【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ロシアのウクライナ侵攻 -問題の所在と解決の道筋-

浅井基文

ロシアが「国連憲章違反の暴挙」という批判を受けるリスクが明らかなウクライナ侵攻に踏み切ったのは何故か。もともとロシアは、西側優位の国際秩序に固執するアメリカに対抗して、中国とともに、国連・国連憲章を中心とする民主的な国際秩序の構築を主張してきた。ロシアにとって、ウクライナ軍事侵攻は自らの主張とも矛盾する極めてハードルの高い、危険な選択であったことは間違いない。

そのような極めてリスクの高い行動に敢えて踏み切った(というより、踏み切らざるを得なかった)ロシアは、よほど切羽詰まった状況に追い込まれていたと理解するほかない。私としては、ロシアがウクライナ侵攻に踏み切らざるを得なかったのは次のように理解するほかないと考える。

そもそも、アメリカとNATOがウクライナのNATO加盟を認めないことを確約さえしていれば、ロシアの最低限の安全保障は確保されるはずだった。しかし、アメリカとNATOは言を左右にして応じなかった。ロシアとしては、このままずるずると西側に引き延ばされ続ければ、ウクライナのNATO加盟という最悪の結果に直面せざるを得なくなると判断するしかなかった。しかも、アメリカもNATOも、ウクライナがNATOに加盟していない現在の状況のもとでのウクライナへの派兵については否定している。

ロシアとしては、このわずかに残されているタイミングを捉えてウクライナ侵攻を敢行することにより、ウクライナから直接に中立化への約束を強制的に取り付けるしかないと判断したと思われる。

しかし、プーチン自身が強調しているように、ロシア、ウクライナそしてベラルーシはいわば「身内同士」だ。ウクライナに対して力ずくでロシアの要求を呑ませることは禍根を残すだけで、ロシアにとっての安全保障環境改善につながらないことは目に見えている。プーチン・ロシアの真の狙いは、ウクライナ侵攻という思い切った手段に訴えることによって、アメリカ・NATOから「ウクライナのNATO加盟は認めない」という明確な言質を引き出すことにあると思われる。

ただし、アメリカとNATOがそういう言質を与える保障はどこにもない。したがって、ロシアとしてはウクライナとの交渉チャンネルを維持し、最悪でもウクライナから「中立化」確約を取り付けたいと考えているだろう。プーチン・ロシアがチャートのない航路に足を踏み入れたことは間違いなく、結果が吉と出るか凶と出るかは予断を許さない。

なお、ロシアはウクライナに対して、中立化だけではなく、非軍事化、さらにはクリミアの既成事実、ドネツク及びルガンスクの全域支配をも要求しているが、これを額面どおりに受け止める必要はないと思われる。むしろ、「中立化」確約を取り付けるために、最初の「掛け値」を高くしているとみるべきだろう。

説明が長くなった。冒頭に述べたイソップの寓話「北風と太陽」に話を戻そう。北風(西側国際世論)では旅人(ロシア)に外套を脱がせることはできない。太陽(アメリカ・NATOがウクライナのNATO加盟は認めないという確約あるいはウクライナ自身による中立化の確約)のみが旅人(ロシア)の警戒心を解くことができる、ということだ。

最後に、私たちとしては、西側論調に振り回されることなく、ロシアがウクライナ軍事侵攻を余儀なくされた原因をしっかり見て取ることが求められる。プーチン・ロシアの「専制主義」「全体主義」「権威主義」に原因があるのではない。ロシアの安全保障環境を際限なく損なおうとする西側、特にアメリカの「東方拡大」戦略にあることを見極めなければならない。ロシア糾弾に終始するのは本末転倒であり、私たちは何よりもまず、ウクライナをNATOに加盟させてロシアの息の根を止めようとするアメリカの戦略的貪欲さを徹底的に批判することが求められている。

※ 本稿は、浅井基文氏のコラム「21世紀の国際社会と日本」(2022年3月6日)https://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2022/1440.htmlからの転載です。

 

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浅井基文 浅井基文

1941年7月 愛知県生まれ、1963年3月 東京大学法学部中退、1963年4月 外務省入省 国内勤務:アジア局、条約局など、国際協定課長(78年~80年)、中国課長(83年~85年)、地域政策課長(85年~86年) 外国勤務:オーストラリア(71年~73年)、ソ連(73年~75年)、中国(80年~83年)、イギリス(86年~87年) 1988年4月 文部省出向(東京大学教養学部教授)、1990年3月 外務省辞職、1990年4月 日本大学法学部教授、1992年4月 明治学院大学国際学部教授、2005年4月 広島市立大学広島平和研究所所長(2011年3月31日退職)、2015年4月 大阪経法大学客員教授

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