NATOとロシアのはざまで引き裂かれるウクライナ―境界線でせめぎ合う大国<国際法の順守、平和・安定・繁栄が基本>―
国際ウクライナはヨーロッパとロシアのはざまにある「非常に大きな小国」です。不思議な言い方ですけれども、ドイツとポーランドを合わせたくらいの、ドイツの2倍の領土があります。ウクライナはすでに主権と領土保全の領有権を持つ国です。現在、ウクライナの首都までロシアの軍隊が迫っており、そうした中で多数の犠牲が出ていることはたいへん遺憾だと思います。
・東西に分断された国家
ウクライナは複雑なことに、歴史的にも民族的にも、西と東に分断されています。それを最初に説明しておきたいと思います。ウクライナは20世紀の初頭までは西側はポーランドやハンガリー、あるいはその前はハプスブルク帝国の中に入っていました。
東側はロシア帝国にあったために、西側と東側で意識がまったく違います。西側はカトリック教徒が多くヨーロッパ意識があり、東部はロシア語をしゃべる人が3割、ロシア人も多くて親ロシア地域であるということです。中南部は多民族の海洋商業地域ということでユダヤ人、ムスリムなど多様な民族が黒海で活躍していました。
1917年から19年のロシア革命以降、ウクライナはソ連の下にあったわけです。91年のウクライナやベラルーシの独立によってソ連は解体します。この点も重要です。
ウクライナはロシアの「やわらかい下腹」とも「ヨーロッパのパンかご」とも言われています。つまりウクライナというのはロシアにとっては安全保障上の死活地域であるということです。さらに南部のクリミア半島の役割はきわめて重大です。ロシアの不凍港は3つしかなく、その中で最も重要な港がクリミア半島の南端です。
ここは黒海を中心にヨーロッパとアフリカとアジアをつなぐボスポラス海峡の領域にあって、ロシアにとっては軍事的な要衝となっています。ウクライナにNATO軍が入ってくれば、ロシアそのものが張り子の虎になってしまう、喉元にナイフを突きつけられたも同然ということを意味しています。だからこそ軍事侵攻したのですが、逆に軍事侵攻したことで、ロシアはすべてを失うことになるかもしれません。
・内戦続くウクライナ
ウクライナの政治的立場も非常に揺れています。政権の交代劇が続いてきました。2004年のオレンジ革命と2014年のマイダン革命は西ウクライナを中心に起こった「ヨーロッパ回帰」の革命です。その途中の2010年の選挙で親ロシア派が返り咲いて、ヤヌコビッチ大統領となり、EUの連合協定を拒否したために、14年のマイダン革命が起こったという経緯もあります。ウクライナ自体が西側と東側のヨーロッパ支持者とロシア支持者に分かれて揺れてきたということも大きな問題です。
2014年のマイダン革命のときに、仕掛けたのは西ウクライナで、EUやNATOも背後からこれを支持した。その直後にロシア軍はクリミアを占拠し、クリミアはロシアに編入されました。
マイダン革命後に選ばれたポロシェンコ大統領は、西ウクライナの兵を集めて東ウクライナを攻撃し、内戦を始めました。そしてその背後に、一方にはアメリカやEU、他方にはロシアがついて国内の若者が短期間で1万4000人が殺されたと言われています。マレーシア航空機撃墜事件があり、民間機も犠牲になりました。結局、どちらかが誤射したのかいまだに明らかになっていません。
重要なのは、ウクライナは豊かな農業国で非常に平和的な民族ですが、現在も過去も歴史的に繰り返し周辺の大国によって引き裂かれた中で、大飢饉により数百万が餓死したり、殺し合いを余儀なくされたりするという、非常に悲惨な状況にあります。
こうした中で2014年からEUの仲介が始まります。西欧の仲介はたいへん成功しました。当時はメルケル独首相がウクライナのポロシェンコ大統領、ロシアのプーチン大統領を積極的に仲介しました。そしてフランスの社会党のオランド大統領が仲介し、ロシアのプーチン大統領とアメリカのオバマ大統領の会談も実現しました。そうした中で2015年2月のミンスク合意が実現されることになります。
ミンスク合意というのはドイツとフランスが仲介し、欧州の安全保障に責任を持つOSCE(欧州安保協力機構)を背景に、東西双方が納得できる方策を見いだし、東部ウクライナの停戦を実現したものです。戦闘の停止、前線からの重火器の撤去、法律に基づいた地方選挙、そして人道援助と社会保障、外国軍と傭兵の撤退など、非常に公正な確認がなされました。
それに従ってロシアが認める地域を西側も一定程度承認し、そしてルガンスク、ドネツクという今回プーチン大統領が独立を承認した地域ですけれども、その東側に緩衝地帯を設けました。それによってとりあえず内戦を収めるという、国連型の和平交渉をしたわけです。しかしその後も内戦は継続していきます。
・NATO加盟掲げるゼレンスキー大統領
ウクライナのゼレンスキー大統領は東西の膠着状態の中、2019年に東部内戦地域を除く9割弱の選挙区で選ばれた人です。憲法にEU、NATO加盟を掲げて欧米に接近し、内戦を継続して国内の親ロシア派オリガルヒ(財閥)を国家反逆罪で次々に逮捕して駆逐していったという問題があります。
今回の悲劇は欧州にメルケルもオランドもいなかったこと、そしてアメリカのバイデン大統領が国内に対しては分裂ではなく統合を掲げたにもかかわらず、国際的には統合ではなく分裂を促したことです。バイデン大統領はいっさいの責任はロシアにあると言いましたけれども、すでに昨年9月の段階でバイデン大統領とゼレンスキー大統領はホワイトハウスで話し合い、ゼレンスキーに全体で25億ドルの軍事援助をし、NATO加盟を後押ししています。
この9月というのはアフガニスタンからアメリカが撤退を決めたときですけれども、アメリカ側もロシアの封じ込めに向けウクライナ支援をこの半年行っていたということです。
そうした中で今年2月、北京オリンピックの最中に、突然アメリカからロシア侵攻報道が繰り返されたわけです。アメリカ国内でもなぜバイデン大統領が繰り返しロシア侵攻を言うのかということで、多くのメディアは驚きました。バイデン大統領はその根拠をアメリカ・インテリジェンスからの通報と言いましたけれども、インテリジェンスというのは正しい情報も間違った情報も流すことによって混乱を生むわけですから、アメリカがインテリジェンスの情報で発信するということ自体が新しいことだったと多くのアメリカのメディアも言っています。
実際には2月16日には何も起こりませんでしたが、ロシアは21日にルガンスク、ドネツクの独立を承認し、24日に東部に侵入しました。その後、各方面からキエフに、そして西ウクライナに侵入し、首都キエフ包囲、西ウクライナの軍事施設も爆撃、南と北の核施設も陥落というような状況になってきています。キエフ侵攻、西ウクライナ侵攻は行うべきでなかった。ウクライナ全土への軍事侵攻は国際的な批判を呼び起こすことになります。
アメリカはさらなる武器供与を決定、そしてドイツもウクライナに地対空ミサイルを提供したということです。西側の武器供与と防衛費拡大でますます本格的な戦争になる可能性が高いが、一方でアメリカもドイツも自らが手を汚さないまま、代理戦争が開始され、犠牲はウクライナ市民に集中しているという状況が始まっています。
博士(国際関係学)、青山学院大学名誉教授、神奈川大学教授、世界国際関係学会アジア太平洋会長、グローバル国際関係研究所 所長、世界国際関係学会 元副会長(2016-17)。