【特集】ウクライナ危機の本質と背景

権力者たちのバトルロイヤル:第39回 ゼレンスキーの「正体」

西本頑司

その一大転換となったのが、2014年のクリミア危機だった。

このとき、ウクライナ人は「国民」として初めてロシアを「敵」として認識する。同化政策によって曖昧だった「ロシア人」と「ウクライナ人」の境界がはっきりとしたのだ。言ってみれば、奪う側がロシア人、奪われる側がウクライナ人である、と。

これまでと同様にその関係を受け入れるのか、それが嫌ならば「脱ロシア」するしかない。ロシアの影響下から完全に抜け出し、一つの民族として「独立」する。そして政治的・軍事的・経済的にロシアの影響から抜け出すには、ウクライナを「EU化」するしかない……。

こうして2014年、クリミア危機のなか、誕生したペトロ・ポロシェンコ政権は、独立以来タブー視してきた「脱ロシア路線」を初めて展開する。

Kyiv, Ukraine – May 30, 2014: Billboard Poroshenko after his election as President of Ukraine in the first round. This poster, he thanked the people for their trust. Poroshenko became 5 president of Ukraine on early elections in May 2014.

 

ゼレンスキーは、このポロシェンコ政権によって生まれたウクライナ国民の民族的アイデンティティの高まりを根こそぎ吸い取ることで大統領となっていくのだ。

・奪われた愛国心

ポロシェンコ政権の“有能”さは、クリミア危機を「ロシアからの独立戦争」に置き換えたところにあった。わかりやすい構図を使い、民族的アイデンティティを確立させる。愛国心を持った国民が増えていけば、ロシアの影響下から離脱する政策も受け入れやすくなる。

ところが、この方針に危機感を持った勢力が国内に存在した。先のオリガルヒである。「国民の僕」で描かれる政治の腐敗は、ある意味、ウクライナ以上に政治的に腐敗するロシアとの経済的な結びつきによって生まれていた。ロシアとのビジネスは、政治を正常化せず、腐敗したままでもできるためだ。逆に賄賂や汚職は不可欠な必要悪だったくらいであろう。

Close-up Of Two Businesspeople Shaking Hand And Taking Bribe Under Wooden Table On Grey Background

 

だが、ロシアと戦争状態となって交易が止まれば、EUに活路を見いだすしかない。となれば当然、市場を独占するオリガルヒの存在は許されなくなる。ザル法となっていた独占禁止法など汚職や政治腐敗に関する法律もEU基準で整備される。

市場も「正しく」開放すればEU企業によってオリガルヒの大半は倒産するか、解体されることになろう。自分に従順なオリガルヒを優遇しているプーチンのほうが「マシ」。そう考えていたとしても不思議はあるまい。

ポロシェンコ政権を苦々しく思っていたのはプーチンも同様だろう。

ポロシェンコ政権はロシアを「敵国」認定し、ウクライナは民族的にも文化的にも「ロシアではない」と打ち出した。これまでEU諸国がウクライナに冷淡だったのは、ロシアとEUを両天秤にかけ、都合のいいほうに付こうとする態度に信用ができなかったためだ。

ここまで明確に脱ロシアを打ち出し、本気でEUを護る「壁」となるなら、NATOの加盟を含めて大幅な軍事支援を受けるだろう。となれば、ポロシェンコ政権が長期化した場合、占領したクリミアまで奪い返される事態も十分にありえてくる。

ポロシェンコは再選させず、「脱ロシア」路線を覆す新政権を誕生させたい。

その両者の思惑が一致したかのように登場したのが、ゼレンスキーなのである。「国民の僕」をオリガルヒのテレビ局が制作していることからも、その関与は間違いあるまい。

このドラマが「巧み」なのは、ポロシェンコ政権によって高められた愛国心と民族意識を刺激しながら奪い取っている点にある。ようするに、次のように強調したのだ。

ウクライナの政治腐敗は、「民族意識の欠落」から起こった。旧来の政治家たちには国家への忠誠心がなく私利私欲にまみれている。いま、私たちはウクライナ国民としての自覚を持った。新たに生まれた愛国心を持った国民は、愛国心のない旧来の政治家ではなく、同じく愛国心に目覚め、過去とは一線を画した「新たな政治指導者」を選ぼう。そうすれば腐敗はなくなり、「正しいウクライナ」になる……と誘導していったわけだ。

その守旧派の代表が、ポロシェンコ政権となっていたのはいうまでもあるまい。「シーズン1」から「3」まで4年かけて展開した「守旧派ポロシェンコ」というプロパガンダドラマに踊らされた国民は、2019年3月31日の大統領選でゼレンスキーをトップに選び、ポロシェンコとの一騎打ちとなった決選投票(4月21日)では73%という大差で圧勝する。

ゼレンスキー政権は、ポロシェンコ前政権が最優先で行なってきた「軍備強化」を即座にやめ、その予算で「国民に仕事を与えたい」と道路や港湾施設などインフラ事業を行なった。当然ながら軍備強化を止めたことでEUはゼレンスキー政権に不信感を抱き、軍事を含めた支援を縮小する。なにより「笑える」のは、オリガルヒは健在なままという点であろう。

そして、整備した道路を走っていたのは、軍事侵攻したロシアの戦車であり、新しくなったインフラはすべてロシア軍によって破壊され、ウクライナの国力はどん底まで落ちている。プーチンの高笑いが聞こえてこよう。

Russian tanks and military machines surrounding and shooting in civilian houses and people in Ukraine. Concept of war, russia invasion, military conflict, bomb shelling, civilian death. 3D render.

 

ゼレンスキーとは何者なのか。世間の評判とは逆に、プーチンを喜ばせるための「道化師」という気がしてならないのである。

(月刊「紙の爆弾」2022年9月号より)

 

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西本頑司 西本頑司

1968年、広島県出身。フリージャーナリスト。

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