第5回 低空で水平に広がる円形原子雲 ―「黒い雨」雨域に放射能が運ばれたメカニズム―(上)
核・原発問題・はじめに
(虚偽の体系と被爆者援護法)
1945年9月10日、トリニティー(世界初の原爆実験)の現場見学会でオッペンハイマー(マンハッタン計画主導者)が言った。
「爆発高度は「地面の放射能汚染により間接的な化学戦争とならないよう、また通常爆発と同じ被害しかでないよう,念入りに計算されています」(プルトニウムファイル、翔泳社2013)。要するに地上600mで爆発させた場合、放射性微粒子は自然風に乗って流されるので、爆心地付近には放射能はなく、風下地帯だけが放射能汚染される、というのだ。
これはいわゆる砂漠モデルと言われ、風下以外の広域では放射能被害が出るはずがないという論理だ。
※砂漠モデル:放射性微粒子が水と合体せずにいると質量がもの凄く軽いので重力で毎秒1mm程度しか落下しない状態となる(ストークスの法則)。1m落下するのに1000秒程度掛かる。その間に毎秒1mの自然風(横風)が吹いているとその微粒子は1m落下する間に1000m風下方向に流される。地上600mで原子爆弾は炸裂し,火球はどんどん上昇するので、微粒子の落下地点は爆心地より風下方向に随分遠くであり、爆心地,風上、横方向には放射能が無いことになる。大瀧雨域・増田雨域の黒い雨の放射能を否定する。
グローブス准将(マンハッタン計画指揮者)により派遣されたマンハッタンのウォーレン医師調査団の一員コリンズはこう語っている「自分たちはグローブス准将の首席補佐官ファーレルから、『原子爆弾の放射能が残っていないと証明するよう』言いつかっていた。
多分調査団は被爆地に行く必要さえ無かった。というのも一行が日本派遣の指令を待っていた頃「スターズアンドストライプ」に我々の調査結果が載ったよ」とコリンズが語ったそうだから(同上)。
放射線被曝被害の隠蔽、特に放射性降下物・内部被曝隠蔽はそのまま日本の「被爆者医療法・被爆者援護法」に持ち込まれ今日にまで至っている。
(放射能が広域に運ばれる必然性の解明が必要である)
現実の健康被害の実態は砂漠モデルを完璧に否定する。
反面、砂漠モデルを否定し半径15km程度まで放射能が運ばれたメカニズムは解明されていない。
何故わずかな大きさしかない火球に閉じ込められた放射性物質が直径30㎞にも及ぶ領域に運ばれたメカニズムは何か?
これを明快に語る科学的認識が存在しなければ、黒い雨領域の放射線被曝の必然性を説くことが出来ない。この解明が著者の課題となった。
(残された証拠が出発点)
戦後70年も経た現在、広域における被爆被害者の放射線被曝の必然性を、何を根拠に科学的に裏付けるか?裏付ける客観的資料が残されているのだろうか?
筆者は,原子雲についての残存する写真、動画等の記録を「客観的事実」として徹底的に分析した。
(現象事実を科学的に説明できれば「理解出来た」ことになる)
確認された事実に付いて科学法則や科学プロセスの考察・検討を行い、その結果合理的に説明できた場合、「理解出来た」とするのが科学的方法だ。
用いた哲学的方法は「自然科学的方法論」あるいは「弁証法的唯物論」である。
(確認した主たる事実)
(1)(低空に広がる水平円形原子雲の存在)水平に広がる円形原子雲が存在する。 広島では全く無視されてきた。長崎では存在が確認はされていたが、大気圏と成層圏の境界の圏界面に展開したと理解されてきた。
(2)(水平原子雲上下で異なる風向き)水平に広がる円形原子雲の下側の風向きと上側の風向きが異なる(広島原子雲)。水平原子雲は高々4km以下に存在し、この境界は逆転層であると判断した。
(3)(中心軸太さの違い)中心軸の太さは円形原子雲の下側で太く,上側で細い(長崎原子雲)。これは上昇するきのこ雲中心軸の外側部分が水平に押し出されることを示唆する。
(4)(衝撃波反射波は広く、原子雲頭部全体に作用する)(動画による確認)衝撃波が地上にぶつかって反射波となりその反射波が原子雲頭部に達する時間は2~3秒である(衝撃波の初速度は約450m/s)。広島原爆爆発直後の原子雲は鉛直方向に真っ直ぐだった。爆発から3秒後にはきのこの傘が横にずれ飛ぶ。長崎の動画では同様な時間帯にきのこの傘下の中心軸が切れる事が確認できる。このことは「原子雲は衝撃波の反射波により構造化された説を否定する(黒い雨に関する専門家会議等の誤り(第2章))。
(主たる科学的考察)
(1)(水平に広がる原子雲の生成原因:浮力で理解出来る)中心軸は半径方向に温度勾配を持つ。逆転層では上方空間の方が気温の高いので、中心軸の外側部分の温度がそれ以下となる場合に、浮力を失い水平方向に押し出され円形原子雲を生じる。中心軸に放射能が充満しているために水平に広がる原子雲は放射能を持つ。従ってこれから降る黒い雨は放射能を有する(下記(3)と関連)。
(2)(浮力が喪失する高度は2つある)原子雲の水平方向展開に関わるクリティカルな界面は、①逆転層と②圏界面(対流圏と成層圏界面)と2つがある。
(3)(放射線の電離が水滴/雨滴を形成する)水分子を包含する気塊が雲を生じる通常の条件は、空気中水分の分圧が飽和水蒸気圧以上になる温度までその気塊の気温が下がることが必要である。これには気塊が上昇することで達せられる。従って雨は厚い雲から降るという通常概念が形成されている。
気塊が放射能を含む場合、放射線は電離を行い、電離は電荷を生み出す。水分子は直線対称に原子が並んでいないが故に、水分子は電気力により電荷に引かれる。いったん電離すれば次から次へと水分子が凝結(凝縮)し,水滴を作り雨滴へと成長する。従ってこの水平に広がる円形原子雲はきのこ雲中心軸から放射能が供給される限り雨を降り続けさせることが出来る。放射能雲では雲が厚くなくとも雨を降らせるのである。
(4)原子雲の成り立ち/構造は熱的起源を持ち、浮力、粘性力が関与する。
(5)水平原子雲の移動しながらの生成・発展・消滅が現実の黒い雨降雨の時間経過および地域依存を概略に於いて説明出来た。
・第1章 水平に広がる円形原子雲の確認
(低空の水平円形原子雲の確認)
図1に米軍機が撮影した広島原爆の原子雲を示す。この原子雲の写真は約1時間後に撮影されたとされる。
図1で、爆心地を赤で示すが、きのこ雲の中心軸は北西方向に9km程(矢ヶ﨑が作図により計算、以下同様)移動している。右手前については手前の自然雲に隠され、あるいは乱されてよく見えないが、左半分および右奥にきのこ雲頭部の陰を映した円形雲が軸中心の同心円状に広がる。
円形雲の半径は15~18km。水平に広がる円形原子雲の下側のきのこ雲中心軸は爆心地から北西に大きく傾いている。しかし,この雲の上側のきのこ雲軸は東側に傾いている。この写真から風向きの異なる空気層境界に水平原子雲が展開する事が分かる。
図2Aにはほぼ40分後の撮影と伝えられる米軍機からの長崎原子雲の写真である。頭部よりずっと下に水平に広がる原子雲が存在し、水平原子雲の下の中心軸は上側の中心軸より随分太い。
図2Bは香焼町から原爆投下後およそ15分で撮影された原子雲であるが、円形に広がる原子雲が明瞭に映されている。
図3には11時40分に描かれた温泉岳測候所からのスケッチである。低空に厚い雲が展開するがその半径は約11kmである。
(原子雲と確認する根拠)
何故低空に広がる円形水平雲を「原子雲」と定義できるのか?きのこ軸を中心とすることと円形対称性であることによる。
その雲の上下で風向きや軸の太さの違いが判明し,構造と生成が科学的に理解できることが第二の根拠である。
1943年出生、長野県松本育ち。祖国復帰運動に感銘を受け「教育研究の基盤整備で協力できるかもしれない」と琉球大学に職を求めた(1974年)。専門は物性物理学。連れ合いの沖本八重美は広島原爆の「胎内被爆者」であり、「一人一人が大切にされる社会」を目指して生涯奮闘したが、「NO MORE被爆者」が原点。沖本の生き様に共鳴し2003年以来「原爆症認定集団訴訟」支援等の放射線被曝分野の調査研究に当る。著書に「放射線被曝の隠蔽と科学」(緑風出版、2021)等。