【特集】ウクライナ危機の本質と背景

NATOの拡大が、ウクライナの危機を招いた

ジョゼ・ニノ(José Niño)

・状況を悪化させた2014年のクーデター

この首脳会議に出席したプーチンは再び怒りを表明し、ジョージアとウクライナの加盟はロシアの安全保障を脅かすと批判した。プーチンが、この二ヶ国の加盟はないというNATOの明白な確約を望んだのは当然だっただろう。だが、ロシアと欧米の関係はさらに悪化し続けていく。

ウクライナのヴィクトル・ヤヌコーヴィチは10年に大統領に就任してから、西側とロシア双方に配慮する国際面での多角的外交アプローチを開始した。それが変化したのは13年の末に、ロシアが150億ドルのウクライナ国債買取を通じた資金供与と安価なガス提供を申し入れたため、ロシアに傾き始めてからだ。

さらにヤヌコーヴィチは、欧州連合(EU)統合の前提となる連合協定締結を断念したが、それが親西側の勢力を怒らせて「ユーロマイデン」危機へと発展するキエフでの抗議行動を生んだのは記憶に新しい。14年初め、危機は統制が聞かなくなるまでに悪化し、治安部隊は抗議行動を鎮圧しようとして2月には内戦状態になった。同月、政府がもはや秩序を維持できなくなったため、ヤヌコーヴィチは辞職してロシアに亡命し、クーデターが成功した。

ウクライナで起きたこの出来事は、ロシア側の意表を突いたものであったのは疑いない。ロシアはクリミアを併合したが、世界の大多数の国はこれを認めなかった。クーデター政権によって東ウクライナのロシア系住民が弾圧されると恐れた住民が、ウクライナから分離を宣言して樹立したドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国も、同様であった。

・欧米の外交に欠けた「自制心」

ウクライナ政府は、この分離・独立の動きを放置せず、再統合を試みた。そしてウクライナ軍は14年5月から最近まで、この二つの共和国のロシア系住民に対し砲撃を続けてきた。ロシアは、ウクライナが東ウクライナの紛争を解決しようとした15年の「ミンスク2」を履行しようとしないばかりか、より反ロシアの姿勢を鮮明にしたウクライナのNATO加盟を認めるなという要求も欧米から拒否され、外交的手段が尽きた末に、ウクライナに侵攻する結果になったのではないのか。

以降、欧米はロシアに厳しい経済制裁を科して、経済的に孤立させようとしている。しかしながらブラジルや中国、インド、メキシコといった国々はロシアに抑制した対応をしており、経済関係を維持する姿勢を崩してはいない。ロシアは完全に孤立していないが、世界の危機はより拡大している。この戦争は、ただごとではなくなる可能性がある。米国はこのままだと核弾頭を6000発保有しているロシアとの間で、核の応酬をやりかねないからだ。まさに、恐るべきシナリオだ。

過去30年間の欧米の外交政策の決定過程は、動かしがたいある事実を教えている。NATOの東方拡大が示すように、彼らの辞書には「自制心」という文字が存在しないということだ。世界が調和を目指すようになるために、欧米は自らの外交政策の暴走が、世界の舞台で巨大な不安定を生み出しているという事実を認める必要がある。

のみならず、欧米の指導者たちはいかにNATOの拡大が好ましい事例よりもはるかに多くの害をもたらし、悲劇的な結果に至る安全保障上の窮地を生んだ現実を認めねばならない。国際的な安定が実現するためには、まず欧米が自分たちの外交を検証し、謙遜を心がけることが求められている。

我々はもはや、一極が支配する時代には生きていない。欧米の指導者たちがその事実に早く気付けば気付くほど、中国やロシアのような勃興する大国との平和的な共存に基づく新たな安全保障の構造を作ることが、より容易になるのに違いない。

(原題:”NATO Expansion is to Blame for the Present Crisis in Ukraine NATO Expansion is to Blame for the Present Crisis in Ukraine” 翻訳:成澤宗男)

 

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ジョゼ・ニノ(José Niño) ジョゼ・ニノ(José Niño)

歴史や経済・政治の分野を幅広くフォローする米国ジャーナリスト。政府の介入や規制を可能な限り排し、米軍の対外軍事政策に批判的なリバタリアンと呼ばれる政治潮流の立場で様々な記事を発表。その潮流であるミーゼス研究所(アラバマ州)に所属している。

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