【特集】ウクライナ危機の本質と背景

「汚い爆弾」の本当の恐ろしさ―米軍・NATOのウクライナ戦争介入の兆候―

成澤宗男

ロシアが「核攻撃」を脅したのか

ただ、こうしたウクライナ戦争での「ロシアの核攻撃」の脅威を振りかざすのは、作為的な印象が否めない。こうした言説は、ロシアのウラジミール・プーチン大統領が9月21日に演説したロシア軍の「限定的動員」に関する一節の明らかな曲解に思える。

そこでは「もし我が国の領土保全が脅かされた場合、そしてロシアと国民を守るため、我々は利用可能なすべての兵器システムを必ず使うだろう」(注10)という箇所が、「ロシアの核の脅し」(ボレル)とされている。

だが、これは従来からのロシアの核ドクトリンを繰り返して述べているに過ぎない。海兵隊出身でイラク戦争前に大量破壊兵器捜索の国連主任査察官だった軍事評論家のスコット・リッター氏が断じるように、「(ウクライナでの)戦術核兵器の使用について、プーチン大統領は一切語っていない」のであり、「ロシアがウクライナに対して先制的に核戦争を始めるというリスクもない。リスクがあるとすれば、米国がそのようにすることだ」(注11)という解釈が成り立つ余地がある。

しかも演説のこの箇所の前の部分でプーチン大統領は、「ロシアに対する大量破壊兵器―核兵器―の使用の可能性と容認に関するNATO主要国の一部の高位代表の発言」に警戒を示している。

これは、リッター氏によれば「リズ・トラス氏が英国の首相に就任する前に、英国の核使用を命じる責任を負う用意があるかという質問に、『それは首相の重要な任務だと思うし、その用意はある』と答えたことを引き合いに出した」(注12)のを指すという。つまりロシアへの核の「使用の可能性」に対する対応以上ではなく、一方的にプーチン大統領が「核の脅し」を振りかざしているのではない。

だが、意図的に「ロシアの核の脅し」が強調されると、あたかもロシアがウクライナで戦術核兵器を投入する可能性が高い、という意識を予め定着させる結果になりかねない。

そのためもし欧米側が「ウクライナの戦闘地域で(『汚い爆弾』等の)大量破壊兵器を使用したとロシアを非難する」場面が実際に生じた場合に、その「非難」を疑うことなく一般に受け入れさせ易くする素地が形成されかねない。「国際世論」を動かす欧米主流メディアの圧倒的な影響力を考えれば、なおさらだ。

NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は10月11日、NATO本部での記者会見で「ロシアがウクライナとの戦争に勝利すれば、NATOの敗北となる」とした上で、「同盟としてそのような結果は許されない」(注13)と強調した。

これはロシアにとってはもはや「特別軍事作戦」の対象はウクライナだけではなく、直接介入こそまだないものの、「西側集団の全軍事機構と戦っている」(前出プーチン演説)段階に至っている現状を、改めて知らしめるものであった。

だからこそ30万人とされる「部分的動員」に踏み切ったのであり、そこまで追い込んだNATO側が、一方的に「ロシアの核の脅し」に直面しているかのように振舞う資格があるのかどうか疑わしい。

しかもNATOの「敗北」が許されないのなら、ジョンソン氏が分析するようにウクライナが今後「攻撃を継続する」のは事実上不可能である以上、停戦など度外視して直接介入しかなくなる。

だからこそその口実作りための「偽装作戦」として、ロシア側が懸念する「汚い爆弾」を使っての「挑発行為」が現実味を帯びてくる。そのため現時点で最も懸念すべきは「汚い爆弾」自体より、それを口実としたNATOの直接介入による戦争のエスカレートに他ならず、それは第三次世界大戦の勃発を意味する。そして、すでにその危険な兆候は出ている。

NATOが作成したロシア西部付近の加盟国軍集結状況図

 

米第101空挺団派兵が意味する危険性

米CBSテレビは10月21日に放映したニュース番組で、「NATOの東側陣地を強化するため、第101空挺団の本拠地であるケンタッキー州フォート・キャンベルから、全部で約4700人の兵士が欧州に派遣されている」と報じた。

the American flag attached to the American military uniform.

 

現在部隊がルーマニアで同国軍と共同演習を続けているシーンを放映し、部隊の司令官の「今夜でも戦う準備はできている」とし、「もし戦闘がエスカレートしたり、NATOに対する攻撃があれば、国境を越えてウクライナに入る準備は万端に整っている」との談話を伝えた(注14)。

実際に第101空挺団の欧州配備は6月からルーマニアで始まっているが、この精強で知られる陸軍の部隊は戦闘が続いているウクライナ南東部のロシア軍の戦闘を綿密にモニターし、それをもとにロシア軍の動きをシミュレーションして共同演習を続行している。しかも米軍側は、「これは訓練ではなく戦闘配備だ」(注15)と言明している。

だが、「戦争のエスカレート」があろうともNATOが加盟国ではないウクライナに軍事介入する正当性は乏しい。ロシアの「NATOに対する攻撃」が生じる可能性も、現時点で考えにくい。つまり、ロシアによる「核兵器の使用」と連動したNATOの「物理的な反応」―という予想される展開でのみ、NATOの介入が想定されていると考えられる。

もともと第101空挺団は世界中へ可能な限り短時間で派兵できるのが特徴で、軽装備で機動性を重視する。最初から機甲部隊を始めとするロシア軍に正面から戦闘を挑むには不向きだが、「汚い爆弾」であれ何であれ「ロシアによる核兵器の使用」が公表されたら、即座に航空作戦と同時にウクライナの戦闘現場に投入するのが可能だ。

ポーランド等に駐留している増援中の10万人規模の部隊が同現場に到着するまで、NATOの全面的介入の是非をめぐる議論が拡大しないうちに先手を打つのを使命としていると思われる。だからこそ「汚い爆弾」の本当の危険性は、偽装作戦で全面戦争移行の口実に使われかねないという点なのだ。

一方、ロイター通信は10月24日の配信記事で、ルーマニアのバシレ・ディンク国防相が10月上旬に「ウクライナが戦争を終わらせる唯一のチャンスはロシアと交渉することだ」と発言した後、「(ウクライナ戦争への対応で)大統領と協力することは不可能だ」との理由で17日に辞職したと報じた(注16)。戦場のウクライナ南東部にNATO加盟国として最も短時間で派兵できる距離にあるルーマニアだからこそ、戦争がさらにエスカレーションする切迫した情勢の影響を強く受けているのかも知れない。

今回のロシア側の発表が、「汚い爆弾」をウクライナへの全面介入の口実に使おうとしている意図があるならば、その企みに先手を打つ形で打撃を与えたのかどうかは不明だ。だがそれでも明らかに米国とNATOは、これまでの言明に反して、「ロシアの勝利」を決して許容しない意図とそのための動きを隠そうとしなくなっているのは疑いない。

(注1)October 24, 2022「Kiev Plans to Explode a Low-Yield Nuclear Device」(URL:https://libya360.wordpress.com/2022/10/24/kiev-plans-to-explode-a-low-yield-nuclear-device/).
(注2)October 21,2022「KIEV TO LAUNCH DAM WAR ON DNIEPER RIVER」(URL:https://southfront.org/kiev-to-launch-dam-war/).
(注3)October 26, 2022「Kakhovka Dam Poses Large Perils」(URL:https://www.antiwar.com/blog/2022/10/26/kakhovka-dam-poses-large-perils/).
(注4)October 24, 2022「Kiev plans to explode low-yield nuclear device, blame Moscow — Russian Defense Ministry」(URL:https://tass.com/politics/1526683).
(注5)October 24,2022「What is a ‘Dirty Bomb’ and Why is Russia Warning About It?」(URL: https://sputniknews.com/20221025/what-is-a-dirty-bomb-and-why-is-russia-warning-about-it-1102619770.html).
(注6)(注5)と同。
(注7)October 23,2022「RED LINE, RAT LINE PART DEUX IN UKRAINE–WILL AMERICAN GENERALS PUT A STOP TO MADNESS?」(URL:https://sonar21.com/red-line-rat-line-part-deux-in-ukraine-will-american-generals-put-a-stop-to-madness/).
(注8)October 14,2022「Ukraine war: Russian army will be ‘annihilated’ if it launches a nuclear attack, warns Josep Borrell」(URL:https://www.euronews.com/my-europe/2022/10/13/the-russian-army-will-be-annihilated-if-it-launches-a-nuclear-attack-warns-josep-borrell).
(注9)October 12,2022「Russian nuclear strike would trigger a ‘physical response’ by Nato, says official」(URL:https://www.theguardian.com/world/live/2022/oct/12/russia-ukraine-war-live-russia-sustains-losses-in-southern-ukraine-biden-doesnt-think-putin-will-use-nuclear-weapons).
(注10)September 21, 2022「Address by the President of the Russian Federation」(URL:http://en.kremlin.ru/events/president/news/69390).
(注11)October 19,2022「Nuclear High Noon in Europe」(URL:https://consortiumnews.com/2022/10/19/scott-ritter-nuclear-high-noon-in-europe/).
(注12)(注11)と同。
(注13)October 11,2022「Russia’s victory in conflict in Ukraine would be NATO’s defeat — Stoltenberg」(URL:https://tass.com/world/1521099).
(注14)October 21,2022「The U.S. Army’s 101st Airborne is practicing for war with Russia just miles from Ukraine’s border」(URL:https://www.cbsnews.com/news/ukraine-news-russia-us-army-101st-airborne-nato-war-games-romania/).
(注15)October 24, 2022「101st Airborne Deployed to Ukraine’s Border ‘Ready To Fight Tonight’」(URL: https://scheerpost.com/2022/10/24/101st-airborne-deployed-to-ukraines-border-ready-to-fight-tonight/)
(注16)October 24, 2022「Romanian defense minister resigns, pressured after Ukraine comment」(URL: https://www.reuters.com/world/europe/romanian-defence-minister-resigns-pressured-after-ukraine-comment-2022-10-24/)

 

ISF主催公開シンポジウム(11月25日開催)『ウクライナ危機と世界秩序の転換 ~情報操作と二重基準を越えて』の申し込み

※ウクライナ問題関連の注目サイトのご紹介です。

https://isfweb.org/recommended/page-4879/

※ご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。

https://isfweb.org/2790-2/

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」の動画を作成しました!

1 2
成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ