【特集】ウクライナ危機の本質と背景

NATOとロシアのはざまで引き裂かれるウクライナ―境界線でせめぎ合う大国<国際法の順守、平和・安定・繁栄が基本>―

羽場久美子

・NATOは対ロの軍事同盟

では、どうしたらいいのか? まずNATOの問題です。いま始めるべきは停戦交渉です。この間、バイデン大統領とNATOの事務総長もNATO拡大をやめないと言ってきました。NATO拡大を停止するという条件を出さなければロシアはウクライナ侵攻をやめないのではないか。

実際、最近になってゼレンスキー大統領も米欧も、NATOの早期拡大はしないと言い始めています。アメリカの国際政治学者ミアシャイマーは、NATO拡大停止、ウクライナの中立化が最善の解決法だと言っています。現段階では国際社会もウクライナも認めがたいでしょうが、国際政治学的には最も重要な解決法でした。

ソ連が崩壊してワルシャワ条約機構が崩壊したときに、本来はNATOも崩壊する予定だった。しかし、NATOは解体せず、91年のローマ宣言でNATOは役割を変更させて「危機管理の同盟」になって生き延びます。つまり、反ソの軍事同盟だったものが世界の危機管理の同盟、スーパーマンのような役割になって世界中に展開できるようになりました。

その結果、NATOは次々に東欧に拡大していきます。しかし、拡大の経緯の中で、中東欧がロシアの再侵入を恐れ、マイダン革命も起こって、再び危機管理の同盟ではなくてロシアを取り巻く軍事同盟に戻っていった経緯があります。

ですからもしウクライナにNATO軍が展開し、「やわらかい下腹」に地対空ミサイルや核兵器が投入されると、最終的にはロシアの解体になってしまう可能性があります。他方で、ロシア軍がウクライナ全土に展開して、もしウクライナがロシア軍によって解体されるようなことになると、ロシアは国連の安全保障理事会からも追放される可能性が起こります。

つまり、ロシアにとってはウクライナの西側、つまりヨーロッパに展開したことで、いま絶体絶命の状況になってきていると言えると思います。ロシアは西ウクライナに侵攻するべきではありませんでした。敵の手中にむざむざ入っていったことになります。

しかしロシアから見ると、その気持ちもわからないではありません。NATOは冷戦終焉直前までは16カ国でした。ところが冷戦が終焉してから次々と旧社会主義国の東ヨーロッパの国々がNATOに入り、元ソ連のバルト3国もモンテネグロもNATOに加盟した。今回、欧州・アジア・アフリカの3大陸をつなぐ地域に大領土を持つウクライナやジョージアがNATOに入れば、ロシアは解体が目前になってしまいます。

・停戦合意が緊急課題

いま欧米諸国は経済制裁で国際経済からロシアを締め出そうとしています。ロシアの石油、天然ガスのパイプラインを拒否し、国際金融決済のSWIFT(スイフト)からの締め出し、プーチン大統領、ラブロフ外相の個人資産凍結を言っています。が、これはロシア国民を苦しめるだけで、プーチン大統領のウクライナ侵攻を止めることはできないでしょう。

ただ、国際社会にとってはこれ以上の戦争被害を出さないためにも停戦合意が緊急であると言えると思います。ロシアはNATO拡大の挑発にはまり、軍を、ロシアの影響下にないヨーロッパ地域まで侵攻させてしまった。その結果、停戦合意がもたらされても、ロシアが望んだようなNATOの拡大の停止というのはもはや難しいかもしれません。

ロシアは軍事力の強さを見せつけたかったのかもしれませんが、あくまで対話交渉で解決した方が果実は大きかったでしょう。(いま再び、NATO拡大停止、中立化が日程に上っていますが、アメリカが認めない可能性もあります)。

ウクライナ問題はいま見てきましたように、東西の綱引きでした。そしてその東西の外側で、アメリカとロシアがそれぞれ背後から引っ張っているという状況があったわけです。ただ、結果的にはロシア軍が21世紀の平時に他国侵入し、そして首都まで、西ウクライナまで、侵攻して政権を転覆させようとしたことは主権と領土の侵害、そして国際法の蹂躙にあたり、これを国際社会として許すことはできないと思います。

ロシアは渡ってはならない橋を渡ってしまった。軍事力ではなくてあくまで外交交渉によって問題を解決すべきであったと思います。いま求められることは可能な限り早期の停戦合意であり、ロシアは軍事侵攻をやめ、民間人を保護しなければなりません。東ウクライナを押さえるだけで停戦合意を始めていたら、有利に進められたかもしれない停戦合意をロシアは自ら放棄してしまった。

そしてアメリカは武器供与とNATO拡大を非難されないためにもロシアのウクライナ侵攻が必要であったと言えると思います。キエフまで侵攻し首都や西ウクライナを爆撃し、南部の核施設を手中にしたことでロシアは正当性を失ってしまった。戦後のロシアの国際的位置は大きく後退し、プーチン政権は生き延びられない可能性があります。

・平和への日本の役割

日本ですけれども、日本は隣国として、もし可能であれば東アジアの日中韓共同で平和と安定と主権尊重、即時停戦の声明を出すなど積極的に停戦、平和のために動けば、それはとても重要な役割となるのではないかと思います。

今回、国連総会が、ロシアに「軍の即時かつ無条件の撤退」を求めた非難決議は、141カ国という多くの国がウクライナ侵入反対でした。中国・インド・アフリカなど35カ国は棄権。ロシアは国際法規を守り、停戦を受け入れ、すみやかに2014年にメルケル首相やオランド大統領が行ったような西ヨーロッパ、また国連の仲介を受けて、戦争を停止するべきです。

ウクライナというのはまさに西と東のパワーの境界線上にあり、そこでの衝突でした。戦争を一方からだけで語るのは危険です。ロシアの残虐さや問題点を批判しつつ、ロシア側にすべての問題を押しつけるのではなくて、なぜ戦争が起こったのかという背景は考え続けないといけない。

またNATO拡大、アメリカの武器供与や軍事力の拡大も問題であったことは認めないといけないと思います。そして私たちがめざすべきは平和と安定、主権尊重、国際法順守、外交交渉によって、戦争を終わらせるための解決策を提示していく、ということが重要なのではないかと思います。

ウクライナの首都キエフは歴史のあるとても美しい町です(3ページ、筆者の顔写真の背景にある町並み)。ここが今包囲され郊外が爆撃され、全土で900人を超える市民が死に、現在300万人を超える難民が出ています(UNHCR 3/20)。ロシア軍の死者は数千人に上ると言われています。

これを可能な限り早く終結させ、国民の犠牲を減らし、和平を締結すること、日本もその一翼を担うことが、国際社会にとって最も重要なことだと思います。

(情報がますますつかみにくくなっており、ウクライナ支援を掲げて、アメリカやNATOからの武器輸出と地対空ミサイル・対戦車ミサイル、いまや戦闘機のウクライナ配備を正義とする声がますます強まっています。極めて難しいですが、これを止めて早期の戦争終結を訴えていくことが、いま最も重要な課題のように思われます)。

(月刊「日本の進路」第355号(2022年4月号)より転載)

 

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羽場久美子 羽場久美子

博士(国際関係学)、青山学院大学名誉教授、神奈川大学教授、世界国際関係学会アジア太平洋会長、グローバル国際関係研究所 所長、世界国際関係学会 元副会長(2016-17)。

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