NATOの戦略混迷に比例した破局への接近(1)―「戦車論議」に見る現状と認識の乖離―
国際NATOのウクライナに対する軍事支援が、新たにエスカレートしている。ドイツ政府は2023年1月24日、かねてから懸案になっていた大型主力戦車のレオパルド2(重量約60㌧、120㎜砲搭載)の14両の供与を決定した。
これに伴い、同戦車を保有するポーランドやオランダ、スペインなどの国々もこれに従い、同年1月26日現在で計111両の供与が確定している。だがいくら戦車を送り込もうが、ウクライナ戦争がNATOの直接介入を招く破局的な危険を高めるのみならず、NATO自身の戦略的混迷を打開するものではありえないだろう。
この戦車供与問題が焦点となったのは、同年1月20日にドイツのラムシュタイン米空軍基地で開催されたNATOのウクライナ支援を巡る国防相会議であった。最大の焦点はウクライナ軍事支援の核となるとされた大型戦車供与についての意思一致ができるかであったが、果たせなかった。すなわち、ウクライナが強く求める大型戦車レオパルド2の供与について、以前から保有するドイツ政府は「ロシアとNATOの直接の衝突を避けたい」(注1)との理由で、態度を留保。さらに同戦車の輸出先で、保有分のウクライナ供与を望んでいるポーランドに対しても、輸出国としての権限を行使して供与の許可を出していなかった。
そのため、米国や英国、ポーランドを中心とする供与を求める声が同会議終了後も激しさを増し、「ウクライナを支援してきた同盟国に初めて深刻な亀裂が入った」(注2)とされるような状況が生まれた。特に、ドイツのボリス・ピストリウス新国防相に外部からの圧力が集中した模様だ。その後に事態は急転換し、米『ウォールストリート・ジャーナル』紙は1月24日付(電子版)で「ドイツ政府高官は、この問題は1週間以上にわたってワシントンとベルリンの間で激しい交渉の対象になっているが、解決に向かっているように見えると述べた」と報じた。
米独間にどのようなやり取りがあったか詳細は不明だが、同紙によれば、「米国のバイデン大統領とドイツのショルツ首相との電話会談で、大統領が国防総省の判断に反し、主力のM1エイブラムス戦車の提供を検討することに同意したのを受けてのもの」(注3)とされる。
一転してレオパルド2を供与
つまりドイツ政府はこれまで、レオパルド2をウクライナに供与する場合は、米国がM1エイブラムス戦車(同約62㌧、105㎜)を供与するのを条件としていた。だが米国防総省は「コーリン・カール国防次官が、エイブラムスは複雑で高価で、メンテナンスが難しく、訓練が困難な装備」であり、「ロイド・オースチン国防長官も重視しているのは『ウクライナ人が修理できず、維持もできず、長期的に見ても余裕がないシステムを供与すべきではない』」(注4)という立場を崩さなかった。
おそらく本音は、M1エイブラムスがガスタービンという特殊なエンジンを搭載するなど高度の技術の塊であるため、ウクライナの戦場でロシア軍に捕獲されるのを恐れたためとも見られるが、それが今回の米国の供与決定により、ドイツの拒否理由も崩れた。
すでにCNNは1月24日、「2人の政府関係者の談話」として、「米国がウクライナに約30両のエイブラムス戦車を送る計画を最終調整している」と報道。ただ、「実際に戦車が送られる時期はまだ未定で、戦車を効果的に使用できるよう部隊を訓練するには通常数カ月かかる」(注5)という。
同日、ドイツの『シュピーゲル』誌(電子版)も「数カ月に及ぶ議論の末、ショルツ首相はウクライナに戦車を供与することに同意した」(注6)と報じた。このままだと、M1とレオパルドという大型主力戦車の代表格が、ウクライナの戦場に登場することになる。
一方でロシア軍は現在、ドネツク州の戦略的要衝のソレダールを陥落させ、同州全域の掌握に向けた最大のカギとなるバフムートの包囲・制圧も視野に入れている。さらに南部のザポリージャ付近でも新たに攻勢を強めている。
欧米主要メディアのこれまでの楽観論とは裏腹に劣勢を強いられているウクライナは、当面のNATO諸国からの軍事援助を緊急かつ不可欠としており、特に大型戦車の供与を最優先事項としていた。だが、そもそもウクライナ側の度重なる支援要請、及びそれを受けたNATOの対応は、理にかなったものなのか。
1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。