【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第4回 犯人には同居人がいる

梶山天

4回目は被害者の解剖医が解剖直後からこれまでの執刀で培った経験値を生かした推理で事件を追いかけ始める。

茨城県つくば市の筑波大学法医学教室の本田克也元教授には、女児の遺体を解剖後、捜査機関から何の音沙汰もなかった。だから、捜査側の動きは皆目見当もつかなかった。ところが、思わぬところから捜査が進展している情報が入り、不安が大きくなっていく。

警察が殺人事件として動き出したのは2005年12月2日だった。通報を受けて出動した茨城県警の実況見分調書によると、女児の遺体は、女児が行方不明になった下校中に同級生と別れた日光市木和田島の三差路付近から約60㌔離れた茨城県常陸大宮三美のヒノキ林にあった。この日午前中にメジロなどを捕りに来た橋本文夫さんら男性3人がこの林にマネキン人形のようなものが横たわっているのが見え、不思議がって近づくと、全裸の女児の遺体だった。警察に届けたのは午後になってからだ。茨城県警の警察官らが現場に臨場した。その日の夕方、連絡を受けた有希ちゃんの母洋子さんが遺体が次女の有希ちゃんであることを夜に確認した。今市事件捜査の始まりである。当時、現職だった本田元教授がこの事件に首を突っ込むきっかけにもなった。

本田元教授はその日を鮮明に覚えている。女児の遺体が見つかったあの日、突然、茨城県警の鑑識課長代理から「先生、明日は土曜日ですから事件の解剖をやっていただきたいのですが」と電話がきた。教授が「栃木で発生した事件なので栃木で解剖はやるのではないでしょうか」と応対すると、課長代理は「それが本庁(警察庁)の指示で、『この事件は栃木・茨城の合同捜査本部でやれ』と言われたので、犯人捜査は栃木で、殺害現場の鑑識活動と司法解剖、遺棄現場近くの聞き込み捜査などは茨城でやることになったのです。鑑識活動は死体も入りますので、解剖は筑波大学でやることになりました」と丁寧な説明を受けたので、元教授は「わかりました」と快諾した。翌日は土曜日だったが、午後から解剖することにした。

女児の行方不明から2日目、茨城県常陸大宮市の山林で遺体が発見されたという報道を聞いて、元教授は驚いたことがある。元教授は、茨城県だけでなく長野県や大阪市、神戸市、東京都などでたくさんの司法解剖に携わってきた。殺人死体遺棄事件というものは、殺害した後、犯人が遺体を捨てる遺棄現場を慎重に選ぶ。このため、時間をかけて場所を探すことが多い。しかし、今回の事件は、遺体が発見された場所が事件発生の下校中に行方不明になった所からは遠い場所であるのに、余りにも早く遺体が捨てられたことになるという。行方不明になった旧今市市から車で2時間から3時間はかかる距離であるから、往復では5時間以上はかかる距離だ。それなのに行方不明になってから遺体発見まで半日以内でしかない。遠くまで遺体を運ぼうとしているのに殺害してからあまりにも早く死体を運んでいる。

ここから言えることは、犯人はいったん、遺体を置いておく場所がなかった。つまり1人暮らしではなく、遺体が見つかっては困る人と同居していたのではないか、ということが考えられるという。

それも遠くにまで運んでいるにしては、完全に人里離れた場所ではなく、中途半端であることも気になった。もう少し行けば海岸に到着するので、海に捨てれば見つからない可能性もある。海岸に打ち上げられない場合には、海で死体が消えてしまった事例が少なくないことを教授は知っていた。犯人はよほどあわてていた、つまり行動の時間が制限されていたのではということがここから推理できると説明する。ということは、事件は遠からず、解決するのでは、という期待も抱かせた。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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