改めて検証するウクライナ問題の本質:XVIII NATOの秘密作戦Stay-behindの影(その6)(完)
国際「ゼレンスキー大統領は就任演説で(平和のためなら)支持率も人気も、地位も失う覚悟があると言ったが……。いや、命を失うね。ウクライナと革命と戦争で死んだ人々を裏切るなら、ゼレンスキー大統領はフレシャーチクの木にぶら下がるだろうさ」(注1)。
これは、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が就任演説をした2019年5月20日の1週間後に、ウクライナのインターネットサイト「OBOZREVATEL」に掲載された、同国ネオナチ幹部のインタビュー記事の一節だ。
「フレシャーチク」とは、首都キエフの中心部を南北に貫くメインロードのフレシャーチク通りを指し、「革命」だとされている14年2月のクーデターの主戦場となったマイダン広場もこの通り沿いにある。つまりこの発言は、就任したばかりの大統領を、キエフの目抜き通りで「吊るし首にしてやる」と脅したに等しい。
発言の主は、クーデター当時に極右・ネオナチの実力部隊「右派センター」を率いていたドミトリー・ヤロシ氏。ウクライナのこうした勢力のリーダーの中でも、14年11月から19年7月まで国会議員でありながら、ドンバスにおけるロシア系住民との「戦争」では武闘派として名をはせた。
さらに「何千人もの武装した戦闘員や、すぐ過激化する準軍事組織と共に反政府行動を展開し、ミンスク合意の取り消し、ドンバスとクリミアの全面封鎖を要求」(注2)する強硬派でもある。無論、戦前にナチスドイツに協力し、ユダヤ人やポーランド人の大量虐殺に手を染めた「ウクライナ民族主義者組織」(OUN)のステファン・バンデラ氏の崇拝者でもある。
一方、ゼレンスキー氏は19年の大統領選挙で73%もの支持を集め、二期目を狙う現職の右派ペトロ・ポロシェンコ大統領に圧勝したが、ウクライナ東部のドンバスにおけるクーデター後の紛争解決のため、ロシアやドンバス側との交渉を進める「平和路線」を公約に掲げていた。しかし勝因の一つとされたこの「路線」が極右・ネオナチの怒りを買い、当選後に真っ先に脅しを突きつけたのがヤロシだった。
それでもゼレンスキー氏は同年10月25日、自治を求めていたロシア系住民との間で激戦地となっていたルハンスク州ゾロテに赴き、今や伝説となった戦闘中止を求める一喝を、現地の「アゾフ大隊」を始めとする極右・ネオナチを中心とした民兵に浴びせた。
「私はこの国の大統領だ。41歳だ。選挙で負けたんじゃない。ここに『武器を撤去しろ』と言いに来たんだ」――(注3)。
ゼレンスキー氏の「変節」とネオナチ支配
だが、ゼレンスキ氏ーの姿勢もここまでだった。このシーンがYOUTUBEで拡散されると「降伏はしない」という極右・ネオナチの声が一斉にあがり、「アゾフ大隊」の指導者は「ゼレンスキーがこれ以上撤退を迫れば、数千人の戦闘員をゾロテに連れて来る」と宣言した。前述のヤロシ氏の脅しが現実味を増すにつれ、ゼレンスキー氏の「平和路線」は一挙に消えていく。
それどころか、「ゼレンスキー氏は2019年10月にゾロテの町でネオナチの武装勢力の動員を解除する試みに失敗し、翌月にはそこでの戦闘員を職務室に呼び寄せ、記者団に『(ドンバスで戦っている)元軍人たちと会った。(ネオナチの)国民軍団もアゾフも、みんないた』と語った。……彼はネオナチに譲歩しただけでなく、親ロシア派やロシア軍に対する自国の戦争の最前線の役割をネオナチに託していく。……2019年を通じ、ゼレンスキー氏と彼の政権は、ウクライナ全土のウルトラナショナリズムの集団との関係を深めた」(注4)。
同時にこの後退は、現在から振り返ると重要な意味を持つ。つまり「ネオナチらの脅しによって、ウクライナの政治家はもう誰も、国の平和につながるようなまともな政策を実行することができなくなった」(注5)のだ。
実際、もしゼレンスキー氏がネオナチの脅迫に屈せず、ウクライナ東部の2州(ドネツク、ルハンスク)に幅広い自治権を付与するのを定めた15年2月11日締結の協定(ミンスク2)を実行していれば、まず今日の戦争は想像しがたい。だが大統領あるいは政府の意思がどうあれ、治安を揺がす暴力をほのめかして自分たちに従わせることが可能な勢力が存在する限り、大きな制約を受けるようになる。
他方、米国にすれば以前からロシア連邦の解体を展望し、そのためにこそウクライナを「駒」とする戦争政策を計画していた以上、ゼレンスキー氏の公約にあったようなロシア相手の「国の平和」路線など受け入れられるはずはなかった。
そのため、「ウクライナのネオナチは比較的少数だが、彼らは武器を持っており、彼らと彼らの目的に反対する者はだれでも殺す。しかも彼らは国家の重要な地位に就いている」(注6)という、ウクライナをしてネオナチ国家にたらしめている「暴力の聖域化」という特殊な事情は、好都合であったろう。
これまで既述してきたように、14年2月のクーデターにおける銃撃事件の首謀者であり、ネオナチの中心人物アンドレイ・パルビィ氏が一切捜査の埒外に置かれているのは、この「暴力の聖域化」の典型だ。
また、このクーデターに抗議する南部や東部の住民を鎮圧するため、パルビィが軍事と治安、諜報を統括する国家安全保障・国防会議の書記として指揮し、ヤロシ氏が率いていた「右派セクター」のメンバーが実行した、14年5月2日のオデッサの労組会館における反クーデター派48人の焼殺・撲殺事件(注7)も、事件後8年経ちながら捜査されていない。
しかも事件の極度の残忍性にもかかわらず、「欧米の政府に無視され、欧米主流メディアからは『火事で死んだ』などと報じられ、調査した国際機関や人権団体が一つもなかった」(注8)のは、「暴力の聖域化」が外部からメリットを見出されているからだ。
ヤロシ氏にまとわりつく米国の影
実際、ヤロシの足跡をたどると、米国の影が垣間見える。1991年8月のウクライナ独立前からネオナチの活動家だったヤロシ氏は、「右派セクター」の前身である「トライザブ」というネオナチ組織を率いていたが、「第一次チェチェン紛争でチェチェンの分離主義勢力側に立ってロシア軍と戦った」のみならず、14年3月にはチェチェンのイスラム武装勢力に「銃を持ち、(ドンバスでロシア系住民と戦う)ウクライナ人を今こそ支援する時だ」と呼びかけたとして、ロシア連邦捜査委員会から国際指名手配された。(注9)
チェチェンのイスラム武装勢力に対するCIAの支援は良く知られているが、ヤロシ氏のチェチェン紛争の参戦からCIAとのコネクションが形成された模様だ。
「2007年5月8日、ウクライナ西部のテルノピリで、CIAの主導によりドミトリー・ヤロシ氏とチェチェン首長のドッカ・ウマロフ氏の共同議長による、反ロシアの『反帝国主義戦線』が創設された。……国際的な制裁で現地に行けなかったウマロフの声明文が読み上げられた」(注10)。
ウマロフ氏は国際的に未承認のロシア国内「チェチェン・イチケリア共和国」の大統領を自称し、アルカイダとの関係もあったとされるイスラム過激派で、13年3月にロシア連邦保安庁(FSB)によって殺害されている。同「戦線」にはロシア国内の他のイスラム過激派メンバーの他に、ポーランドやリトアニアのネオナチも参加した。
イスラム過激派とネオナチが共闘した多くはないケースだが、その後「反帝国主義戦線」が有名無実化してもドンバスの戦闘現場でこの共闘が再現していく。CIAの資金援助を受けたとされるチェチェンのイスラム武装組織「シェイク・マンスール大隊」が「まずネオナチの『右派セクター』に所属し、……ドンバス、特にマリウポリ地方でネオナチのアゾフ大隊と一緒に活動していた」(注11)事実がある。
おそらくこのような共闘は、ヤロシ氏のような「活動家」レベルの力量を超えている。アルカイダやIS(『イスラム国』)と裏で密接につながっているCIA等の米諜報機関(注12)の支援がなければ、国境を越えた武装闘争のネットワークの形成は不可能だろう。
さらにヤロシ氏は、「NATOのStay-behindネットワークの長年のメンバーである」という指摘があるが(注13)、NATOあるいは米国諜報機関と何らかのコネクションを有していても不思議ではないものの、現在まで一次資料で裏付けられているとは言い難い。
それでも、戦後早くから米国がウクライナの旧ナチスドイツ協力者との間に築いた以下のような不透明で奥深い協力関係を考慮すれば、仮に米国が現在パルビィ氏やヤロシ氏らネオナチと疎遠であるとしたなら、むしろ極めて不自然であるのだ。
「戦後の米国政府とCIAは、ウクライナの戦争犯罪人のステファン・バンデラを支援し、ソ連内のウクライナを不安定化する地下運動を推進した。そのためにCIAは、バンデラ氏の『ウクライナ民族主義者組織』と秘密作戦を計画し、ソ連圏内の心理戦のため『ウクライナ民族主義者組織』の軍事部門である『ウクライナ蜂起軍』を支援した。CIAは冷戦時代にナチスに協力したバンデラ一派との関係について、『冷戦の盟友』として記録に公表している」(注14)。
「戦後、米国政府は驚くほどのナチス協力者を、反共産主義ファシストの国際的ネットワークに目立たぬよう組み込んだ。ジョン・ロフタス氏の推計によれば、1952年までに『ベラルーシやウクライナ、バルト諸国、バルカン諸国から米国が本国に(協力させるため)連行した重要なナチス協力者だけでも、数千とは言わないまでも数百人いた』とされる」(注15)。
1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。