編集後記:見たことがないあとがき
編集局便り先々月までISF独立言論フォーラムのホームページで展開していた今市事件の連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々 」(全51回)をご覧になった読者や、栃木県宇都宮市内であった同事件に関する私の講演を聴いてくださった方々から12年前に出版した自著『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版、2,000円・税別)を読みたいという連絡を相次いでいただいた。
同著は、数千部出版したが、すでに絶版になっている。つい先日会ったテレビ局の人にも「あなたの著書は5800円でした」と聞いて驚くと同時に、倍以上のお金を出してまで読んでいただいたことに頭が下がる思いがした。
2003年の鹿児島県議選で県警が架空の選挙違反事件をでっち上げて多くの人々を逮捕・起訴。判決の1年以上前から捜査のおかしさを報じた調査報道を記録したものだ。現職警察官をから入手した多数の機密の内部文書が添付され、法曹界で話題になったが、「新聞記者は黒子」と思っていた私は、出版依頼を受けた時に実は渋った。執筆をしたのには理由がある。
この「志布志事件」は13人(うち1人が死亡)が起訴され、6人が容疑を認め、裁判は当初、一部分離裁判になり、今にも有罪判決が出そうなピンチになった。そんな状況の中、被告全員を併合審理に尽力したのが途中から弁護団に加わった有留宏泰弁護士だ。この時間稼ぎが被告たちの無罪を証明する私たちの調査報道を間に合わせた。
実はその有留弁護士は、胃がんに侵されていた。自分の子どもたちや事件の被告にされた人たちには病名を伏せて闘っていたのだ。なにより笑顔を忘れなかった。しかし、命は待ってくれなかった。全員無罪の判決を聴くことなく、8カ月前の06年6月に家族や同僚たちに見守られながら静かに息を引き取った。享年47歳。早すぎる死だった。
まだ幼い子どもたちを残して彼はどんなにつらかっただろう。亡くなる1週間前まで、病室でパソコンに向かっていた。2人の子どもたちに父のメッセージを綴っていたのだ。縁があって、その40枚の遺書を奥様のるり子さんから見せてもらった。涙が止まらなかった。
それを読み終えて思った。将来、子どもたちがお父さんの足跡をたどるだろう。無実の人々を救った事実を記録として残しておこうと、そう誓った。
子どもたちが歩む人生。順風満帆にいくとは限らない。苦しいとき、立ち止まったとき、お父さんの言葉を思い出し、また一歩ずつ進んでほしい。そのページは、ここしかない。一番最後を締めくくるあとがきにした。
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独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。