帝国のプロパガンダ装置としての『ニューヨーク・タイムズ』③―政府・CIAとの馴れ合いがフェイクニュースを生む―
国際暴露された『ニューヨーク・タイムズ』の内情
さらに『ニューヨーク・タイムズ』の政府との関係を暴いた例として、ピューリッツァー賞を受賞した同紙の名物記者ジェイムス・ライゼン氏の手記が挙げられるだろう。
ライゼン氏は2006年1月に刊行した自著『State of War:The Secret History of the CIA and the Bush Administration』でのCIAの対イラン秘密工作について暴露した箇所に関し、米司法省から情報源の提供を求められた。
これを拒否したためライゼン氏はFBI(米連邦捜査局)の監視下に置かれ、「情報源を証言するか監獄に入るか」の壮絶な法廷闘争を強いられた(2015年初めに証言免除が確定)。
ライゼン氏は記者時代の体験記を『The Intercept』で2018年1月3日に発表したが、長文のその記事(注7)は『ニューヨーク・タイムズ』の内情を告発しており、メディア研究上の一級資料でもある。以下、記事中の重要なポイントを箇条書きで示す。
①「CIAのある幹部は、秘密作戦を承認するかどうかの判断基準として、『ニューヨーク・タイムズ』の1面にどう載るか」を挙げていた。
②「『ニューヨーク・タイムズ』を始めとした報道機関は「政府高官」との間で「国家安全保障に関する機密に触れた記事の公表を阻止するため」に、「定期的に水面下で非公式に交渉している」。ライゼン氏は一時期まで「機密に触れた記事」の「政府高官」からの取り下げ要求に応じていたが、途中から従わなくなったため、政府に協力的な社の編集者と衝突するようになった」。
③「(イラク戦争前に)イラクとアルカイダとの関係を主張するブッシュ(子)政権の主張に疑問を投げかける記事を書くと、削除されたり埋もれたり、あるいは完全に紙面から遠ざけられてしまった」。その一方で、「編集者はイラクの大量破壊兵器保有を主張する記事にバナー見出しを付けるだけでなく、(同じ主張をしている『ワイントン・ポスト』など他紙の)記事と一致させるよう要求してきた」。それを拒否すると編集者が「ゴルフクラブを持ってやって来て、怒鳴りつけた」。
④「NSA(国家安全保障局)が裁判所の承認も捜査令状もないまま、何百万人という国民の電話を盗聴し、電子メール記録も収集していた」事実を裏付ける情報を2014年に入手し、記事にしようとしたが、『ニューヨーク・タイムズ』はブッシュ再選に支障が出ないように、政権の幹部と連絡を取りながら1年以上も記事を掲載させなかった。幹部は「ホワイトハウスが国家安全保障を理由に反対すれば、会社は絶対に記事を掲載しない」と断言した。
MSMから「ウソや偽情報、プロパガンダが流される」
結局、NSAの違法盗聴に関する記事は、ブッシュ(子)政権が二期目に入った2005年12月16日付紙面に掲載され、皮肉にもピューリッツァー賞を受賞して『ニューヨーク・タイムズ』には栄誉となったが、ライゼン氏は社の体質に嫌気がさして2017年7月に退職している。
前々回の項で紹介したジャーナリストのベンジャミン・ノートン氏は、このライゼン氏の手記を「米国の諜報機関は報道機関を道具のように操り、米国のソフトパワーを推進し、ワシントンの利益のために、都合の良いタイミングで報道機関に情報をリークして利用する」(注8)という、両者の「共生関係」の例証と見なしている。
以上のような『ニューヨーク・タイムズ』やMSMのプロパガンダ機関としての役割は、今やウクライナ戦争でキューバ危機以来の核戦争の脅威が徐々に高まっているこの時期に、不幸にも最悪レベルを更新し続けている。
この戦争が疑いなく米国の世界一極支配を実現するためのロシアの打倒・解体戦略から派生しているにもかかわらず、『ニューヨーク・タイムズ』はフェイクニュースと共に「プーチンのいわれのない戦争」という用語を乱発してその本質を隠し、ロシアへの憎悪と好戦気運を煽り続けている。
アイゼンハワーは軍産複合体の危険性を警告した1961年1月17日の退任演説で、「警戒心を持ち見識ある市民のみが、巨大な軍産複合体のマシーンを平和的な手段と目的に適合するように強いることができる」と言い残した。だが、当の「警戒心を持ち見識ある市民」の存在は最初からかの国(そして日本を含む先進国全般)に期待できない。
米国連邦議会では2022年12月15日までに、ウクライナへの軍事支援約8億ドルを盛り込んだ総額8,579億ドルの2023年度国防授権法案を可決し、バイデン大統領の署名で成立を待つだけになっている。
ウクライナの生殺与奪権を握っている米国はいささかも停戦や平和的解決の意欲を示さないまま、さらにロシアとの代理戦争のエスカレーションに前のめりになっているが、これに異議を唱えるようなMSMはもとより、「警戒心を持ち見識ある市民」の姿も乏しい。
米空軍退役中佐で、米国の戦争政策に批判的な退役軍人らで組織する「アイゼンハワー・メディア・ネットワーク」のウィリアム・アストア上級研究員は、「政府・軍と共謀した『ニューヨーク・タイムズ』を筆頭とするMSMからウソや偽情報、プロパガンダが流される限り、国民が永久戦争国家(a state of permanent warfare)から脱することはほとんど望み薄だ」(注9)と絶望的観測を隠さない。
それでも今や最も懸念されるのは、「永久戦争国家」それ自体ではなく破局的な核戦争の到来である以上、「絶望」という選択肢は残されていないのは確かだろう。
(この項終わり)
(注1)「In a break with the past, U.S. is using intel to fight an info war with Russia, even when the intel isn’t rock solid」(URL:https://www.nbcnews.com/politics/national-security/us-using-declassified-intel-fight-info-war-russia-even-intel-isnt-rock-rcna23014).
(注2)「Russia Asked China for Military and Economic Aid for Ukraine War, U.S. Officials Say」(URL:https://www.nytimes.com/2022/03/13/us/politics/russia-china-ukraine.html).
(注3)「U.S. intelligence suggests that Putin’s advisers misinformed him on Ukraine」(URL: https://www.nytimes.com/2022/03/30/world/europe/putin-advisers-ukraine.html).
(注4)「Russia Is Buying North Korean Artillery, According to U.S. Intelligence」(URL :https://www.nytimes.com/2022/09/05/us/politics/russia-north-korea-artillery.html).
(注5)September 5 , 2014「THE CIA’S MOP-UP MAN: L.A. TIMES REPORTER CLEARED STORIES WITH AGENCY BEFORE PUBLICATION」(URL:https://theintercept.com/2014/09/04/former-l-times-reporter-cleared-stories-cia-publication/)なおこの記事は、『ロサンゼルス・タイムズ』以外のメディア関係者のCIAとのやり取りは触れていない。
(注6)「Correspondence and collusion between the New York Times and the CIA」(URL :https://www.theguardian.com/commentisfree/2012/aug/29/correspondence-collusion-new-york-times-cia).
(注7)「THE BIGGEST SECRET My Life as a New York Times Reporter in the Shadow of the War on Terror」(URL:https://theintercept.com/2018/01/03/my-life-as-a-new-york-times-reporter-in-the-shadow-of-the-war-on-terror/).
(注8)June 24, 2019「NY Times admits it sends some stories to US government for approval before publication」(URL:https://thegrayzone.com/2019/06/24/new-york-times-media-us-government-approval/).
(注9)December 19,2022「The Mainstream Media and the US Military」(URL:https://original.antiwar.com/william_astore/2022/12/19/the-mainstream-media-and-the-us-military/).
〇ISF主催公開シンポジウムのお知らせ(2023年1月28日):(旧)統一教会と日本政治の闇を問う〜自民党は統一教会との関係を断ち切れるのか
〇ISF主催トーク茶話会(2023年1月29日):菱山南帆子さんを囲んでのトーク茶話会のご案内
※ウクライナ問題関連の注目サイトのご紹介です。
https://isfweb.org/recommended/page-4879/
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1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。