第4回 足利事件④:封印された殺害現場
メディア批評&事件検証ここでISF(独立言論フォーラム)副編集長の梶山天は、当時、子連れの男が渡良瀬川の方に歩いていく目撃者が2人いたことを思い出した。女の子と男が歩いている姿をスケッチしてくれた主婦の一ノ瀬薫さん(仮名・当時33)とゴルフの練習コースで練習をしていた会社役員の石川幸太さん(仮名・当時56)だ。
梶山は地図でその目撃位置を追った。次第に鳥肌が立っていく自分に気づいた。
なかでも石川さんの目撃情報には注目だ。なんと警察犬チルがサッカー場前の外周道路を右へ曲がり児童遊戯場へと向かった。その先はチルが追跡をあきらめた直径約10㍍の砂場だ。
ここに女の子の手を引いて歩く男を見ているではないか。その目撃者2人が指摘した場所こそがチルが鼻で当てた「殺害現場」付近だったのだ。やはり石川さんら2人は犯人を見た可能性が高い。
足利署に設置された捜査本部は、事件の検討会の中で、児童遊戯場の砂場が殺害現場の可能性が高いという捜査方針を打ち出す。遺体が語る傷から殺害現場は遺体が見つかった中州ではなく、犯人が被害者に声を出されるのを警戒したため口をふさいで首を絞めて窒息死させた、その周囲に気づかれる場所というのが砂場だったのだ。
遺体の遺棄現場と砂場を結ぶ証拠は、真実ちゃんの顔の前面に付着した砂で、発見時とりわけ下唇から下顎にかけて多量に認められた。これらの状況から殺害の際に砂場にうつぶせに押し付けたとものと推察される。もう一つ加えれば、砂場に残された運動靴の足跡だ。
これらを線で結べば遺体遺棄現場までの進入路と退路も判明する。殺害後に犯人が砂場から真実ちゃんを抱きかかえて運んだとしたら、チルが追跡できなくなった理由もうなずける。捜査本部は科捜研に、砂場の砂と遺体の顔面に付着していた砂の鑑定を依頼した。しかし、捜査に役に立つ結果は得られなかったらしい。
しかし、真実ちゃんを殺したとして逮捕された菅家さんの自白調書では、全く違った。しかも菅家さんは真実ちゃんと初対面。ロッキー前から自転車に乗せていた。その供述内容を以下に示す。
その日は、真実ちゃん親子が夕方から入ったパチンコ店隣の「ニュー丸の内」で午後7時までパチンコを楽しみました。それから、パチンコ店前の駐輪場に停めていた自転車に乗り、真実ちゃんたちが遊んでいた「ロッキー」の前を通り、両店共用の駐車場にある両替所に行って両替しました。借家に帰ろうと、自転車に乗って駐車場の中ほどまで来た時に、前方に一人でしゃがんで遊んでいる真実ちゃんを見かけました。
「自転車に乗るかい?」。そばに近づき、真実ちゃんに声をかけると、彼女は応じて立ち上がりました。自転車の車体を少し傾けると、真実ちゃんは自分から後部の荷台にまたがりました。渡良瀬川の土手に向かう坂道を二人乗りで登りました。
その土手の上には左に河川敷へと続く下り坂があり、そこを降りきると、渡良瀬運動公園ゲートがある。ゲートを抜け、野球場とサッカー場の間を通り川に向かった。道はT字路に突き当たって、そこに自転車を停めました。ここから、真実ちゃんの手を引いてアシの茂みの中を川の流れの方に歩きました。
少し歩くと、コンクリートで固められた護岸に出る。そこで真実ちゃんにいたずらしたくなり、声を出されないよう前から首を絞めて殺しました。犯行後は遺体を中州のアシの茂みに隠し、自転車に乗って逃げました。途中、スーパーに寄って買い物をし、借家に戻ったのです。
菅家さんがロッキーなどパチンコ店2店共有の駐車場から真実ちゃんを自転車の後部に乗せて、途中まで行ったとする自白調書があり得ないことを警察犬チルが裏付けているのだ。
菅家さんが供述した殺害場所は、コンクリートの護岸の上で、全裸にしてわいせつ行為に及んだ場所などにも全く砂はなかったのだ。菅家さんは、それらの場所のうち、2か所で1回ずつうつ伏せにころがしたとし、それ以外は仰向けにしていたと供述している。
もし砂があれば、背中と両足の裏側には砂が附着しているはずだ。最初から司法警察員面前調書(供述調書)は、警察によってそら恐ろしいほど捏造されていたのだ。
栃木県警によると、真実ちゃんの両親がいうには見ず知らずの人についていくような子供ではないという。菅家さんも初対面でどうやって真実ちゃんを短時間のうちに仲良くなったのか、不思議に思う。
同調書でもう一つ気になるのが、死因は手指による頸部の圧迫となっているが、どれくらいで死に至るものなのか疑問だ。というのも、菅家さんの逮捕3日目の調書では扼頸時間が「20秒」と供述し、さらに17日目には「数十秒」に変えているのだ。首の骨を折っているならともかく、それもないのに秒単位で果たしてそれで死亡するものなのか。
法医学者数人に聞いてみたら少なくとも3分はかかるという返答があった。この供述も警察によって捏造されているとみていい。なぜか今年10月までISFホームページで連載を続けていた「【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)」と同じような調書の作られ方だな、と思っていた。なんと捜査したのは同じ栃木県警だったのだ。頷けた。
17年後に再鑑定によって菅家さんは冤罪だったことが証明されるのだが、最初に警察庁の科警研が導入したDNA型「MCT118」は鑑定不能のしろもので、その鑑定に踊らされた栃木県警は警察犬チルが見つけた殺害現場までいつの間にか葬ってしまったのだ。それは自ら真犯人をも時効成立という形で取り逃がすことになってしまうのである。
名犬チルと、チルを育てた飼い主に合掌。
連載「鑑定漂流-DNA型鑑定独占は冤罪の罠-」(毎週火曜日掲載)
https://isfweb.org/series/【連載】鑑定漂流ーdna型鑑定独占は冤罪の罠ー(/
(梶山天)
〇ISF主催公開シンポジウムのお知らせ(2023年1月28日):(旧)統一教会と日本政治の闇を問う〜自民党は統一教会との関係を断ち切れるのか
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独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。