第5回 山上徹也氏裁判で統一協会と一体の自民党の半世紀が裁かれるー報道界は精神医学を政治利用した170日の鑑定留置の検証をー
メディア批評&事件検証・山上氏裁判で自民党が被告席に
2022年7月8日、安倍晋三衆院議員(元首相、清和研究会会長)を手製銃で暗殺し逮捕・送検された山上徹也氏(22年7月25日から大阪拘置所で鑑定留置中)の鑑定留置が23年1月10日に終了し、奈良地検は勾留期限の同月13日までに殺人、銃刀法違反などの罪で公訴を提起するとみられる。
キシャクラブ(日本にしかない「記者クラブ」は海外にあるpress clubと混同されないようkisha clubまたはkisha kurabuと英訳される)メディアは、山上氏が鑑定前に拘束されていた奈良県警奈良西署の勾留施設(代用監獄)に移送されたと報じたが、既に送検され、13日に起訴する方針を決めているのだから、そのまま大阪拘置所で勾留すればいい。警察の留置場を法務省管轄の拘置所として使う代用監獄制度があるのは日本だけだ。
同年1月8日は事件発生から半年の節目だった。山上氏が起訴されれば、裁判員裁判での審理は夏ごろに始まるとみられるが、山上氏の裁判では、政権党の自民党・安倍三代と「世界平和統一家庭連合」(以下・統一協会)との半世紀にわたる深い関係も同時に裁かれる。私は統一協会の同連合への名称変更を認めないので「統一協会」と表記する。
人権と民主主義を否定する反共右翼で“不安産業”(中村敦夫氏)の統一協会=国際勝共連合を選挙・憲法改定運動の実行部隊として使ってきた自民党は党綱領に違反しており、政治資金規正法で規定された政党としての要件を充たしていない。山上氏裁判で、なぜ安倍氏を狙うに至ったかが解明され、岸田文雄政権が調査を拒んだ安倍氏三代の統一協会との関係が明るみに出るのは必至だ。
・山上氏に関する起訴前報道の検証を
山上氏が刑事被告人になるこの機会に、安倍氏銃殺事件の起訴前報道を検証したい。キシャクラブメディアの山上氏に関する取材・報道は「犯罪報道の犯罪」の古典的パターンの連続だった。
一方で、キシャクラブに属していないフリー・ジャーナリストの鈴木エイト氏や雑誌・ネット媒体が独自の調査報道を展開し、民放の一部番組が自民党政治家の統一協会とのズブズブの関係を明らかにする動きもあった。
鈴木エイト氏
まず、キシャクラブメディアに所属する報道各社は、山上氏の逮捕直後に統一協会への恨みから安倍氏を撃ち殺したと団体の実名をあげて供述していたのに、奈良県警が22年7月8日午後9時半から奈良県警記者クラブで開いた会見で「特定の団体」への恨みと公表したため、約4日間、揃って、団体名を伏せた問題がある。
記者会見には奈良県警の中西和弘刑事部長、谷源(はじむ)警備部参事官、山村和久捜査1課長の3人が出席した。「被疑者の逮捕時の弁録(逮捕直後の言い分を記す弁解録取)は入っているか」という記者の質問に、山村捜査一課長は「被疑者山上につきましては逮捕後の取り調べ時、『特定の団体に恨みがあり、安倍元首相がこれと繋がりがあると思い込んで犯行に及んだ』旨本人が供述しているが、以下詳細については差し控えさせていただく」と答えた。
弁解録取書が作成されたのは、同日正午過ぎとされる。山村氏は「特定の団体とは」という質問には「答えを差し控える」とした。
https://www.asahi.com/articles/ASQ786SN4Q78UTIL04V.html?iref=pc_rellink_01
毎日放送(MBS)は奈良県警が会見で話した被疑者の供述や事件の概要、記者との質疑応答をまとめている。
https://www.mbs.jp/news/feature/kansai/article/2022/07/089873.shtml
<ただ、奈良県警が当日夜に行った会見では「旧統一教会」の名称は伏せられた。報道陣に対して公表された動機は「特定の団体」への恨みだった>。
山上氏が捜査官に対し、統一協会の名前を出していたのに関わらず、県警が記者会見において仮名で発表したというのだ。
事件の直後から、雑誌やネット媒体では「特定の団体」が統一協会と報じていた。朝日新聞は事件の翌日、山上氏の伯父の山上東一郎氏(元大阪弁護士会所属の弁護士)の取材をし、10日の社会面で<「ずっと恨んでいたはず」 容疑者親族証言 母入信の宗教団体を>(武田肇、甲斐江里子両記者の署名)と3段記事で報じたが、伯父を「大阪府内に住む70歳男性」とした。
また、<捜査関係者によると、山上容疑者はこの宗教団体の名を挙げ、「恨む気持ちがあった」と説明。その上で、「安倍元首相が(その団体と)近いので狙った」という趣旨の供述をしているという>と書きながら、統一協会は「宗教団体」と仮名だった。
報道各社が統一協会と実名を出したのは、参院選の投開票が終わり、統一協会の田中富広会長が7月11日に記者会見し、山上氏の母親が信者だと公表した後だった。奈良県警は警察庁(中村格長官=当時、伊藤詩織氏告訴事件で山口敬之氏の逮捕を妨害)の公安・警備幹部の指示で、参院選への影響を考慮しての情報操作だった。
次に、山上氏が県警の取り調べで、安倍氏と統一協会に関係があると「思い込んだ」という捏造報道の問題があった。1月8日の朝日新聞によると、奈良県警は山上氏が逮捕のわずか30分後に、「安倍元首相ではなく、統一教会のトップ、韓鶴子(ハン・ハクチャ)総裁を撃ちたかった。でも、コロナで日本に来ないので、統一教会と深い関わりのある安倍元首相を撃ちました」と供述したという。
同記事によると、さらにその日の夕方までの取り調べで、山上氏は「もともと統一教会を日本に引き込んだのは、岸信介元首相だ。ただ、すでに死んでいるので、その孫の安倍元首相を狙った」と供述。統一協会系団体のイベントに安倍氏がビデオメッセージを送ったことも知っていたという。
ところが、主要メディアは「団体トップを狙おうとしたが難しく、安倍氏が(その団体と)つながりがあると思い込んで狙った」(昨年7月9日の朝日新聞)、「母親が団体にのめり込んで破産した。安倍氏が団体を国内で広めたと思い込んで恨んでいた」(同日の毎日新聞)と供述したと報じた。
22年12月28日の「NHKニュースおはよう日本」は「激動の一年・有識者が示す羅針盤は」の中で、山上氏の映像を流し、「母親の寄付で家庭が崩壊した容疑者は安倍氏が旧統一教会と近しい関係にあると思ったと供述している」と説明。NHKラジオも同日夕の一年を振り返る番組でも「山上容疑者は、安倍氏が旧統一教会と深い関係があると思い込んでいた」と伝えた。
いまだに奈良県警が記者たちにリークした「思い込んだ」というウソの供述情報を垂れ流している。
23年1月8日の朝日新聞の記事は、<「思い込んで」とは、山上氏がそう誤解したように受け取られる表現だ。ただ、山上容疑者は「思い込んで」とは供述していなかった>と言い切っている。
さらに、報道各社は事件があった22年7月8日夕、「動機について、安倍元首相の政治信条に対する恨みではないと話している」とした報道も捏造だったことがある。
https://www.asahi.com/articles/ASQ786SN4Q78UTIL04V.html?iref=pc_rellink_01
1月8日の朝日新聞の記事は、県警本部県民サービス課広報官は7日午後3時すぎ、捜査1課が入る部屋の前に集まる県警クラブの記者に、「容疑者の供述で一つ伝えられることがある」と切り出し、「動機について、安倍元首相の政治信条に対する恨みではないと話している」と情報提供したという。
記事は<この段階で、山上容疑者は「政治信条」という言葉は使っていなかった>と断じて、奈良県警幹部の一人が、2日後に迫った参院選への配慮と安倍氏と政治信条が近い議員に近い議員に動揺が広がらないようにするための広報だったと述べたと書いている。
山上氏逮捕の3時間半後に、山上氏の「供述」には全くないのに、安倍氏の「政治信条」は無関係と記者クラブの社員記者に広報したのだ。朝日新聞は平然と、「供述にはなかった」と書いているが、これは記者クラブ全体で、事実を隠蔽しての広報に抗議すべきではないか。捜査当局によるマインドコントロールに怒りを見せないとジャーナリズムとは言えない。
朝日記事は、山上氏の統一協会を恨む原因に関する供述は「一貫し、ぶれることがなかった」と書いている。県警(背後に警察庁・警視庁公安幹部)の巧妙な情報操作に振り回されたキシャクラブメディアは猛省すべきだ。
・奈良県警はキシャクラブだけに広報し情報操作
奈良県警は警察庁のトップの指示を受けて、県警記者クラブに公式・非公式ルートで情報操作をした。私は奈良県情報開示条例に基づき、県警が22年7月8日から15日までに記者クラブに提供した広報文の複写を9月までに17枚入手した。
開示された文書によると、広報文は➀被疑者の逮捕②被害者の死亡③解剖結果(死因)と県警の記者会見(八日・刑事部長ら、九日・県警本部長)の連絡文などだった。複写は黒塗りだらけだった。県警は黒塗りの理由を、名誉・プライバシーの保護だとしているが、それなら、人権侵害の情報を企業メディアに提供するのは違法、不当ではないか。
奈良県警は、山上氏の「供述」に関して、22年7月8日の会見での説明以外、一度も正式には広報していない。奈良弁護士会(馬場智巌会長)は同年8月9日、被疑者の供述が「大量かつ即時」に報道されているとし「刑事手続きの根幹に触れる問題を含んでいる」などとした会長声明を発表した。
山上氏は現行犯逮捕された後、奈良県警奈良西署で留置され、身柄送検後も同署の代用監獄で勾留(勾留期限は7月29日)されていたが、奈良地検が責任能力を調べるとして4カ月間の鑑定留置を申請し、奈良簡裁が同年7月25日から11月29日までの鑑定を認めた。山上氏は医療部門のある大阪拘置所に移送され、奈良県警からの「供述」情報は消えた。
1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。