【特集】ウクライナ危機の本質と背景

NATOの拡大が、ウクライナの危機を招いた

ジョゼ・ニノ(José Niño)

ロシアのウクライナ侵攻という世界史的に極めて重要な出来事が起き、ロシアに対する批判が盛況だ。侵攻はそれ自体批判に値するかもしれないが、だからといって欧米に罪はないと考えるにはあまりに単純すぎよう。なぜなら端的に言えば、旧ソビエト連邦解体後の北大西洋条約機構(NATO)とその拡大こそが、現在の戦争につながる重要な役割を果たしたからに他ならない。NATOがロシアの国境に向けて包囲網を拡大していった事実こそが、現在の戦争を考えるうえでのカギとなるのだ。

かつての改革派で、旧ソビエト連邦の最後の大統領であったミハイル・ゴルバチョフは、自国のシステムがもはや現実の世界で長らく生きられないことをわかっていた。そのためゴルバチョフは共産主義から抜け出した後の安全保障の秩序を構想し始め、1990年2月9日に米国の当時の国務長官だったジェームス・ベーカーと会見し、NATOは「1インチも東方に拡大しない」という確約を得た。

その後、91年12月に旧ソビエト連邦が解体し、冷戦は終結したが、米国の確約は反故にされていく。93年に登場したビル・クリントン政権は、ロシアを不安にさせるいくつかの行動を開始し、94年12月に開かれた紛争の防止・解決を目指す欧州安全保障協力機構(CSCE)のブダペストでの会議の席上、NATOの東方拡大が進行するだろうと発表した。

当時のロシア大統領だったボリス・エリツィンは、欧米の「友人」と見なされていたが、クリントンの発言にショックを受けた。エリツィンはクリントンの発言に関し、「冷たい平和」が出現し、米国の外交方針は「傲慢だ」と述べながら、NATOの東方拡大は欧州大陸を「再び引き裂こうとするものである」と非難した。

・無視されたケナンの警告

一方で米国の外交エリートたちの間に、そのタカ派的傾向にもかかわらずNATOの東方拡大について内部では顕著な不一致があったことが知られている。特に冷戦開始当初の対共産圏封じ込め政策の設計者である外交官で戦略家のジョージ・ケナンは、冷戦終結後にNATOを拡大する試みに対する最も強硬な反対者の一人だった。

ケナンは、「NATO拡大は新たな冷戦の始まりである」と述べ、「ロシアは反発し、彼らの方針に影響を与えるだろう」と予測しながら、「NATO拡大は悲劇的な誤りで、正当化できる何の理由もない。誰も、他の誰かを脅かしてはいない」と指摘した。しかし政府は、聞く耳を持たず、歴代政権がNATOの東方拡大を止めようとはしなかったのは言うまでもない。

エリツィンの後継者の大統領ウラジミール・プーチンも、2007年2月にドイツ・ミュンヘンで開かれた民間主催の安全保障会議で、明確にロシアの伝統的な権益圏にさらに接近するNATO拡大を激しく非難した。プーチンはそこで、米国の「国際関係におけるほとんど抑制の効かない過度な武力行使」や、東欧のミサイル防衛設置計画を問題にした。

しかし欧米の外交官はプーチンの発言に驚いたものの、その怒りが深刻なものであると受け止めた形跡はない。08年4月にブカレストで開かれたNATOの首脳会議では、ジョージアとウクライナの加盟について見送られたものの、NATOはこの二ヶ国については時期を公表しないまま、いつでも加入できるようにした。

 

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歴史や経済・政治の分野を幅広くフォローする米国ジャーナリスト。政府の介入や規制を可能な限り排し、米軍の対外軍事政策に批判的なリバタリアンと呼ばれる政治潮流の立場で様々な記事を発表。その潮流であるミーゼス研究所(アラバマ州)に所属している。

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