶに』ということです。でも岸田さん、本音はもしかしたら私と同じように、そろそろアベノミクスを止めないと、と思っているかもしれない。でも出来ない。今の自民党の力関係だと出来ない。ちょっとでもそれを臭わせたら、安倍さんが潰しにかかってくるでしょう。でも黒田さんと安倍さんは、国民生活よりも物価高ではないか」(6月25日の仙台駅前街宣)。

物価高騰が参院選最大の争点に浮上、「安倍忖度の岸田インフレ」への審判が下されようとした直前、安倍元首相銃撃事件が起きて〝追悼翼賛番組〟が溢れ返り、国民生活に密接な関係のある一大争点がかすんでしまったのだ。

News headline that says “high prices”

 

結果は32ある一人区で自民党は28勝4敗、単独過半数を占める大勝となる一方、立憲民主党は23から6議席減の17議席と惨敗した。

 

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横田一 横田一

1957年山口県生まれ。選挙取材に定評をもつ。著書に『亡国の首相安倍晋三』(七つ森書館)他。最新刊『岸田政権の正体』(緑風出版)。

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