【特集】ウクライナ危機の本質と背景

NATOの戦略混迷に比例した破局への接近(1)―「戦車論議」に見る現状と認識の乖離― 

成澤宗男

ウクライナの現実離れした高望み

第一に、ウクライナの供与を求める水準が明らかに現実離れしている。英誌『Economist』2022年12月15日号のインタビュー記事に登場したウクライナ軍のヴァレリー・ザルジニー総司令官は、「(昨年)2月23日のラインに到達するため」、すなわちクリミアの位置付けは不明だが東部ドンバスのドネツク、ルハンスク両州、さらに南部のヘルソン、ザポロジエ両州の「奪還」のため「戦車300両、歩兵戦闘車(注=攻撃的機能を付与された装甲車)600~700両、榴弾砲500門が必要だ」(注7)と発言している。

こうした作戦の現実性はともかく、ドイツ陸軍ですら戦車は227両、歩兵戦闘車約700両、各種大砲約350門という現状だ。実際、今回の国防相会議前までに確定していた主力大型戦車の各国の供給は、英国のチャレンジャー2(同62,5㌧、122㎜)の14両のみ。フランスは「車輪付き軽戦車」のAMX-10(同17㌧、105㎜)を供与するが、数量は不明だ。

さらに歩兵戦闘車については、米国がM2ブラッドレーを59両供与。これとは別に、8輪の装甲兵員輸送車ストライカーが90両加わる。さらにドイツはマルダー歩兵戦闘車を40両供与し、スウェーデンもStrf 9040歩兵戦闘車50両の供与を予定している。榴弾砲については、デンマークがフランス製のCAESAR榴弾砲(155㎜)を搭載した自走砲を19両供与する程度。米国が1月19日に発表した25億ドル規模の装甲戦闘車、装甲車を含む対ウクライナ支援兵器パッケージに榴弾砲は含まれていないが、155㎜、105㎜の大砲用砲弾が計11万5000発盛り込まれている。それでも、総計はウクライナの要求にほど遠い。

しかも、ウクライナの要求が仮に実現したとしても、大方の予想ではこの春先までの数カ月が勝敗の分かれ目となるとされる。だがNATOがこれまで確定した兵器・装備の大半は、レオパルド2やM1エイブラムスも含め、どんなに急いでもそれまでに間に合わない可能性が否定できない。

「ゲームチェンジャー」ではありえない

第二に、レオパルド2に過度に期待することの愚かさだ。確かに性能的には「デジタル射撃統制装置、レーザー距離計、(荒地でも移動しながら射撃できる)完全安定化主砲、高度な暗視・照準装置を備えて」(注8)申し分ないが、それだけ操作は複雑で、操縦兵は熟練度を要する。

米陸軍が新兵をM1エイブラムスの搭乗員に仕立てるのは22週間とされるが、米シンクタンク「デフェンス・プライオリティズ」の上級研究員で、M1の搭乗員として第一次湾岸戦争に従軍したダニエル・デイビス氏は、旧イラク軍の旧ソ連製戦車に圧勝した理由について米軍が「戦争前の1年以上というかなりの時間をかけて訓練した」からと指摘し、「適切な訓練とメンテナンスがなければ、M1であっても(旧イラク軍の戦車に)敗北する可能性がある」(注9)と述べている。

これに対し、ウクライナ兵がレオパルド2の訓練期間については「新しい乗務員を基本的なレベルまで訓練するには5~6週間」、「下士官はさらに2~3週間の追加時間がかかるかもしれない」(注10)という見方や、「基本的な熟練度に達するには、操縦士と支援要員に3~6週間の訓練が必要」(注11)と諸説があるが、いくら戦時とはいえ時間的に不十分であるのは疑いない。のみならず、戦車を稼働させるために不可欠な「高度に専門化した修理技術者は1年かかるかもしれない」(注12)というから、レオパルド2が期待通りに活動できる時期は予測困難だ。

そのため、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は「レオパルド2が約300両あればロシアを敗北に追い込める」(注13)と豪語しているが、およそ現実離れした妄想に等しい。

しかも、トルコ軍所有の旧型のレオパルド2A4はこれまで、シリアで確認されているだけでも3両対戦車ミサイルで破壊されている。「過去数十年間劣勢な相手としか対峙してこなかった」のは事実であり、現時点で「戦局を左右する不死身の『ゲームチェンジャー』と見なさないよう注意しなければならない」(注14)という指摘もある。

世界に例がない多種多様な「機甲部隊」

第三に、仮に供与された戦車・歩兵戦闘車の到達時期や訓練期間、数両の問題が解決したとしても、ウクライナにとってどこまで戦力になるのかどうか疑わしい。

ウクライナは戦争前、稼働状態は別にして、「戦車約2500両、装甲車1万2500両を保有していた」(注15)が、主力は旧ソ連製で、戦争で「ロシア側の発表では戦車及びその他の装甲戦闘車両7549両」が破壊され、「旧共産圏のNATO加盟諸国から旧ソ連時代の戦車410両と装甲車・歩兵戦闘車300両が納入された」(注16)という。

主力が旧ソ連製のウクライナ軍機甲部隊

 

するとウクライナ軍は現状で主力となっているT‐64とその改良型のT‐72といった旧ソ連製戦車に加え、これまで未配備だった大型の英国製チャレンジャー2とドイツ製レオパルド2、米国製M1エイブラムスに加え、軽量のフランス製AMX-10という多様な構成となる。通常、各国の陸軍が主力戦車を一機種以上採用しないのは、当然ながら何種類もあるとメンテナンスや部品供給、訓練の上で無駄と不経済、様々な負担が生じるからだ。実際に戦場で運用できるかどうか別にして、ウクライナのような多様な「戦車部隊」はこれまでまったく例がない。

歩兵戦闘車も同様で、現状で保有数が最も多い旧ソ連製のBMP-2に加え、米国製のM2ブラッドレー、ドイツ製のマルダー、スウェーデン製のStrf 9040が配備されれば、明らかに同じ問題が生じる。各種の戦車・歩兵戦闘車からなる「機甲部隊」が誕生しても、どの国の軍隊も経験しなかったような様々な運用面での困難が噴出するだろう。

しかもウクライナの戦争ではこれまで、戦車同士の戦闘はほとんど起きていない。戦車が戦場で本領を発揮するのは歩兵戦闘車・装甲車、砲兵、歩兵、さらにヘリコプターと一体化した攻撃にあり、仮にウクライナが望むような多様な兵器が供与されたとしても、よほど長時間の訓練を経ないと多様な兵器が混在した「機甲部隊」が果たして一つの戦力になりうるかどうか、疑わしい。無論、戦力化するまでの時間的余裕は残されていないはずだ。

以上のように、NATO内で論議されてきたレオパルド2のウクライナ供与問題とは、実現するまでに投じられた各国のエネルギーに見合うような、戦局を打開するほどの確実性を有していない。裏を返せば、他に支援策が思いつかない手詰まり感がつのる現状の反映でもあるだろう。そして真に警戒するべきは、そのような議論が無益であったという現実をNATO自身が否応に認めざるを得なくなった後の対応に他ならない。

支援だけでウクライナの「勝利」の期待が消え去れば、さらに戦争がエスカレーションして、NATOの直接介入、すなわち新たな世界大戦へと移行しかねない。そして実際に、その危険な兆候はすでに現れている。

(この項続く)

 

(注1)January 24, 2023「US Poised to Send ‘Significant Number’ of M1 Abrams Tanks to Ukraine」(URL:https://news.antiwar.com/2023/01/24/us-leaning-toward-sending-significant-number-of-m1-abrams-tanks-to-ukraine/
(注2)January 24, 2023「U.S. Leans Toward Providing Abrams Tanks to Ukraine」(URL:https://www.wsj.com/articles/poland-formally-requests-german-permission-to-send-tanks-to-ukraine-11674558492
(注3)(注2)と同。
(注4)January 25, 2023「In reversal, US poised to approve Abrams tanks for Ukraine」(URL:https://apnews.com/article/us-m1-abrams-tanks-ukraine-russia-249de5c301a9bf83b5f3ac2182076a02
(注5)January 24, 2023「US finalizing plans to send approximately 30 Abrams tanks to Ukraine, two US officials say
(URL:https://edition.cnn.com/2023/01/24/politics/us-abram-tanks-ukraine/index.html
(注6)January 25, 2023「Deutschland schickt Leopard-Panzer in die Ukraine」(URL:https://www.spiegel.de/politik/deutschland/krieg-in-der-ukraine-deutschland-schickt-leopard-panzer-a-e2dde871-88d0-4cf5-8aae-482d58fd850f
(注7)「An interview with General Valery Zaluzhny, head of Ukraine’s armed forces」(URL:https://www.economist.com/zaluzhny-transcript
(注8)January 18, 2023「Austin Arrives in Germany Focused on Efforts to Help Ukraine
(URL:https://www.defense.gov/News/News-Stories/Article/Article/3271546/austin-arrives-in-germany-focused-on-efforts-to-help-ukraine/
(注9)January 19, 2023「Ukraine Won’t Get Leopard 2 Or M1 Abrams Tanks: Does It Matter?
(URL:https://www.19fortyfive.com/2023/01/ukraine-wont-get-leopard-2-or-m1-abrams-tanks-does-it-matter/
(注10)January 23, 2023「Ukrainian troops could fight with Leopard 2s by early spring: Experts
(URL:https://breakingdefense.com/2023/01/ukrainian-troops-could-fight-with-leopard-2s-by-early-spring-experts/
(注11)January 23, 2023「A look at Leopard 2 tanks that could soon be sent to Ukraine」(URL:https://apnews.com/article/russia-ukraine-military-technology-european-union-germany-611c4cddd142db39e44f4091a4d4adbc
(注12)(注10)と同。
(注13)January 24, 2023「Ukraine war: Germany won’t block export of its Leopard 2 tanks, foreign minister says」(URL:https://www.bbc.com/news/world-europe-64370165
(注14)January 24, 2023「Why the Leopard 2 might not be a game changer in the Ukraine war
(URL:https://pledgetimes.com/why-the-leopard-2-might-not-be-a-game-changer-in-the-ukraine-war/
(注15)February 26,2022「HOW MANY TANKS RUSSIA AND UKRAINE HAVE IN 2022」(URL:https://www.hitc.com/en-gb/2022/02/26/how-many-tanks-does-russia-have/)
(注16)January 17, 2023「Ukraine SitRep – Media Ignorance, Counter-Artillery War, Three Lost Armies」(URL:https://www.moonofalabama.org/2023/01/ukraine-sitrep-media-ignorance-counter-artillery-war-three-lost-armies-.html

 

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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