対ロ制裁によるロシア経済への影響について〈下〉:不勉強な日本のマスコミに喝
国際軍事動員による経済への打撃
ロシアが抱えているのは、対ロ制裁による経済への直接的影響だけではない。軍事動員による経済への打撃についても考慮しなければならない。動員は、需要の急激な縮小、熟練労働者の不足の急増、国民による銀行からの大規模な現金引き出しなど、経済に明らかな打撃をもたらしているのである。
連邦国家統計局によると、工業生産高は9月の前年同月比3.1%減に対し、10月は同2.6%減となった(2022年1~10月の工業生産高は前年同期比ほぼ同水準[0.1%増])。10月の鉱工業生産は、年初来初めて2019年同月と同じ水準(マイナス0.1%)となったという。
深刻なのは、労働力不足である。「ロシア経済発展省の推計によると、10月だけでロシアの労働力は60万人減少した」とミロフは指摘している。徴兵された人数にしても、30万人ではなく、本当は「10月中旬までに徴兵された男性の数は最低49万2000人」とする報道(https://en.zona.media/article/2022/10/24/marriedanddrafted)まである。
他方で、徴兵忌避のために国外に逃れた人々もいる。後者については、優秀な人材や熟練労働者が多く含まれているとみられている。
11月になって、「ロシアの工業企業の3分の1までが部分的な動員により記録的な労働力不足に直面する可能性があると推定している」との記事がロシアの有力紙「コメルサント」(https://www.kommersant.ru/doc/5654288)に掲載されている。
ガイダール経済政策研究所の世論調査(10月実施)からわかったもので、月末の人員不足の見積もりバランスが「ディープマイナス」(回答バランスでマイナス30%)になっており、約3分の1の産業がこの問題に直面していることになるという。この報告書の著者によると、最も人員が不足しているのは、軽工業(70%減)、機械製造業(35%減)、食品製造業(25%減)であった。
11月28日付の「コメルサント」(https://www.kommersant.ru/doc/5692719)によれば、パンデミック最盛期に人手不足に対応できなかった建設業界は、再び深刻な問題に直面している。この時点で、「業界では必要な労働力がほぼ25%不足している」というのだ。
建設業界が深刻な人手不足に陥ったのは、パンデミックの最中、出稼ぎ労働者が大量に帰国するようになったことがきっかけだった。ウクライナ戦争勃発以降になると、一部の出稼ぎ労働者が中央アジア諸国などからロシアに戻った(内務省によると、4~6月にロシアに到着した移民労働者は312万人で、前年同期より100万人近く増えている)。
戦争勃発後にルーブル高となったことで、出稼ぎ労働者が戻ってきたが、その増加は前年同期のパンデミックによる低水準の反動と考えられる。
部分的動員の開始後になると、労働力不足はより顕著になる。そのため、政府は11月10日付の政令(http://www.consultant.ru/document/cons_doc_LAW_431158/92d969e26a4326c5d02fa79b8f9cf4994ee5633b/)で、ウズベク人をロシアの労働市場に呼び込むための制度変更を決めた。
2021年10月6日付の政府決定である「建設や農業工業複合体の経済活動に従事するロシアの法人で一時的な労働活動を行うためにウズベキスタン共和国の市民を誘致するためのパイロットプロジェクトの実施」に関わる政令を変更し、彼らの入国制限を撤廃したのである。
ロシアの建設部門と農業工業複合体のニーズに合わせてウズベキスタンからの移民労働者の雇用をターゲットに2021年末に開始したパイロットプロジェクトでは、ウズベキスタンからの移民労働者の数は、建設で1万人、農業で1万1000人を超えてはならなかったのだが、この量的制限をなくしたのである。
なお、年間約300万〜450万人のロシア入国者のうち、約180万〜200万人がウズベク人とされており、第2位のキルギス人はユーラシア経済同盟の加盟国であるため、すでに簡易入国・簡易就労の権利を有している。
ここで紹介した先駆的業績からわかるのは、対ロ制裁に加えて、部分的動員の導入がロシア経済に深刻な打撃を与えているということである。だからこそ、ミロフも、「対ロ制裁が『効いていない』『効果が薄い』と述べるのは大きな誤りである」と書いている。
他山の石としてのロシア経済
最後に、戦費捻出に苦しむロシアの姿を日本は他山の石としなければならないという話を書いておきたい。反プーチンのマスメディア、「ノーヴァヤガゼータ・ヨーロッパ」(https://novayagazeta.eu/articles/2022/11/29/u-rossii-dva-soiuznika-armiia-i-defolt)によれば、「2023年も戦闘が続けば、戦争と占領のための総予算は7兆〜8兆ルーブルに達するだろう」と書いている。
これを前記の1ドル=60.65ルーブルで換算すると、1153億~1319億ドルになる。1ドル=140円で計算すると、ざっと16兆~18兆円の規模になる。
まず、部分的動員の導入が財政負担につながっている。プーチン大統領は、動員された下士官は入隊後、毎月19万5000ルーブルの手当を受けると約束した。より上級の徴兵には、さらに22万5000〜24万ルーブルの給与が約束されている。
総額でどれだけ歳出が増加するかは明らかにされていないが、約32万人の徴兵者にかかる月額経費は620億ルーブルにのぼると推定されている。これを年間に換算すると7440億ルーブルになり、「連邦予算の医療や教育への支出の半分に相当する」。
他方で、ロシア政府は負傷者に600万ルーブル、死亡者に1200万ルーブルを支払うと約束している。動員兵の死者や負傷者への補償として、同紙は年間の負担額を1兆4400億ルーブルと推定している。
その結果、合計すると、「楽観的」なシナリオでは、来年の給与・報酬に2兆2000億ルーブル、「悲観的」なシナリオでは3兆2000億ルーブルの追加予算が必要となると記している(下図の2カ所の*部分の合計)。
1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。