【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第3回 被害女児、事件当日の1日

梶山天

時はながれ、事件発生から8年半にあたる14年6月3日午後5時。今市署3階で阿部暢夫刑事部長らが犯人逮捕の記者会見を開いた。商標法違反容疑で現行犯逮捕していた勝又拓哉被告の犯行が固まったという。この会見を機に報道機関の相次ぐ遺族や小学校、関係者など地元民への取材合戦が過熱した。

犯人逮捕の連絡を受けた被害者女児の両親は報道機関に今の心境を綴った文書を公表した。再録する。

栃木、茨城両県警の捜査本部による吉田有希ちゃん殺害の犯人逮捕の連絡を受けた両親が報道機関に今の心境をつづった文書、2014年6月

 

私たちはこの日が来ることを信じて生きてきました。警察の方から犯人逮捕の連絡をいただき「本当によかった」という気持ちです。 犯人が逮捕されたことは、直ぐに天国の有希に報告しました。これまでの間、有希のことを忘れないで多くの情報をお寄せくださった皆様やご支援くださった皆様、一生けん命に捜査していただけた刑事さんたちに心からお礼を申し上げます。

有希が生きていれば高校1年生になります。犯人は逮捕されましたが、有希の命は戻って来ないと思うと悔しくて悔しくて涙が出てきます。犯人は「ごめんなさい」と言っているようですが、有希の思い出は7歳で止まったままです。何の罪もない有希の命を奪った犯人をどうしても許すことはできません。今は心静かに有希の冥福を祈りながら今後の捜査を見守っていきたいと思っています。 どうか、私たちの心情を察していただき、ご協力をお願いします。

さらに報道機関の皆様方へともう1枚の文書が配布された。今の私たちの心情は、別にお渡ししたコメントの通りです。どうか、私たちの心情をお汲みいただき、私たちへの個別取材や近隣での取材などについてはご遠慮いただきますようお願いいたします。

私は有希ちゃんが行方不明になる直前の学校での有希ちゃんの様子を金田さんに聞いた際に実は顔に変化がなかったか、それとなく質問してみた。金田さんは何も感じなかったし、けがなどもなかったと答えた。その回答が、勝又被告の犯行を否定する大きなきっかけにもなったし、捜査機関の有希ちゃんの頭から見つかった布製の粘着テープのDNA型鑑定の解析データの隠ぺいを見破るきっかけにもなったのだ。有希ちゃんの顔や首筋には刃物ではない傷が多数あった。

筑波大法医学教室の本田克也元教授が有希ちゃんの解剖をした時にはその傷は何でできた傷か分からなかったのだ。もちろん解剖後に栃木県警に提出した解剖書にはただの傷としか記入しなかった。これが後で功を奏することになる。数年後にこの傷が解明されるのだ。しかもその傷は殺害される直前にできた傷だった。被告が犯人なら必ずこの傷のことは供述する。いわば秘密の暴露が勝又被告にはなかったのだ。

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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