【特集】ウクライナ危機の本質と背景

スウェーデンの新聞が報じた米国の「ドイツ・EU弱体化のためのウクライナ戦争」謀略……

佐藤雅彦

ロシアによる侵略を見据えてゼレンスキー大統領にウクライナ支援を念押しする米国バイデン大統領
(2021年9月1日、ホワイトハウス大統領執務室にて)

 

スウェーデンのウェブ版日刊新聞『ニーヤ・ダーグブラーデット(Nya Dagbladet)』が9月15日に「衝撃的な文書――米国は如何(いか)にして欧州での戦争とエネルギー危機を画策したか(Shocking document: How the US planned the war and energy crisis in Europe)」と題するスクープ記事を載せた(https://nyadagbladet.se/utrikes/shocking-document-how-the-us-planned-the-war-and-energy-crisis-in-europe)。

この記事は、米国の戦争シンクタンクである《ランド研究所(コーポレイション)》の今年1月25日付けの『極秘・報告書要旨』と題する“秘密文書”を暴露したもので、米国民主党・バイデン政権が秋の中間選挙を乗り切り米国経済を復活させるために、EUとりわけその牽引役のドイツを経済破綻に追い込む策略――すなわちウクライナで対ロシア戦争を起こしてドイツおよびEUをそれに巻き込む計略――を提案している。

念のために記しておくと、この新聞はスウェーデンの“極右系”と目されており、その主張や記事選定の方向性は米国のトランプ前大統領やその支持層と共通するものがある、と指摘されることが多い。

ランド研究所は即座に(その日のうちに)、指摘された「報告書」は偽物だと反論した。まずこのランド研究所の「発表用」反論声明を全文(和訳で)紹介する。

https://www.rand.org/news/press/2022/09/14.html

 

「ドイツを弱体化させる」と論じた偽のランド報告書

広報資料 2022年9月14日・水曜日

「ドイツを弱体化させる」ための米国の奇想天外な陰謀(ビザール・コンスピラシー)を語ったランド研究所の報告書が外部に漏れた、と伝えられているが、これは虚偽捏造(フェイク)です。

ウクライナ戦争に関するランド研究所の本物の調査研究・分析・解説は下記のページ(https://www.rand.org/latest/russia-ukraine.html)で閲覧できます。

この偽文書の出所を推測する際には、プロパガンダのための「嘘の浴びせかけ(firehose of falsehood)」作戦(アプローチ)を紹介した下記の資料(https://www.rand.org/pubs/perspectives/PE198.html)や、偽情報の拡散によって部分的に引き起こされる現象である「真実の崩壊(Truth Decay)」に関するランド研究所の広範な研究(https://www.rand.org/research/projects/truth-decay.html)を調べることをお勧めします。

ランド研究所について

ランド研究所は、世界中のコミュニティをより安全で安心なものにし、より健康でより豊かなものにするために、公共政策の課題に対する解決策を開発する研究機関です。

ランド研究所が主張するように、この報告書は偽文書の可能性もあるので、妄信するのは禁物であるが、しかしランドには“前科”がある。

私は本誌6月号(絶滅戦争の作り方)で、ランド研究所が2019年に『ロシアを“強奪”するには:有利な土俵で競うのだ』Extending Russia:Competing from Advantageous Ground)と題する350頁を超える報告書(→https://www.rand.org/pubs/research_reports/RR3063.html)を出していたことを指摘した(その概要は『ロシアを消耗させて不安定に追い込む:損害犠牲を背負わせる戦略の評価』〔Overextending and Unbalancing Russia:Assessing the Impact of Cost-Imposing Options〕という全編12頁のパンフレットで読むことができる。→ https://www.rand.org/pubs/research_briefs/RB10014.html)。この報告書は、要するに次のような提案をしていた――

ロシアの弱点は経済領域にある。米国との競争において、ロシアの最大の弱点は、経済規模が比較的小さく、エネルギー輸出に大きく依存していることだ。ロシア指導部の最大の不安は、体制の安定性と耐久性に起因する。

ロシアにストレスをかける標的として最も有望なのは、エネルギー生産と国際的圧力の領域である。我が国が自然エネルギーを含むあらゆる形態のエネルギー生産を継続的に拡大し、他国にも同様の生産を奨励することは、ロシアの輸出収入、ひいては国家予算や防衛予算に対する圧力を最大化させる。

この報告書で検討した多くの方策の中で、最もコストやリスクが少ないのはこの方法である。さらにロシアに制裁を科(か)せばその経済的潜在力を制限することができる。但しそのためには、少なくとも、ロシアにとって最大の顧客であり最大の技術・資金源であるEUを巻き込んだ多国間の政略を行なう必要があり、これらの同盟国はこうした政略の遂行上、米国自体よりも大きな意味をもつ。

ロシアをおびき寄せる地政学的策略は非現実的であったり、二次的な結果を招く恐れがある。 多くの地政学的策略は、米国をロシアに近い地域で活動せざるを得ない境遇に追い込み、結果的に米国よりもロシアの方が安価で容易に影響力を行使することができるようになる恐れがある。

政権の安定を損なうイデオロギー的策略は、逆にエスカレートする大きなリスクを伴う。戦力態勢の変更や新戦力の開発など、多くの軍事オプションは米国の抑止力を強化し同盟国を安心させるが、モスクワはほとんどの領域で米国との同等性を求めていないため、ロシアを無理矢理奮闘させて消耗できるような策略はごく一部である》。

ランド研究所の戦略提言は、米国自身が傷つかずに、ロシアを挑発してその国家経済を不安定化して弱らせる、という構想なのであるが、「地政学的策略」の議論のなかで、ロシアと戦わせるための“アメリカにとって最も好都合な手駒(てごま)”はウクライナである、という結論を出していた。今年2月24日以降の展開は、まさにこのランド報告書どおりに進んできたのである。

昨年9月1日にウクライナのゼレンスキー大統領は米国ホワイトハウスを訪れてバイデン大統領と会談したが、その席でバイデン大統領は、ロシア侵略を見据えて米国はウクライナの国家主権と領土を飽(あ)くまでも守る、と念を押した。こうして米国政府の太鼓判を得たゼレンスキー政権は、対ロシア強硬外交を更に進めてロシアを挑発し、案の定、ロシアの軍事侵攻を招いた。

そしてこの「戦争」は今、ヨーロッパにエネルギー危機と経済危機を“招致”し、ドイツの哲学者オスヴァルト・シュペングラーが100年前に著(あらわ)した『西洋の没落』を地で行くような“結果”をもたらしつつある。

ユーゴスラビア紛争(1991~2001年)の一環として展開したボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(92~95年)では米国やNATOが軍事介入して紛争の“火消し”を行なったし、朝鮮戦争(1950~53年)でも“アメリカ「国連」軍”が軍事介入して(これに対抗してソ連軍と中国軍も密(ひそ)かに介入したが)むりやり「休戦」に持ち込んだ。

ユーゴスラビアも朝鮮半島も、今でこそ公然たる軍事衝突はないが、小規模な紛争は続いていて、完全なる「平和」とは言い切れない状況である。……それにしても近年の世界各地の内戦なり「紛争」には国連が平和介入したり第三国(特に米国)が軍事介入して強引に「講和」に持ち込んできたのだが、今回のウクライナ戦争の場合は、米国もEUも「対ロシア戦争をもっとやれ!」とウクライナ政府の背中を押すばかりという、何とも奇妙で残酷な状況が続いている。

以下に、スウェーデンの新聞が暴露した「ランド研究所の極秘報告書」の全訳(和訳)を紹介する。奇妙なことにこの「報告書」自体は、表紙に何についての報告書なのかが記載されていない。

大文字で「報告書要旨(Executive Summary)」と銘打(めいう)ってあるだけだ。ランド研究所が公式発表した反論声明は「『ドイツを弱体化させる』と論じた偽のランド報告書」という標題なので、この「報告書」の正式名称は、実は『ドイツを弱体化させる』なのでは、と勘ぐることも可能である。

仮にこれが“偽書”だとしても(そしてウクライナ戦争が始まった後に捏造されたものだとしても)ここに記されているシナリオを一笑に付すことは出来ない。北半球は冬を迎えようとしている。

EU諸国とりわけドイツが、厳寒の中で(自ら招いた)エネルギー危機と経済危機の惨害に苦しみながら社会不安と荒廃に突入してゆく、という危険性を回避したいなら、この「報告書」に指摘されている“ウクライナ戦争の罠”の危険性を冷静かつ真剣に考えるべきである。

 

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佐藤雅彦 佐藤雅彦

筑波大学で喧嘩を学び、新聞記者や雑誌編集者を経て翻訳・ジャーナリズムに携わる。著書『もうひとつの憲法読本―新たな自由民権のために』等多数。

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