【連載】帝国のプロパガンダ装置としての『ニューヨーク・タイムズ』(成澤宗男)

帝国のプロパガンダ装置としての『ニューヨーク・タイムズ』① ―暴露された米国政府との「共生関係」―

成澤宗男

2022年4月11日付の米紙『ニューヨーク・タイムズ』を手にした読者の少なからぬ部分は、そのなかの「ロシアにとってのもう一つの現実に対する中国の共鳴が世界中で強まっている」(”China’s Echoes of Russia’s Alternate Reality Intensify Around the World”)という記事を目にした際に、違和感を覚えたのではないだろうか。そこで使用されている写真が、どう考えても異様だったからだ。

それはツイッターのスクリーンショットを印刷したものだが、そこに写っている男性の画像に、赤線が斜めに引かれている。新聞には顔写真が不可欠だが、意図的に本人を貶めるように処理するような例は、前代未聞ではないか。

『ニューヨーク・タイムズ』2022年4月11日付で「陰謀論」と批判され、赤の斜線を入れられたジャーナリストのベンジャミン・ノートン氏の顔写真。

 

写真の主は、米国の左派ジャーナリストのベンジャミン・ノートン氏。以下は、この記事がノートンを取り上げた理由だ。

「ロシアや中国の国営メディアは、インターネットの有名人や識者、影響力のある人々の意見をますます利用しており、YouTubeでのビデオでも登場させている。そのうちの一人のベンジャミン・ノートン氏が、米国政府が支援するクーデターが2014年に起きて、米国政府高官が現在のウクライナ政府の指導者を据えたと主張している。

彼は最初にこの陰謀論を(ロシアの)RTで主張し、それが後に中国の国営メディアで取り上げられ、(中国の番組の)Frontlineといったアカウントでツイートされた。3月のインタビューで中国の国営放送CCTVは目玉の登場人物として吹聴し、ノートン氏はロシアのウクライナ侵攻で責められるべきはロシアではなく、米国であると主張した」(注1)。

この記事の主眼は、中国が「ウクライナ戦争に関するロシアの見解のみならず、その行為に関する最も露骨なウソも増幅させている」という批判にあり、「ウソ」の「増幅」のために登場しているノートン氏も批判の対象だということなのだろう。だが、明らかに批判されるべきはこの記事自体だ。

紙面の顔写真に赤の斜線を入れる神経

第一に、この種の批判記事であれば通常、本人のコメントが掲載されるのが初歩的なルールだ。だがそれすらなく、しかも異例にも本人を貶めるかのように顔写真を処理している。先進諸国の「主要紙」では、類例のない悪質な行為だろう。

第二に、ノートン氏の指摘を「陰謀論」とレッテル貼りすること自体無理があり、逆に『ニューヨーク・タイムズ』自身が「ウソ」の「増幅」に傾注している実態を示している。これについては、ノートン氏の「『ニューヨーク・タイムズ』のくだらない私への攻撃は、その欺瞞に満ちたプロパガンダの手口を露呈している」(”New York Times’ ridiculous attack on me exposes its deceitful propaganda tactics”)と題した反論を聞こう。

「米国政府が2014年のウクライナクーデターを支援したのは、公式の記録に属する議論の余地がない問題なのだ。当時のヴィクトリア・ヌーランド国務次官補とジェフェリー・パイアット駐ウクライナ大使の電話記録が、決定的な証拠だ。BBCによって公開された盗聴記録では、クーデター後のウクライナ政府の新首相が誰であるかについて話し合っているのが確認できる。

ヌーランド国務次官補が『ヤッツは経済運営の経験も、政府の経験もある奴だ』と、名字を切り縮めることで彼女とこの右派で親欧米派との親密な関係を示しながら、アルセニー・ヤツェニュク氏について言及している。

米国が支援した2月22日のクーデターのわずか数日後、ヤツェニュク氏はヌーランド国務次官補が主張したようにウクライナの首相になった。……2022年4月11日、私を中傷する記事の中で、『ニューヨーク・タイムズ』はこのヌーランド国務次官補の電話を認めようとしなかった。しかし同紙は2014年当時、この電話録音について何度も報道していたのだ」(注2)。

ウクライナのクーデターとヌーランド国務次官補の盗聴記録の関連性は様々な場で語られているが(注3)、少なくともこれを「陰謀論」で片付けるのは『ニューヨーク・タイムズ』自身の報道歴と矛盾している。

「ウォーターゲート事件報道」の神話 

ノートン氏は続ける。

「『ニューヨーク・タイムズ』はベトナムからイラク、リビア、シリアまで、ワシントンの戦争を正当化するために匿名の政府関係者から明らかに誤った主張を広めながら、米国内の反戦の声を攻撃してきた長く不名誉な歴史がある。この新聞は米国政府の情報戦の道具として、またワシントンの手先として、NATOの公式宣伝路線にあえて挑戦する独立系ジャーナリストに対し、新たなマッカーシズムの攻撃を仕掛けている」(注4)。

今まさに私たちは、このノートン氏による批判を真剣に受け止めるべきだ。なぜならば、特に日本において『ニューヨーク・タイムズ』は『ワシントン・ポスト』と並び「ジャーナリズム」を体現しているかのような誤った錯覚が定着しており、マスメディアの外信部にも少なからぬ影響を及ぼしているからに他ならない。

その結果、2014年のウクライナクーデターと米国政府の関係を指摘すれば「陰謀論」扱いにするようなウクライナ戦争の『ニューヨーク・タイムズ』の言説が、現在蔓延するロシア=悪、ウクライナ=善という単純、かつ感情的な二項対立の図式を支えていると見なして間違いない。

そもそも『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』がイラク戦争時にいかにフェイクニュースを乱造し、世論をミスリードしたかを考えるなら、それよりはるかに全人類的な危機のレベルが高いウクライナ戦争に関する米国主流派メディアの報道への警戒心が極端に希薄なのは、驚くべきではないのか。

メディアの中でも大きな影響力を誇る、『ニューヨーク・タイムズ』の米国の本社。「ジャーナリズム」と思われているが、政府の戦争宣伝媒体だ。

 

おそらくその底には、「新聞が真実のために政府と闘った」とされる70年代の「ウォーターゲート事件報道」の神話があるからに違いない。だが現在のウクライナ戦争の本質を見極めるのに必要なのは、驚異的な長さで命脈を保っている「神話」に依るのではなく、実際に「米国政府の情報戦の道具」として機能している事実を理解し、そこから量産されている言説の虚偽を見抜くリテラシーだろう。

オーストラリアの伝説的なジャーナリスト、ドキュメント映画監督で、かつてはMSM(mainstream media)でも仕事をしていたジョン・ピルガー氏は、今回のウクライナ報道について「津波のように押し寄せてきた戦争ヒストリー」と呼び、「その多くは、ほとんどとは言わないまでも、純粋なプロパガンダである」として、無数に量産される報道は「物語」(narrative)に過ぎないと述べている(注5)。

 

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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